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人殺し

 数週間前まで、ぼくはみんなから、いじめられていた。上履きを隠されたり、悪口を言われたり、机やノートにラクガキをされたり、殴られたり、蹴られたり。そういう事を、毎日のように。

 そんな日々が続いていく内に、少しずつ精神を削られていくように、ぼくは無気力になっていった。

 何をされても反抗しない。涙も流さない。絶望感と閉塞感に押し潰されるような生活。ただただ、自分が死ぬ事ばかりを願っていた。早く楽になりたい。早く楽になりたい。楽になるには、死ぬしかない。

 そう、思い込んでいた。

 でも、ある時から、ぼくはいじめられなくなった。それは、アキラくんという子と友達になってからだ。ぼくはアキラくんの事を、四年生になるまで知らなかった。そして、学年が上がって、アキラくんと知り合い、友達と言えるくらいに近しい関係になると、ぼくは突然にいじめられなくなったのだ。

 なんでだろう?

 はじめの頃は、ぼくは自分がいじめられなくなった原因が、アキラくんにあるとは思っていなかった。だけど、ある時、ふとアキラくんが皆から怖がられているような気がして、そう思った瞬間に、ぼくがいじめられなくなったのが、アキラくんと友達になった辺りからだという事に気が付いた。

 アキラくんは、乱暴者といったタイプじゃない。むしろ、逆に優しくて大人しい。乱暴なタイプだったら、多分、ぼくと友達になんかなってくれていなくて、恐らくは、ぼくをいじめていただろうと思う。

 ただし、アキラくんには、何処かしら、冷たい迫力のようなものがあった。笑っている時だって、熱がないように思える。いい意味で捉えるのなら、さわやかな印象ってなるのだと思うけども、そこに皆の、どこかしら脅えているような視線が入ると、なにかまったく別のものに見えてしまう。

 アキラくんには、というか、アキラくんにも、ぼくの他、友達はいない。ぼくと同様、みんなから浮いているんだ。ただ、のけ者というみじめな印象はそこにはない。そしてもちろん(もちろん、と書いてしまうしかないように思う)、アキラくん自身も、それを別に気にしていないように見える。彼は、一人でいても、きっと寂しさは感じないのじゃないだろうか?

 じゃ、どうして、ぼくと友達になってくれたのか?

 本当は、彼も独りを寂しく思ってた?

 いや、

 ……もしかしたら、単なる気まぐれなのかもしれない。


 アキラくんがこんなことを言った時がある。

 「ねぇ キミは、自分が死ぬのを考えた事があるかい?」

 それは、虫の死骸を、たくさんのアリ達が巣に運んでいるのを見つけた時だった。その光景を二人で観察しながら、ふと彼はそんな事を言ったのだった。

 虫の死骸は、これから、アリ達の食料になる。

 「え?」

 ぼくはそれを聞かれて、少し驚いてしまった。

 自殺したい、とはいっつも思ってた。でも、それが、死に、本当の“自分の死”に結び付くというリアルな想像を、ぼくはしないできた。自殺を望む気持ちは、胸の苦しさに追い立てられた時に自然に沸いてくる、逃げ道というか、癒しというか、とにかく、そんなモノで……、本当の“自分の死”とは違っているような気がした。

 でも、

 アキラくんからその言葉を聞いた時、ぼくはそれを本当だと感じてしまっていたのだ。

 ぼくが困っている様子を見てか、アキラくんは続けて、こう訊いて来た。

 「じゃ、人を殺すことは?」

 「ないよ」

 ぼくは、今度は即答をした。というよりも、条件反射したといった感じだ。人を殺すこと?

 なんで、その時に彼がそんな質問をしたのか、結局分からなかった。ぼくは何も聞けなかったし、彼も、それ以上を語らなかったから。

 ただ、その時、何故か彼は、うっすらと微笑んでいた。


 コンビニエンス・ストア。

 そこで二人で買い物をした時、ぼくは自分に渡されたお釣りの小銭を見て困った。何故、困ったのかというと、目の前に募金箱が置いてあったからだ。

 『飢餓や貧困で苦しむ子供達へ、救いの手を』

 500円分の募金で、どれだけのワクチンが供給できるのか、そして、それで、どれくらいの子供が救えるのか。

 そんな事が書かれてある。

 ぼくは迷った挙句、自分の持っている数十円を、その募金箱に入れた。店員さんの目を気にしながら。偽善者だって、思われてるかな? いい人だって、アピールしてる嫌な奴みたいに思われてないかな? そんな事をウジウジと気にしながら。

 アキラくんは、そんなぼくの様子に気付いているのか、いないのか、涼しい顔をして自分のお釣りを募金箱に入れていた。なにげない自然な仕草で。そして、店を出た後で、ぼくに向かって、こう尋ねてきたんだ。

 「人が死ぬのは、嫌かな?」

 ぼくは、先の自分の迷いのなごりがあったものだから、照れ笑いをしながら、言い訳のようにこう言った。

 「いや、ほら、さ。やっぱり、リアルに想像できちゃうと、嫌だよね。あんなふうに、数字が書いてあると、特に。

 あそこで、ぼくがお金を入れなかったら、人が死ぬのかもしれないのでしょう? なんだか、自分の所為みたい思えて」

 アキラくんは、それを聞くと数度頷いた。

 「うん。そうだね。想像できちゃうと、嫌だよね。でも、という事はさ。逆を言えば、想像できなければ、別に何人死んだって平気だって事になるよね?」

 え?

 そう返されて、ぼくは困った。

 良い、とも悪い、ともアキラくんは言わなかった。平気か、どうか。平気か、どうかで言うのであれば、多分、平気……だけど。

 何か釈然としない。

 「……うん」

 ぼくは戸惑いながらそう答え、そして、同時になんでそんな質問をするのか、といった表情で彼の事を見た、と思う。すると、彼は笑いながら、こう答えたんだ。

 「ぼくはね、別に、人の死を想像できたって辛くないんだよ。何人死んだって、平気だな。もちろん、自分の目の前で死にかけてる人がいたなら、助けようとするかもしれないけど。想像するくらいじゃ、平気。例え、自分の所為だとしたってね。でも、それって、想像しなけりゃ平気でいられる事と、一体、どれだけ違うのだろう?」

 ぼくはアキラくんが何でそんな事を言うのか、よく分かっていなかった。でも、その時のアキラくんの顔が、少しだけ、悲しそうに見えたのだけは覚えてる。


 階段がある。

 滑り止め、が一段、一段に取り付けられていて、そこに足をかけ、毎日、人が昇り降りする。その一つに、ぼくが足をかけようとしたところで、アキラくんが言った。

 「そこの滑り止め、取れかけてるから気を付けた方がいいよ」

 「あ、どうも」

 よく気が付くものだな。お礼を言いながら、ぼくはそう思った。続けて、アキラくんはこんな事を言う。

 「癖って、人によってあるもんでさ。その危ない場所を、毎日、踏んで歩いてる人もいると思うんだよ。もちろん、本人は気付いてないかもしれないけどさ。もし、そこがもう少し壊れちゃったりしたら、多分、その人、転んだり、するのだろうね」

 相変わらず妙なことを言うな、とそれを聞いたその時はただ思ってた。でも、それから数日後、女の子が、その場所で転んだのだ。大した怪我にはならなかったけど、タイミングが悪ければ、どうなっていたかは分からない。

 ぼくはその時に、アキラくんの言葉を思い出して、少しばかり怖くなった。もしかしたら、アキラくんは知っていたのか? それどころか、もしかしたら、アキラくんが、それを……。


 ある時、アキラくんが、ぼくに向かってこう言った。

 「君は、もう、死なないみたいだね」

 って。

 「え?」

 ぼくはそれを聞いた瞬間、カタチを持たずにモヤモヤしていたものが、確りと見えるようになったみたいな感覚を覚えて、そして、自分がそんな感覚を覚えた事を不思議に思って、全体として動揺をした。

 アキラくんが、どうして、ぼくと友達になったのか……。

 「以前の君は、少しずつ無気力になっていっているように思えたよ。毎日、毎日。ストレスって、少しなら人に活力を与えるらしいのだけど、あり過ぎると、人を無気力に変えてしまうらしいんだ。もちろん、まだ自殺をするとまでは思えなかったけど、あのまま進行していたら、危なかったのじゃないか、とそう思ってたんだ。ぼくは」

 君は、もう、死なないみたいだね。

 ぼくは、微かな恐怖を感じた。

 ぼくは、いじめられていた。つまり、ぼくは、殺されかけていた? アキラくんは、それをどんな思いで見つめ、そして、どんな思いでぼくと友達になったのだろう?

 アキラくんは続ける。

 「人が、進んで人殺しを行ってしまうケースの、その一つ。集団になる事。集団になると、人は、簡単に人を殺す。虐殺とか、戦争とか。例え、それが自分の所為だとしたって気にしないで、そういう状態になると、人は人を殺すんだ」

 ねぇ。

 「それって、人殺しが平気なのと、一体、どれだけ違うと言うのだろう? 人間って、本当に人の命に価値があると思ってるのかな? ひょっとしたら、カスみたいなモノだと感じているのかもしれないよ。反応できなければ、それが失われても、何もしない。理屈でそれを知ったって、感覚が反応しなければ、何もしない。人間なんて、簡単にヒョイヒョイと死ぬ。昔は、有り触れて、そうだったらしいし、余所の貧乏な国じゃ今もそうだよ」

 ねぇ。

 どちらが、本当なのだろう?

 こんなモノに、本当に価値があるのだろうか? ぼく以外の人間だって、本当は…

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