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追跡する従者

「バテル様に嘘をついちゃった。でも、もしバテル様が危険な目に会っているのなら私がバテル様を守らなくちゃ」


 イオはしばらくすると一度咳払いをしてのどの調子を確認し、メイド服の上から古びたローブをかぶって顔を隠した。


 小さな密偵がバテルを追って森に消えた。


 うっそうと木々の茂る森をずっと進んだところ、少し開けた場所にバテルは到着した。どうやらここが目的地のようだ。


「はあはあ」


(こんなところに来て何をするんだろう?)


 イオは気づかれないように距離をとって大木に身を隠す。体調を押して、ずいぶんと歩いてきたせいか、呼吸が乱れている。


(いつもならこれくらい平気なのに、体も熱いし、体調が悪いのかな。やっぱりバテル様の言う通り今日は休んだほうがよかったのかも)


 バテルの言いつけ守らなかったことを少し後悔したが、すぐに考えを改める。


(ううん。バテル様がもし危険な目にあっていたら私が命に代えてもお助けしなくちゃ)


 イオはじっとバテルの様子をうかがう。


「シンセン師匠。おはようございます」

「おはよう。バテル。今日はずいぶんと早いな」


 バテルが誰もいないこの場所で、ひとりでに挨拶を始めたと思ったら、どこからともなく少女が現れる。


(……女の子? きれいな子……。誰だろう。町では見たことがないけど。バテル様はあの子に会いに……)


 主人は自分に黙って、少女と逢瀬を重ねていたのだろうか。


 従者には主人の色恋沙汰など関係のない話のはずだが、たった一人、世界に取り残されてしまったような孤独に襲われて、自分の体がひどく小さくなったように感じる。


(なんの話をしているのかな……。バテル様があんなに笑って。あの日からずっとふさぎ込んでいたのに)


 クラディウス家の軍が壊滅したあの日以来、バテルはうわべだけは元気だったが、見たこともない険しい顔をするようになったし、本当に笑顔になっていたことなどなかった。


(私じゃどうしようもなかったのに……)


 イオは服の裾をぎゅっとつかむ。


 二人が笑いあうたびにどろどろとした黒い感情が透明なしずくとなって目からあふれ出す。


 仲睦まじく話す二人をイオはその大きな瞳でじっと見つめる。


「――――!」


(見られた。 ばれちゃったかも)


 イオは一瞬、その少女と目が合ったような気がして、大木の裏に身を隠し、しゃがみ込む。


(バテル様……わからないよ……)


 なんだか頭がぼうっとしてもう難しいことは考えられない。







 バテルは、ここ最近、イオの様子が気がかりだった。


 顔が青ざめていたし、せき込んでいた。明らかに体調が悪そうだ。


 バテルの稽古のせいで、無理をさせていたことはバテルもわかっている。


 いくら、イオが牛獣人でバテルよりも頑丈だとはいえ、イオはまだ子供、風邪ぐらいひいてもおかしくはない。


「師匠。それで今日はお願いが……」


 イオのことを見てもらおうとバテルは、シンセンに相談する。


 町の神官も悪くないが、シンセンの方が信用できるし、腕もいい。


「お願いとは、あの可愛いお客人のことか」

「は? お客人?」

「はぁ。おぬしは鈍いのう。まだまだ修行が足りん。あれだけ気配をまき散らしていればすぐに気づくじゃろうて。ほれ、大丈夫じゃ。取って食ったりはせん」


 シンセンが木陰にそう呼びかけ、手招きすると少女が顔を出した。


 バテルは、シンセンにイオのことを見てもらうと思って必死に走ってきたので、つけられていることにまったく気がついていなかったのだ。


「バテル様……」

「イオじゃないか。どうしてここに。休んでいるよう言っただろう!」


 バテルは思わず大きな声を出す。


 イオはびくっと小さく肩を震わした。


 まさか、イオが自分に嘘をついてまでついてくるとは思わなかった。


 それに、さっきよりも体調が悪そうだ。


 バテルは全速力で森まで走ってきたので、あの状態でついてきたイオは相当辛かったに違いない。


「この、たわけが! そのような大きな声を出すでないわ」


 シンセンはバテルの頭を小突いた。


「俺はイオが心配で……」

「わかっておる。しかし、おぬし、さてはここでの修行のことをあの従者の娘にしゃべっておらんかったな。健気にも心配してきたというに。まったくおぬしというやつは女心というものが分かっておらん」


 シンセンは大きくため息をつき、やれやれと首を振った。


「そうか、イオも」


 イオもバテルを心配していた。それが今なら痛いほどわかる。


「俺のせいで……」


 バテルは修行のことは、姉にもイオにも隠していた。


(イオだって家族を失って辛いはずなのに、いつも俺を気遣ってくれていた。でも、イオはまだ子供だ。子供らしくのびのびと過ごした方がいい。そう思って修行のことやウロボロスのことには関わらせないようにしていたが、それが彼女を苦しめていた)


 イオにいらぬ心労かけていたことをバテルは激しく後悔する。


「ほれ、迎えにいってやれ」


 バテルは、シンセンに背中を押される。


「イオ。すまない。俺が悪かった。全部話す。だから許してくれ」

「バテル様……ごめん……なさい……。私、バテル様が心配で……」


 目に涙をいっぱいに溜めたイオはかすれた声でそう言い終えると力なくその場に倒れこむ。

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