ジゴロ改め精霊使い改め‥‥(1)
ティファニーが去った後、塔の中では様々な憶測が飛び交っていた。
しかし爆弾を投下した当の本人たちは、そんなことにはまったく気付かずに語らいの庭に来ていた。
語らいの庭には人の姿は見えなかった。
しかし、いないわけではない。
他の貴族たちは、遠巻きにティファニーと王弟の隠し子を見ていた。
生垣の端から飛び出したスカートや帽子の羽飾りが見え、囁き声も聞こえてくる。
ティファニーはなぜか観察されているのが分かって、居心地が悪かった。
「わたし、どこか変かしら?」
自分のドレスを見てみるが、何も変なところはないように感じる。
隣の鳶さんを見上げて、そうかこの人が綺麗すぎて注目を浴びているのだと理解した。
実のところ、精霊局に所属する貴族にとって、いや、宮廷の中でもティファニーたちは異色だった。
ただでさえ普通と違う精霊局の中でも、さらに特異な存在。
どこで王弟と出会ったのか、それらしき影もなく突然決まった『封印の間』の侍女の話。
その少女が連れているのが、塔の中にいたというが一度も見たことのない美貌の男。
しかもその男は、王弟と彼の愛妾の知り合いだという。
重要人物だとしたら取り入らなければならない。
しかしそうではないのなら、関わり合いにならないほうがいい。
長年宮廷で暮らしている者たちは、その飾り立てられた頭をフル回転させて、いかに自分にとって有利な立場を得るかを算段していた。
ティファニーはジルと話したことを考えていた。
ジルは鳶さんを知らないと言っていた。
鳶さんと出会ったばかりの頃は、クリスに言われて彼をジゴロだとばかり思っていたが、王弟に認められていることから、彼が精霊局の正規の精霊使いであることは間違いないだろう。
「ねえ、鳶さんはここに知り合いはいないの?王弟殿下や、クレイティアさん以外に知っている人とか」
半ば答えを予想しながら、ティファニーは尋ねた。
予想通り、鳶さんは首を横に振った。
「誰も知らない。わたしはずっと寝ていた。たった一人で。ティファニーに会えないから、そうしなければならなかった」
意味は分からなかったが、じっと見つめる鳶色の瞳が澄んでいて、視線が外せなかった。
理知的にも見え、聡明にも見え、無垢であり、また無知でもある。
瞳と同じ色の柔らかいまつげが光に透けてけぶり、ティファニーを誘うように瞬く。
ティファニーはその美しさに感動した。
このまま、今彼女が見ているままを額縁に飾って、愛でたいときに愛でることができたなら、どうな贅沢にも勝ることなのだろう。
それはまさにクレイティアが『封印の間』で眠っている精霊に対して思ったことと同じだとはティファニーは知る由もなかった。
精霊局の局長の執務室には、二つの人影があった。
一人はジル。
窓の外を眺めている。
その視線の先には、語らいの庭にいるティファニーと青年がいる。
もう一人はこの部屋の主、王弟オーガスト。
「俺の隠し子だと?」
ジルが窓の外に向けていた視線を戻して、王弟に向き直った。
「申し訳ありません。まさかこのような誤解をされてしまうとは‥‥」
ジルは眉尻を下げて、うなだれた。
一見、心底悪いと思っているように見えるが、この男がそんな殊勝なことを思うわけがない。
分かっていてやったに決まっている。
「殿下もひどいではありませんか。このような事態になるまで、この国家の一大事をわたくしに教えてくださらないとは。この、身も心もすべて殿下に捧げている、このわたくしに」
「なにを言うか。気色悪い」
オーガストは鼻で笑ってあしらった。
「今の今までそなたに話すことができなかったのは、代々このことは国王と精霊局の局長、そして巫女のいる時代は『封印の間』の巫女しか知ることのない機密だったからだ」
「それはそうでしょうね。殿下からお話を伺った今でもにわかには信じがたいことです。あのような精霊がいるとは‥‥しかもそれが、伝説の精霊ともなれば」
ジルにとっては、ずっと物語の中の伝説だとばかり思っていた存在だ。
「見かけはまったくの人間ですが、対峙してみれば霊力を感じます。しかしそれも、彼が精霊もちだからだと説明されればそうだと信じてしまう程度のもの。誰も彼と伝説の精霊をつなげて考える者はいないでしょう」
「今はあまり外との接触を持たないようにさせているが、この先のことをどうのようにすればいいのか、情けない話まったく浮かばんのだ。手に負えん」
オーガストはお手上げだというようにため息をついた。
ジルは自分の考えを整理するように呟いた。
「宮廷の人間に対しては、彼が伝説の精霊だと知られないほうがいいでしょうね。彼の精霊は、ティファニー嬢に対して無防備です。悪意を抱いたものがティファニー嬢を通して伝説の精霊を利用しようとするようなことがあれば危険です」
「俺の息子だと公言してしまってもいいが」
「いえ、むしろ公然の秘密としたほうがいいでしょう。わざわざ認めれば、何か隠したいことがあるのではないかと裏を探ろうとする輩がいるかもしれません」
少なくともわたくしはそうします、というジルの心の声が聞こえたオーガストは、そんなひねくれた奴はお前くらいだと思いながらも口には出さず、神妙に頷いた。