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どうかkappaと発音しないでください

 芥川龍之介の代表作の一つ“河童”には、或いはタイトルよりも印象深いかもしれない、“どうかkappaと発音してください”という副題が添えられてある。

 どのような意味があるのかははっきり言って不明だが、狂った雰囲気のある社会批判小説と言われる本作品の装飾としては大変に効果的であると言えるかもしれない。

 ただ、この副題の意味は、実は“そのまんま”ではないのかという説もあるのだ。

 当時は「河童」と書いて、「kappa」と読む文化がそれほど一般的ではなかったのではないか、だから、わざわざ説明する必要があった、というのだ。

 もちろん、真相はまったく分からないが、もしこの仮説が本当だったならば、「河童」と書いて「kappa」と読ませる文化を定着させたのは実は本作だった可能性すらもある。

 因みに、芥川龍之介は妖怪好きとしての一面もあり、妖怪としての河童に対し、論考を行っているという話を聞いた事もある。

 

 ――ま、そんな話は、この小説においてはあまり重要ではない。

 

 “彼”は子供の頃に芥川龍之介の「河童」を読んだ。子供の頃なので、それを正しく理解できているかどうかは(もっとも、大人になってから読んでも同じだったかもしれないが)分からないが、彼はこの小説の河童のお産のシーンを印象強く覚えていた。

 この小説の中の河童は、生まれて来るかどうかを選択できる事になっており、その河童の赤ん坊は「精神病が遺伝する」事を生まれたくない理由の一つに挙げているのだ。そしてそこには「この当時は、精神病が遺伝する事が信じられていた」という注釈が為されてあった。

 芥川龍之介本人が、精神病の遺伝に恐怖していたらしく、このエピソードは明らかにそれに関連している。

 彼はこれを読んだ時、“そんな愚かな迷信が信じられていた時代があったんだ。その所為で苦しんだ芥川龍之介は可哀想だ”などと思っていた。

 そして、長じてから“遺伝子が、精神病の発病に関与している”という話を聞いた時、真っ先にこの芥川龍之介の河童を思い出したのだった。

 芥川龍之介の抱いていた恐怖は、単なる迷信ではなかったのか、と。

 ただ、どうして自分がその話を印象深く覚えていたのか、……どうして思い出してしまったのかは、ほとんど自覚していなかったのだが。

 

 もし仮に、この現実世界がゲームの世界だったとしたらどうなのろう? そのように彼は妄想する事があった。

 生まれて来た環境に、能力を与えられ、どんな人生を送るのかといったゲーム。

 もちろん、そんな事は有り得ない。自分の人生を送った結果、このような自分になった訳で、ならば、その人生というゲームをプレイする人間は一体何者なのか?という話になってしまうからだ。

 しかし、それでも敢えて彼はそう妄想する。そしてそう妄想した場合、自分はこの人生というゲームをそれなりに上手くプレイして来たのではないかと彼は思っていた。90点とは言わないが、80点くらいならば取れているのではないか、と。

 子供は生まれて来る環境を選べない。彼の生まれ育った環境(と性質)は、それほど恵まれたものとは言えなかった。少なくとも彼自身はそう思っていた。

 家は貧乏ではなかったが、彼の父親には酒に酔った上での奇行が目立ち、その影響か、それとも生まれ持った資質なのか、彼自身のコミュニケーション能力は高いとは言えず、他人との差に常に思い悩んでいた。どこか、自分は他の人と違う。

 そんなだから、彼はかなり早い段階で自分の人生を諦めていた。成功することなど無理だろう。無難に過ごせればそれで良い。そのように考えた彼は個性を押し殺し、できる限り注目を浴びるような行動を避けることを目指すようになった。

 上は目指さない。

 自己主張もしない。

 平穏無事に過ごす。

 しかし、それも難しそうだった。

 彼が高校生の時、彼の父親がその奇行の所為で、会社をクビになってしまったのだ。当然ながら、生活の不安が増し、更に父親の家庭における奇行は酷くなった。

 家庭が荒れたのは言うまでもない。

 彼には姉がいたのだが、姉はその所為で家を出てしまった。気は優しいが、経済力も胆力もない母親は、それに対応できず、ただおろおろするばかりだった。

 もし仮に彼が既に社会に出た状態で収入があったのなら、その問題にも対処できたかもしれない。だが、当時の彼は学校の成績こそそれほど悪くはなかったが、社会的スキルは一般の人間よりも大きく劣る、暗い性格の若い男に過ぎなかった。アルバイト程度なら可能だったが、それではとてもじゃないが状況をひっくり返す事などできない。

 結果的に彼や家族にとって地獄のような状態が続いたのだ。

 彼も家族も、その間、辛抱強く耐え続けた。父親はなんとか再就職には成功したが、クビになった事で傷ついたプライドはそれでは回復せず(或いは、慣れない再就職先で苦労していたのかもしれない)、家庭での奇行は酷いままだった。

 普通なら、家庭崩壊してもおかしくはない状態だったかもしれないが、彼はこの地獄のような期間を耐え抜いた。彼が社会に出、収入を得るようになって、生活の不安が後退したからか、父親の奇行が随分と大人しくなっていったのだ。

 彼はそれまでの人生を、ただ我慢し続けて生きて来た。これが良かったのか悪かったのかは分からない。何か能動的に行動していたら、社会的スキルに劣る彼は、人生を踏み外してしまっていたかもしれないからだ。その点は、だから或いは、彼の気の弱い性格が幸いしたと言えるのかもしれない。

 しかし、社会に出るにあたって、彼は生まれて初めて能動的に行動した。

 自身に社会的スキルがない点を自覚していた彼は、技術を身に付けることでそれをカバーしようと考えたのだ。そして、その技術力によって、彼は安定を得た。

 その技術力は彼の社会生活に大いに役に立ったのだ。

 もっとも、技術力があればその他の社会的スキルのなさをカバーし切れるかと言えば、それもまた違っていた。その技術力を活かす為には社会的スキルも要求された。そんな中で、他の人間達と協働できるくらいの社会的スキルを、彼は身に付けていった。ただし、その彼の性格はペルソナなのかもしれなかった。飽くまで、社会に混ざる為に用意した社会上での性格。彼の本当の性格とは言えない。

 だから、彼の根っこの部分には、ずっと子供の頃から感じ続けた劣等感がこびりついたままになっていた……

 

 “もしも、自分の人生がゲームだったなら”

 そう妄想する時、彼はこのようなシミュレーションをする。

 例えば、父親の奇行が酷かったあの時期、もし自分が家を出ていたら、どうなったのだろう?

 彼は時折ニュースになるような、悲惨な結末を想像した。

 一人残された母親は、父親の奇行に耐え切れず、何かしら事件が起こっていたように思えてしまう。

 では、母親へ離婚を勧めるというのどうか?

 これも悪い想像しか思い浮かばない。

 父親には生活能力がない。食事の世話や掃除洗濯といった家事の類は、全て母親に任せっきりだ。

 もし一人になったなら、真っ当な食事すら取らず、健康状態の悪化はそのまま精神を不安定にさせ、何か罪を犯すかもしれない。仮にそうならなくても、何かしら世間に迷惑をかけるはずだ(もっとも、今の状態でも、既に迷惑をかけてしまっているのだが)。

 つまり、彼は自身に他の選択肢はなかったのではないかと考えているのだ。

 自分の人生は一歩踏み間違えれば、直ぐに転落する崖の上の一本道だ。彼はそう考えていた。今まで家庭崩壊しなかった事すら不思議なくらいなのだから。

 そして何故、そのような事を考えるのかと言えば、それは彼が“結婚”を頭の片隅に意識しているからでもあった。

 

 コミュニケーション能力に自信がないとは言っても、社会生活を送っていけば、それなりに異性と触れ合う機会はある。中には気安く喋れるくらいの関係になる相手もいた。だが彼はその一歩先に踏み込む気にはどうしてもなれなかった。

 それはもちろん、自分の家庭で結婚生活を送るなど不可能だと思っていたからだ。それが仕合せなものになるイメージが少しも沸いて来ない。自分の家を経験した事のない人間が、自分の家に長く耐え続けられるとは彼には思えなかったのだ。しかも、父親は既に年老いている。介護までしなくてはならない。これで無事に済むと考えるのは、いくら何でも楽観的に過ぎるだろう。

 女性の方から積極的に声をかけてくる程の魅力が自分にはない事を彼は自覚していた。だから、ただ普通に日常を過ごしさえすれば、結婚と両親を天秤にかけるような選択を迫られるような困った事態にはならないだろうと彼は考えていた。

 

 ………だが。

 

 仄かに期待させる程度、

 ――それでも彼の人生においては充分に事件だった。

 今期から、ある女性社員が同じ課の所属になったのだが、彼を見る視線に明らかに通常とは異なった好意が感じられたのだ。

 彼はそれを願望による錯覚だと思い込もうとした。しかしある日の飲み会、その彼女が彼の目の前の席に腰を下ろしたのだ。しかも、はにかんだ笑顔で。

 何か特別な意図があって、近くの席に座ったようにしか思えない。

 そして、そこに至って、彼はそれが錯覚だとは思えなくなった。

 異性と縁のない人生を送って来た人間にはありがちな話なのかもしれないが、彼はその程度の出来事で、結婚までも連想してしまった。

 父親はもう既にかなりの高齢で、或いはそう長くはないかもしれない。それならば、彼女と一緒になるという選択肢が、現実のものになる可能性も出て来る……

 

 彼が結婚を意識する理由には、個人的な願望以外にも、社会的責任を果たさなければいけないというある種の倫理観のようなものも働いていた。

 現在、日本の出生率は下がりに下がり、社会の存続が危ぶまれる程の事態になっている。だからこそ、海外から人間を受け入れようという動きも盛んになって来ているのだ。

 だから、ある程度の収入のある自分が結婚をせず、子供を作らないというのは、社会的に許されないのではないか?

 そのような事を彼は考えてしまう。

 もちろん、彼は責められるに当たらない。結婚をしたくてもできない条件が揃ってしまっているのだから。

 しかし彼は根が真面目である上に、その劣等感から直ぐに“自分が悪いのではないか?”と思ってしまう性質でもあった。

 

 酒が入った所為もあったかもしれないが、彼にしては随分と饒舌に話をしていた。近くの席の社員達で盛り上がっていたのだが、その輪の一人には間違いなく彼女もいて、そして彼女も楽しそうにしているように思えた。

 ……こんな自分のどこを気に入ってくれたのだろう?

 楽しそうに笑う彼女を見ながら、彼はそう思う。

 そして、彼は芥川龍之介の河童を思い出していた。

 もしも、自分があの小説に出て来る河童だったなら、赤ん坊の頃、果たして産まれて来る道を選択しただろうか?

 

 ……彼が社会に出てからしばらくが経った頃、ちょっとした変化が彼の家族にあった。それは喜ばしい出来事でもあり、同時に深く落胆すべき出来事でもあった。

 彼の父親が酒を断ったのだ。

 そして、これで奇行がなくなると、彼も彼の家族も期待をした。

 ところが、それでも父親には相変わらず奇行が見られ続けたのだった。

 つまり、奇行をする時は必ず酔っ払っていたので分からなかっただけで、父親は酒とは関係なく奇行を行っていたという事になる。

 何かしらの精神的な病であると判断した方が良さそうだった。

 実は彼の親戚には、精神を患った者が他にもいる。或いは、そういう者が生まれて来やすい家系なのかもしれない。

 そして、彼自身だ。彼は子供の頃から、他人との差に苦しんで来た。自分は何か他の人間達とは違っている。

 彼はアレルギー性鼻炎を患っていたのだが、自閉症スペクトラム障害を持った人間には、アレルギー体質の者が多いという。彼が技術力を身に付けられたのは、或いは彼にそんな特性があったからなのかもしれない。

 そういった特別な才能を持った人間には、自閉症スペクトラム障害を持つ場合が少なくないらしいのだ。

 彼は不安に思っていた。

 果たして、そんな自分が子供を作る事に積極的になるべきなのだろうか? もっと他の“問題のない”人間の子供を残す為に限られた資源を使うべきではないのか?

 世の中には、問題を起こしてしまう人間がいる。彼は一歩間違えれば、自分もそんな人間の一人になっていたのではないかと思っていた。

 例えば、親の地位が高い所為で、高いプライドを育ててしまった。ところが、そのプライドを満足させられるだけの力が自分にはない。その力を身に付けられるだけの努力をする精神力もない。そして、鬱屈した想いに耐え切れず、高いプライドを満足させる為に暴力に走る。

 誰かに支えてもらえたなら、そんな状態でも乗り切れるかもしれないが、その為のコミュニケーション能力もない。

 そして、直接の原因になる訳ではなくても、自分が生まれた時から持っている遺伝的特性が、そんな状況を作り出す要因の一つになってしまう可能性があるのだ。

 果たして、そんな遺伝子を持ってしまっているかもしれない自分が、子供を作る事に積極的になるべきなのだろうか?

 

 「――そういえば、鼻が弱いのですか?」

 

 不意に彼女がそう話しかけて来た。彼はアレルギーの発作によってくしゃみが止まらなくなることが季節の変わり目などに度々あるのだ。それを彼女は目撃していたのだろう。

 彼はそれを受けて、アレルギーを持っていて、子供の頃からずっとそうなのだと説明をした。

 自分の遺伝子は、もしかしたら、どこかおかしいのかもしれない、そう思いながら。それを隠しながら。

 すると彼女はころころした声でこう言う。

 「もしかして、夏生まれですか?」

 その質問の意図が分からないまま、彼は頷く。すると、「やっぱり」と言って彼女は笑った。

 それから彼女はこう続ける。

 「夏生まれの人ってアレルギーを患っている確率が高いらしいんですよ。ほら、夏って雑菌の類がたくさん繁殖しているでしょう? そんな中に生まれて来るからだって」

 彼はそれを聞いて、やや驚いたような顔を見せた。そんな彼の表情が面白かったのか、彼女はくすりと笑う。

 

 ダーウィンのいとこのフランシス・ゴルトンは、優生学という言葉を創り出した。彼は家畜の品種改良と同じ様に、優良な人間だけを選択していけば、人間もより優秀に進化していくと考えたのだ。

 しかし、そんな彼は、ある疑問を抱えていたらしい。

 天才を産み出す家系は、遺伝的には劣勢である場合が少なくない。つまり、遺伝的な強さと社会上での優秀さは必ずしも一致しないのだ。

 更に、フランシス・ゴルトンの思想は、様々な政治的な問題を生んでしまった。

 人間はより住み良い社会を実現することを目標の一つにしている。その考えと、優生学の発想は結びつかない。優生学の発想を実現しようとすれば、不幸な社会が出来上がってしまうからだ。

 また、そもそも“優秀な人間”を選別する為の基準などこの世の中には存在しない。いや、もしあったとしても、人間にそれを見極められるはずがない。

 誰かが無能だと判断した人間が、実は世の中にとって、とても優秀で役に立つ存在であるのかもしれないのだ。

 ――だから、そもそも優生学の発想は、根本から破綻している……

 

 先進国になり、経済発展すればするほど、自閉症スペクトラム障害や統合失調症の患者の数は多くなる傾向にあるのだそうだ。また、アレルギーの発症に関しても似たような傾向があるのだとか。

 ならば、その主な要因は、経済発展に伴って起こった何かしらの環境の変異にあると判断するべきなのかもしれない。

 最近では、人間の身体を棲家とする数多の微生物達…… マイクロバイオータが、自律神経、免疫系をも含む人間の精神に大きな影響を与えている事が知られるようになった。そして、先進国の多くでは、このマイクロバイオータを蔑ろにしている。

 “遺伝子”を、その犯人にしてしまうのは、あまりに早計に過ぎるのかもしれない。遺伝子に注意を払うよりも、腸内細菌などとの付き合い方に気を付ける方がより有意義である可能性がある。

 

 酒のお陰もあったのかもしれないが、彼女は楽しそうに笑っていた。

 彼女がどんなつもりでそんな笑顔を彼に見せているのかは分からない。もし、彼女との関係が進展する事があったとしても、まだまだ越えなければならない壁は多そうだ。しかし、それらを乗り越えられ、もし最後まで至れるというのなら……

 

 もし、自分の子供が産まれるとして、産まれて来たいかと尋ねたなら、果たして自分の子供はなんと応えるのだろう?

 

 そんな事を彼は想像した。

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