ジゴロ改め精霊使い改め‥‥(2)
ふと、ジルが何かに気がついたように顔を上げて王弟を見た。
「貴族に対してはそれでいいとして、あの精霊自身のことはどうなんでしょうか。文献には精霊局の局長が伝説の精霊を使って天変地異を鎮めたという話がいくつか残っています。あれは真実なのでしょうか」
「ああ、それか‥‥」
王弟は言いにくそうに一度言葉を切って続けた。
「それが、うかつに彼の精霊に手を出せない最大の理由だ」
伝説の精霊が国家を守護しているといわれる所以は二つ。
一つは、王族以外の支配を退けること。
そしてもう一つは、天変地異を鎮めることだ。
「口伝で引き継がれる最重要機密だが‥‥非常事態と判断する」
精霊局の局長の口伝によれば、伝説の精霊が天変地異を鎮めることはない。むしろその精霊が天変地異を起こしているというものだった。
精霊とは、自然そのもの。
封じられる前の彼の精霊は、その荒らぶる気性そのままに力を振るい、度々災害を起こしていた。
しかし人々はそれを従順に受け入れていた。
自然に寄り添って生活し、それに抗おうとはしなかった。
自然を自分たちの都合のいいように変えようなどと思っていなかった。
「もともとこの土地は人が住めるようなところではなかったそうだ。岩だらけで恵みの雨もなく、作物も育たなかった。人どころか、動物や植物にとっても厳しい土地だった。荒々しく、命の息吹のない―――しかし美しい場所だった。他の土地の人間からは、神域だと呼ばれていたらしい。そこに住むことができるのは、まさに神のみだったのだろう」
―――我々は、神域で細々と暮らすだけの民族だったのだよ。
神の一番近くに居る民族として、周囲の国々から尊敬を受けていた。
だがあるとき、その一族の中にフェイビアンという青年が現れ、古からの精霊の一柱を封じた。
それ以来、天地の異変は治まり、我が民族は豊かになった。
しかしそれでも時々、思い出したかのように精霊が暴れるのだという。
「伝説は国家に都合のいいように歪められた解釈だ。本来、彼の精霊が国家の統治に寄与することなどない。伝説の精霊の気を鎮めるための儀式を偽って、伝説の精霊に願って天変地異を治めているように見せているだけだ。王族以外の統治を退けるというのも、同じこと。我々王族の血には、彼の精霊の気を鎮める力があることから、そのようなことが言い伝えられるようになったのだ」
ジルは聞いたばかりの衝撃の事実に何も言えず、頭の中でこれから起こりうること、そしてこのことが周囲に知れたときのリスク、そしてこれからすべきことが次々と浮かんでいた。
「再び精霊を封印することはできないのですか?―――いえ、それよりも、本当に精霊の封印が解除されてしまったのなら、天変地異が起こらないのはなぜなのでしょう?」
「それが分かるのならこうも頭を悩ませたりしない。フェイビアンは何も残してはいかなかった。当時どうやって精霊を封じたのかは謎のままだ。だが、気になることが一つ」
―――あれは自分の子孫に印をつけた。わたしに分かるようにと。
―――わたしにはもう、眠りは必要ない。こうしてティファニーが見つかったのだから。
まるで、強制的に眠らされたのではなく、納得して眠っていたような言い方ではなかっただろうか。
彼の精霊が「フェイビアン」と口にした時、その瞳に恨みや憎悪は感じられなかった。
彼らは友好的な関係を築いていた?