修行の日々 2
「「錬成!」」
そう二人が叫ぶと溶岩流は、錬成陣を抜けた途端、水に変わり、舞い散る。
錬成は成功した。
溶岩流は水となっては上へと吹き上がり、後続の溶岩流を冷やして固めていく。
「よし。できた。なんとかなりましたよ。師匠」
「気を緩めるでないぞ。まだまだ来る。これでは魔力供給が間に合わんか。ええい。ちともったいないが、こいつを使うしかないわい」
シンセンは髪をまとめていた金の髪留めを抜き取ると、錬成陣へと投げ込む。
金の髪飾りは、光の粒子となって溶けて消え、勢いを失っていた錬成陣は、再び輝きをとりもどす。
溶岩流は一瞬ですべて水へと変わり、雨となって山に降り注いだ。
「師匠。今のはなんですか?」
「金じゃよ、金。あの髪飾りは純金がふんだんに使われている一品じゃ。わしとバテルをもってしても魔力の供給が間に合わなかったからな」
錬金術は基本的に魔力をエネルギー源とするが、エーテルを代わりに使用することができるらしい。
「エーテルは魔力の代わりになる。むしろエーテルの方がエネルギー効率はいい。貴金属は純度の高いエーテルでできておる。髪飾り程度でも莫大エネルギーを生み出し、大規模錬金術を維持できるというわけじゃ。錬金術師が金を使う術ばかり思いついたのは皮肉なもんじゃな」
「なるほど、だから髪飾りを」
「あれはわしのお気に入りじゃったんじゃがのう。致し方ない。じゃが、これで、火と土をその身に感じることができたじゃろう」
シンセンはほどかれた長い髪を指ですく。
「はい。それはもう嫌って程に」
服は焼け焦げ、泥まみれになったバテルは、安心感から脱力し、地面に倒れこんだ。
二日目にしてバテルは難事をやり遂げてへとへとだ。
体力も精神力も、削られ、立つ気力すら残っていない。
「ちーとばかし無理をさせすぎてしまったのう。仕方がない。まさか、この年になって子守をすることになるとはの。長生きしてみるものじゃ」
シンセンは、バテルを担いで、久しぶりに森を出るとディエルナの町に入り、だれにも気づかれずに、クラディウス家の屋敷に忍び込んでバテルを部屋のベッドに寝かしつけた。
「初めての錬金術であれだけやるとはたいしたものじゃ。加えてあの魔力量。とんでもない才能じゃ。いずれはわしを超える大錬金術師になるかもしれんな」
シンセンはバテルの頭をなで、その場を去った。
次の日、気づくとバテルは自分のベッドの上にいた。
「師匠がわざわざ俺を運んでくれたのか……」
修行を始めたばかりの時は、あまりに厳しさに鬼めとシンセンを恨んだこともあったが、やはりシンセンは弟子思いのいい師匠だとバテルは再認識する。
起きたばかりで体の節々が痛むが、すでに修行に向かうため身支度を整えている。
「あの師匠が使ってくれた金の髪飾り。あとでお礼をしないと」
恩返しの意味も込めて、シンセンがエネルギーを得るために使った金の髪飾りの代わりになるものは何かないかと思案する。
「錬金術で作れないものかな」
試しに土から髪飾りを錬成しようとしたが、どうにもうまくいかない。
繊細なものを錬金術によって作成するにはまだまだ技量が足りていないようだ。
錬金術を十分に使えるようになったときは、最初に師匠にプレゼントする髪留めを作ろうとバテルは決めた。
そのあとすぐ、修行のため、シンセン師匠のいる森にやってきた。今日で修業は三日目だ。
(まだ三日目か)
日数にしてみれば、たいしたことはないが、感覚的にはもう数週間も修行を重ねたような充実感と過酷さだった。その分成長も大きい。
錬金術を全く知らないところから、見よう見まねで扱えるようにまでなっている。
「おはようございます。シンセン師匠」
「ん? バテルか。今日はずいぶん元気じゃな」
眠たそうに目をこすりながらシンセンが現れる。
「俺、わかってきたんです。師匠の言っていた通り、錬金術は強力な武器になる」
魔術が主流のこの時代、錬金術はすっかりすたれてしまった。
今では胡散臭いだの異端だのと言われている。
しかし、シンセンから習った錬金術はバテルの想像よりもはるかに強力なものであった。
迫りくる溶岩流を錬金術で水へと変えて阻止したとき、無茶苦茶なシンセンに腹も立ったが、それ以上に錬金術の力を実感した。
バテルはもはや、戦士になることにも、魔導士になることにも興味がない。
「大自然に揉まれたおかげか、源素が結構、操れるようになってきました」
バテルは石を拾って、砂や水、炎と次々に変えていく。
「ほう。たったの二日で会得したか。えらいぞ。バテル」
シンセンが背伸びをして、バテルの頭をなでる。
自分よりも見た目が小さなシンセンに頭をなでられるのは、多少、気恥ずかしかったが、心地よい。
「じゃが、まだまだじゃ。あの程度では基礎の基礎。最高の師匠のもとで学ぶのじゃ。世界最高の錬金術師になってもらわねば困る。さあ、今度は風の源素じゃ」
シンセンはニヤリと笑った。
手を抜く気は一切ないらしい。
「願ったりかなったりですよ。もっと錬金術が使えるようになりたい。どんな厳しい修行だってやり切ってみせますよ」
バテルはやる気に満ち溢れている。
「なんでもかかってこいって、うわああああ!」
「しゃべるな! 舌を噛むぞ」
シンセンはバテルを小脇に抱え、跳躍し空高く飛び上がった。
そのまま、シンセンは空を蹴り上げ、上空へとジャンプしていく。
シンセンが得意とする東方由来の仙術は錬金術とは違い、根本的には武術である。
仙術を極めた道士は、魔力を操り、超人的能力を手に入れる。
川の上を歩いて見せた時のように、足に魔力を集中させ、空を自在に闊歩することも可能だ。
「今度はどこにいくんです?」
「水、火、土と来れば、今度は風じゃよ。風を知るには風に乗るのが一番。あれを見よ」
シンセンが指さす方向には、竜のようにうねる巨大な雲がある。
隙間ない分厚い雲の中では稲光が絶え間なく、龍の唸り声のように雷鳴が轟いている。
「まさか、あれはドラゴン?」
「龍嵐雲。高密度の魔力を帯びた雲じゃ。あの中では龍の息吹のごとき暴風が吹き乱れておる」
「まさか。そこに……。いや、行ってください。お願いします」
激流にもまれ、溶岩をかぶってきたバテルは少しずつだが、シンセンという人を理解し始めていた。
(シンセン師匠がわからないなりに考えてくれたベストな方法だ。それに死ぬほど痛いけど、師匠がそばにいてくれれば死ぬようなことはない。俺は師匠を信じて全力で行くだけだ)
「その覚悟。あっぱれじゃ。では、いくぞ!」
シンセンは飛べないバテルを抱えたまま、龍嵐雲に突っ込んでいく。
龍嵐雲の中は、轟々と暴風が吹き荒れており、バチバチと雷が爆ぜる。
この嵐の中に飛び込むなど、ほとんど自殺行為だろう。
「ああ。やっぱ、ちょっと待ってえええ」
どんなに決意を固めても、やっぱり、怖いものは怖い。
バテルの叫びは暴風にかき消された。
「さあ、風と対話し、操ってみよ」
「そんなこと言ったって、やるっきゃない。おおおおお!」
バテルは覚えたての錬成陣を死に物狂いに展開し、荒れ狂う源素を制御していく。
永遠にも感じた数分間で、ほとんど気力体力を使い果たした。
しばらくすると龍嵐雲は霧散し、空には晴れ間が広がった。