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その名は(2)



今思い出しても、顔を覆いたくなる。


鳶さんのキスはいつものような濃厚なものではなく、軽く唇を合わせるだけのものだった。

しかし、チュッと音がして唇が離れた途端、ティファニーは鳶さんの頬を平手で思い切り打っていた。

その場にいた精霊使いたちは何か納得したような顔をしてそそくさとその場を去って行った。


あれ以来、鳶さんはティファニーの部屋へ立ち入り禁止を言い渡されている。

ティファニーもあのことがどう噂されているのか確かめるのが怖くて外に出ることが出来ない。

しかし2日経って、いつまでも部屋にこもっているわけにはいかないと思い、一人で外に出てみることにした。

しかしさすがに語らいの庭に行く勇気はなく、迷路の庭へ出かけた。

もちろん道は分からないので、出かけるときは相変わらず召使いに案内してもらっている。

迷路の庭はその名の通り、視界を覆うほどの高さの生垣で出来た通路がまるで迷路のようになっている庭だ。

その入り口に召使いを残して、ティファニーは一人庭を散策した。



ティファニーがかしずかれて暮らしている間、『封印の間』の控えの間から別の部屋へと移されたクレイティアはといえば、以前にも増して社交に力を入れていた。

だがやはりかつてのように上手くはいかなかった。

精霊使いたちは、王弟の寵愛が離れたクレイティアよりもティファニーの歓心を得ようと、彼女を避けるようになったからだ。

前『封印の間』の侍女と仲良くしては、現『封印の間』の侍女に睨まれてしまうに違いない、と。

ティファニー自身は、クレイティアに対して苦々しい思いはあっても、特に意識しているわけではなかった。

王弟のことを意識していないので、それは当然のことだったのだが、周囲はそうは思わない。

クレイティアとティファニーは王弟の寵を競っているのだと、当たり前のように思われていた。

その日、クレイティアは庭の散策に来ていた。

『封印の間』の控えの間から追い出されて打ちひしがれているなどと他の人間に思われるのはプライドが許さない。

堂々と外に出て、全く気にしていないことを見せつけようとしていた。

それは(あなが)ち見せかけだけのものだとも言えなかった。

クレイティアには自信があった。

自分が再び『封印の間』の侍女になり、エロースを自分のものに出来ると。

(彼が本当に必要なのはこのわたくしであって、あの小娘などに手に負えるはずがないのだわ)

さらに、彼女のその考えを後押しするかのように、昨夜久しぶりにエロースの負の波動を感じ取ったのだ。

微弱なもので、一瞬でしかなかったが、やはり彼には自分が必要なのだと確信した。

宮廷の人間たちも、クレイティアがなぜそんなに自信を持っているのか疑問を持ち始めていた。

自信を持つだけの何かがあるに違いないと思った者はクレイティアのもとに戻り始めていた。

しばらく歩いていると、迷路の庭の入口に見知った顔を見つけた。

『封印の間』の侍女に仕える召使いだ。

召使いを無視して迷路の庭へ足を踏み入れようとしたとき、声をかけられた。

「こちらの庭にはただいまティファニー様がいらっしゃいます。ご遠慮ください」

かつて自分が受けていた優遇。

それがすでに他人のものになっているという事実を突き付けられ、クレイティアの心臓は冷たいものを押しつけられたかのようにぞくりと震えた。

しかしそれを誰にも気づかれないように、ゆっくりと、蔑むような目で召使いを振り返った。

「あら、どこかで見た顔ではないの」

「ご無沙汰しております」

召使いは表情を崩すことなく、クレイティアに頭を下げた。

「ふん、主が変わればすぐに寝返るってわけね」

クレイティアはまだ『封印の間』の侍女のままだが、ティファニーが『封印の間』の控えの間に入ったので、召使いたちはティファニーのものとなったのだ。

控えの間は『封印の間』に一番近く、その部屋を与えられるこよは、それだけ重要な位置にいることを意味している。

「わたくしどもは、クレイティア様にお仕えしていたわけではございません。ティファニー様にお仕えしているわけではないのと同じように」

「どういう意味かしら」

「わたくしどもは個人にお仕えするのではなく、『封印の間』の控えの間の主に仕えてしているのです」

そう言い切った彼女の態度には、精霊局の根幹にある『封印の間』の関係者であることの誇りがうかがえた。

(ふん、『封印の間』が本当は何かもしらないくせに、生意気だこと)

まあいいわ、とクレイティアはその場を後にした。

あの召使いたちに再び頭を下げさせる機会は、必ずある。

(あとはそれを早めるだけだわ‥‥)



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