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それは偶然(2)

サラ、とドレスの衣ずれの音とともに現れたのは、ティファニーが知るどんな貴婦人よりも貴婦人らしい女性だった。年の頃は、女として熟し始める20代の前半くらいだろうか。黒々とした髪と真っ白な肌のコントラストが、清らかでありながらどこかなまめかしい。

挿絵(By みてみん)

「突然押しかけてしまって申し訳ありません。わたしは‥‥」

「存じておりますよ、ティファニー・ガーラント嬢。どうぞお掛けになって」

思わず立ち上がったティファニーに掛けるようにすすめ、占い師はティファニーと机を挟んだ正面に座った。

どうして自分の名前を知っているのかと首をひねったが、精霊の声が聞けるのならそうしたこともあるのかもしれないと思いなおした。

「精霊の声を聞いたわけではありませんのよ」

心を読んだような占い師の言葉に、ティファニーはびっくりして目を見開いた。

「占い師というのは、人の心まで読めるのですか?」

「ニンナとお呼びください。わたくしは占い師ではありませんわ。人の心も覗くことはできません。ただ少し精霊の声を感じられて、それを役立てて皆さまご相談にお応えしているだけなのですもの」

「では、ニンナ様。なぜわたしの名前をご存知なんですか?」

目の前の女性は、ふふ、と含み笑いをして答えた。

「種明かしをしてしまうとね、実は馬車を見ましたの。ガーラント家の紋章がはいっていましたでしょう。あれで、あなたのことがわかりましたの」

「紋章だけでお分かりになったのですか」

紋章は無数と言っていいほど多く存在する。取るに足らない下級貴族の紋章までわかるとしたら、人の心を読むことができなくても十分すごい。

「ガーラント家の紋章だったから、ですわ。前々から一度お会いしたいと思っておりました。弱冠6才にして精霊もちとなったクリスチャン・ガーラント様の、お姉さまですもの」

ティファニーの表情がすっと消えた。しかしそれは一瞬のことで、すぐに真剣な目でまっすぐにニンナを見詰め、宣言した。

「弟が精霊と出会ったのは偶然よ。何も特別なわけじゃないわ」

ニンナは静かに答えた。

「ええ、わかっておりますよ。自分の片割れとしてこの世に生まれた精霊に会えないまま人生を終える貴族もいる。その一方であなたの弟さんのように、早くから精霊を得る貴族もいる。その違いなど、ただ巡りあわせなのでしょうね」

ティファニーは過敏に反応してしまったことが恥ずかしくなった。ニンナがクリスのことを言った途端、ほかの大人たちのようにクリスを特別扱いしていると勘違いしてしまった。

弟が精霊もちとなってからというもの、ティファニーはこの話題に敏感になった。クリスが精霊もちになった途端、手の平を返すように褒めるようになった上位の貴族たち。そのくせ彼らは、悪いことがおこると、クリスを責めるのだ。精霊もちだから何とかして当たり前だ、と。

ティファニーはクリスを守ってきた。その様子は、ちょうど母猫がわが子を守るのに似ていた。

「お会いしたいと思っていたのは、弟さんのことが理由ではありませんのよ。金糸の髪に澄んだ湖の瞳。お話に聞いていたとおりのかたですのね」

ティファニーは、ぱちぱちとまばたきをした。

金糸の髪に澄んだ湖の瞳。ティファニーはまっすぐに伸びた細い金髪と、透き通ったブルーの瞳をもっている。しかしそれを特に意識したこともなかったので、それが自分を指しているのかどうか、ぴんと来ない。

「金糸の‥‥とは、もしかしてわたしのことですか?」

「ええ、つまりあなたは精霊もちの弟さんのことだけでなく、その容姿も貴族たちの関心の的なのよ」

「まさか。わたしはまだ社交界にデビューしていませんし、貴族の知り合いも多くはありません。まして社交界で美しいかたがたを見慣れている貴族の一体誰が、わたしなどに関心をもちましょう」

「まあ!かわいそうな殿方たち。本当に気づいていないのね」

首を傾げたティファニーに、ニンナはおもしろくて仕方がないといったふうに白い喉を見せて笑った。

「ええ、いいのよ。あなたはそれで。でも、本当に?ハサウェイ卿のことも?」

ニンナの話はほのめかしが多くて理解するのが難しかった。ハサウェイ卿とティファニーは従兄妹同士ではあるが、彼の家はガーラント家とは比べ物にならないほどの権勢を誇り、さらに彼自身は、社交界に出入りしていないティファニーの耳に入るくらいに華やかな噂をまき散らしている。

「‥‥従兄ですが」

ティファニーの返答がツボに入ったらしく、ニンナは肩を震わせて笑った。

ふと、どうして自分のことが話題になっているのかとティファニーは思った。そもそも自分がこうして来た理由は、父のことを占ってもらうためで自分の話をするためではない。

しかし衝動的な不安が去ってみると、もはや父のことを占ってほしいとは思えなかった。父が無事に帰ってくるのか、本当に答が聞きたいわけではなかった。

「ごめんなさいね。わたくしが話してばかりだわ」

ひとしきり笑った後、ニンナがティファニーに話しかけた。

「それで、あなたが今日いらしたのは、どういった理由だったかしら」

こうして、やっと本題に入ったのだった。




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