それぞれの思惑(1)
ティファニーはベッドに仰向けになって、高い天井を見ていた。背中を預けたベッドはふかふかで、与えられた部屋も広い。拘束というからどんなひどい牢獄に入れられるのかと思ったが、連れられてきたのは精霊局の一室で、まるで貴賓室のような部屋だった。ただ、外にでることはできなかった。窓はなく、扉もきっちりと閉められている。
他にすることもないので、考えるのはこの怒涛の一週間のことばかりだった。ニンナ様のところを突然訪ね、そこで『まっすぐ帰ったほうがいい』といわれながらもトラブルに見舞われて街に寄ることになり、そこで男女の愁嘆場を目撃する。突然その男(鳶さん)が馬車に乗り込んできて逃げようとしたら雷を落とされてその男を屋敷に連れて帰り、そしてなぜか男は出て行ってくれない上に数々の誘惑を仕掛けてきて、弟は男がジゴロだと言うし、本人は自分のことを精霊だといって身元を明かそうとしないし話が通じない。やっと言うことを聞いてくれるようになってきた鳶さんを置いて屋敷の外に出てみれば、鳶さんの別れた女に連れ去られて王弟殿下に拝謁させられた。女に失礼なことを散々言われて、さらに鳶さんのことを悪く言われて、こんな人たちに彼を任せておいては彼が駄目になってしまうと思って、勢いで鳶さんを渡さないと宣言してしまった。
ティファニーのいなくなった執務室で、クレイティアは王弟に訴えていた。
「今のうちに、あの方を迎えに行くべきですわ。本当ならば向こうからの反応があってからにしたいところですけど、彼がここを出て行かれた経緯を考えれば、これ以上時間をかけても意味はないでしょう」
クレイティアが言いたいことはわかっている。あの不安定な精霊を外に出しておくのは危険だ。これまではうかつに手が出せなかったが、ティファニーを通じて屋敷の中の人間を避難させ、あの危険物に接触できればそれでいい。
しかしガーラントは少女の言葉が気になって、決断できないでいた。
「それだ。なぜあのかたは、この一週間大人しくガーラント家にいたのだろうな。それに、お前の話では、自分から馬車に乗ったそうではないか。もしかしたら、彼女もお前と同じで、あのかたに声を届ける能力をもっている可能性は考えられないか?」
クレイティアの眉が跳ね上がった。
(あんな何も考えていなさそうな小娘が、そうであってたまるものですか!)
顔には出さなかったが、クレイティアの心のなかは煮えくりかえっていた。
「もしそうならば、役にたつかもしれない。ガーラント家といえば王党派の人間だ。同じ陣営の者同士がつぶしあう必要はない。それにあの娘に何かあれば、リチャードが黙ってはおるまい」
「残念ながら、あの娘は違いますわ。あのかたの一番側近くでお仕えしていたわたくしには分かります」
クレイティアはその能力のおかげでこうして特別な位置にいる。王弟と率直な話ができるのもそのおかげだ。それがなくなったときを想像して、背筋を寒くした。
(なにより、彼を他の誰かと共有するなんて、冗談じゃないわ!)
クレイティアはさらに言った。
「国家の守護精霊が封印の地から解き放たれたるなど、この500年一度もなかったことではありませんか!それが事実と確認されなかったとしても、そんな噂がたつだけで王権は揺らぎかねませんわ」
「クレイティア、出過ぎたまねはするな。お前の仕事はあのかたの声を聞き、こちらの声を伝えることだ。政治のことに首をつっこむでない」
口をつぐんでうつむいたクレイティアに、オーガストは表情をゆるめた。厳しいことは言っても、王弟は彼女を幼い頃から知っているので、何を考えでいるのか想像がついた。
「たしかに、秘密というものは知るものが少なければ少ないほどいい。ばらばらな事実をつなぎ合わせて真実に辿り着くものがいないとも限らないしな」