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依存症ゲーマーの就職事情

 資本主義の市場原理には、ある前提条件が存在する。それは、『人々は合理的に判断をして行動をする』ということ。だから、もし仮に、人々から合理性が失われてしまったのならば、市場原理は機能しなくなる。ならば、人々から合理性を失わせるような商品は、販売を禁止にしなくてはならない、はずだ。

 この合理的な判断力を失わせる商品の代表例が依存性のある「麻薬」や「覚せい剤」。そして、煙草やアルコール類もそれに準ずる。だからこそ、年齢制限を設けて、理性が充分に育ち、判断力がついてから、ようやく喫煙や飲酒は認められる(もちろん、理由は市場原理だけではないのだけど)。もっとも、ある年齢に達しても、判断力がないままの人も非常にたくさんいる訳だし、脱法ドラッグが出回っていたりもしているから、まぁ、この辺りの境界線は非常に曖昧だと言わざるを得ない。

 この種の商品には、他にもパチンコや競馬などの依存性の高い遊びも含まれる。そして、最近出た新種に「コンプリートガチャ」がある。ランダムにしかアイテムが入手できないという特性から、興奮を誘い易く、理性が麻痺した状態で、有料ゲームをやり続けてしまうのだ。結果的に、消費者は物凄い額の金をつぎ込んでしまい、それが社会問題にまでなってしまった。

 そして、それと似たような問題としてあるのが、ネットゲーム依存だ。「コンプリートガチャ」とは異なり、膨大な額の金が使われる訳ではないが、それでも人々を依存状態にさせ、合理性を失わせるといった点は変わらない。

 もしかしたら、「それの何が問題なのか?」という意見もあるかもしれない。確かに、一昔前に流行った、ゲームが脳に悪影響を与えるという「ゲーム脳」は、疑似科学の類で信用するに当たらない。それどころか、ゲームは人間の脳を鍛えるという実験結果があるくらいなのだ(当然、ゲームの種類にも因るのだろうけど)。こういう類の話は眉唾が多いが、この話を紹介していたのは実験モデルに対して厳格な姿勢を取る脳科学者だから、ある程度の信用はおけると思う。

 ただ、それでもゲームのやり過ぎが良くないのは当たり前の話だろう。毎日毎日、下手すれば一日中でもやり続けるという状況は、どう考えても改善しなくてはならない。ゲームというのは、音と映像だけの世界だから、体感による学習ができないという点も問題だろうし、交友関係だって減ってしまう。ネット以外のコミュニケーション能力だって心配だ。

 ……それに、鍛えた脳でやるのが、結局ゲームなら、何の役にも立っていない。

 そして、そういったネットゲーム依存に陥った人を、世間では「ネトゲ廃人」またはネトゲを取ってしまって、ただ単に「廃人」と呼んだりする訳だ。食っている時と寝ている時以外は、ゲームをやり続け、そこから離れられなくなってしまっているような人種…

 まぁ、つまりは、僕の様な人の事なのだけど…。

 (ヲイ。と一応、一人ボケツッコミをさせてもらう)

 僕は大学在学中に、あるMMOに嵌り、そこから抜け出せなくなった。最低限度の単位だけは取り、後はアルバイトも仲間達との遊びもほとんどしないで、ゲームをやり続けてしまっているのだ。

 こんな事をしていたら駄目だ、とそう分かっていながら、未だに抜け出せないでいる。お蔭で辛うじて友人と呼べる大学の同級生は、火田修平というちょっと性格のきつい男だけになってしまった。そいつだけは、定期的に僕の家を訪ねて来る。何を隠そう、実は今もいるのだけど。

 「馬鹿かお前は」

 そして、家に訪ねて来る度に、その火田は僕をそう叱咤するのが常だった。蔑んだ馬鹿にした口調だけど、少しばかりの心配が含まれているような気もしないではない。

 「これから先、社会に出て行かなくちゃならないのに、お前は一体、どうするつもりなんだよ。

 断っておくが、昨今の就職事情はかなり厳しいぞ?」

 そして、その日はいつもの叱咤に、そんな言葉が加えられていた。

 一ヶ月以上掃除どころか換気すらしていない僕の部屋は不潔そのもので、埃だらけな上に何か嫌な臭いすら漂っている。火田はそんな僕の部屋を、いつもいかにも不快そうに見つめ、そのベクトル上に僕自身を置く。

 まぁ、この部屋の主は僕なのだから仕方がない。この部屋の有り様は、そのまま僕自身の自己管理能力のなさを物語っているのだ。

 「“将来を考えろ”って俺は言っているんだよ」

 僕が何も答えないでいると、そう火田は続けた。パソコンの電源はその時も入っていて、画面にはゲームの映像が映っている。僕はそう言われて、何故かゲームを気にした。いや、ちょうどロード待ちしている最中だったし、何と言うか、火田の言葉から逃げたかったというのもあるとは思うのだけど。

 火田の言う事は分からなくもない。何しろ僕はそろそろ卒業だというのに、就職活動と呼ばれる行為を何一つしていなかったのだから。だけど、そんな事は言われなくても僕自身にだって分かっていた。このままじゃ駄目だという事くらい。それは、もう、充分過ぎる程に。

 「これなら、わざと留年した方が、来年の就職に有利になるのじゃないか? 少し授業に出ないだけで、留年確定だろう、お前」

 そんな事も言われた。

 「いやぁ、さすがにそれは親がなぁ」

 と、僕はそれに返す。

 「これ以上、迷惑はかけられないってか」

 火田はそう言った後で、「なるほど。少しは理性が残っているようだな」と続けた。僕は苦笑でそれに返す。本当は、留年したところで同じ事の繰り返しになるのが怖かっただけなのだが。学生をし続けたら、し続けただけ、僕はずっとこのゲームをやっていそうな気がする。

 その時、ちょうどゲームのロードが終わった。

 「おっと、終わった、終わった」

 それで僕は、そう言ってキーボードを叩く。火田はそれを見て、ため息を漏らした。

 「分かっているとは思うがな。そんなゲームがいくら上手くたって、生活の手段にはならないんだぞ? それとも、リアルマネートレーディングでもするつもりか?」

 リアルマネートレーディングというのは、ゲームの世界の金やアイテム、キャラクターを現実の金で取引するという例のあれだ。その多くは利用規約により違反行為とされ、社会的には暴力団の資金洗浄に利用されるなどの問題点がある。逮捕された例ももちろんある。だから、まぁ、犯罪だと思ってくれて構わないと思う。

 「いや、さすがに犯罪はなぁ。親が泣くよ」

 そう僕が答えると、「冗談だよ。マジに受け取るな、バカ」と、そう火田に言われてしまった。

 一瞬でも、僕がリアルマネートレーディングの話を本気にしたのは、ゲームの世界でなら、豊富な資金を持っていたからだった。この金が現実の金だったなら、と何度夢見たことか。僕がゲーム上で金持ちなのは、もちろん、長時間ゲームをやっているからでもあるのだが、それ以上に、僕の場合、ゲームの腕が立つ、という事がある。何しろ、ここしばらくは、ほとんど負けた事がない。

 実は僕は、ネット上では名の知れた上位プレイヤーの一人で、ファンもいるくらいなのだ。リアルマネートレーディングとは言わないけど、この腕が何かの役に立てば、とはいつも思っている。……きっと、僕がネトゲの世界から抜け出せないのには、こんな要因もあるのだろう。ネトゲの世界でなら、僕は大物でいられるのだ。

 それから僕がゲームをやり始めると、火田は「じゃあ、俺はもう帰るぞ」とそう言って、部屋を出て行った。来客中にゲームをやり始めるという非礼はいつもの事なので、奴はもう気にしない。僕がゲームをやり始めると帰るのが大体のいつものパターンなのだ。

 「すいません。失礼します」

 という大きな声が少し後に聞こえる。火田が僕の親に挨拶をしたのだ。火田は僕のことで苦労しているだろう親に、とても好意的だったりする。同情していると言っても良い。僕の家に火田が来るのは、口や態度は悪いが、あいつが面倒見の良い兄貴肌で、ここがバイト帰りにちょうど寄れる場所にあるからだろうと思う。

 ゲームの開始と共に、僕は早速挑戦を受けた。僕を倒して名を上げたいという手合いだろう。別に珍しくもない。いつも通り、軽くやっつけてやる。パチンと僕はキーボードを弾いた。

 “大学時代という青春を、このゲームに捧げた僕の腕前を見せてやる!”

 ……正直、ゲームをやっている時の僕は、活き活きしていると思う。


 ここで、ちょっとばかり僕のやっているゲームについて語ろう。

 一口にゲームと言っても、様々なタイプに分類できるし、そもそも分類の仕方自体が多様でもある。そして、僕が提案したい分類法は、“成長”によって、ゲームを分類しようというものだ。僕はゲームを以下に3タイプに分けて考えている。

 タイプ1は、プレイヤーの技術を向上させなくてはいけないもの。代表例は、格闘ゲームやシューティングゲームなどだろう。強くなるかどうかは、プレイヤーの実力にかかっている訳で、戦略や知識も込みで、自分自身を鍛えなければいけない。

 タイプ2は、プレイヤーではなく、キャラクターの実力が上がるというもの。代表例はRPGなど。自身が成長するのではなく、キャラを成長させるから、何も考えずに時間をかけるだけで誰でも強くなれる(例外もあるにはあるけど)。

 因みに、このタイプのゲームを面白く感じるのは、ゲーム中のキャラクターの成長を自己に投影させて、満足を得ているからではないか、なんて意見もある。自分の代わりにキャラクターを成長させる訳だ。これが本当ならば、データ改変によってキャラクターを強くする行為、いわゆる“チート”は、成長の為の努力を怠った先の世界で、更に努力を拒む行為、という事になる。もっとも、改変自体が楽しいという例もかなりありそうだが。

 タイプ3は、その他。キャラの成長も自身の成長も行わないタイプ。代表例は、サウンドノベルや馬鹿ゲーなど。

 もちろん、実際のゲームはこの内のどれか一つという事はなく、この三つの要素が混在しているパターンがほとんどだろう。そして、僕のやっているゲームは、基本的にはタイプ1で、それにタイプ2の要素が加わっている、というようなものだった。ゲーム自体は、対戦型アクションパーティバトルRPGとでも呼ぶべきもので、プレイヤーは複数のキャラに指示を与えつつ、リーダーとなる誰か一人を操作し、相手を倒していく。キャラの成長やアイテムによる強化もあるにはあるのだけど、それは決定的なものではなく、例えば、レベル1のキャラを操るのが玄人で、レベル100を操るのが初心者なら、充分に玄人が操るレベル1に勝ち目がある、というようなゲーム設計になっている。

 まぁ、だからこそ、実力のあるプレイヤーが有名になるのだけど。

 このゲームで勝つキーポイントは、強力な魔法攻撃が可能な“魔法使い”に、いかにして魔法を使わせるかにある。強力な魔法であればあるほど、その発動までに時間がかかる上に、その間、“魔法使い”は無防備になってしまう。だから、他の戦士や武闘家などに魔法使いを守らせ、魔法を成功させるのが基本戦略となってくるのだ。

 当然、相手も同じ様に魔法を使おうとするだろうから、相手の魔法を邪魔して、自分達は魔法を成功させる、というのが勝つ為の王道の流れになるのだが、そこに回復魔法や自分達をパワーアップさせたり、相手の魔法を防いだりする魔法陣、召喚魔法なども絡んでくるから、そんなに単純なものではない。強力な魔法は敢えて使わず、威力の小さな魔法を乱発する戦略や、魔法はあまり使わず相手を直接攻撃のみで掃討するような戦略もある。常に相手の裏をかき、自身のキャラ操作術も磨かなければ勝利を掴む事はできない、なかなか奥の深いゲームなのだ。

 因みに僕がもっとも得意とする戦略は、スピード+直接攻撃で、魔法を使わせる間もなく、相手パーティを殲滅するというもの。攻撃のメインはリーダー戦士とその補佐二人で、回復魔法が得意なキャラを後方に配備して援助させつつ、魔法陣と召喚魔法が使え、武力がある程度高いキャラにそれを守らせる。僕はそのチーム編成と戦略、技術力で、他のプレイヤーから恐れられているのだ。


 その時、僕に挑んできた相手は、完全な迎撃型だった。動きは遅いが、防御に適したタイプの“でかキャラ”を大胆に配置し、それを補佐するように戦士系と回復魔法系を周囲に控えさせている。そして、それらの後ろには魔法使いがいて、呪文の詠唱をしている。もちろん、攻撃魔法だ。ただし、それほど強力な魔法を使う気はないようなので、それが決定打になる事はないだろう。つまり、この魔法使いは、相手に自分達を攻めさせる為の餌に過ぎない。もっとも、やはり魔法は邪魔は邪魔なので、対処する必要はあるが。

 相手は恐らく、僕のパーティの防御力の低さに勝機を見出している。僕がパーティを編成する際に犠牲にしたのが、実は防御力なのだ。スピードと攻撃力を重視した故の決断だが、これは他にも理由がある。相手から攻撃を受けさえしなければ、防御力の低さは問題にならない。詠唱時間が長い強力な魔法なら、成立する前に潰してしまえばいいし、詠唱時間の短い魔法なら攻撃範囲が狭いので、スピードを活かせばかわせる。直接攻撃だってそれと同じだ。つまり、攻撃をかわすテクニックさえあれば、防御力の低さは補えるのだ。そして僕にはそのテクニックがあった。パラメータを節約すべきのは、防御力しかない。

 “攻撃が当たりさえすれば、とか思っているのだろうな…”

 もちろん、僕には攻撃を当てさせるつもりなど毛頭なかった。

 リーダーのエッジ。それを補佐する二人組の戦士、サックとエック。この遊撃三人組で、僕は高速で相手に向かって突っ込んでいった。開始位置が思ったよりも離れていた所為で、相手魔法使いの魔法が発動してしまう。雷系の魔法らしく、頭上に雲が発生した。ただし、威力も低いし範囲も狭い。僕はそれを察すると、“ブースト”による加速でかわす。三キャラには当たらず、後方に雷が落ちた。

 僕はスピードを重視しているだけあって、移動系の特殊技はほとんど取得しているし、その特性も把握している。どうすれば攻撃を回避できるのか、その知識も頭の中に入っている。いや、身体で覚えているレベルだ。だからこれくらいの魔法なら余裕でかわせるのだ。ただし、相手もそれくらいは分かっていたようで、僕の加速を見ると直ぐに、例の“でかキャラ”が攻撃の為のモーションを執った。

 恐らくは、加速で突っ込んできたところを、“でかキャラ”のリーチが長く威力もある攻撃で吹っ飛ばし、倒れた相手を他のキャラ総出で袋叩き、とか考えているのだろう。攻撃の方向からいってターゲットはリーダー。まずはリーダーを潰す作戦か。

 僕はにやりと笑った。

 リーダーを潰されると、他キャラへの指示のみで戦うしかなくなるので、一気に戦況は悪くなってしまうのだ。だからその狙いは分からなくもないが、少々、安易だ。分かり易過ぎるし、僕は上位プレイヤー。それくらいの対処は簡単にできる。

 僕はリーダーに移動技“緊急停止”を使った。これはどんな速度で移動していようと、その場で止まる事ができるという技で、上級者が使うとけっこう厄介なものだ。

 リーダーが止まったので、当たる寸前で、“でかキャラ”の腕は空振った。同時に補佐役の戦士二キャラが、高速ターンで攻撃をかわしつつ、挟み撃ちをするように相手に迫る。しかし、僕は二キャラに“でかキャラ”はスルーさせて、相手の裏に回り込ませた。そこには魔法使いがいる。

 「まずは、うっざーい魔法を封じる方向で!」

 そう。僕の狙いは、魔法使いだったのだ。他のキャラ達の隙間を通り抜け、呪文詠唱中の魔法使いに斬撃を加えた。

 因みに、このキャラとキャラの間をすり抜ける技も、それなりに高度だ。

 貧弱な魔法使いが、攻撃力の高い二キャラの同時加速攻撃を受けたら堪らない。それだけで瀕死になった。そして、それから再び二キャラからの同時攻撃をくらうと、魔法使いは呆気なく昇天してしまった。

 “まずは一匹!”

 僕はそう思う。その後で“でかキャラ”がその二キャラを攻撃しようと振り向いた。今の彼らは敵から囲まれている状態にある。それをチャンスと捉え、“でかキャラ”で仕留めようという発想だろう。どうやら、今回の対戦相手は相当、この“でかキャラ”にパラメータを集中させているようだ。だからこそ、こいつに攻撃をさせようとしている。一撃でも当たれば、恐らく大ダメージを受けるのだろう。

 ……が、これも甘い。もちろん、僕のパーティのリーダーを放っておいているからだ。

 リーダーを操って僕はジャンプをさせる。剣を振りかぶる。威力の高いジャンプ攻撃だ。この“でかキャラ”は、防御力も高そうだ。だがしかし、こちらの攻撃力も甘く見てもらっては困る。何しろ、防御力を犠牲にして、高めた攻撃力なのだ。次の瞬間、後ろを見せている“でかキャラ”に、思いっきりリーダーの攻撃が入った。そのタイミングで、僕は補佐の二キャラにも攻撃をさせた。同時、三キャラ攻撃。それで、“でかキャラ”は身体を傾けた。

 “これなら流石に揺らぐでしょう”

 このチャンスに更に追撃… と、並みのプレイヤーなら考えるかもしれないが、僕は別の行動を執った。

 今回の相手チームのキーはこの“でかキャラ”だ。凄まじく高い攻撃力と防御力で僕を圧倒するつもりでいる。だが、動きは酷くスローモーだ。その遅い攻撃を、僕のスピードチームに当てる為には、他のキャラで動きを封じる必要がある。つまり、他のキャラが欠ければ欠ける程、こちらの勝機は上がるのだ。

 僕は三キャラ同時で、今度は回復役だろうキャラをターゲットにし、攻撃を加えた。倒すと次の相手を狙う……

 その後も、終始、僕ペースでゲームは進行し、他のキャラは全て倒した後で、最後の一匹だけになった“でかキャラ”を皆で袋叩きにして、勝負は僕の圧勝で終わった。回復系のヒツジというキャラの出番も、その護衛かつ魔法陣も使える、隠し玉的存在のポーというキャラの出番もほとんどなかった。

 “発想は悪くなかったけど、相手が悪かったねー”

 終わった後で、僕はそう思う。

 僕と同じタイプで、もっと下位のプレイヤーなら良い勝負になったかもしれない。しかし、僕には通じない。

 それから、僕が彼から得られる獲得金額が画面に表示される。そして、画面が戦闘フィールドから切り替わり、通常の移動画面になると、対戦相手が話しかけて来た。

 『流石に、強いですね。そのスピードをよく使いこなしている』

 僕はそれにこう返す。

 『まぁね。スピードタイプで、僕に対抗できる奴は上位プレイヤーにもあまりいないと思うよ』

 それを受けると相手は、しばらく何も反応をして来なかった。そして、“どうしたのだろう?”と僕が疑問に思うくらいになって、ようやくこう言って来る。

 『そうですね。スピードタイプで、あなたより上がいるとするのなら、“ウサギ”くらいかもしれない』

 “ウサギ!”

 僕はそれを聞いて笑った。

 『“ウサギ”って…。確か、一匹だけで、モッケ族のクセに二刀流の剣士で、やたら強いっていう、例のあれ?』

 モッケ族というのは、ウサギの外見に似た種族で、戦闘には不向き。アイテムの効果を引き出せるという特性の他には、主に道具作りや商売などに適しているという、マイナーユーザー向けの種族である。当然ながら、ほとんどプレイヤーはいない。ところが、そのモッケ族であるにも拘らず、出鱈目に強い“ウサギ”と名乗るプレイヤーがいるらしいのだ。

 もっとも、こんな話を信じている人間はあまりいない。都市伝説的な存在で、つまりはただの噂話だ。そもそも、モッケ族の戦闘パラメーターが、一匹だけで相手パーティを全滅させられるほど強いはずがない。どれだけの上位ランカーでも、それは不可能だ。裏技で、モッケ族一キャラだけを選択すれば、高い戦闘パラメータのキャラになるのでは?という噂もあったが、誰が試しても成功はしなかったらしい。

 『あ、疑っていますよね?』

 僕の言葉に相手は、そう返して来た。

 『まぁ、そりゃ… ゲームの特性上有り得ないからね。モッケ族でそれだけ強いとなると、可能性があるのはデータをいじるって事くらいしか考えられない。

 けど、このゲーム、データの情報はサーバー上に保存されているんだぜ? ハッキングでもすれば可能かもしれないけど、リスクが高過ぎるだろう。たかがゲームの為に、そこまでする奴がいるとは思えないな…』

 それに相手は、『ボクもそうは思いますよ』と、そう返して来た。しかし、それからこう続ける。

 『でも僕は見たんですよ。“ウサギ”を。あれは確かに“ウサギ”だった。数プレイヤー相手に一人で全勝してましたよ。僕も挑もうかと思いましたが、相手にされなかった。いや、残念だった……』

 僕はその言葉を読んで肩を竦めた。実際に戦った人間がいるっていうのなら、もっと証言あっても良さそうなものだ。なのに、そんな噂は聞いた事がない。ここまで情報技術が進歩した時代なら、あっという間に噂が広まりそうなものなのに。

 僕はその話を信じなかった。すると、相手はこう言って来た。

 『あ、まだ信じていませんね。

 確かに簡単には信じられないかもしれないけど、ウサギはSNSとの連携に関係する何かかもしれないって話もあるじゃないですか。実は何かの隠しオプションで、出現させられるのかもしれないですよ』

 確かにそんな噂もあった。僕のやっているこのゲームは、何度かバージョンアップを行っている。その度に調整が為されたり、新しい機能が追加されたりするのだが、最近になって大胆な新機能追加が行われた。なんと、SNS… ソーシャル・ネットワーキング・サービスとの連携ができるようになったのだ。料金を支払うと、SNSから領地を取得でき、他のユーザを自分の“国”とも呼べるその領地に招いて“国民”にする事もできる。

 領主となったプレイヤーは、各プレイヤーを取りまとめ、アイテムの配布や練習、模擬戦、または他の“国”に攻め入る、イベントを企画する、等のプレイを楽しめる。また“国民”となったユーザから、税金(一応断っておくと、これはゲーム内の金だ)を集めたり、依頼をしたりだとかいった事も可能で、なかなかに人間関係能力を問われる仕様となっている。因みに“国民側”には、領主が企画するイベントに参加できたり、知り合い以外の人との協力プレイができたり、アイテムなどを得られたり、といったメリットがある。

 僕はこの機能は使っていない(もちろん、領地を取得する為には、現実の金で料金を支払わなくてはならないからだ)が、色々な“国”の領主からうちに来ないかと誘われはした。全て断ったけど。

 この“国”機能が追加された時期と、“ウサギ”の噂が囁かれるようになった時期が一致する為、一部の人間達の間で、“ウサギ”は、ソーシャル・ネットワーキング・サービスとの連携の、何らかのスペシャル特典ではないか?という噂が立っているのだ。

 ……もしかしたら、この噂は、ソーシャル・ネットワーキング・サービスとの連携機能を成功させたい、ゲーム会社側が流したものなのかもしれない。僕はそんな風にも思っている。こんな噂を聞けば、やっぱり興味を惹かれるし、何かあるかと思って、サービスを利用し始める人もいるかもしれない。それに、今まで用途がほとんどないと思われいたモッケ族は、実は領主には適していて、ようやく脚光を浴びているのだ。この“ウサギ”の噂で、それに誘導するつもりでいるのかもしれない。

 まぁ、全ては憶測だけど。

 『まぁ、もし“ウサギ”がいるのなら、是非とも一度、手合わせしてみたいものだけどね』

 僕はそう言うと、その対戦相手と別れた。まだ時間はあるから、もう一勝負誰かとやろうと辺りをうろつく。モンスターとの対戦はもう飽きている。戦うのなら、人間が一番面白い。できれば、上位プレイヤーとやって熱い戦いに燃えたい……。


 卒業間際になって、僕はようやく就職活動をし始めた。もう手遅れ過ぎるくらいに手遅れなのは分かり切っていたので、諦めるのも手かと思ったが、あまりに火田の奴が煩いので仕方なく始めたのだ。

 口は悪いが、本気で火田が僕を心配しているのだとは分かっていたから、強く反対することもできなかったのだ。正直、もう“アルバイトでも良いや”と思っていた(その方が、ゲームをやる時間も確保できそうだ)のだが、「親にこれ以上、迷惑をかけるな」と火田から諭(脅迫?)されてしまった。

 予想していた事ではあったが、やってみると確かに現状は過酷だった。ほとんど面接にすら至れない。それで、

 もし仮に…、“特技・ゲーム”が認められるのなら、直ぐにでも就職が可能なはずなのに!

 なんて有り得ない妄想をして、僕は悶えたりした。はっきり言って、精神的に来るものがある…。

 もちろん、例え、“特技・ゲーム”が有効であったとしても、履歴書にそんな事を書く訳にはいかないから、どのみち駄目なのだけど。相手に伝える手段がない。

 その頃になると、僕は耐え切れなくなって、ソーシャル・ネットワーキング・サービス上で、『就職活動中! 非常に困っています! 誰か助けてください!』と自己紹介の欄に載せ、加えて日記にもそれを書いた。ネットの交友関係を就職活動に使うのは、できれば避けたかったのだけど、こうなれば仕方がない。手段は選んでいられない。

 前にも書いたけど、僕は上位プレイヤーとしてネット上では名が売れている。つまりは有名人。これも前に書いたけど、ファンすらいるのだ。だから、こう書いておけば、誰かが本当に助けてくれる可能性はあった。リアルとネットの世界を結びつけるのは、正直、嫌だったのだけど……、

 いや、なんか、現実逃避の為の場所が、現実になってしまったかのような気がするじゃないか。ネトゲの世界くらいは、現実から離れられる安息の場所として、残しておきたかったんだ。

 そして、ソーシャル・ネットワーキング・サービスの日記に“ヘルプ・ミー!”書いてから、数日後の事だった。こんなようなメールを僕は受け取ったのだ。

 『はじめまして。うちで働いてみませんか? 私は○×会社の代表取締役をやっている何某という者で…』

 僕はその内容に目を丸くした。『ある会社に知り合いがいて、コネがあります~』程度は期待していたけど、まさか、まんま、中小とはいえ、会社のオーナークラスの社長から声がかかるとは思っていなかったからだ。

 詳しく内容を読んでみると、どうやらそれはこういう事らしかった。

 その会社の社長は、ソーシャル・ネットワーキング・サービス上で宣伝活動を行っている。その一環として、僕のやっているゲームも利用しているらしく、宣伝効果を得る為に、是非とも僕の力が欲しい。それで、社員として採用する代わり、ソーシャル・ネットワーキング・サービスでその社長が持っている“国”の“国民”になってもらいたいのだとか。

 正直、僕はビックリした。まさか、本当に“特技・ゲーム”を就職に活かせるなんて思っていなかったからだ。

 “これは……、何と言うか、プロゲーマーってやつか?”

 僕はそう思った。

 正確には、その会社の社員になる訳だから、違うのかもしれないが、実態は似たようなものだろう。プロゲーマーなんてものが成立する要因は、宣伝くらいしかないだろうし。

 僕は歓喜し、実際に小躍りまでしてしまった。人生、何が役に立つのか分かったものじゃない。

 “人間万事塞翁が馬!”

 ガッツポーズを取りながら、僕は心の中でそう叫んだ。


 「あまり、浮かれるのも禁物だと俺は思うぞ」

 が、分かり易く浮かれていた僕に、火田はそんな事を言うのだった。火田からは僕のゲーム依存状態を馬鹿にされ続けていた事もあって、「ゲームの腕が、人生に役立つ事もあるんだよ!」と、ついそう自慢げに語ってしまったのがいけなかったのかもしれない。奴は不機嫌になってしまったのだ。

 「ま、一応は、“おめでとう”と言っておくがな」

 その後で奴はそう続けた。

 「何か問題でもあるのかよ?」

 僕はそう問いかける。どんな手段だろうと、就職に成功したことには変わりないのだ。文句を言われる筋合いはない。

 場所は大学の食堂。単位を取る為の講義に出た後の事だった。卒業まで後少し。

 僕の質問を受けると、「ありありだろう?」と火田はため息雑じりにそう言う。

 「まず、お前のやっているゲームっていつまで人気あるんだよ? そのゲームの人気が衰えれば、お前の役目も終わるって話だろうが、それは。更に、どれだけの宣伝効果があるのかも不明だ。正直、俺は宣伝広告収入で稼ぐってビジネスは、もう飽和状態にあるのじゃないかって思っている。数が多過ぎるからな。で、それほどの効果はない、と判断されてもお前は見限られるんだぞ」

 僕はそれにこう返した。

 「でも、飽くまで社員として入社する訳だから、そう簡単にはクビにはできないだろう? 例え、そうなったとしても」

 火田はそれは認める。

 「確かにな」

 が、それからこう続けるのだった。

 「だが、その時お前は、かなり肩身の狭い思いをする事になるんだぞ? しかも、その社員として入社するって点も問題だ。スポーツ選手みたいな契約とは、訳が違うのだから、普通に仕事はこなさないといけないのだろう? 仮に午後五時で帰れるとしても、今までに比べて、ゲームをやる時間がうんと減るのは確実だ。それでお前は、そのゲームの腕を維持できるのか?」

 僕はその火田の言葉に愕然となった。確かに、それは考えていなかった。休日、及びに有給休暇を全て使ったとしても、まだ足りないかもしれない。そんな僕に、火田は更に追い打ちをかける。

 「でもってだ。周囲の社員は、“ゲームで入社した奴”って偏見の目でお前を見る。恐らくは、かなりの疎外感を味わうぞ。仕事がある程度は免除されるのだとするなら、それでも反感を受けるだろう」

 そう火田から言われて、僕は青い顔になった。ルーキーに対する風当たりなんてものじゃない程の、白い目にさらされる自分の姿を想像してしまったからだ。正直、逃げ出さないでいられる自信がない。

 「ど、どうしよう?」

 それで、ついそう呟いてしまった。火田は淡々とこう述べる。

 「まぁ、極力、目立たないように謙虚に振る舞う努力をして、挨拶だけはきちんとする。暗い顔はしないで、笑顔が基本。で、仕事も自分のできる範囲なら、積極的に協力する姿勢を見せるって事くらいか、俺からできるアドバイスは」

 僕はそれにも頭を抱えた。

 僕が最も不得意な分野のうちの一つだったからだ。火田の言うそれは、つまりは、周囲に好印象を与えろって事だろう。自然に笑顔を作れるほど、器用なタイプではないのだ、僕は。

 頭を抱えている僕に向けて、火田はこう言う。

 「まぁ、辞めても問題なく再就職できるように、何かしら盗めるスキルがあったら、身に付けておけよ」

 なかなかに容赦がない。


 それからしばらくが経って、ぎりぎり留年を免れて卒業に成功した僕は、予定通りに不正規プロゲーマーとでも呼ぶべき立場で、その会社に社員として就職した。一応の覚悟はしていたのだが、それでも不安を払拭できずにいた僕は、そのギャップに少し肩透かしをくらってしまった。

 何と言うか、とっても、のんびりとした職場だったのだ。

 確かに浮いた存在にはなってしまったけど、僕はそれほど白い目で見られる事もなく、仕事も業務時間内で終わるくらいのものを振られて(恐らく、社長がそんな指示が出していたのだ)、淡々と会社での時間は流れた。

 ただし、しばらくすると、やはり火田の言ったような問題を僕は自覚し始めた。新入社員歓迎会以外の飲み会にはまったく参加していない上に(と言うよりできないのだけど)、ずっと定時で帰る僕は、他の社員とは馴染めなかったのだ。孤独を感じないというと嘘になる。同期に入社した他の新人達は、いつの間にか会社に打ち解けていて、先輩社員達と笑い合ったりしているのに、僕はいつまで経っても誰とも会話をしなかったのだ。

 それに、それほど明け透けなものではないにしろ、僕はやはり悪口を言われているらしかった。忙しい時なんかだと特に顕著で、定時に帰ろうとして挨拶を口にすると、明らかに責めるような視線で僕を見る人もいた。そんな視線を受ければ、やっぱり傷つく。

 それほど過酷な境遇ではないけど、じんわりと効いて来る感じ。

 更に言うのなら、僕はボーナスも低かった。これでボーナスが高かったら、抗議の声が上がりそうだから、仕方なくはあるのだけど……。でも、僕の本当の仕事は、ゲームの方なのだから、少し不公平な気もした。

 少し…?

 いや、少しどころか…


 家に帰ると僕は直ぐにゲームを始める。プレイ時間を少しでも確保したいからだ。飯はゲームをやりながら食べる。今日のゲーム内容は、他のゲーマー達の練習相手。模擬戦で、アドバイスをしながら、勝つ為のコツを教えていくわけだ。

 僕のファンで、僕の指導を受けたいが為に、この“国”の“国民”になった人もいるので、それも重要な仕事のうちの一つだった。もちろん、僕はそれほど面白くない。いや、感謝されるのは嬉しい事は嬉しいけど、やっぱりそれは、ゲームに熱中している時の楽しさとは違う。

 それが終わると、今度はミッションクリアの為にダンジョンに出かける。これも、他のプレイヤー達と一緒。上位プレイヤーでなければ倒せないモンスターを倒してみたい、という“国民”からの要望に応えたものだ。僕は人間と戦うのが好きだから、これもそれほどには面白くない。

 そして、“国”に対して税金を納めなくてはいけない必要性から、人間相手とも戦わなくてはならない。得られる金額は、人間相手の方がモンスターよりも多いのだ。やっと燃えられる、と思うかもしれないが、実はこれも、それほどには楽しくなかったりする。何故なら、安定して収入を得る為に、下位プレイヤーとの対戦しか、領主…、まぁ、社長が認めてくれなくて、いつも僕の圧勝で終わってしまうからだ。

 “強い奴と戦いたいのにー”

 やっぱりゲームは、“負ける”という恐怖があってこそ楽しいのだ。リスクのない勝負なんて、勝負とはいえない。これは、恐らく人間の本能だろうと思う。

 ……と、まぁ、こんな感じで、色々と僕には不満があったのだった。


 休日。

 朝からゲームをやっている僕の許に、火田が訪ねて来た。就職してからは時間がないらしく、随分と久しぶりの訪問だった。

 「よぉ、どうだ? 夢のプロゲーマー生活は?」

 そんな挨拶をして来た火田に、まだ眠たい目をこすりながら、力なく僕は答える。

 「うん… まぁなぁ」

 その僕の様子を見て、火田は「何だ? 元気がないじゃないか。あ、さては徹夜でゲームをやっていたな」なんて言って来る。僕はそれに首を振る。

 「いや、昨晩は早くに寝たな。誰の相手の依頼もなくてさ、チャンスだと思って。でも、今日は朝から、お客さんの相手だ」

 僕はその時、素人の練習相手になっていたのだ。“お客さん”か… これ、もう、仕事だよな。遊びじゃなくて。そう思った。火田はそんな僕の気も知らないで、こんな事を言う。

 「そうか? でも、ゲームで生活できているのだから、良いじゃないか」

 それに僕は「これは、ゲームじゃない」と、ボソリとそう応えた。

 「なんだって?」

 火田がそう訊いて来たので、僕は声のボリュームを上げてもう一度、同じ事を言う。

 「これは、ゲームじゃない!」

 大声を上げた僕に、火田は少しだけ驚いた顔になる。僕は続けた。

 「こんなのは、もう仕事だ! 仕事以外の何ものでもない! しかも、何も金が出ない仕事だ! 残業手当も、休日出勤手当も、何にも出ない! だから、つまりは、僕は、休みなしでずっと働き続けているんだ!

 なのに、それなのに、会社の連中は僕を羨ましがるんだ! 定時に帰れて良いって目で僕を見るんだ! 挙句に陰口で、僕を責めるような奴までいる!」

 溜まっていたものが、火田の顔を見た事で一気に噴出したのだと思う。どうやら、僕自身に自覚はなかったが、僕はこの火田を心の中で友人と認めていたらしい。愚痴を言える相手を見つけて、抑えが効かなくなったのだ。

 その僕の叫びで、全てを悟ったのか、火田は落ち着いた様子でこう言った。

 「まぁなぁ、分かっていた事ではあったじゃないか」

 僕はそれにこう返す。

 「分かっていた事じゃない。ゲームがこんなにつまらなくなるなんて、完全に想定外だ。会社で浮いていたって、ゲームさえやれていれば、僕は幸せだって思っていたけど、これじゃ……」

 火田は僕のそんな言葉を受けると笑った。

 「へぇ、ゲームをやれてれば、何でも良いって奴かと思っていたが、案外、そうでもないんだな」

 それから頭を少し掻くと奴はこう続けた。

 「それなら、状況改善の為に、何かしら働きかけてみろよ。まずは、整理からだ。お前の抱える問題は、会社の同僚達が冷たいってのと、後は楽しくゲームをやらせてくれないって事だろう?」

 「だよ」

 と、僕はそう答える。それを聞くと、火田はこう言った。

 「よし。まずは前者からだ。人間関係を操作するようなコミュニケーション能力は、お前には望めないとして、純粋に仕事を手伝うのなら、何かあるはずだ。お前、どうせ言われた事をただこなしているだけだろ? そこを変えるんだよ」

 僕は渋々とそれを認める。

 「まぁ、分かるけど」

 「オッケー。なら、よく思い出すんだ。こんな事を、どうして人間が手作業でやっているのだろう?って仕事が、お前の職場であるかどうか。お前だって、普段からパソコンを触っているのなら、プログラムに任せてしまえば楽なのにって、そんな心当たりくらいあるだろう」

 僕はそう言われて思い出してみた。確かに、そう思っていた仕事がいくつかある事はある。顔色を見て僕の心中を察したのか、「よし」と言い、火田は「なら、後はお前のネットでの人脈を活かして、それを何とかしてみろよ。俺は流石に、そこまでは手伝わない」と、そう言うのだった。

 人脈?

 僕はそう不思議に思った。火田はその僕の顔を見て、口を開いた。

 「だから、こういう事だよ…」

 その後、火田は僕にそのやり方の大凡を説明してくれたのだった。

 「お前は、本当に他人に頼るのが下手だな」

 とか、そんな事も言われたけど。


 CSVファイルとして出力されているデータを、ただただエクセルシートに入力していくというだけの仕事。それが、僕に与えられていた業務の内の一つだった。もちろん、誰にだってできる単純作業。ただし、入力ミスは許されないから、それなりに神経を使う。そんなに量はないのだけど、だからあまりやりたがる人はいなかった。恐らくは、それで僕の仕事になっているのだと思う。僕の他にも同じ作業をしている人達はいて、その人達はいつも面白くなさそうにその作業をしていた。

 僕が目を付けたのは、その嫌な単純作業だった。こいつを効率化してやろう。火田の言うところに依ると、そういう単純作業はエクセルにマクロを仕込んでおけば、とても簡単になるものらしい。少し手を加えるだけで、後はボタン一発、作業終了。直ぐに終わる。僕の職場には、比較的高齢の人が多いしシステムとも縁がないから、恐らくはその手の事を誰も知らないのだろう。だから、効率化が行われて来なかったのだ。

 僕はそんな計画をすると作りたいマクロの大体のイメージを固めてから、いつも僕がゲームを教えている何人かに、声をかけてみた。

 『エクセルのマクロに詳しくはないですか? 実は仕事で使ってみたくて…』

 すると、声をかけて何人目かで、詳しい人を見つけられた。僕はその人にイメージを伝え、どうすれば僕がイメージしているような自動入力できるマクロが作れるかと尋ねてみた。するとその人は親切にも、参考になるサイトを教えてくれて、しかもなんとサンプルのプログラムまで書いてくれたのだった。僕はメールでその内容を職場のパソコンに送って、翌日、早速それを元にマクロの作成を試みた。何度か躓いたけど、その度に迷惑だろうなとは思いつつも、親切なその人に質問をして何とか仕上げる事ができた。テストもしてみたが、問題なく動作しているようだった。

 僕は上機嫌になった。これは、中々の達成感だ。そのマクロ自体が、自分自身の成長の証のような気がして、気分が良かった。僕の作業も、これで楽になるし。

 もちろん、自分の作業を楽にする事だけが、今回の目的ではない。むしろ、それはオマケに近い。火田のアドバイスの本当の意図は、この便利ツールを、他の人にも配って僕の評価を上げることにある。これで皆が僕に好印象を持てば、職場環境は改善するはずだ。

 僕はそのマクロ付きのエクセルファイルを、取り敢えず、まずは同じ作業をしている中で、一番偉そうな(本当に偉いかどうかまでは知らない)人に向けて送った。その上で、その人の席にまで行き、「あの、さっきメールを送ったのですけど…」と勇気を出して話しかけてみる。

 僕が話しかけると、その人の目は驚くほど大きくなった。よほど僕が来たことが信じられなかったのか、その人は何か異界の生物でも見つけたような目つきで僕の顔を見つめている。一呼吸の間の後で、

 「何?」

 と、その人は言った。僕はこう返す。

 「はぁ、ですから、メールを送ったのです」

 その人は少し文句を言いたげだったけど、何も言わずにメールを開いた。

 「何? エクセルファイル?」

 メールを見るなり、その人はそう疑問口調で言って止まる。どうやら、そこに書かれている文章を読んでくれる気はないらしい。それで僕は、これは説明しなくちゃ駄目かと口を開いた。

 「はい。実は、例の入力作業が楽になるマクロを作ったんです。説明するので、少し開いてみてもらえますか?」

 僕はそう言った後で、“お、なかなか上手く言えたじゃないか。火田よ。僕にだって、どうやら、これくらいの台詞は言えるらしいぞ”と、心の中で自画自賛したりした。いや、ちょっと嬉しかったものだから。

 「マクロ? マクロを仕込んでいるの、このエクセルファイル? 問題なんだよね、マクロは。ほら、セキュリティ上さ」

 などとその人は言いながらも、そのマクロ付きのエクセルファイルを開いた(一応断っておくと、問題になるのは、外部からのファイル。社内から送られたもので、しかも相手が特定できているファイルなら、うちの社内では大丈夫なはずだ)。

 すると、そこに罫線を引いたエクセル画面と、ボタンが現れた。僕はそれを確認すると、「えっと、いつものCSVファイルを、ここに全てコピペで張り付けてもらってですね、後はボタンを押下してもらえば…」と、実際に画面を操作しながら説明した。

 初め、訝しげにそれを見守っていたその人の顔は、マクロの実行結果を見ると明らかに変化していた。明るくなっていたのだ。そして、

 「ああ、いいねぇ、これ!」

 声のトーンを一段階上げて、その人はそう言ったのだった。態度を急変させ、僕の顔を見ながらこう続ける。

 「実は俺、まだ今日はこの作業やってなくてさ。使わせてもらうよ。お蔭で随分と楽になる。あ、そうだ。これ、他の人にも配ろうよ」

 僕は少し困りながらも笑顔を作り「ええ、ですから、これを皆に配っても良いかと相談しに来たのですよ」と、そう返した。

 「ああ、ああ、いいねぇ、いいねぇ」

 僕の言葉を聞いているのかいないのか、その人はその言葉を繰り返して、うん、うんと頷いていた。

 それから僕は、社内の共用サーバに、そのエクセルファイルを置き、その情報を皆にメールで伝えた。口コミとそのメールで利用者は一気に増え、全員がその僕がマクロで作成したツールを使い始めた。

 僕のツールはほぼ全員からかなり好評で、僕は少しくらいは自慢げな態度を執ってしまったかもしれない。「評価されても、あまり大きな顔をするな」と、火田からアドバイスをもらっていたのだけど(でも、人間なのだから、少しくらいは仕方ないだろう)。

 ただ、「やっぱり、ゲームなんてやっていると、こういう事には強くなるんだな」なんて言われたので、それは慌てて否定しておいた。それとこれとは全くの別の話だし、それに、僕はマクロの初心者なのだ。もっと他の高度な事を頼まれたら堪らない。が、僕の言葉がどう受け止められたかは分からなかった。“ただの謙遜と取られていたら、どうしよう?”と、一抹の不安を感じないでもなかった。ま、なるようになるだろう。

 その日の晩、僕はマクロを教えてくれた親切な人にお礼を言った。

 『あなたのお蔭で、随分と上手くいきましたよ。ありがとうございます』

 するとその人は、『いえいえ、普段からゲームの世界でお世話になっている、せめてものお返しができて良かったです』とそう応えた。ただ、その後、何故か少しの間ができてしまった。ネットのゲーム画面越しとはいえ、少しの違和感を感じた僕は、『どうかしたのですか?』と、尋ねてみた。それを聞くとその人は、『どうして、あなたはこの“国”に所属しているのですか?』と、そう尋ねて来たのだった。

 僕が何も答えられないでいると(就職の為だったとは流石に言い辛い)、その人はこう続ける。

 『いえ、僕がこの“国”に加わったのは、あなたがいるからなんです。あなたの実力に感服していて、一緒にミッションをこなしたり、勝つ方法を教えてもらったりしたかった。それは確かに適えられて、とても嬉しく思っているのですが、ただ… この“国”、ちょっと税金が高すぎるのですよ。その割に、リターンが少ない。あなたがいなければ、正直僕は直ぐに抜けていました…』

 “リターンが少ない?”

 僕はそれを聞いて少し驚いた。

 僕もかなりの額の税金を納めていてリターンが少ないのだけど、それは“就職”という餌の所為だと思っていた。他の一般人には、ちゃんと良い武器やアイテムを与えているものと思っていたんだ。

 少し考えると、僕はこう返す。

 『それは問題ですね。少し領主に掛け合ってみますよ……』

 実を言うのなら、僕はその時、その話が“楽しくゲームをやらせてくれない”という僕のもう一つの悩みを解消する為に、利用できるのではないかと考えていたのだ。

 ――あの時、火田は僕にこんなアドバイスしていた。

 「お前に楽しくゲームをやらせてくれないのは、その社長なんだろう? なら、その社長と交渉するしかないじゃないか」

 僕はそれにこう返した。

 「頼んだって、無駄だよ。これに関しちゃ、かなり頭が固いんだ」

 ところが、火田はそう言った僕を馬鹿にするのだった。

 「馬鹿かお前は。何の材料もなしで、交渉をしたって失敗に終わるに決まっているだろう? 相手と交渉するには、それなりの材料を用意するんだよ」

 「材料?」

 「ああ、なんでもいい。“楽しめる”ゲームをしなくちゃいけないって、何かしらの理由を見つけ出すんだ」

 「そんなのどこにあるんだよ?」

 僕の言葉を聞くと、火田は肩を竦めた。

 「知らないよ。俺はそんなゲーム何てやった事がないんだから。ただ、何にしろ、交渉する場合は、何かしら説得力のある材料が必要だってのは確実だよ。

 まぁ、材料がないのなら、無理矢理にでも作るしかないな……」

 その火田の無責任な発言に、多少僕は呆れてしまった。

 “どうしろってんだ?”

 だが、こうして交渉の為の材料を見つけた今は、その言葉の意味が分かった気がする。

 “つまりは、こういう事だろう?火田よ。こじつけでも、何でも良いんだ”

 それからゲームをログアウトすると、僕は社長にこんなメールを送った。

 『社長。“国民”達が、サービスが悪いと不満を述べています。このままでは、“国”の人口が減ってしまいすし、それに何より、会社の宣伝の為になりません(むしろ、悪影響になってしまいます)。

 ただし、収入が少ないのであれば、高いサービスを返せないのは当然の事。そこで、僕からこんな提案があります。どうでしょう? 僕が危険なイベントに参加して、高い賞金を稼いで来る、というのは?

 僕は一銭もいりません。その賞金を資金にして、高いサービスを国民に提供してあげてください。そうすれば、“国民”の不満は消えるだろうし、会社の良い宣伝にもなります』

 実は近い内に、“国”に所属しているユーザーしか参加できない大イベントがあるのだ。それは、SNSとの連携を成功させたいメーカー側が企画したもので、ある島を舞台にしてのバトルロイヤル。その島には、高い性能のアイテムや武器が宝として設置されていて、それらを皆で奪い合う、とそんな趣向だ。倒した敵の数や獲得したアイテムなどで、評価が加算されていき、上位の者には高い賞金が出る。アイテムの中でも“極限の魔法玉石”には最も高い評価ポイントがあり、それを手に入れられると優勝の可能性がグッと上がる。つまりは、優勝を狙う者達による“極限の魔法玉石”の奪い合いが起こるだろうと予想されるのだ。参加者を確認した上で、全体の流れを予測し戦略を練る必要がある。

 僕はこれにどうしても参加してみたかった。絶対に実力者が集まって来る。白熱したゲームが楽しめそうだ。

 二日後、社長からメールの返信があった。そこには、僕の提案を認めた旨が書かれていた。どうやら社長自身もここ最近、危機感を感じていたらしく、何か手はないかと考えていた最中だったようだ。そこに僕からの提案が来て、“これだ”と、それに乗ったらしい。上手いタイミング。ラッキーだった。

 “オッケー! 久しぶりに、楽しめそうだ!”

 僕はそれにもちろん大喜びした。


 大会の数日前から、僕は準備をした。健康状態を整え、役に立つだろうアイテムを選別し、足りなければ何とかして手に入れた。更に、身に付けるべき技を考え、自分の戦略パターンにそれを取り入れる為に、練習を重ねていく。

 ま、スポーツ選手がコンディションを調整するようなものだ。

 そして、ある金曜日の晩、その大会は開かれた。僕はパソコンの前に座り、軽く緊張をしながらも喜びに震えていた。いつも早く帰っているけど、今日は特別に仕事を早退させてもらった。疲れた状態で参加して、上位を狙えるような大会じゃない。体力だって重要だ。何しろ、脱落さえしなければ、朝までだって続く、バトルロイヤルなのだから。

 僕はまずは無名プレイヤーの何名かをいきなり屠った。取り敢えずの点数稼ぎだ。悪いとは思ったけど、こっちは失敗を許されない立場だから容赦はしてられない。

 この大会のキーとして、評価ポイントの高いアイテムをできるだけ多く手に入れることがもちろんあるのだが、その他にも回復場所を押さえておくことも忘れてはならない。頭の良い奴は、そこに罠を張って、戦闘で傷つき回復しようとやって来るプレイヤーを狙って倒すだろう。こっちは回復場所にいるから、充分に体力があるが、相手は弱っている。つまり、勝ち易いのだ。

 回復場所には移動するものと、固定されたもの、そして隠されているものとがある。腕に自信がないのなら、隠されている回復場所を見つけて自分だけが利用するのがベストだが、先にも書いたように罠として利用したいのなら、むしろ公になっている固定された回復場所を占拠しておくのが賢いやり方だろう。

 もちろん、高得点のアイテム、特に“極限の魔法玉石”も狙うが、まだ見つかってはいないから、慌てても仕方がない。回復場所に潜んで敵を倒しながらポイントを稼ぎつつ、まずは情報を集めるべきだ。この方法、自分からは動かないからアイテムや武器は手に入り難いように思えるかもしれないが、敵を倒せば、相手がそれらを持っている可能性もあるから、必ずしもそうとは言い切れない。数さえ倒せば、高得点のアイテムや武器だって手に入れられるだろう。

 僕はいい感じの回復場所を見つけると、予定通りにその近くに隠れて待機した。後は瀕死の敵が、そこにやって来るのをじっと待つ。根気のいる戦略だが、成果はあった。僕はそれで何人かを倒した。その中には、もしベスト・コンディションだったならかなり厄介な相手もいて、嬉しい事にそういう相手は高価なアイテムや武器を持っている事が多かった。

 “オッシャー! この作戦、イケルぜ!”

 僕は自分の立てた作戦の見事な効果に興奮した。だが、この作戦、弱点もある。ずっと待ってなくちゃいけないから、敵がやって来なければ暇になって眠たくなってしまうのだ。眠っている間に見つかって、攻められたら流石にどうにもならない。そして、敵が多かった初めのうちは良かったが、少なくなってくると戦闘が減り、僕はそのうちに眠くなってしまったのだった。

 僕は眠気に抵抗する為に、栄養ドリンクを飲んだ。こうなる事は予想はしていたので、予め用意していたのだ。

 が、それにも限界がある。夜中の2時を回った辺りだろうか? 僕はうたた寝をしてしまっていた自分に気が付いた。

 “しまった!”

 慌てて画面を覗いてみると、どうやら僕のキャラ達はまだ無事だった。

 “おっけ、おっけ。あぶねー”

 ところが、そう思いつつ辺りを確認して僕は気が付いた。

 “囲まれている!”

 そうなのだ。いつの間にか、僕は周囲を包囲されていたのだった。予想外だった。この大会には、本来、敵も味方もない。だから協力して誰かを倒すなど僕は想定していなかったのだが、どうやら強敵である僕を見て、連中は一時的に手を組んだらしい。

 それから、包囲しているうちの一つが、僕に向かって進んで来た。もちろん、コンディションは万全のようだ。

 “クソッ!”

 僕はそう心の中で舌打ちする。戦闘に入った。それなりの実力者だったが、僕の方が上だ。優勢で戦いを進め、追い詰めていく。すると、突然、そいつは逃げ出してしまった。通常フィールドに戻る。僕は傷ついたダメージを回復場所で回復したかったが、その隙もなく次の相手が攻めて来た。

 “やっぱり、そう来たか…”

 連中は代わる代わる戦いを挑み、徐々に僕を疲労させる作戦だ。回復の暇を与えるつもりはないらしい。

 “さて。どうするか?”

 僕は考えた。

 取り敢えずは、この包囲網から抜け出す必要がある。その後で、また戦略の立て直しだ。僕は考えた。連中から攻められ続けていたら、包囲網から抜け出すのはまず不可能だろう。こちらからも攻めないと。

 僕は挑んできた相手を蹴散らすと、今度は自分から突っ込んだ。その場所が、包囲網の中で一番、手薄だったからだ。僕がこの包囲網から抜け出す方法は大きく分けて二つ。一つは相手を倒して、そのまま進む事。しかし、それは恐らく不可能だ。

 “こいつを倒そうとしても、絶対に途中で逃げられる………。逃げられれば、包囲網は破れない”

 このゲームは、逃げる為には戦闘フィールドの一番端にまで行く必要がある。そして、相手は、常に端の方で待機していた。逃げ出す準備をしているのだ。これでは流石に、止めを刺すのは難しいだろう。

 包囲網から抜け出す方法のもう一つは、僕自身が戦闘から逃げ出すこと。ただし、相手を突き抜けて、敵の陣地側から逃げなくてはならない。そうしなくては、反対側には出られないから、包囲網を抜け出せないのだ。が、それも難しそうだった。

 “迎撃準備をしている相手の攻撃をかいくぐって、向こう側に行くのは、いくらスピードタイプの僕のパーティでもちょっと無理がある…”

 さて。ならば、どうするか?

 僕は考えた。

 “わざとやられるというのは、どうだろう?”

 僕は敢えて攻撃を受け、それから後方に下がってみた。相手が誘惑に負けて、追い打ちをかけてくれば、僕のキャラ達のスピードなら、敵の陣地側から逃げられる。

 が、相手もそこは分かっているらしく、試してみても深追いはしてこなかった。

 “やっぱりね。駄目ですか……”

 単純な作戦は、流石に見抜かれてしまう。

 “なら、一か八か…”

 僕はリーダー及びに補佐ニキャラの、遊撃三人組で、敵に近付いて再びわざと攻撃を受けた。どんどんと体力が減り、残りわずかとなってしまう。相手はその僕の行動に戸惑っていたようだが、やがて諦めたと判断したのか、無抵抗の僕のキャラ達を遠慮なく攻撃し始めた。僕はそのタイミングで、後方に待機させていた魔法陣使いポーに、魔法陣を張らせ始める。召喚魔法用の魔法陣だ。それを見て、相手は少しだけ躊躇したようだが、無視してリーダー達を更に攻撃し続けた。

 “オッケー、良い判断だ”

 1キャラでも持ち場を離れたら、僕は攻勢に転じて状況を打開するつもりでいた。僕のパーティには強力な魔法攻撃はないから、例え魔法陣を無視したとしても逆転される程ではない。むしろここで、戦闘の要の連中を完全に倒しておくべき。相手は恐らく、そう考えている。そして、その判断は正しい。

 が、

 “正しければ、良いってもんでもないんだよね、この世の中は…”

 僕はそう思ってにやりと笑った。

 防御力の低い僕のパーティの体力が完全にゼロになるのは早かった。リーダーも補佐の二キャラもそこに倒れてしまう。その瞬間、相手は残っている僕のキャラを倒そうと、動き始めた。逃げられるのを警戒しているのだろう。しかし、ちょうどそのタイミングで、魔法陣使いポーの召喚魔法が完成したのだった。

 “よし! 狙った通り!”

 僕は手に汗を握り、画面を見つめた。これで、“ストレンジ・シャーマン”が召喚されて来るはずだ。

 召喚魔法“ストレンジ・シャーマン”。

 それで召喚されるこいつは、確かにそれほど強力なキャラではない。それどころか、召喚されるモンスターであるにも拘らず、プレイヤーの指示を半分くらいの確率で無視する困ったキャラだ。だから、相手の読み通りに、決定打にはならない。しかし、こいつには無視できない特殊能力がある。

 それは、既に倒されている自分のキャラを、ゾンビとして復活させる、というもの。

 “ストレンジ・シャーマン”が召喚されている間しか有効ではないが、その間なら不死身のキャラとしてゾンビの操作が可能だ。これは僕の奥の手だった。ピンチに追い込まれた時の最後の手段。特に今回のケースでは、かなり役に立つ。僕は早速ゾンビ化の魔法を使えと、“ストレンジ・シャーマン”に指示を出した。確率は半分だが、どうやら指示通りに動いてくれたようだった。

 “ストレンジ・シャーマン”が、ゾンビ化の踊りを踊り始める。

 シャシャシャシャシャ。

 そんな声を上げる。画面が薄暗くなった。相手はそこでようやく僕の策に気付いたようだった。が、時はもう遅い。既に僕のキャラ達は復活をしていた。

 僕は不死身となったキャラに突進をさせ、どうすれば良いか分からないで立往生している相手パーティに迫って行った。倒すつもりはない。召喚魔法が終わるまでの間で、倒すのは難しい。ゾンビ化したキャラは攻撃力が弱くなっているから尚更だ。が、それでも隙を作るには充分だった。

 相手パーティの何人かを吹き飛ばすと、僕は今度は自キャラ達に相手陣地から逃げろと指示を出した。全員が辿り着けなければ、逃走は成功しない。回復魔法役と魔法陣使いをゾンビ化したキャラ達に護らせながら、僕はなんとかそれに成功した。

 画面が戦闘フィールドから移動用画面に切り替わると、僕はダッシュをし、包囲網にわずかに空いた穴から外へ抜け出した。包囲網を作っていた連中は、挟み撃ちで両側から迫って来たが、スピード型の僕のパーティには追いつけない。

 僕は連中を振り切る事に成功した。


 遠く離れ、落ち着くと、僕は回復用のアイテムを使った。後、三個しか用意していない貴重なものだ。

 “ああ、クソ… 油断してた”

 今回は流石に焦った。もう駄目かと思った。社長に約束した手前、最悪でもリタイヤだけは避けなければいけない。もちろん、リタイヤすれば賞金が出ないからだ。参加料を支払った分だけマイナスになってしまう。

 “しかし、これでもう連中は追って来ないだろう。安心のはずだ。あいつらは、一時手を組んだに過ぎないはずだし……”

 何にせよ、次の作戦を考えなければならない。それから、次の作戦を練る為に、僕はマップを確認した。

 マップでは、森や洞窟などに身を潜めている以外のパーティ位置を確認できる。今、僕は森にいるから、少なくともマップでは僕の位置は分からないはずだった。つまり、そこなら僕はゆっくりと他の連中がどんな動きをしているかを見守る事ができる。

 が、そこで僕は驚愕した。

 “なんだ、この動きは? まさか、まだ僕を探しているのか?”

 なんと、他のパーティ達が、まるで探索するように動いているのが見えたのだ。僕はその予想外の事態に、困惑した。

 “どういう事だ? これ以上、奴等に協力して僕を倒すメリットなんてないだろう。探す手間がかかり過ぎるはずだ”

 それから冷静になると、僕は先の自分の考えを改めた。

 “いや、もしかしたら、あいつらは一時だけ手を結んだという訳ではないのかもしれない。あいつらは、元から協力関係にあったのじゃないか?”

 冷静に観察する。僕を探しているのは、10パーティといったところ。これくらいなら、事前に協力関係を結んでいたとしても、ばれる数ではない。

 事前に結託するのは、大会のルールとして禁止されているが審査は甘い。大会が始まってから協力し始めたと言えば、それで通ってしまう。それだとゲームが面白くなくなるから、僕はやろうとは思わなかったけど、当然の事ながら、そういう事を考え実行する性質の悪い連中もいるのだ。

 “クソ… 甘かったか。まさか、僕がターゲットにされるとは思っていなかった。だけど、考えてみれば実力者が狙われるのは、当たり前の話か…”

 そう、僕は悔しがった。

 “どうする?”

 連中が少しずつ僕に近づいて来るのが分かった。1パーティずつなら、何て事のない奴等だが、一度に来られると流石にきつい。何か策を練らなければ… しかし、僕には何も思い付かなかった。

 “駄目元で、戦ってみるしかないか?”

 が、そう決断した時だった。フィールドに異変が起こったのだ。

 “それ”は、他のパーティの二倍以上の速さでフィールドを移動してきた。スピード型の僕のパーティよりも明らかに速い。そして、あっという間に連中の一つに攻め入ったのだった。

 僕はその異常なスピードに驚きつつも、こう思った。

 “連中のどれか一つにでも戦いを挑めば、全員が敵になる。無謀だ”

 やがて、戦闘が終わる。妙に終わるのが速かったが、どうやら攻め入ったハイ・スピードの奴が勝ったようだった。しかし、案の定、それから協力し合っている連中の全員が、矛先をそのハイ・スピードのプレイヤーに向けたのだった。

 “やっぱり……。早く、逃げろ”

 僕はそう思った。そのスピードなら、充分に逃げ切れるだろう。しかし、そのハイ・スピードのプレイヤーは動じることなく、むしろ反対に、向かって来た敵達に突っ込んで行ったのだった。

 “馬鹿か、こいつは?”

 と、僕は思う。そしてそこで気が付いた。そのハイ・スピードのプレイヤーのパーティ人数が一名だけである事に。

 それを見た瞬間に僕は都市伝説上のキャラである“ウサギ”を思い出した。異常なスピードと強さを誇る、噂の中の存在…

 “まさか、本当にいたのか?”

 僕は気付くと画面を凝視していた。その“ウサギ”と思しきキャラは、次々に敵に戦いを挑み、そして撃破していく。異常な速度だ。僕はその時点で既に確信していた。こんなスピードと強さは通常は有り得ない。間違いなく“ウサギ”だ。

 やがて、残り3パーティほどになると、連中は“ウサギ”に戦いを挑むのを止めて逃げ始めた。敵わないと判断したのだろう。しかし、“ウサギ”は連中を逃がさなかった。無情にも追い詰め、そして撃破してしまう。協力関係にあった連中の一派は、それで恐らくは全滅しただろうと思えた。

 僕はそれを見て、“ラッキーだ。邪魔な連中を倒してくれた”と、そう思った。後はあの“ウサギ”が何処かにいなくなるまで、隠れていればピンチを抜けられる。僕はこの戦いで社長を納得させる為に、何としても好成績を収めなくてはならない。あんな化け物とは戦っていられない。

 しかし、頭ではそれが賢い選択だと分かっていながら、僕はどうしても好奇心を抑えられないでいた。

 好奇心?

 いや、これはそれだけじゃない。

 “強敵と戦ってみたい”

 間違いなく、それは楽しい戦いをしたいという内なる熱い衝動だった。戦闘への欲求。そして、それは自分でも信じられないくらいに急速に膨れ上がっていった。

 “駄目だ。出るな。このまま、森の中に隠れているんだ”

 自分にそう言い聞かせる。しかし、気付くと僕は自ら森を出ていた。草原フィールドに立つ。これで、もう、敵から僕が確認できるはずだ。そしてやはり“ウサギ”は僕の存在に気付いたようだった。向かって来る。僕も同じ様に向かって行った。

 “出てしまったからには、もう遅い。戦うしかない”

 と、そう自分に言い訳してはいたけど、単に戦ってみたかっただけだというのは、自分でも分かっていた。

 やがて高速で向かって来た“ウサギ”と僕のパーティが触れ合う。戦闘画面に切り替わった。フィールドは草原と砂地の中間といったところ。それなりに足場はしっかりとしているから、戦い易い。

 戦闘フィールドになると、相手の姿が明確に分かる。本当に相手はモッケ族だった。外見がウサギにそっくりで背も小さい、戦闘には不向きなあの種族。だが、そのモッケ族の姿は、剣を両手に持った二刀流で、間違いなく剣士のものだった。

 Ready Go!

 戦闘が始まる。僕は「小細工は無用」と、遊撃三人組で突進した。相手の戦闘スタイルが噂通りなら、近距離戦メインのはずだ。僕も近距離なら自信がある。もっともそれでも敵わないだろう。だから、三人組で戦いながら、後方支援の回復系魔法キャラや魔法陣使いに魔法を使わせる。魔法による支援があるから、これだけで随分と有利になるはずだ。

 が、その僕の作戦は見事に外れた。なんとウサギは、遊撃三人組をすり抜けると、まずは回復役を仕留めたのだ。

 もちろん、まず回復役を仕留めるのは、基本的な戦略の一つだ。回復役は文字通り戦闘の生命線だから。だけど、まさかスピード型である僕の三人組を、簡単にすり抜けられるなんて流石に想定外だった。僕はウサギが回復役を狙ってきたら、それを餌にして攻撃を当ててやろうとすら考えていたのだ。

 ウサギはそれから、続けて魔法陣使いを簡単に倒してしまうと(一応、僕のパーティの魔法陣使いには、武力スキルもあるのだけど、ウサギの相手にはならなかった)、余裕のある態度で悠然とそこで待機した。話しかけてくる。

 『お前は、あの社長の処の“国民”か… 名プレイヤーの一人。潰しておいても良いが、どうするかな?』

 僕はそれに驚く。

 社長? こいつは、僕の会社の社長を知っているのか?

 『何の事を言っているんだ?』

 僕がそう問いかけると、ウサギはこう返す。

 『今回のターゲットは、お前じゃないのだよ。お前は、汚い真似もしていなかったようだしな』

 汚い真似?

 ウサギは、もしかしたら、事前に協力関係を結んでいたさっきの連中の行いを、“汚い”と言っているのだろうか?

 ウサギは続けた。

 『ここで退くのなら、今回は見逃してやるぞ』

 余裕の態度。

 僕はそれに腹が立った。プライドを刺激される。

 『ふざけるな!』

 それで、そう返すと突進した。絶対に一泡吹かしてやる!

 ウサギは僕の突進を見ると、やれやれといった様子で(もちろん、ゲーム上でそこまでの表現はできないのだけど、僕にはそう感じられたんだ)、構えを執った。意外にも、動かない。しかも、まだ僕から距離がかなり離れているから、そんな構えを執っても無駄なはずだった。

 “どういう、つもりだ?”

 が、そこで僕は嫌な予感を覚えた。マイナーだけど、確か長距離に攻撃を当てられる斬撃技があったはずだと思い出す。レベルが高いにも拘らず、威力が低いからほとんど誰も身に付けてはいないが、このウサギなら或いはその強力バージョンを使えるのかもしれない。

 技の名前は、超長距離居合。ただし、このウサギの場合は、どうやらそれの二刀流らしい。

 僕は少し考える。

 どうする? 立ち止まって回避するか?

 しかし、僕はその考えを打ち消した。飽くまで勘に過ぎないが、ウサギの狙いは補佐役の2キャラのように思えた。最も攻撃力が高く、スピードもあるリーダーはターゲットにはされていないように見える。

 なら、これはチャンスだ。相手は恐らく油断している…… そこを突く。逆に、加速してやる!

 僕は居合が来るのではないかと思えるそのタイミングで、“加速”の能力を使った。リーダーが加速する。そのタイミングで、ウサギは僕の予想通りに居合を放った。補佐役の2キャラが攻撃を受けて倒れる。しかし、そのお蔭でウサギにわずかばかりの隙が生まれた。そのわずかな隙を僕は逃さなかった。最高速に加速しているリーダー・エッジの、その斬撃なら届く。そう思えた。

 「加・速・斬り!」

 僕はパソコン画面の前で、思わずそう叫んでいた。

 「なっ!」とでも思わず口にしていそうな様子で、ウサギは目の前から突っ込んで来るリーダーを見つめていた(もちろん、これは僕の想像に過ぎない)。

 そして、リーダー・エッジの斬撃が、僕のイメージ通り、ウサギにヒットする。ウサギは衝撃で、大きく後方に吹っ飛んだ。

 「どうだぁ!」

 僕はそう叫ぶ。もちろん、これくらいじゃ倒せはしないだろう。僕は更に追撃しようと、リーダーを操作し、同時に補佐役にも指示を出した。吹き飛ばしてしまった所為で、ウサギは少し離れた位置にいた。

 が、

 それからウサギは立ち上がると、リーダーが近づくまでの間で、回復技を使ったのだ。しかも、驚くべき速さで成功させてしまう。それで、リーダーの攻撃によって受けたダメージは、完全に回復してしまったらしい。

 ウソッ!

 と、僕はそれを見て思う。

 “こいつ、回復技までこんな速度で使えるのか? いくら何でも、それは卑怯だろう!”

 驚いている僕に向けてウサギは言う。

 『ハッハッハ、なるほど。噂通り、なかなか、やるじゃないか。気に入った。お前、どうやら俺と“同種”だな。今回はターゲットではないし、見逃してやるよ!』

 そしてそれから、ウサギは後方に向かって去って行ったのだった。ウサギのスピードで逃げられたら、追いつけるはずはなかった。そのまま移動フィールドに戻ると、ウサギは直ぐに森の中へと身を隠し、それからもう戻っては来ない。

 “なんだ、そりゃあ!”

 と、中途半端な状態の僕は思う。僕の心に生じた、やり場のないこの興奮はどうすれば良いんだ? 絶対に倒してやりたかったのに!

 だが、それからいくら探しても、ウサギは見つからなかったのだった。


 大会が終了した。僕の成績は、上の下といったところ。あれからずっとウサギを探し続けていた所為で、上位には食い込めなかったんだ。成果があるにはあった訳だけど、それは社長を満足させるまでには至らなかった。確かに利益はあったが、リスクの大きさに対しては少な過ぎる。危険を冒すほどのメリットはないと判断されたのだ。

 ただし、僕はそれをほとんど気にしてはいなかったが。

 ウサギ。

 それよりも、ウサギに心を奪われていたからだ。社長の評価何てどうでも良くなるほど、僕はウサギに夢中になっていた。

 “何なんだ? あいつは…”

 奇妙な姿。圧倒的な戦闘力。そして、謎の行動。それらの全てが、僕の心を魅了していた。そもそも、あいつの正体は何なのだろう?

 そう思って、何人かに情報を求めた訳だけど、何も分からなかった。それどころか、僕が大会でウサギを見たという話すら信じてはもらえなかった。確かに、大会のエントリーリストの中に、ウサギの存在はなかった。もちろん、ランキングにも入っていない。あれだけの数の敵を倒しているのなら、絶対に入っているはずなのに。それに、ウサギに倒されたという連中の証言もなかった。これでは信じろという方が無理かもしれない。僕の話を聞いた人達は、徹夜でゲームをやっていた所為で、僕が寝ぼけていたのだと考えたようだった。或いは、上位に食い込めなかった事の言い訳だと思われたか……。

 「僕は絶対に戦ったんだよ」

 そう言うと、火田は「そうか。ま、お前がそう言うのなら、そうなのだろう」と面倒臭そうに返して来た。

 また火田が僕の家を訪ねて来たのだ。それで興奮を抑えきれずにいた僕は、火田にウサギの話を語ったのだ。火田はこのゲームをやっていないから、ウサギの存在のその奇妙さを分からないのだろう。だから、簡単に信じてくれたのだ。僕は言う。

 「あいつの正体について、色々と考えたのだけどさ。やっぱり、あんなのデータをいじっているとしか思えないんだよ。つまり、ハッカーがサーバ上のデータを、改変したのだろうと思う。プレイヤーと同一人物かどうかは分からないけど」

 それを聞くと火田はこう言う。

 「でも、それ、犯罪だろう? たかがゲームの為にそこまでするか?」

 僕は腕を組んでそれに答える。

 「僕もそう思ったよ。でも、ゲームがたかがゲームじゃなくなる場合もある。現実世界の利益に絡む場合が」

 「何の話だ?」

 「リアルマネートレーディングだよ。あのゲームで勝ちまくって、金やアイテムを貯める。それを現実の金に換えるって商売をしている連中がいるのじゃないか、と僕は考えたんだ。実際、あのゲームで、リアルマネートレーディングをやっている連中がいるって噂もあるにはあるんだ。

 金が手に入るのなら、データ改変のリスクを背負うのも分かる気がする」

 火田はそれに、興味なさそうな様子ながら頷いた。

 「ああ、なるほどな。金か…」

 しかし、それから疑問を口にする。

 「でも、だとすると、そのウサギとやらは何故お前の事を見逃したんだ? ターゲットじゃないとか言われたんだろう? お前は、それなりに金もアイテムも持っていたはずだ。普通なら、倒して手に入れようとするのじゃないか?」

 「それは多分、時間に制限があったのだと思う。あいつが危険な橋を渡っているのはほぼ確実なんだ。動き回るタイムリミットは決めてあるはずだよ」

 火田はそれに「はぁ、そんなもんか」とそう言った。そして、続けてまた疑問を言う。

 「だがよ、データの改変を行っているのなら、わざわざ戦闘で奪わなくても、そのままアイテムとか金とかを増やしちまえば良いのじゃないか?

 その方が証言とかもされなくて済む。そういえば、倒された連中が何も声を上げないのもおかしいな」

 「そこはよく分からないけど、きっと、金とかアイテムは、企業側にもっときつく監視されているのじゃないかな? ゲーム全体の総量チェックがあるとか… 倒された連中が声を上げなかったのは、汚い事をやっていたからかもしれない。だから、言い難かった。ウサギは噂が拡がらないように、そういう連中をターゲットにしていたんだ。だから僕は外されていたのかも」

 「一応筋は通っているが、憶測の域は出ないな。ま、俺はそもそもそんなのはどうでも良いのだが…

 ただ、ちょっと気になる点もある」

 ゲームにはほとんど関心を示さない火田が、“気になる点もある”と言った事に、僕は好奇心を刺激された。

 「何だよ? ウサギの何かがおかしいのか?」

 「いや、俺がおかしいと思っているのは、お前のとこの社長の方だな」

 「社長の?」

 「その社長は会社の宣伝の為に、そのゲームを始めたのだろう? なんで、サービスを悪くするんだよ。しかも、それで悪い印象を持たれているのだろう? 宣伝が逆効果じゃないか」

 「それは収入が少ないから…」

 「いやいや、おかしいだろう? お前だってかなりの額の“税金”を納めているし、他の連中も取られている。少ないはずがないんだよ。

 そのウサギってのが、お前のとこの社長を知っていたのも変だしな」

 そう言われて、僕は確かに変かもしれないとそう思った。しかし、それほど深くは考えなかった。

 「とにかく、僕の関心は今は“ウサギ”だ。データ改変なんて卑怯な真似は、絶対に許さない。リアルマネートレーディングを行っているのなら、尚更だ。絶対に倒してやる。金やなんかも手に入るから、社長だってきっと納得するはずだ」

 それを聞くと火田は「まぁ、がんばれよ」とそう少し呆れた様子で言った。


 それから僕は、時間を見つけるとウサギの探索をするようになった。もちろん、闇雲に動いたって見つからないのは当然の話。こういう時は相手の目的を考えるんだ。ゲームの戦闘と要領は同じ。相手の狙いを見極め、その裏をかく。僕はゲームに関しては、とても頭が働くのだ。

 (火田からはツッコミを入れられそうだけど)

 ウサギが、リアルマネートレーディングの為に敵を倒しているというのなら、金やアイテムをたんまり持っている奴等を狙って現れるはずだ。今の僕は社長にかなりの額を渡してしまっているから、懐が寒い。だから、ウサギは狙って来ないだろう。

 ならば、手段は一つ。金を持っている連中のいる場所に行くしかない。

 僕はゲーム内での自由行動が許された日に、最近噂になっている、初心者ばかりを狙う連中が集まる場所へと向かった。

 そいつらは、初心者がモンスターを倒して必死に集めた金やアイテムを、戦って奪ってしまうらしい。モンスターを倒して、多少は自信のついた初心者達は、逃げないで思わず戦ってしまう訳だけど、モンスター相手の戦いと人間相手との戦いは根本が異なる。モンスターに通じた方法は、人間相手には通用しないケースが多いのだ。それでほとんどは負けてしまうらしい。利用規約に書かれている訳ではないが、そんな行為はもちろん、マナー違反だ。が、効率は良いらしく、金をそれなりに稼いでいるのだとか。

 草食獣を狩る肉食獣といったところか。その肉食獣を、更に強者であるウサギが狩る。まるで食物連鎖を見ている気分だ。食物連鎖の頂点だとすると、”ウサギ“って名前に少し違和感を感じるけど。

 その場所は複数のダンジョンが密集している山の麓辺りで、まるで山賊のように、そいつらは森に潜んでいる。だからなのか、通称そいつらは“山賊”と呼ばれている。

 その辺りに僕が近づいても、山賊連中の影はなかった。最近では、略奪行為が有名になった所為で、警戒している初心者も多いと聞くから、恐らくはより慎重に身を隠しているのだろうと思う。僕を見ても、まず狙っては来ないだろうし(何しろ、僕は実力者として有名だから)。

 しばらくは何の変化もなかったけれど、そのうちに初心者だろうプレイヤーが、ダンジョンから戻って来るのが見えた。たぶん、数時間は戦って、そしてモンスターから金を奪って来たのだろう。考えみれば、それなりの労力だ。思わず、納めなくてはいけない税金の額を思い出し、僕も山賊行為をしたい衝動にかられたけど、思い止まった。

 そんな行為が噂になれば、僕の名に傷がつき、僕らの“国”にも悪い噂が立つ。プロゲーマー(もどき)の僕としては、飽くまでクリーンなプレイを心がけなくては。こういう自覚を、職業アイデンティティとでも言うのかもしれない(火田が聞いたら、馬鹿にしそうだけど)。

 しかし、そんな事を思いながらその初心者を見つめていると、そのうちに森の中から複数の影が現れた。初心者を囲んでいる。間違いはなかった。山賊だ。

 どうも、今は逃げられないように初心者を取り囲んで倒すという手段を執っているらしい。そこまでするとは聞いていなかった。これは、いよいよ悪質だ。初心者には、逃げる選択肢も与えられていない事になる。

 攻められて、その初心者は直ぐに逃げ出したようだったが、囲まれているからまた他のパーティに捕まってしまう。抜け出せない。大会の時の僕と同じ状況だ。

 僕はそれを見て少し心が動かされた。

 どうにも他人事には思えない。同情してしまったのだ。それに、初心者に対するこんな行為を見過ごしていたら、このゲームのプレイヤーはどんどん減っていってしまう。

 “ウサギを見つけるって当初の目的とは違うけど……”

 そう思うと、僕はその山賊の一つに戦いを挑んだ。数は多いが、レベルは大会の時に戦った連中もよりもかなり劣るだろう。僕なら簡単に倒せそうだった。

 戦ってみると、やはり大した事はない。操作の肝は押さえているが、基本的な戦略しか頭にないようで、少し戦い方を捻ってやると簡単に崩せた。

 “チョローイ”

 僕は3パーティほどを撃破すると、その初心者に向けて『こっちです』と呼びかけた。僕にもその初心者は警戒していたようだけど、襲いかかろうとしていた1パーティの道を塞いで、彼を護ってやると、どうやら安心したらしく、僕が作った道を通ってその包囲網を脱出した。僕も追撃を防ぎながら、後を追う。

 『ありがとうございました』

 安全な位置まで来ると、その初心者は僕にそうお礼を言って来た。僕は良い噂を広めるチャンスだと思い、自分の所属している国とゲーム内での僕の通り名を名乗った。それから、初心者が『どうして、助けてくれたのですか?』と尋ねて来たので、事の経緯を僕は簡単に説明した。“ウサギ”という、都市伝説的なキャラ兼プレイヤーを探しているのだと。

 すると、なんと驚いた事に、その初心者は“ウサギ”を見た事があるという。

 『僕はこのゲームをやってまだ間もないので、詳しくはないのですが、確かに1キャラだけでやたら強いモッケ族を見ましたよ。あれ、“ウサギ”と呼ばれているのですね』

 僕が何処で見たのかと尋ねると、『あなたと同じ様に初心者を山賊から護っていました』とそう答える。詳しく聞いてみると、自分が助けられた訳ではなく、山賊に狙われた他の初心者をウサギが助けていたのを見たらしい。

 「よっしゃ!」

 と、僕はそれを聞いて画面の前で思わずそう言った。どうやら、僕の考えは間違ってはいなかったらしい。ウサギは金を稼ぐ為に、山賊を狙っているのだ。肉食獣を狙う肉食獣。食物連鎖の頂点。……“ウサギ”だけど。

 『本当に、ありがとうございました』

 それから再びお礼を言われた。僕は『金を稼げたし、別に良いですよ』とそう返す。山賊連中はやっぱりかなりの金を持っていて、僕にとってもそれは利益になったのだ。僕が正義の味方か何かで、このゲーム世界の秩序を守る目的で助けたのなら、お礼を言われるのも分かるけど、僕の目的はそんな崇高なものではなかったから、なんだかくすぐったかった。

 そしてその時、僕は気が付いた。

 “あれ? 今の僕の立ち位置って、ウサギと同じじゃん…”

 偶然の成り行きとはいえ、そうなっている。

 それからも僕は、暇を見つけると山賊狩りと初心者の救出をし続けた。別にそれが目的って訳じゃなかったのだけど、ウサギを探していると、山賊に狙われる初心者にはよく出くわしたし、そうなると、やっぱり助けない訳にはいかなかったから。

 それにこれ、評判を上げつつ、金も稼げるから一石二鳥なんだ。止める理由はない。

 そのうちに僕のその行動は噂になり始めた。僕の人気は上がり、そして社長の“国”へ所属したいという希望者も増えた。社長はもちろん、基本的にはその僕の行動を評価してくれたのだけど、何故か、あまり目立つ行為は慎むようにと、そう忠告もして来た。宣伝の為にもなるし、悪い事はなさそうなのだけど……。もしかしたら、他のプレイヤーの嫉妬を恐れたのかもしれない。

 それからしばらくは、ゲーム内で社長は僕に多くの仕事を振って来た。お蔭で、ウサギを見つける為の山賊狩りもできなくなってしまった。


 そんな頃、僕の会社生活にちょっとした変化が起こった。「作成して欲しいマクロがあるんだ」と、僕の上司に当たる人からそう言われたのだ。

 “やっぱり、来たか……”

 と、僕はそれを聞いてそう思う。あの例の入力ツールを作って以来、僕はマクロ作成のプログラミング・スキルを持っていると職場で勘違いをされているらしかったし、そのツールを提供したお蔭で少しずつ僕は職場に馴染んできていて、気軽に仕事を振られそうな雰囲気もあったから、そんな事が起こりそうな予感はあったんだ。

 断ろうかとも思ったけど、“とにかく、話を聞かなくちゃ始まらない”と考え直して、僕は詳しく話を聞いてみることにした。

 それは、こんな事情らしかった。

 人手が足りなくて、外部業者に任せているデータの分析作業がある。コストはそんなにかけられないから、安い会社に任せているのだが、しょっちゅう小さなトラブルが起こるし、安いとはいえ費用も馬鹿にならない。それに、安全上の問題もあるし外部に頼む分、仕事も遅れがちになってしまう。

 だから、会社では、できればその仕事を社内で済ませたいと考えていた。今までは人手をかけていられなかったから、それを諦めていたが、最近になって僕が作ったツールで労力に少しばかりの余裕ができた。

 そして、もしデータを入力しただけで、分析ができるマクロがあるのなら、それは比較的簡単にできそうでもあった。これが実現できるのなら、コストが安くなる上に、仕事もより効率的になる。

 「なるほど。面白そうですね」

 話を聞き終えると、僕は思わずそう言っていた。

 簡単な業務用のアプリケーションをマクロで作成するようなものだ。画面の数で言えば、3から5画面といったところか。

 正直に言うのなら、今の僕にとってはややハードルの高い仕事内容だった。が、それでも僕はやってみたいという気になっていた。実はあの例のツールのお蔭で、仕事が少しばかり暇になっていたのだ。あの入力作業を一番やっていたのが僕だったからだけど。

 それで、暇になった僕はツールをより良く改善しようと努力していて、前よりも少しはプログラミングの実力を成長させていたのだ。だから、ハードルの高い仕事もやってみたかった。つまりは、腕試しをしてみたかったのだけど。

 幸いにも仕様は明確に分かっているらしい。これなら、何を作れば良いかで迷う事はなさそうだった。

 「分かりました。できるかどうかは分かりませんが、努力してみます」

 気が付くと僕は興奮しつつ、そう返していた。

 ゲームでもそうなのだけど、僕はどうやらこういうシチュエーションになると、テンションが上がるという性格らしい。冒険が好き、なのかもしれない。

 が、それから数日後に、その話は消えてしまった。社長が「待った」をかけてきたのだ。理由は分からなかったけど、ほぼ確実に僕のゲーム時間を確保する為だろうと思えた。

 それを伝えに来た時、僕の上司は僕を責めるような目をしていたのだけど、それから僕の表情を見ると、何故か複雑な顔になった。そこで気が付いた。どうやら僕は、そのニュースに落ち込んでいたらしい。その時、僕はきっとショックを受けた表情をしていたのだろうと思う。

 もちろん、ゲームができるのはありがたい訳だけど…

 “何かが違う”という違和感が、その時僕に残った。


 それからはしばらく、大して面白くもないプレイを、淡々とこなす毎日が続いた。少し面白い事があったといえば、僕が倒した山賊の一人が、僕にリベンジを申し込んできたくらい。リベンジをしようというくらいだから、少しは実力を付けてきていて、それなりに楽しい戦いになった。もっとも、それでも僕の圧勝だったけど。

 ゲームの画面越しとはいえ、プレイの仕方から伝わって来るその“熱さ”は、僕を懐かしい気分にさせた。僕もこのゲームをやり始めた頃は負けてばかりいて、よくこんな風に熱くなっていた。「絶対に強くなってやる」と練習に練習を重ねて戦略を練ったり、情報を集めて研究したり。

 ゲームの中の世界とはいえ、充実していた。

 ――ウサギ。

 そこで僕はウサギの存在を思い出した。あいつとの戦いは面白かった。一撃だけ攻撃がヒットしたとはいえ、あのまま続けていたら恐らく僕は負けていただろう。

 勝ちたかったな…

 と、それで僕は思った。いや、本当は勝ち負けなんてどうでも良かったんだ。僕は何かを実感したかっただけだと思う。それが何かはよく分からないけど。

 それからも時々、山賊達の何名かが僕に挑戦して来た。少しは強くなっていたけど、やっぱり相手にはならない。あまり金は持っていなかったから、稼ぎにはならなかったけど、僕はそれを楽しみにしていた。もちろん、満足はできなかったけど。

 やっぱり、ウサギを探したいな…

 僕はそう思う。

 もちろん、そんな暇はなかったのだけど。社長が自由時間をくれなかったからだ。

 ところが、そんなある日、何故か社長の方から『山賊狩りに行ってくれ』と指示が出たのだった。理由を聞いてみると、『お前の“山賊狩り”の評判は良い。定期的に行っておくべきだろう』との事だった。

 何となく釈然としなかったけど、僕は喜んでその依頼を引き受けた。仮にウサギを見つけられなかったとしても“山賊狩り”は、それなりに楽しい。人から感謝されるのは気分が良いし。

 だけど、その日の“山賊狩り”は何かがおかしかった。


 山賊を見つける為に森の中に潜んで数時間、一向に山賊は現れなかった。最近、僕は“山賊狩り”をやっていなかったから、警戒されているはずがない。

 初心者達がダンジョンからいくら出て来ても影すら見せなかった。

 “どういう事だろう?”

 深夜3時を回っても、山賊が現れなかったので、僕は“今日は無駄だった”と諦めて帰ろうとした。

 しかし、そこで異変が起こったのだった。その時になって、ようやく山賊達が現れたのだ。しかも、かなりの数。初心者は一人もダンジョンから出て来てはいないのに。そして、山賊達は僕を取り囲むようにして迫って来ている。

 「おーっと、これは…」

 そう。連中のターゲットは、どうやら僕のようだったのだ。僕は罠に嵌ったのだ。連中から恨みを買い過ぎたか…

 どうやって僕がここに来るという情報を手に入れたのかは分からないけど、これはピンチだ。

 もっとも、税金を納めた後だったから、例え負けたとしても失うものは何もない。ただ、僕のプライドと、そして評判は傷つく事になる訳だけど。

 僕はその状況に久しぶりに燃えた。

 “絶対に脱出してやる”

 山賊自体はそれほど強くないが、何名か助っ人も入っているようだから油断はできない。その助っ人をできるだけ避けながら、どこから脱出するのが良いのかを考えなくては。

 僕はそれから助っ人の中で、最も強そうな奴に向かって突進した。何故なら、そこが最も手薄だったからだ。それに連中の虚をつけもする。戦闘が長引けば、他の連中も集まって来るが、その前に終わらせれば、脱出口を作れるだろう。

 僕は持っているアイテムの中でも虎の子の、最も強力なものを使って、そいつを瞬殺した。大会の時のように、反対側から逃げる作戦も考えたが、あの時とは敵の数が違うから時間はかけていられないし、それに他の敵を威嚇してもやりたかった。倒してしまえば、“僕に戦いを挑めば、こうなるぞ”というアピールになる。

 予想通り、それで敵の中に戦いを躊躇する奴が現れた。陣形が崩れる。僕はその崩れた隙間から、包囲網を突破した。山賊の集りは烏合の衆に近い。軍隊のように統率力がある訳じゃないのだろう。

 しかし、やはり山賊達は追いかけてくる。しかも、何名かは遠くで待機していたようで、前方から邪魔して来る奴もいた。

 “何名いるんだ! クソッたれ!”

 少なくとも30くらいの数はいそうだった。僕が前方の敵に少し手間取っていると、後方から追手がやって来た。追いつかれたら、厄介だ。僕は歯ぎしりする。

 “やられて、堪るか!”

 しかし、既に追手の1パーティが、僕に後少しで触れそうなところまで来ていた。

 “これに捕まったら、他の連中も追いついちまうぞ… クソ…”

 僕は軽く絶望を感じた。

 もう、駄目か?

 しかし、そこで妙な影がマップ上に現れたのだった。高速。異常なまでの移動速度で、それは目の前から僕に迫っていた。間違いなく、“ウサギ”だ。

 「ウサギー!?」

 僕は画面の前でそう叫んでいた。

 “何てこった。あいつは、山賊の仲間だったのか。いくら何でもこれは無理だ。僕はやられる…”

 ところが、ウサギはそれから僕をスルーすると、そのまま僕を追って来た山賊に突っ込んで行ったのだった。しかも、瞬く間に撃破してしまう。

 “なんだ?”

 そこで僕は冷静になる。

 考えてみれば、ウサギは僕と同じ様に“山賊狩り”をしていたんだ。連中の仲間であるはずがない。むしろ敵のはずだ。そしてウサギの登場で、山賊達が怯んだのが分かった。

 “これなら、いける!”

 僕はウサギと同じ様に、連中に向かって突進していった。次々と撃破していく。ウサギは僕の二倍ほどの速度で、山賊達を片付けていった。やはり凄い。やがて、劣勢を見てか、山賊達は散り散りになって逃げて行った。

 ……これだけの数で挑んで、全滅させられたら洒落にならないからだろう。


 『ハハハ! まさか、お前を助ける事になるとはな』

 山賊達が逃げ去って二人きりになると、ウサギがそう僕に話しかけて来た。僕はそれにこう返す。

 『僕はずっとあんたを探していたんだ』

 『ほぅ。山賊狩りなんてやっているから、どうしたのかと思ったが、そんな理由だったのか。何故だ?』

 『もちろん。あんたと戦って勝つ為だよ』

 僕の言葉を聞くと、ウサギは止まった。少しの間の後でこう言う。

 『やめておけ。せっかく、助かったのにわざわざやられる必要もないだろう? お前が悪質なプレイヤーでない事は、こっちは分かっているんだ。お前は、あの社長の奴隷のようなもんだ。今はまだ見逃しといてやるよ』

 僕はそれを聞いて怒りを覚えた。

 奴隷だって?

 『ふざけるな! データを改変しているお前こそが悪質なプレイヤーのクセに!』

 それを聞くと、ウサギはため息を漏らした(ような気がしただけだけど)。

 『どうしても戦うのか? 金をそれほど持っていなくても、負ければ武器やアイテムを失う事になるぞ?』

 『こっちは、武器やアイテムの為に、ゲームをプレイしている訳じゃないんだよ』

 それに、もちろん、“金”の為でもない。

 『ほぅ。なら、お前は何のために、ゲームをプレイしているんだ?』

 そう尋ねられて、僕は固まった。

 明確な理由なんて、もちろんなかった。いや、ある。楽しいからだ。では、なぜ、楽しいのかと言えば…

 『お前みたいに、強い相手と戦うのが楽しいからだよ!』

 僕はそう答えていた。ウサギはこう返す。

 『楽しいねぇ…』

 続けて、こう質問する。

 『お前、どうしてあの社長の“国”に参加しているんだ? ぶっちゃけ、楽しくなんかないだろう?』

 “そこまで分かっているのか?”

 僕は少し迷ったが、こう答える。

 『就職の為に、仕方なかったんだ…』

 それを受けてウサギは大笑いした。

 『アハハハ! なるほど。なるほど。つまり、お前はどちらかといえば、被害者って事になるのか。

 それを聞いて、俺にはますます、お前と戦う理由がなくっちまった訳だが、まぁ、いいか。どうしてもって言うのなら、やってやるよ。やっぱ“優良なお客さん”にはサービスしないといけないしな』

 “優良なお客さん?”

 そう僕は疑問に思ったが、次の瞬間には戦闘フィールドに切り替わっていた。もう、質問している暇はない。草原フィールド。お互いに戦い易い場所のはずだ。


 Ready Go!


 戦闘が始まる。僕は予め考えていた通り、ウサギが攻めてくるのを待った。僕の得意戦法ではないが、ウサギ相手には迎撃作戦で行くしかない。それも、特殊な迎撃作戦で。こっちから向かえば、また前と同じ様に、魔法系のキャラ達が瞬殺されてお終いだ。

 僕が迎撃の陣形を執っても、ウサギは構わずに突っ込んできた。僕はにやりと笑う。

 “その慢心が、お前の弱点その一だぜ、ウサギよ!”

 僕は魔法陣使いのポーに、スローダウンの魔法陣を張らせた。これは、魔法陣の範囲内では、相手のスピードが落ちるというもので、普通は強力な魔法には分類されていない。しかし、僕らのようなスピード型にとっては重要な魔法だ。わずかな差が命取りになるから。

 そして、にも拘らず、この魔法は強力な魔法とは分類されていない為、詠唱時間も短ければ、魔力の消費も少ないのだ。つまり、スピード型同士の戦いには、重宝する。

 詠唱時間が短いお蔭で、ウサギが来るまでの間に、魔法陣使いポーは魔法陣を完成させる。僕は続いて、また同じ魔法陣を張れと指示を出した。

 こうなるとウサギも無視はできない。魔法陣の完成を邪魔しようと魔法陣使いに狙いを絞ったようだった。

 “予定通り!”

 僕はそう思うと、魔法陣使いの許に、補佐役の2キャラを向かわせた。もっとも、ウサギの異常なスピードには敵わない。護れはしないだろう。魔法陣使いに、ウサギの攻撃は届いてしまう。

 が、これはわざとだ。

 ――それは、僕の作戦の内だった。

 僕はウサギと一度戦った後で、何度も頭の中でシミュレーションをして、勝つ為の作戦を練っていたんだ。

 魔法陣使いにウサギの攻撃が当たった瞬間に、補佐役の2キャラが同時に攻撃を放った。が、ウサギの隙は少ない。かわされた上に二刀流の斬撃で、2キャラともカウンターをくらってしまった。なかなかの反応速度。しかし、まだ甘い。そこに合わせて僕は回復魔法使いにアイテムを使わせた。“麻痺”効果のある魔法陣を瞬時に張るというものだ。もっとも、その効果は瞬く間になくなってしまったようだった。ウサギは緑色に輝き、麻痺からの回復を示すモーションになっていたのだ。どうやら、ウサギには“麻痺”に対する耐性があるようだ。

 だが、それも予想の範疇。単独で戦って勝ち続けてきたって事は、“麻痺”や“眠り”などのステータス異常に対する耐性は一通り持っていなくちゃおかしい。誰も回復してはくれないからだ。

 そして、僕は思う。

  “ここっ!”

 やっと、隙ができた。流石に回復中は、いくらウサギでも動けない。

 僕はそう思うと、リーダーの斬撃をウサギに見舞った。モーションが少なく、威力の低い攻撃だ。たったこれだけの攻撃を当てる為だけに、3キャラが攻撃を受け、アイテムを一つ消費してしまった。しかも、受けたダメージはそれなりに大きい。

 やはり、化け物。

 しかし、その一撃が僕には重要だった。ダメージを受けてのわずかなモーションによって、ウサギには隙ができる。そのウサギに対し、回復魔法使いが今度は小爆弾を投げた。これも威力が低い。しかし、出るまでの間は小さく、攻撃がヒットすると、相手にまた同じ様に隙が生まれる。吹き飛ぶ程ではないから、距離はそれほど離れない。

 僕はそこにリーダーでまた攻撃した。威力は低い。しかし、それでウサギの隙は継続する。そこに、今度は補佐役が攻撃を加える。また、ウサギに隙が。そこに合わせてまたもう一方の補佐役が攻撃を。そこに重ねて、またリーダーで攻撃を……。

 もう分かるかもしれないが、実は小さな攻撃を隙間なく連続させると相手は抜け出せなくなるのだ。俗に言う、“嵌め技”というやつだ。普通、格闘ゲームなどで使われ、大いに嫌われるが、このゲームでの影は薄かった。何故なら、多対多の対戦だから、嵌めようと思っても成功しないのだ。だから卑怯ともあまり思われてはいない。むしろ、たった1キャラになるまで追い込まれた相手が悪い。しかし、ウサギは元々、1キャラだけなのだ。これがウサギのもう一つの弱点だ。つまり“嵌め技”に弱い。

 もっとも、ウサギの場合、その“嵌め状態”に持ち込むことが至難の業なのだけど。

 これを成功させるには、大きく吹き飛ばす大技はご法度だ。だから、一気に決着はつけられない。因みに僕はこの技を“煉獄”と呼んでいる。どうしてなのかは、分かる人は分かるだろう…と、思います。

 初めにウサギと戦った時、大技で吹き飛ばしてしまったが為に、回復する隙を与えた事への反省から、僕はこの作戦を思い付いた。卑怯と言われれば卑怯かもしれないが、そもそもウサギは存在自体が卑怯過ぎるのだ。これくらいは許してもらわないと、勝つ手段はないだろう。

 それに…、このゲームにおいての“嵌め技”は実は完全には成功しないのだ。

 ウサギへの攻撃のタイミングが、徐々にずれて遅くなっている事に僕は気が付いていた。ウサギも恐らくは分かっているだろう。これはこのゲームの仕様でもあるのだ。後少しで、攻撃をかわすくらいの時間ができてしまうはずだった。そこでウサギがどんな行動を執るかでこの勝負は決まる。もしも、ウサギに離れられたら、回復技を使われて、ゲームは振り出しに戻る。そうなれば、もう僕に勝てる見込みはなくなるはずだ。

 僕は緊張しながら、それを見守った。

 ウサギが“嵌め状態”から抜け出すまで、後、3・2・1……

 動ける。

 その時、僕はちょうど補佐役に攻撃をさせているところだった。ウサギはその攻撃を片方の剣で受け止める。そして、もう片方の剣で補佐役に斬撃を浴びせた。

 これは二刀流ならば、当然、誰でも持っている技“当身斬り”だ。相手の攻撃を受け止め、カウンターで攻撃する。ただし、このタイミングで成功させるのは難しいはずだ。僕はウサギを操作するプレイヤーが、キャラのスキルに頼り切っているだけの奴ではないと知って、少し嬉しくなった。

 そして、こう思う。

 “やるじゃないか。が、その選択は間違いだ! 怒りで冷静さを失ったな!”

 そこで僕は、リーダーをウサギに向かって走らせた。

 「加速」

 当然のように加速する。“当身斬り”の後にも隙はあるが、とても小さい。そのリーダーの加速でも間に合わない。その間に逃げられたならお終いだ。が、もちろん、そんな事は僕も分かっている。

 ウサギの“当身斬り”の後の硬直が解けかかる。このままでは、ウサギに逃げられる。しかし、その前にウサギの後方から、攻撃が入った。

 本当なら、何もなかった場所だ。

 なにぃ!

 とか、相手プレイヤーは思っているのだろうな。

 と、僕は勝手に想像した。

 “どうやら、相手プレイヤーは途中から魔法陣使いの姿が見えない事に気付いていなかったようだな……”

 その後で、透明になっていた武力スキルもある魔法陣使いポーの姿が現れる。僕はこのキャラに、透明化のスキルを与えていたのだ。そして、ウサギが自由に動けるタイミングに合わせて、近くに配置していた。

 もし、かわされていたら、攻撃を当てることはできていなかったはずだ。そして、ウサギに逃げられていた……。つまりは、ウサギがカウンター攻撃をしてくれたお蔭で、その攻撃がヒットしてくれた事になる。

 加速。

 加速! 加速! 加速ぅ!

 ダメージを受けて再び動けなくなったウサギに向かって、リーダーは加速しつつ突進していった。そして、

 「加・速・斬り!」

 画面の前で僕はそう叫ぶ。

 リーダーの加速を加えた斬撃が、ウサギにヒットし、それでウサギの体力はゼロになった。ウサギの身体は後ろに吹っ飛んでいく。

 「勝ったぁ!」

 その時、僕は大声を上げて喜んでいた。


 ……戦闘が終わり、フィールドが切り替わる。驚いた事に、その戦いの獲得金額はゼロだった。それどころか、アイテムも武器も何も手に入らなかった。

 別に残念には思わなかったけど、「なんだ、こりゃ…」と僕は呟いてしまった。

 『悪いな。このゲームで、俺はそういう仕様になっているんだよ』

 そう、ウサギが語りかけてくる。もちろん、僕が何も手に入れられなかった事に対して言っているのだろう。経験値は手に入ったが、表面上は一方的な戦いだったからか、それほどでもない(これもこのゲームの仕様だ)。

 『しかし、まさか、この“ウサギ”が倒されるとはな。言っておくが、初めてだぞ。見事としか言いようがない』

 その後でウサギは、そう言った。

 『仕様ってどういう事だ? お前は、一体、何者なんだよ。データ改変で違法にキャラを強くさせたのじゃないのか?』

 当然、僕はそう問いかける。すると、ウサギは笑った。

 『違法? アッハッハ。違うよ。何しろ、俺の存在はゲームに組み込まれているんだから。俺は企業側の人間だよ』

 『企業側の人間?!』

 僕は当然、驚く。そんな……、リアルマネートレーディングをやっているのじゃなかったのか?

 『ああ。俺は開発の頃からいた一人だよ。このモッケ族が好きで、スピード型の戦闘キャラにしたいと推していたんだが、適わなかった。それが悔しくって、今でもこの“ウサギ”を使っている訳だがな』

 『いや、待て待て。あんたは、一体、何をやっているんだ?』

 『俺の仕事は、リアルマネートレーディングなどの違法行為をやっていると思しきプレイヤーにお灸をすえる事だよ。証拠はないが、かなり疑わしいって連中をやっつけて金を奪って違法行為の邪魔をするのだな。で、それにマナー違反でも加われば、完全にターゲット候補になる訳だ』

 『じゃ、あの時、大会に現れたのは…』

 『そうだよ。あの連中が協力関係を結んだ上で大会に参加するって違反をしていたから、倒したんだ。もちろん、リアルマネートレーディングの疑いもあった。俺が山賊狩りをしていたのも同じ理由だ』

 そこまでを聞いて、僕は冷静になった。疑問に思う。

 ちょっと待て、なら、どうしてこいつはうちの社長を知っていたんだ? そのタイミングでウサギは言った。

 『どうやら、気が付いたらしいな。そうだよ。お前の所の社長も、実はリアルマネートレーディングの疑いをかけられている。お前には宣伝の為とか言っているのかもしれないが、あの社長の本当の狙いはゲームを利用して金を稼ぐ事だよ。もちろん、自分のな。だから俺は知っていた。調査対象だったのだな。

 あの社長は、就職を餌にしてお前を国に招いた。で、お前への給与は会社が支払ってくれるから、自分の出費はなし。そして、お前が納める税金を現実世界の通貨に換えて、自分は丸儲け。上手い事を考えたもんだよ、あの社長は。因みに、あの社長の“国”のサービスが悪いのは、だからだよ。稼いだ金を、現実世界の通貨にするから、“国”には金がないんだ』

 僕はその言葉にショックを受けていた。それじゃ、僕は、ずっと犯罪に利用されていたって事になる。

 『因みに、今回、あの山賊達の罠にお前を嵌めたのも、社長だろうよ。山賊達と裏で繋がっているから、お前の“山賊狩り”に対して苦情を言われたのだろうな。それで、お前へのリベンジに手を貸したんだ』

 『なんで、そんな事を僕に教えてくれるんだ?』

 ウサギからの情報が間違っている可能性もある。そう疑って、僕は尋ねたのだ。すると、ウサギはこう答えた。

 『お前の勝利に対する報酬だよ。あの見事な戦い、戦法に対する報酬がゼロじゃ、あまりに可哀想過ぎる。いや、ゲームへの冒涜だ。それに俺はお前が好きなんだよ。恐らく、俺とお前は“同種”だ』

 『同種? そう言えば、前にも、あんたはそんな事を言っていたな』

 『同種さ。お前は勝つ事よりも、ゲーム自体を楽しんでいただろう? 実は俺もそれは同じなんだよ。だから、卑怯な手段は好きじゃない。勝てば良いってもんじゃないんだ。本当を言えば、この強すぎる設定の“ウサギ”にだって不満がある。仕事だから、仕方なくやっているが…』

 僕にはウサギが嘘を言っているようには思えなかった。ウサギは続ける。

 『ま、だから、今回は楽しかったぜ。偶には負けてみるもんだ。何か、力が入っちまうよな』

 そう言い終えると、ウサギは『少し喋り過ぎたか。そろそろ、俺は去らなくちゃいけない』と言い、最後に『あばよ。また、会おう』と挨拶すると、そのまま猛スピードで去って行ってしまった。

 一人残されて僕は思う。

 ゲーム自体が楽しい? ……でも、それを言ったらさ、ゲームの楽しさって何なのか?って話になって来るだろうよ。

 ちょっと前までは、見えていなかった“答え”が、僕には見えていた気がした。


 「なるほど。それでお前は、その話を交渉材料にして、社長を説得したって訳か?」

 僕の説明を聞き終えると、火田はそう言った。

 「ああ、」と僕は返す。

 「もっとも、確りと証拠のある話じゃなかったから、表現には気を付けたけどな」

 それに呆れたように火田は笑う。

 「はは、なんだか、すこーし強かになったって感じだな、お前」

 「そりゃ、社会に揉まれれば、少しはな」

 僕は社長を説得して、会社での例の業務アプリケーション作りにOKを出させていたのだった。はっきり言って、僕の実力ではかなり難しいが、だからこそ燃えるものがある。何と言うか、これは、あの時、ウサギに挑もうとしていた時の気持ちに似ている。

 難しい。難しいが、もしそれを乗り越えられたなら、それは僕の力が成長したって事なのじゃないか?

 きっと、それが嬉しいんだ。それを目指す事を想像すると、ワクワクする。

 はっきり断言するが、僕に秀でた能力は何もない。だから、生まれた時から体格に恵まれた奴だとか、家が裕福な奴だとか、頭が良い奴の気持ちなんかまったく分からない。ただそれでも、想像はできる。きっと、元々、そんな能力を持っていたなら、人生は恐ろしくつまらないのじゃないか。だって、成長する喜びを感じられないじゃないか。

 そして。

 “成長”の喜びは、ゲームでも現実世界でも同じだ。更に言うのなら、この喜びは、どんなに自分のデフォルトの設定が駄目駄目でも、手にする事ができるものなんだ。相手と比べるのではなく、それは自分の中の問題だから。例えどれだけ負けたって成長できていれば、それでいい(逆に言うのなら、勝てても成長できなくちゃ意味がない)。勝ち負けは、飽くまで成長の指標であって、それ自体ではないんだ。だから、自分の能力の低さを嘆く意味はまったくない。

 ……もしかしたら、僕は今、とても青い事を言っているのかもしれない。

 でも、ま、新人社会人には、それくらいの“青さ”が必要なのじゃないかとも思う。

 火田が言った。

 「で、お前は、まだゲームをやるのか?」

 実は久しぶりに、他のゲームをやっている最中だったのだ。ブラウザでできるノベルゲームだけど…。

 「当然、やっとあの社長の奴隷状態から解放されたんだから、楽しまなくちゃ!」

 まぁ、ゲームの楽しさは、“成長”だけではないのは、当たり前の話な訳だし… ね。

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