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唯一の治療法

「イオ!」


 バテルは、すぐさまイオのもとに駆け寄り、抱きとめる。


「すごい熱だ」

「バテル様……」


 イオの呼吸は荒く、ヒューヒューと音を立てている。

 肌は真っ赤に染めあがり、バテルがその小さな額に手を当てると焼けるように熱くなっていた。

 全身がまるで茹で上がってしまったかのように熱気を帯びている。


「ごめん、ごめん、イオ。俺のせいで。早く屋敷に連れて帰らないと」


 バテルはイオを抱き上げようとするが、バテルの腕力では簡単にはいかない。


「待て。そう、焦るな。最高の治癒師ならここにおるじゃろう」


 シンセンはバテルの肩に手を置く。

 おかげでバテルは冷静さを取り戻した。


「お願いします。師匠。イオを、イオを助けてください」

「当り前じゃ。任せるが良い。そこら辺の若造よりよっぽどわしの方が、腕が良い。チョイと経穴をついて魔力を流してやれば、ほれ、この通り……」



 シンセンはイオの額を指で突く。


 経穴とはいわゆるツボのことで、魔力回路の要所であるらしい。


 東方では神聖魔術(デウスマギア)ではなく、経穴を突いて、魔力を流し、体の自然治癒能力を高めて怪我や病を治す治療方法もあるらしい。


 神聖魔術(デウスマギア)同様、バテルからすれば信じられない効果を発揮するもので、シンセンが経穴を突けば、どんな傷もたちまち治る。


 だが、その技が、イオの苦しみを和らげることはなかった。呼吸は一層荒くなり、熱もいよいよ増してきた。


 シンセンに満ち満ちていた自信が崩れ、だらだらと汗をかき始めた。


「師匠。本当に大丈夫なんですか?」


「だ、大丈夫に決まっておろう。わしを誰だと思うておる。じゃが、おかしいのう」


 シンセンはいったん魔力を流し込むのをやめるとイオの体の各部を揉んで丁寧に触診し、胸や腹のあたりに耳を当てた。


「……なんと。肺病かと思うたが、どうやら違うらしい。これはちと厄介かもしれぬぞ……」


 シンセンの顔から余裕が消え去り、血の気が引き始めていた。


 バテルも師匠の尋常ならざる様子に不安が増すばかりだ。


 シンセンはイオの手を取り、目をつぶるとゆっくりとイオの体に魔力を通し始めた。


「これはまずい。魔力を与えてはならぬ」


 シンセンは急いでイオから手を離す。


「どういうことですか」

「これは病の類ではない。先天的な魔力回路の異常。かなり珍しい症例じゃ。バテル、なにかこの娘について知っていることはないか? どんな些細なことでもいい」


 魔力回路は魔力が流れる器官であり、この器官によって人は自由自在に魔力を扱うことができる。


「魔力回路の異常……。そういえばイオは魔法が使えません。でもそれは獣人からしたら普通のことなんじゃ」

「確かに獣人はほかの種族と違い魔法の扱いには長けてはおらぬ。その代わり、魔力を体内で循環させ身体能力を強化する術に長けているはずじゃ。じゃが、この娘は違う。魔力回路が詰まっていて循環がうまくいっておらぬ。これでは外から入り込んでくる魔力を御しきれずにため込んでしまう」

「つまりは……」

「小さな体に今までため込んできた魔力が飽和状態に達しておる。このままでは体が持たん」


 イオは魔法をうまく扱えなかったが、獣人で魔法が扱える者のはまれだし気にすることでもなかった。


「戦える同族がいなくなったせいでイオはまともな戦闘訓練を受けてない。そのせいで気づくのが遅れたんだ」


 クラディウス家の遠征軍壊滅の余波はこんなところにも押し寄せていた。


「イオは助かるんですよね? 師匠ならなんとかできるんですよね?!」


 バテルはシンセンにすがりつく。


 彼にとってイオは大事な家族だ。もう絶対に失うわけにはいかない。


「先天的な魔力回路の異常を治すことは不可能じゃ。自然治癒力を高めるわしの鍼でも、元の状態に戻すだけの治癒術、おぬしらの言う神聖魔術(デウスマギア)でもな」


 神聖魔術(デウスマギア)は魔力を使って、体をもとの状態に戻す。たとえ腕がちぎれても、簡単につなぎ合わせることができる。


 しかし、魔力回路の異常は先手的なもの。イオはその状態で生まれてきてしまった。


 もともとそうであったものを神聖魔術(デウスマギア)でどうにかすることはできない。


 また魔力回路を活性化させるシンセンの鍼でも魔力回路そのものが不完全なら意味をなさない。


 だが、このままイオを放置すれば、体内の魔力が飽和し、体は崩壊してしまう。


「何か方法は……」

「魔力回路異常の症例は少ない。生まれてほどなく死んでしまう場合がほとんどじゃからな。治療法も確立しておらぬ」

「そんな……」

「いや、あるにはある。ただこれは……」

「なんでもいい。イオを救えるならなんだってやります」

「問題なのは魔力回路が正常に動作していないことじゃ。ならば魔力回路を正常に動作するようにすればいい」

「具体的にはどうすればいいんです!?」


 バテルに詰め寄られ、シンセンは苦悶の表情を浮かべる。


「魔力回路を作り替える。すなわち……」

「なっ、まさか……」

「私はどうなるのですか」


 倒れて気を失っていたイオが目を覚ました。


 命の光を失いかけた弱弱しい眼差しでバテルのことをまっすぐに見つめている。


「魔力回路に異常がある。治す方法はひとつ。しかも、うまくゆくとは限らぬ。じゃが、何もしなければ命はない」


 言いよどんでいたバテルに代わりシンセンは包み隠すことなくイオに真実を伝えた。


「そう……ですか……。ならば、このままでお願いします」

「何を言っているんだ。イオ!」

「バテル様の迷惑になるくらいなら私はこのまま、父上と母上の下に」


 イオは苦しい中、必死に微笑を浮かべ、バテルを安心させようとする。


「そんなことを言うな!」


 バテルはイオの言葉を遮るように叫ぶ。


「二度とそんなこと言うんじゃない。考えるんじゃない。お前は大事な、大切な俺の家族だ。俺が必ずなんとかする。だから生きろ、生きてくれイオ。もうこれ以上失いたくないんだ」

「はい、はい。バテル様。本当はもっと生きたいです。バテル様と一緒に居たいです」


 イオはバテルの手を握り、涙を流す。


「大丈夫だ。安心して俺に任せろ」


 バテルはイオを落ち着かせる。

 安堵したイオはそのまま眠ってしまう。

 しかし、その小さな体は高熱を帯びたままで、依然として状況はひっ迫している。


「イオもこれ以上ないくらい悲しい思いを苦しい思いをしてきた。これ以上イオには苦しんでほしくないんです。師匠」

「わかっておる。神の源素(アルケー)であるエーテルやエレボスを多く含む人体は錬金術(アルケミア)のもっとも苦手とするもの。人体錬成は未知の領域」

「人の体が錬成できないのはエーテルとエレボスを含んでいるせいでしょう?」

 錬金術(アルケミア)源素(アルケー)を操る技術だが、天と邪を司るエーテルとエレボスを扱うことはできない。


 エーテルとエレボスを含む魂が宿るものを作り変えることはできないのだ。


「そうだ。愚者の石。あれなら」

「あれが賢者の石ならできたろう。だが、あれはその出来損ない。化け物を生み出すだけじゃ。あの魔物のようにな」

「だったらどうすれば」


「魂を体から抜く」

「魂を一時的に体から取り除くことができれば、錬成はできます。しかし、そんなことが」

「禁忌の邪術じゃが、長く生きておるとそういうものを使うことも不可能ではない」


「なら、それで」

「問題は体の再錬成じゃ。人の体とは複雑怪奇。それを錬成するのは至難の業じゃ。もし失敗すれば、魂を再び体に戻すことは不可能」

「事前にイオや俺たちの体を分析して、それをもとに肉体の再錬成。事前に設計図を準備できていれば、やれます。やってみせます」


「イオにはもう時間がない。魔力回路の欠陥による体の崩壊は、症状が出てからはすぐじゃ。イオは相当やせ我慢していたようじゃし。もってあと三日。急ぐぞ。バテル」

「はい」


 イオはシンセンの庵に連れて行き、バテルとシンセンはさっそく準備に取り掛かった。

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