初志貫徹(1)
すみません、「アーチの下で」を一時取り下げました。
ティファニーが出仕を始めるにあたり、必要なものはすべてジルが手配をしてくれた。
居室は、『封印の間』と呼ばれる精霊の塔の最奥にある秘密の部屋の控えの間で、ドレスはすべてそろえられている。
彼女の身の回りの世話をする召使いも用意されていた。
その召使いたちは、ティファニーよりよほど血筋の良い年上の女性ばかり。
こんなどこの出かも分からないような小娘に仕えるのは不満だろうに、ティファニーが少しでも働こうとすると「そんなことはお申し付けください」と言って、ぱっぱと仕事を済ませていく。
勝手の分からない塔で暮らし始めて1週間もすると、むしろ自分が手伝おうとしない方が事が早く終わるということをティファニーは理解し始めていた。
鳶さんは相変わらずティファニーの側にいた。
結婚前の若い年頃の女性が美しい男と暮らすなど、到底考えられないことだったが、王弟はあっさりと「君の部屋はエロースの続きの間だ」と言った。
召使いたちも、本当はどう思っているのかは分からないが、何も言わずこの状況を受け入れている。
たまに物問いたげな瞳を向けられることはある。
しかしティファニーはその視線に答えることができなかった。
彼女自身、今はどういう状態なのかよくわからないのだから、説明しようがなかった。
「それにしても、することないわね」
ティーカップを片手に、ティファニーは呟いた。
部屋から出ることはほとんどない。
出ようとするとすかさず「何のご用事でしょうか。必要なものがありましたらお持ちします」と召使いが現れるので、なんとなく外に出られないでいる。
ななめ前の椅子に座る鳶さんはなにも気にしていないようだ。
ティファニーは部屋を見回して、クレイティアがこの部屋の主だったときはどう過ごしていたのだろうかと考えを巡らせた。
そう、この部屋は、ティファニーは来るまではクレイティアのものだったのだ。
そのことを知ったのは、塔にやってきてすぐの頃。今日のように紅茶を飲んでいるときだった。
慣れない高そうな茶器に緊張して思わず中身を足元の絨毯にこぼしてしまったとき、やけどをしていないか急いで側にやってきた召使いにティファニーは謝った。
「大丈夫、ドレスにはかかっていないわ。でも、絨毯にこぼれてしまったわ。せっかく素敵な模様なのに、汚してしまってごめんなさい」
「いえ、これはクレイティア様の‥‥」
召使いははっとした表情で急いで口を閉ざしたが、ティファニーはすでにその言葉を捉えていた。
「この絨毯は、クレイティアのものなの?」
「いえ、あの‥‥」
「なぜ‥‥もしかして、ここに住んでいた?」
ティファニーは思わず、動揺した召使いをまじまじと見てしまった。
彼女もそのときはクレイティアに仕えていた違いない。
鳶さんも侍女も部屋も、すべてクレイティアのものだった。
ティファニーはそっくりそのまま、彼女の場所に座っているのだ。
クレイティアがここで鳶さんと寝起きをともにしていたかと思うと、非常に複雑だ。しかし―――
―――あれはきれいなお人形さん。何も見ず、何も聞かず、何も感じない。
クレイティア鳶さんを評して言った言葉が脳裏をよぎった。
彼女と王弟殿下の言い方からして、彼はまるで人形のようだったに違いない。
それならば、召使いたちが鳶さんのことを見て見ぬふりをするのも頷ける。
ずっとこんな、まるで空気のような扱いを受けていたのだ、かわいそうに。
ティファニーは綺麗すぎる男に同情した。
そのことを思えば、クレイティアに対する申し訳ないという気持ちも消える。
鳶さんのためには、自分がここにいてもいいのだ。
自分がこの部屋の主になったからには、もう鳶さんをそんな風に扱わせるつもりはない。
こうして部屋を移り、正式に鳶さんの保護者になったからには、ティファニーは腹を決めるしかなかった。
王弟殿下に宣言した通り、鳶さんに人の感情というものを取り戻させ、自立させるのだ。