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それは偶然(3)


「あの‥‥」

ティファニーは言葉に詰まった。

約束もなく突然訪ねて(しかも初対面の相手を)、「やっぱり用事はありません」というのはあまりにも間抜けだ。

何か聞くことはなかっただろうかと、ニンナの膝の上でゆるく組まれた白く細い指を見ながら必死で考えを巡らせた。普段なにげないときに、占ってほしいことがたくさん出てくるというのに、こういうときに限ってなかなか考えが浮かばない。

(きれいな手‥‥これは働かない女性の、貴族の手だわ)

ふとそんなことが頭に浮かんだ。

よく考えてみると、ニンナはティファニーのことを知っているようだったのに、自分はニンナのことを何も知らない。そもそも精霊の声が聞こえるとは、一体なんだろうか。弟のまわりで常にふよふよと浮いているだけの光が、言葉をかけたり疑問に答えたりできるようには思えない。

「あの、精霊の声とはどのようにして聞こえるものなのですか?わたしの弟は、精霊もちですが精霊の声を聞くことはできません。弟もそのうち精霊の声を聞くことができるようになるのでしょうか。そもそも、あれは心があるのですか?」

「精霊の声を聞くことと精霊を得ることは、まったく別のことよ。わたくし、精霊もちではありませんもの。わたくしはただ、通り過ぎていく精霊たちの気配を感じられるだけ」

そう言って、ニンナは虚空に視線を向けた。

「彼らはわたくしの頭の中をのぞき、イメージを残して去っていくの。何と言ったらよいのかしら‥‥そう、彼らと一瞬だけリンクする、と言ってもいいかもしれないわね。それがわたくしの“占い”の方法よ」

ニンナは考えながら、ぽつりぽつりと答えた。

「精霊に心があるのかどうかは、わたくしにもわからないわ。ただ、心があるって信じたいわね。だって、精霊は自分にとって運命の相手なんだもの。精霊も人間のことをそう思ってくれていたら、素敵じゃない」

ティファニーは、そうは思えなかった。クリスのことを見る限り、ティファニーにとって精霊は災厄と同じだった。出会ってしまったら一緒にいるしかない。振り切ろうと思っても振り切れず、離れようと思っても離れられない。そんな相手である精霊に心があったとしたら‥‥。

(少し怖い)

挿絵(By みてみん)





――少し気になることがあるの。あなたがいらしてから、精霊たちが落ち着かないのよ。嫌な感じはしないけど念のため、まっすぐお帰りになることをおすすめするわ。

繁華街で辻馬車を探しながら、ティファニーは帰り際のニンナの言葉を思い出していた。彼女の言葉通り、ティファニーはまっすぐに帰ろうと馬車を走らせた。

しかしこういうときに限ってうまくいかないもので、どこかの馬車が横転したとかで道は大渋滞で、諦めて迂回路をとれば先日の雨でぬかるんだ地面に車輪をとられて馬車を降り、馬車が通ったら乗せてもらおうかと道で待っていても一台も馬車は来ない。仕方なく、馬車は御者に任せて辻馬車で帰ろうとティファニーは半刻ほど歩いて繁華街で出てきたのだった。

歩くことしばし、やっと辻馬車が拾えてさあこれで帰れると安心したのもつかの間。

馬のいななきとともに、馬車が急停止した。

男が馬車の前に飛び出してきたのだ。その男に追いる女性がいた。

「待って、行かないで!」

馬車から顔を出したティファニーの目の前で、二人はまるでドラマのような愁嘆場を繰り広げていた。馬車にひかれそうだったことなど、まるで気づいていないかのように。

「彼のことは気にしないで。誤解よ。出て行かないと言ってちょうだい、あなたがいないと駄目なの!」

無表情で女性を振り切ろうとする男性も、男性の上着をつかんで放さない女性も身なりは上等で、特に男性のほうは、ティファニーが今まで見たことのないほどの美形だった。彼女の知る限られた男性の中で一番かっこいい従兄妹のハサウェイ卿とは違う魅力をもっている。“都一の伊達男”といわれ女性に騒がれているさわやかな従兄妹とは違い、今馬車から見下ろしている男性は女性だけでなく男性までも狂わせそうな妖しさを放っている。

どう見ても、すでに決まった相手のいる貴族の女性と、彼女がのぼせ上がっている間男の図だった。

天下の往来だというのに、二人の見た目が整っているだけにまるで劇場にでもいるかのような錯覚を受けた。

それまで何に対しても無関心だった男が、ぱっとティファニーを振り返った。氷のようだった男の表情がみるみるうちにほどけ、目を見開いてティファニーを見詰めた。大の大人に対して、しかもこんな状況でおかしいとは思ったが、ティファニーは自分を見詰める男の瞳に、まるで無垢な赤子のような印象を受けた。

女が男の視線を追い、怪訝な表情で男とティファニーを見比べた。ティファニーは思わず引きつった愛想笑いを浮べてから、ばつが悪くなって馬車の中に頭を引っ込めた。


ガチャ、と馬車の扉が開いた。




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