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そうは言ってもいられない(2)


「天使みたい」

自分がよくそう言われる容姿をしていることは、自覚している。さらさらの金の髪に、空色の瞳。上目遣いでお願いすれば、たいていの大人は聞いてくれる。

でもその心の中は、決して天使のようだとは言えない。

(でも、それでもいいと思う)

だって、自分の大切なものを守るためだから。


主のいなくなった部屋の中で、クリスはソファに座ったまま動かない男に話しかけた。

「ねぇ、鳶さん」

男はちらりとクリスを見て、すぐに興味を失ったように視線をそらした。

「姉さんのドレスっていくらするのか知ってる?今のガーラント家の財産だって、年に何度も新調できるわけじゃないんだよ。それもすべて僕が相続するから、姉さんは夫のお金でドレスを新調するようになるわけだ」

クリスは気にせずに続けた。最初の頃に比べれば、クリスの呼びかけに視線を向けてくれただけでも上出来だ。

「鳶さんは、姉さんを養うことができる?鳶さんが最初に来ていた服が、本当にあなたのお金で買ったものだったら、姉さんを養うことくらい、簡単なんだろうね」

精霊使いだったらその資格を失うだけで結婚することが出来る。しかし女に養われて生活するような男では話にならない。

「でも、荘園の管理は?使用人たちを使うことは?宮廷の有力貴族たちの口利きは?いざとなったら、姉さんを守るために戦える?」

男はなおも無表情だった。

「従兄妹のハサウェイ卿はさ、そのすべてが出来るよ。そして、姉さんを妻にしたいと思ってる」

ぴくり、と男の眉が動いた。ゆっくりと、鳶色の瞳がクリスを捕らえる。

「あなたは姉さんに何がしてあげられる?彼を越えるほどの人じゃないと、姉さんは渡せない」

その瞳を、クリスは真っ直ぐに見詰め返した。



一方その頃。

ティファニーは馬車の外に流れる景色を楽しんでいた。よく考えてみれば、男が来てから一週間以上、一度も外に出ていない。

男はティファニーによく懐いていて、大の大人を相手にこう言ってはなんだが、まるでペットの犬を飼ったような気分だ。出来れば仕事が見つかるまで置いてあげたいが、そうは言ってもいられない状況になってきた。

(あのままじゃあ、本当にわたしに養われるジゴロになっちゃうわ。なにかあの働く気力のない男でもできるような仕事を探してあげなくちゃ)

ティファニーは心を切り替えて、買い物を楽しむことにした。

まずは行きつけのお菓子屋に入り、砂糖菓子を選ぶ。形もかわいいこの店の商品は、見ているだけでも楽しくて、いつの間にか時間が過ぎてしまう。

新商品をいくつかと、弟へのお土産にお気に入りのお菓子を買って店を出たティファニーの背後で、女性の叫び声が響いた。

「あなたっ!」

思わず振り返ったティファニーの見たのは、一週間前に男にすがりついていた女性だった。女性は目を見開いて、ティファニーを凝視していた。

思わず逃げようとしたティファニーの手首を驚くほどの速さで捕らえた女性は「誰か!」と叫び、その声に応えて、わらわらと同じ制服に身を包んだ男たちが現れティファニーを囲んだ。今までどこに隠れていたのかと思うほどの人の多さで、人の壁が出来ている。

「あなた、ちょっとついて来てちょうだい」

きっぱりと言い切ったその言葉は、相手の返事などまったく聞く気のないただの命令だった。


(鳶さんと似た者同士だわ!何だってこう、力で人を思い通りにしようとするのかしら)

主人のお嬢さまが攫われていくのを引きとめようとした御者に、目で大丈夫だと伝え、ティファニーは女性と一緒に馬車に乗り込んでいた。

クレイティアと名乗った女性は、行き先を告げることなく馬車を走らせた。

ティファニーは意地になってクレイティアを無視し、窓の外を見詰めていた。馬車の箱の中は重い沈黙に包まれ、車輪の音がやたらと大きく感じる。

ちらりと横目で女性を見る。先ほどからティファニーを見ていたのか、視線がばっちりとあってしまって、すぐに窓の外に視線を戻した。

クレイティアは波打つ赤茶色の髪に若葉色の瞳の豊満な美女だ。

(こんな人が、鳶さんと一緒にいたのね‥‥)

つい、ちらりと自分の胸元を見下ろした。申し訳程度にしか盛り上がっていない、小さな胸。

クス、と小さな声が聞こえて、つんと顔をそらして関心のないふりをした。

だが無関心を装っていられるのもそこまでだった。

馬車は市街地を抜けエクラン地区を抜け、王宮の門までやってきた。馬車は止められることなく門を通過し、迷うことなく進んでいく。

ティファニーの顔が青くなっていった。

(わ、わたし何かしたっけ?この人って、そんなにすごい人なの?まさかこの人から鳶さんを奪った罪で、牢獄行き?)

ああ、やっぱり砂利石じゃりいしのように踏み潰されてしまうのかと絶望したとき、馬車がとまった。

馬車を降りたティファニーの目の前には、旧時代風の重々しい建物があった。華やかさはないものの、歴史の荘厳さがある。

ティファニーの腕をつかんだクレイティアは、その建物の中にずんずんと進んでいった。ティファニーはもう抵抗する気力もなく、引きずられる人形のようにふらふらと女についていった。

(ああ、一生に一度あるかないかの王宮に足を踏み入れる機会だったっていうのに、わたしったらこんな格好で‥‥髪もぐしゃぐしゃだし‥‥)

ティファニーは現実逃避を始めていた。びっくりした顔をしたジルが視界の端に映った気がしたが、それも気のせいかもしれない。

建物の一番奥の扉まで進んだ二人は、扉の前に立っている兵士に面会を伝えた。

「お約束は‥‥」

「いいから通しなさい!」

「はっ」

両開きの扉が開き、中に足を踏み入れた途端、クレイティアはティファニーの腕を解放した。

ふかふかの絨毯に足をとられそうになりながら、顔を上げたティファニーの目に飛び込んできたのは、何から何まで一級品の家具でそろえられ、それでいて一つひとつが主張せずに上品に調和した部屋と、その部屋の中心に置かれた大きなデスクの椅子に座った、この部屋の主だった。



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