燃え盛る大剣
盗賊騎士アダルベルトの盗賊団に占拠された町、メルタの攻略戦はすべてマギアマキナたちに任せていたバテルだったが、ベリサリウスからルピアとヘレナ、リウィアの苦戦の報を受け、自ら駆けつけた。
すでに大勢は決している。アダルベルトがいくら手練れと言え、総大将であるバテルと最高戦力であるイオがわざわざ出ていかなくても、消耗戦に持ち込めば、いかにアダルベルトといえども倒れるだろう。
「バテル様、下がってください」
イオがバテルの前に出て拳を構える。
「いや、いいんだ。イオ。ここは俺に任せてくれないか。脱走した騎士を処罰するのはダルキアの貴族である俺の役目だ。みんなを頼む」
バテルは、話しながら、傷ついたマギアマキナたちのパーツを錬金術で補修する。
「はい、ご武運を」
進み出るバテルを止めることなくイオは引き下がる。
今回の敵は強い。
これまでも自分より強者はいくらでもいた。だが、本当の意味で強者と戦うのはバテルにとってこれが初めてかもしれない。
バテルのいう強者とは、師匠シンセンと姉ディアナ、それに従者イオだ。シンセンは、バテルの尺度で測るには次元が違いすぎたし、ディアナとは暴走状態でしか戦ったことがない。イオとは共に修行してきた仲だが、やはり模擬戦闘でも、どこか遠慮があったし、最近はマギアマキナの世話や仕事尽くめであまり手合わせできていない。
バテルは自分の手で作り出したマギアマキナたちの強さに自信があった。だが、アダルベルトには三体がかりでも勝てなかった。
(ダルキア騎士の評判は知っていた。盗賊相手ばかりでダルキア騎士を過小評価していたのかもしれない)
仕方のないことだ。バテルはクラディウス領から出たことはほとんどなくダルキアの騎士として勇名をはせた父や兄たちの戦いぶりを見たこともなかった。
戦うにしてもイオと共闘して倒すべきだろう。
(一人でやるのは自分への戒めとダルキアの騎士をその身で確かめるためだ)
「坊主がクラディウス家の者か? クラディウス家の男子はあの戦場で全員死んだと思っていた」
アダルベルトが挑発する。
「やはり三年前、北の戦いにお前もいたんだな。父上や兄上たちを知っているのか」
「ああ、よく知っている。何度も同じ戦場で異民族と戦い。あの日も共に戦っていた。クラディウス家が殿を務めていなければ、俺は死んでいただろう。まさに命の恩人だな」
「貴様。せっかく拾った命。なぜ外道に堕ちた!」
怒りを抑えられなくなったバテルが叫ぶ。
「お前は勇敢で高潔な騎士だったとベルトラから聞いた。三人のマギアマキナを倒すくらいだ。実力は本物。盗賊なんてやらなくてもいくらでも生きる道があったはずだ。騎士だって続けられたはずだ」
「生きる道か。これしかないんだよ。俺は臆病者、勇敢でも高潔でも何でもない。あの戦場で仲間を顧みず真っ先に逃げ出した卑怯者だ。もう騎士としての名誉も誇りも残っちゃいない。ただの腐れ盗賊よ。だがな、二度とあそこには行きたくない。あの戦場に戻らなくて済むのなら、それでよかったんだ」
「何がお前をそこまで……。他の生き残りは、まともに話もできない。あの戦場で何があったっていうんだ」
バテルは、父や兄たちに何があったのか調査を続けていた。しかし、数少ない生き残りに会ってもまともに話ができる状態の者はいなかった。戦場から逃げ出したとはいえ、常人のようにふるまっているだけアダルベルトの精神は弱くはないはずだ。
「あそこは戦場なんかじゃなかった。人はおとぎ話や伝説みたいに怪物には勝てないんだ」
アダルベルトはわずかにふるえている。
「怪物? それはなんだ。あの戦場で何を見た」
「どうせ信じはしない」
「信じる。俺も見たんだ。ディエルナ近くにある森で、ウロボロスの紋章が刻まれた魔物に襲われた」
「魔物……まさか、奴ら、もうディエルナまで……ふふ、ふははは、いくら逃げても無駄ということか」
アダルベルトは涙を浮かべながら、狂ったように笑う。
「さあ、殺せ、クラディウスの坊主。勝敗は決している。最早、俺もこれまで。好きにするがいい」
アダルベルトは床に座り込み、首を差し出す。
「断る。まだお前の話を十分聞いてない。首をはねるのはその後だ」
「魔物の話など聞いてどうする」
「帝国に危機が迫っているのなら、帝国貴族として民を守る。そのためには少しでも情報がいる」
「勝てっこない」
「勝てる。俺は魔物に襲われた時、ある人に助けてもらった。その人は魔物を倒してくれた。魔物は不死身の怪物なんかじゃない」
「ふははは、魔物を倒すか。おそらくお前が森で見た魔物はただの雑魚だ。本物の魔物に勝てるわけがない」
「勝てる勝てないじゃない。勝つんだ」
「……」
「お前にもし、ほんの少しでもダルキア騎士としての誇りが残っているのなら、知っていることを洗いざらい話せ」
バテルはまっすぐと迷いのない瞳でアダルベルトの目を見る。
「騎士としての誇りか。……いいだろう。全部教えてやる。魔物の恐怖と絶望をその体に叩きこんでやる」
アダルベルトは立ち上がり、大剣を構える。
「ああ、たっぷりと聞かせてもらう。お前を倒した後でな」
バテルも錬成した剣を構えた。
「クラディウスの小僧。妙な術を使うようだが、お前に武門クラディウスの血どれほど流れているか確かめさせてもらう」
アダルベルトの大剣が、炎を纏う。
(あれは、炎系の魔術か? 見たことのない荒々しい魔力の流れだ)
「初めて見たというような顔をしているな。ダルキアの騎士は、中央の連中が使うようなお行儀の良い魔術は使わない。炎装術、この炎を操る術こそダルキアの騎士たる証。クラディウス家は一流の使い手のはずだが、知らぬとは!」
アダルベルトは炎纏った大剣を振るい、バテルがそれを受ける。
(炎装術。ベルトラから聞いたことがある。もっとよく聞いておくんだった)
転生者であるのに子供のようなことをしたとバテルは後悔する。
(確か、火の源素を剣や体にまとわせる原始的な技。魔術ほど、器用なことはできないはずだが、この威力)
バテルのゴーレムアーマーの最大出力でも押されている。ゴーレムアーマーは魔力を流せば流すほど、強力になるパワードスーツだ。身体強化の魔術が苦手なバテルでも、一流の戦士のような身体能力を獲得できる。
バテルの途方もない魔力量なら、ゴーレムアーマーの力を最大限引き出せるが、それでもアダルベルトの大剣の一撃と炎はそれを上回っている。
「どうした! これで魔物に勝つつもりか」
アダルベルトはじりじりと押し込んでくる。ゴーレムアーマーの力で熱は遮断しているはずだが、それでもバテルの顔は焼けるように熱くなっている。
(もう少しで解析が終わる)
錬金術は、戦うためのものではない。本来なら悠長で繊細な術だが、高い魔力量と並外れた演算能力を持つバテルなら戦いながら錬金術を行使できる。
(解析完了 錬成陣展開)
アダルベルトに気付かれないようにその足元に錬成陣を展開する。
「錬成!」
「なにっ」
アダルベルトの足元の錬成陣から錬成された鉄柱が伸びる。体勢を崩されたアダルベルトはそのまま鉄柱に押し出されて後方に飛ばされる。
「土の魔術か?」
「違う。錬金術だ」
「錬金術だと。面妖な」
アダルベルトは炎剣で鉄柱を両断する。
外法や邪術の類を使う異民族相手にしのぎを削ってきたアダルベルトにとって初めての戦法や術の出現は動揺するようなことではない。
冷静に対処するがバテルも手を緩めない。両者の間には、無数の錬成陣が展開されており、そこから騎士ゴーレムたちが錬成される。
「あの土くれの人形や小娘どもはお前が作ったのか」
アダルベルトは、体にも猛炎を纏い、騎士ゴーレムを斬り伏せながら、バテルに向かって猛進する。
「間に合ってくれよ。パージ。再錬成」
バテルの錬成剣とゴーレムアーマーは塵になる。バテルは、新たなゴーレムアーマーが錬成し、体に装着する。
「こんな雑魚共で俺を足止めできると思うな」
「十分だ」
新たな剣を錬成したと同時に、バテルはアダルベルトに斬りかかる。剣身に刻み込まれた魔力回路が、魔力で満たされた。バテルの剣から炎が噴き出す。
「馬鹿な。蒼い炎だと。炎装術か」
「あんたの炎装術を解析して、最適化した。威力は数段上だ!」
ゴーレムアーマーも蒼炎を吐き出し、バテルの推進力となる。つばぜりあうアダルベルトは、徐々に押し返されていく。ぶつかりあう紅炎と蒼炎が渦となって、屋敷を焼いていく。
「馬鹿げた魔力量。怪物じみている。だが、そんなまがい物でええええ!」
アダルベルトは気迫で押し返そうとするが蒼炎に喰われていく。
「お前の負けだ。アダルベルト」
「ダルキアの炎がその程度でやられるなど断じてない。いくらお前でも魔物どもには遠く及ばないということを教えてやる」
「何をする気だ」
「炎よ。我が魂を焼却し、我が身となれ。贄魂術・炎」
アダルベルトの胸から竜巻のような業火が噴き出し、その噴流はアダルベルトの体を呑み込む。
「まだこんな力が」
激しい嵐のような炎にバテルは剣を突き立てて、立っているのがやっとだ。
「いや、違う。これは魔力じゃない。エーテルだ」
世界を構成する六源素、そのうちの一つ、天の源素であるエーテルは莫大エネルギーを生み出す。自然界においてエーテルが存在するのは黄金と魂の中だけだ。
(黄金のエーテルをエネルギーとして使えるのは錬金術の秘術だけ。あれは錬金術はじゃない。となると考えられるのは一つだけ。アダルベルトの使っているエーテルは自分の魂だ)
自分の魂を構成するエーテルを消費してしまえば、存在が保てなくなる。
「自滅する気か? まだ魔物の話を聞いていないぞ」
「口で言ってわかるものか。言っただろう。その体に叩きこんでやると」
「素直に話せばいいものを」
バテルは、蒼炎で身を守るとするが及ばない。
炎となったアダルベルトは存在しているだけで、周りを焼き尽くしていく。
「贄魂術・炎は、自らの魂を代価に自らを炎の化身へと変える奥義。城をも焼き払う絶対の力。あの日、数多の騎士が炎の化身となった。わかるな? 魔物の力、その一端を見るまで燃え尽きるなよ」
アダルベルトが前進するだけで、炎がすべてを焼き尽くしていく。
(今まで戦ってきた盗賊なんかとはまるで次元が違う。これが異民族と戦い続けていた戦場を知る本物のダルキア騎士)
相手を強者と定義し、全身全霊で臨んだつもりが、アダルベルトはバテルの想像をゆうに超えた。
(これほどの男が裸足で逃げ出した魔物か。考えるだけで馬鹿らしくなるな。それでもやらなくちゃならない。こんなところで死ぬわけにはいかないんだ)
バテルは周りを見る。
(イオは、すごいな。この炎の中で汗一つかいてないで平然と立っている。ルピアたちが危ない。完全に治ったわけではないし、このままだとコアまで焼かれる。イオに連れ出してもらうにも炎の勢いが強すぎる。錬金術は……ダメか。錬成陣を展開したそばから焼かれてしまう)
錬成陣を展開できないとバテルは何もできない。今、装着しているゴーレムアーマーももう限界に近い。
(早く決着をつけるしかない。盗賊相手と思っていたが、まさか使うことになるとは。出し惜しみはなしだ。これ以上の切り札は用意してない。覚悟を決めろ)
バテルは、鎧の右手部分をパージして、手首に着けていた金色の腕輪にさわる。錬金術師の切り札である純金の腕輪だ。バテルにとっても高価なもので簡単に用意できるものではない。それにこれを使い切ってしまえば、あとがない。腕輪にかけられた魔術的保護を解除すると純金の腕輪はドロドロに溶ける。そして液体となった黄金は、這うようにして、鎧にまとわりつき、薄い膜を張る。
(エーテルにはエーテルだ)
鎧を包んだ純金のエーテルをエネルギーへと変換する。鎧と剣から噴き出していた蒼炎が黄金色へと変化していく。
「この波動。まさか。お前も贄魂術を」
「そんなの使うわけがない。生き残らないと意味がないんだ」
「生半可な覚悟で俺の燃え盛る魂を止められるものか!」
アダルベルトとバテルの剣戟と共に炎が暴れ狂う。お互い炎を推進力に縦横無尽に飛び回り、一瞬のうちに数十回撃ち合う。
「ははっ。正直、パパのこと、ママより弱い。私よりも弱いと思ってたけど全然敵いそうにないかも」
マギアマキナの目ですら追えない戦いにルチアは呆然とする。
「あなたたちの父親なんだから当然です」
イオはバテルの雄姿を目で追いながら、自分のことのように自慢する。
「おとーさん、強いねっ」
「流石はお父様です」
ヘレナとリウィアは抱き合って喜ぶ。
「やるな。クラディウスの坊主」
「そっちこそ、そろそろやられてもらわないと限界だ」
「嘘をつけ、底知れぬ奴め」
アダルベルトは心なしか笑みを浮かべていた。絶望と恐怖からすべてから逃げ出し、日々を空費していた男の姿はそこにはもうない。猛然と戦う立派な騎士だ。
(やはりもう限界か)
バテルは余裕そうにしていたが、限界というのは嘘ではない。相手は歴戦の騎士。いくら自分の魔力量やエーテルのエネルギーでごまかそうとしていても初めて使った技だけに消費が荒い。剣術でも数段劣る。一方のアダルベルトは剣技優雅で、魂を一切無駄なく燃やし続けている。
だが、アダルベルトの大剣が砕け散った。
「なっ」
バテルの一撃を防ぐことができず、アダルベルトは腕を斬り飛ばされた。炎と化していた腕は斬り飛ばされると同時に霧散してしまった。
「気づかぬとは。俺も焼きが回ったようだ」
普段なら卓越した使い手であるアダルベルトが、自分の剣の状態を見誤るなど考えられないことだ。
「いいや、俺があんたの剣を錬金術で弱くしていたのさ。少しずつな」
バテルはアダルベルトと打ち合いながら、炎に燃やされないようにほんの一瞬、小さな錬成陣をアダルベルトの剣に描いた。少しずつだが、何回も繰り返し、変成された大剣はついに砕け散った。
「姑息な手を。だが、どんな手を使っても勝つ。それもダルキアの騎士らしい」
アダルベルトは燃え尽きそうになりながら、笑った。
「これでようやく死ねる」
「まだだ」
「なんだ。魔物の話でも聞きたいのか」
「それはもういい。十分だ」
バテルは首を振る。
「お前を罪人として裁く。ダルキアの人々を守るはずのお前は、ダルキアの人々を殺しすぎた。騎士として死なすわけにはいかない。バテル・クラディウスの名において、帝国法により、罪人アダルベルト・サルダールを死罪に処す」
バテルはクラディウス家の牡鹿の紋章が刻まれたきらびやかな剣を錬成し、振り上げる。
「そうか。それでこそダルキアの————」
アダルベルトの首が転がり、灰になって消えた。




