ジゴロ改め精霊使い改め‥‥(3)
王弟の執務室を辞した後のジルは、すぐに自室に戻った。
すぐに考えをまとめる必要がある。
対策を間違えるととんでもないことになると分かっていた。
ずいぶん前から伝説の精霊の正体を知っていた王弟と違って、ジルはたった今その秘密を知ったばかりだ。
(頭がパンクしそうですよ)
豪快で大ざっぱな王弟に対して、ぼやくように心の中で呟いた。
「どうにかなる」
王弟は、その言葉をどんな不利な状況でも実現してきた。
彼はぶれない。そして、部下を信頼する度量を持っている。
だからこそ、ジルは自分の力を最大限に発揮することができるのだ。
しかし今度ばかりは不安がつきまとう。
執務室での会話を思い出しても頭が痛い。
「精霊の封印が解けた原因について、心当たりはありますか?」
そう質問したジルに、王弟はまるで母親に叱られる前の少年のような表情でジルを見た。
「あるのですね」
長年の付き合いから、王弟がこの表情をしたときはろくでもないときだと決まっている。
いつもにこやかな表情を保っているジルだが、王弟と一緒のときは素の表情でいることが多い。
半眼になってじっとりと睨むと、王弟はあっさりと白状した。
「たぶん、あれだと思うのだが‥‥俺が精霊の前で『このまま永遠に眠ってくれていればよいものを』と言った途端、彼は突然むくりと起きだして『封印の間』を出て行ったのだ。止めようとしたのだが、部屋を突き破って出て行ったからな。この間の侵入者騒ぎのときだ。あのときはとっさに侵入者だと偽って、ごたごたのうちに全てを処理したが‥‥実際のところ危なかった」
「なぜ、本人の前でそんなことを?」
「そなたは今のあれの姿しか知らないからそう言うがな」
王弟は、いかに彼の精霊が無反応だったかを説明した。
「俺が知る限り、あれに心があると思わせるそぶりがあったことは一度もない。寝台に横たわり、常に眠っていた。瞳を開けていることもあったが何も見てはいなかった。だから精霊使いたちが持っている精霊と同じように、言葉を理解できない、ただの霊力の塊のように見えたのだ」
まさか人間の言葉を解していたとは、という王弟の言葉に、思わず初代精霊局局長を恨んだ。
彼がもっとしっかりした形で後世に情報を伝えていたのなら、こんなに頭を悩ませることはなかったのに。
情報が足りない状況で、さらに接触することさえ危険だと言われてしまえば、王弟でなくともお手上げだ。
「しかし、あなたには精霊を鎮めるという血の力があります」
「いや、それも怪しいかもしれないぞ」
即答が返ってきた。
フェイビアンの子孫であるしるしと、もう眠りは必要ないという言葉を王弟に伝えられ、ジルも王弟と同じ懸念をもった。
これまで伝説の精霊の暴走を抑えてきた王家の血には、もしかしたら強制力があるわけではないのかもしれない。
彼の精霊にその気がなければ、血の鎖など簡単に破られてしまうのではないだろうか。
その証拠に、『封印の間』の封印はあっさりと解けてしまった。
「ということは、ですね」
「そうだ、最後の頼みの綱は‥‥」
二人の脳裏に、まだ幼い少女の面影がよぎった。