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そうは言ってもいられない(3)



「突然の訪問、ご無礼いたしますわ。この女です、殿下。この女が、あの方の最後の足取りを知っているのですわ」

強引に連れてこられた部屋で会わせられたのは、大きなデスクに座ってはいるが椅子に座ってじっと仕事をしているよりも、身体を動かす仕事をしているほうが似合う、柔軟な筋肉に覆われた肉体をもつ美丈夫だった。

殿下と呼ばれた男は、片方の唇を吊り上げ値踏みするようにティファニーを見ている。

「ごあいさつなさい、王弟殿下よ」

女の言葉に、まさかそんなばかな、という言葉ばかりがぐるぐると頭を巡った。しかし王弟殿下といえば、代々精霊局の局長を務めていることを思い出した途端、それが本当のことだと理解した。ではここは、精霊局なのだ。

(さっきジルさんを見たと思ったのは、間違いじゃなかったんだわ)

さっと背筋を伸ばし、「お初にお目にかかります。ガーラント子爵の娘ティファニーと申します」と言って頭を垂れた。

顔をあげていいという許しが出るまでそのままの姿勢で待つ。しかし許しの声はなかった。

(いつまでこうしていればいいのかしら)

そう思ったとき、視界に男のつま先が入った。

「顔を上げよ」

ゆっくりと顔を上げると、すぐ目の前に王弟殿下が立っていた。熱気が伝わりそうなほど、圧倒的な存在感のある男だ。びくともしなさそうな厚い胸板と、男盛りの自信を滲ませた琥珀色の瞳。彼を賛美して語られた言葉は、決して誇張ではなかったのだと実感した。

これが、王弟――オーガスト殿下その人なのだ。

「ティファニーか。もしやそなたの従妹の名をリチャードというのではないか?」

「はい、リチャード・ハサウェイはわたくしの従兄でございます」

「はっ、あの伊達者の大切な“従妹殿”とこんなところで会えるとはな。おもしろいものだ」

従兄のことを気に入っているのかそうではないのか判断のつかない言葉に、ティファニーは困ったように微笑んだ。

「会えて嬉しいぞ。会わせろとずっとリチャードに言っていたのだ。そなたの従兄は一見軽そうに見えるが、実は頑固で融通がきかん奴だぞ。‥‥だがそれゆえに、信頼している」

がっしりとした大きな手が、ティファニーの頭を撫でた。

頭を揺さぶられながら、畏れ多いことだというのに、なんだかくすぐったい気分になってしまうティファニーだった。

しかし聞こえてきた冷たい声が、そんな気分を吹き飛ばした。

「ハサウェイ卿のその信頼を、従妹に裏切ってほしくないものよね」

「クレイティアの言うことは気にしなくていいぞ、ティファニー。ただ、一週間前にそなたの馬車に乗り込んだ男がどこへ行ったのか教えてくれればいいだけだ」

「あの方が馬車に乗ってきたあと、あなたがどうしたのか説明なさい」

「別にティファニーのことを責めているわけではない。そなたは、ただ馬車に乗っていたら男が一緒に乗ってきたという、それだけなのだから」

たて続けの言葉にティファニーの頭が混乱する。優しさを装った王弟の言葉に追い討ちをかけられ、やましいことがないというのに、ティファニーは家に滞在している男について口に出せなくなっていた。

「言ってみれば、そなたは被害者のようなものだ。そうだろう?」

実はこのとき、クレイティアとオーガストは、探している人物がティファニーの家に滞在していることを予想していた。辻馬車の御者をしらみつぶしに当たり、あのときの御者が二人をガーラント邸まで送り届けたことを突き止めていたのだ。

権威からの圧力。自分に非があると思ったところで、自分は悪くないんだという逃げ道。追い詰められたときにその道にすがるのは自然なことだ。顔を青ざめさせたティファニーにオーガストは少女の陥落が近いことを感じていた。思い通りにことが運んだ満足感と、しかし同時に小さな失望もあった。

(あのリチャードが大切にしているくらいだから、どんな娘かと思えば、意外と普通な‥‥)

そう思いかけた彼の思考を、小さな声が打ち破った。

「知りません」

ティファニーは顔を上げ、まっすぐにオーガストの目を見返した。その瞳には、決然とした意志が宿っていた。

「まぁまぁ嫌だわ、お嬢ちゃんったら」

クレイティアが耳障りな笑い声をたてた。

「もしかして、彼をかばおうとしているのかしら」

ティファニーのあごを、つぅ、とひとさし指をで辿り、馬鹿にしたように少女を見下ろす。

「あなたみたいに彼にのぼせてしまう女はたくさんいるわ。でもその誰一人として、彼は見ていない。あれはきれいなお人形さん。何も見ず、何も聞かず、何も感じない。どんなに尽くしても、決して心を返してくれることはない。あなたの手に負える相手ではないの」

ぱしん、とティファニーが女の手を振り払った。怒りに燃える目で、クレイティアを睨む。

「あ、あなたたちがそんなんだから‥‥」

怒りのあまり声が震えたのは初めてだ。それくらいの怒りを、この二人に感じていた。

「あなたたちがそんなんだから、彼がああなったのよ!何も感じないですって?あなたは今まで、彼とそんなふうに接してきたの?」

二人の言い草は、一人の意志のある人間に対する扱いではない。

(だから彼は、自分が精霊だなどと信じてしまったのだ!)

「確かに、彼は不器用だわ。無表情だし、言葉も少ないし。でも、それは人間として扱われてこなかったからよ」

(あんなに寂しがりやなのは、愛情が足りてなかったからなのね)


「わたしが彼を自立させてみせるわ!!」


ティファニーは宣言した。






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