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その名は(3)



ティファニーは迷路の中で、とにかく右折、左折を繰り返して進んだ。

どこへ向っているのかも分からない。

まるで今の自分のようだと思いながら。


「ティファニー様、差しでがましいことを申しますが、外に出られてはいかがでしょうか。わたくしのところへ、ティファニー様とお会いしたいという旨のご伝言を宮廷貴族たちからいくつも承っております。お姿を見せていただくだけでも、喜ばれることでしょう」

「わ、わたしと会いたいって‥‥?」

召使いの言葉に、ティファニーは思わず頬を引きつらせた。

先日、召使いに案内されて精霊局の中を見たばかりだ。

初めて宮廷にやってきたとき(クレイティアに引きずられて来たとき)は、ろくに周囲を見る余裕がなかったので、あれが初めてのようなものだ。

それなのに、取るに足らない身分の自分がそこまで言われる意味が分からない。

こうして人気(ひとけ)のない精霊局の(すみ)でひっそりと生活していくものだとばかり思っていたのだ。

「ええ、第一印象というものは非常に大切になってまいります。今度の『封印の間』の侍女としての評価が、今、決まってしまうのです」

ティファニーはぽかんと口を開けて召使いを見上げた。

何を言っているのか分からないという表情だ。

召使いは、ゆっくりと言い含めるように重ねて言った。

「今度の『封印の間』の侍女は、自分たちのために何もしてくれない。一度そう思われてしまったら、そこから挽回するのは難しくございます。はっきり言わせていただきますと、いまだクレイティア様の復位を望む声の強い中、ティファニー様がこの貴族社会の中で立っているには、味方が必要なのです」

クレイティアはよく社交活動をしていたので、繋がりのできていた貴族にとっては、クレイティアのほうが有利だという召使い。

「ティファニー様、様々な宮廷貴族たちが、あなた様を頼みになさるでしょう。どのかたの望みを叶えるのか、じっくり見極めねばならないのです。その相手がティファニー様の味方になられるのですから」

「望みを叶えるだなんて、でも、わたしにそんな力はないわっ」

「何を仰います!『封印の間』の侍女といえば、精霊局局長の名代ともなり得るおかた。その権力は時に精霊局局長と同等にもなります」

「聞いてないわ、そんな話。わたしは、ただ、王弟殿下に任命するって言われて‥‥そんな‥‥」

ティファニーは愕然(がくぜん)と、頭の整理がつかないままに言葉を途切れさせた。

王弟からろくに説明も受けないまま、あれよあれよという間にすべてが決まっていたのだ。

だから、この『封印の間』の侍女という職がそんなに重要なものだとは思いもしなかった。

王弟がティファニーを任命した理由は、ただ王弟殿下の知り合いの鳶さんに懐かれているというそれだけの理由のはずだ。

こんな大事(おおごと)だとあらかじめ知っていれば、何としてでも任命を固辞したものを。

(ひどいわ!説明もなしに、勝手に責任を押し付けるだなんて。この職の名前から言ったって、ただ『封印の間』っていう精霊局の中の一部屋で控えていればいいんだって誰だって思うじゃない!)

こうなったら、一刻も早く鳶さんを人に慣れさせて一人立ちさせなければ、とティファニーは心を新たにしたのだった。



こうして毎日のように語らいの庭に出かけるようになったのだが、召使いの言ったことが気になって、うまく会話が出来なかった。

もともと人と話すのは嫌いではない。

しかし、自分の一言が他人に影響を与えると思うと、何も話すにもためらってしまう。

そんなことを思いながら歩いていたら、ずいぶん迷路の庭の奥まで来てしまった。

なぜか誰ともすれ違わない。

『封印の間』の侍女が使っていることで庭への入場が制限されていることなど知らないティファニーは、迷路の庭にあまりにも人がいないことに不安を覚え始めていた。

まるでこの世に一人で取り残されてしまったかのように心細い。

引き返そうかと背後を振り返ったが、もはや自分がどこを曲がって来たのかも分からなかった。

とぼとぼと歩いては止まり、また歩いては止まり。

途中で迷路から出たくなったときにどうすればいいのか、あらかじめ召使いに聞いておけばよかったと今さらながらに後悔する。

いや、後から悔いるから後悔。

今さらと言っても、先に悔いることなど出来ないのだから仕方がない。

次に活かせばいいのだと考えて、後で悔いるかどうかなどあらかじめ分かるのだろうかと首をひねる。

それに後悔というのなら、王弟からこの話が来たときにも、後々のことも考えて返事をすればよかったのだ。

説明してくれないのなら、こちらから聞けばよかった。

結局、自分がしっかりしていないからこういうことになる。

そんなことを考えていたら段々気持ちが沈んできた。

こんなダメ思考スパイラルにはまってしまうのも、鳶さんがいないからだ。

いつも隣にいる鳶さんがいないことで、自分が一人だということを強く意識してしまう。

会話らしい会話にならない鳶さんは、一緒にいるときは特に意識したことがなかった。

しかしこうして一人になってみると、やはり彼の存在は大きかったのだと気付かされる。

思えば、突然宮廷に住むことになっても意外なほど動揺しないで済んだのは、彼がいたからだったのだろう。

「鳶さん‥‥」

ぽつりと呟いたとき、すぐ横の生垣がガサッと音を立てて揺れた。

びくりと身体が跳ねたが、一方で期待が膨らんだ。

―――鳶さん!

しかし生垣の間から顔を出したのは、見たこともない少年だった。

「あ‥‥」

四つん這いの姿勢で生垣から顔を出した姿勢のまま、少年はティファニーを見上げて固まった。

気まずそうな顔をして視線を外し、半分埋まったままの身体を生垣から引き抜いて立ちあがった。

背はティファニーよりも頭半個分高く、人が好さそうな顔をしている。

ティファニーの前に立ったはいいものの、どうしたらいいのか分からないといった様子だ。

クス、とティファニーの唇からこらえていた笑いがこぼれた。

少年は窺うように横目でちらりとティファニーを見た。

「葉っぱ、ついてるよ」

指摘すると、少年はぶんぶんとがむしゃらに頭を振った。

しかし葉は、黒く短い髪にしがみついて離れようとしない。

ティファニーは特に何も考えず手を伸ばした。

葉を取るときに、手がしなやかな髪に触れた。

これ、と取れた葉を見せようと葉を持った手を目の高さに持ってくると、少年が目をまん丸くして、葉ではなくティファニーを見ているのに気がついた。

もしかして気安くし過ぎただろうかと、ティファニーもやっとここで気がついた。

つい弟や鳶さんにするように、何気なく手を伸ばしてしまったのだ。

少年のおどおどした様子に、どうも親近感が湧いてしまったようだ。

「「あの」」

二人は同時に口を開き、同時に黙った。

お先どうぞ、とお互いに譲り合ってしまい、話が始まらない。

笑いの衝動が再びやってきた。

今度は二人とも、視線を合わせて笑い合った。




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