盗賊団との激戦
夜間の攻城戦、しかも事態にようやく気付いたときにはすでに敵に囲まれ、城壁を吹き飛ばされたという異常事態に対して盗賊団は意外にも素早く対応した。
崩壊した城壁からなだれ込んでくる敵に対処すべく盗賊たちは、寝ていた者もたたき起こし、武器だけ持って着の身着のまま飛び出した。
夜の町は一歩も進めないほどに暗い。マギアマキナの目ならば、暗闇でも問題ないが、人間には無理だ。暗視の魔術もあるが使えるものは少ない。すぐさま、心得のある者が、|閃光の魔術を放つ。夜の町は、昼間のように明るくなった。
奇襲攻撃による敵の混乱を最大限利用すべくルピアとヘレアは、巧みに騎士ゴーレムを操り、盗賊たちに突っ込ませる。
盗賊たちは、盗賊らしくもなく整然と隊列を組み、魔術や魔弓、さらには最新兵器である魔銃まで持ち出して撃ちまくり応戦する。
猛烈な反撃に多くが倒されたが、騎士ゴーレムは恐れを知らない。倒されようとも突き進む。やがて盗賊たちの隊列は散々に崩されて、乱戦となり、盗賊の部隊は瓦解した。
「な、なんなんだ。こいつら!」
「わからねえ、頭からの指示は!」
「早くしろ。こっちは防ぎきれねえぞ」
盗賊たちはよく戦ったが、一度崩壊した戦線を維持することはもはや不可能であった。
「はーい、みんな、盗賊は殲滅って言われているから、皆殺しだよ」
ルピアは、戦輪と呼ばれる刃のついた輪を両手に持っている。
「美と愛の戦輪アフロディーテ。もし生きていたらこの子のことも覚えておいてよね」
ルピアは、戦輪を曲芸師のように操り、斬りこんでいく。
盗賊たちの鮮血が飛び散る。
ルピアの戦う姿はまるで踊り子が優雅に舞うように美しい。勇気を奮い立たせて、戦いを挑むわずかばかりの盗賊を斬り刻んでいく。
「な、なんだ。あの化け物みたいな女は」
「近づくな。距離をとれ、殺されるぞ」
「魔術で焼き殺せ!」
「残念。距離をとってもムダムダだよ」
ルピアは戦輪を指で回して、盗賊たちに飛ばす。
戦輪は空中を滑り、無慈悲に盗賊たちの体を切り裂き、主のことに戻ってくる。ルピアは輪を華麗に指でキャッチしてくるくると回す。周囲には、刃についた血が飛び散った。
「ルピアちゃん、すごいよっ。私も頑張らくなちゃっ!」
と意気込むヘレアの両手には大きな出刃包丁が二本握られている。
「なぜこんなところに子供が? だが、こいつなら!」
盗賊たちは困惑するが、騎士たちの先頭に立ち、物騒な得物を両手に持った子供は明らかに異常だ。
盗賊は一斉に魔弾を放つ。
「おっと」
ヘレアはそれをあっさりと包丁で斬りはらう。
「なら力押しで」
脇から躍り出た盗賊が剣を振り下ろすが、ヘレアはもう片方の包丁で剣を受け止める。
「馬鹿な。びくともしねえ」
「小さいからって舐めたらダメだよっ」
ヘレアは剣をはじき返して、盗賊を真二つに斬る。
抵抗してきた勇気ある盗賊たちは全滅した。
「もう終わり? 歯ごたえのない奴ら」
「さすがだねっ。ルピアちゃん」
「あ、当たり前でしょ。パパからもらった体なんだからこれくらいできて当然よ」
少し照れた様子のルピアは指で髪を巻く。
「あとは逃げらちゃったか。ゴーレムたちで町の中心まで追い込むわ」
「了解っ! 街の人間の保護と隠れている盗賊の討伐は私に任せてよっ」
ルピアとヘレアは騎士ゴーレムを操り、盗賊たちを追い立てていく。
バテルとイオ、それに全体の指揮を執るベリサリウス、目付け役のベルトラは戦いの様子を城壁の上から終始見ていた。
「マギアマキナによるゴーレム軍団の運用は問題ないみたいだな」
バテルは今回のマギアマキナたちの働きに満足していた。
「ルピアもヘレアも前に出過ぎです。もう少し慎重でないと。これではもし敵が強敵だった場合、危険です」
イオは少し不満気だ。
確かにゴーレム軍団を率いる将であるはずのマギアマキナが真っ先に突撃してしまっては、もし敵に敗れた場合、ゴーレムの兵隊までもが機能不全に陥ってしまう。
「うん、イオの言うことはもっともだ」
無邪気に喜んでしまった自分に少し恥ずかしくなる。
(マギアマキナが束になっても手も足も出ないほどの強さを持ちながら慎重派。とてもまだ子供とは思えないな。イオのほうがよっぽど将軍に向いている)
転生者である自分より、イオのほうがよほど冷静に状況を分析できている。
イオの若さなら性格による高低はあるにせよもっと血気盛んで無謀なくらいが普通だ。だが、あまり実戦経験が豊富でないのにすでに熟練の戦士のような慎重さをイオは持っている。
イオのことを母と慕うマギアマキナという子供たちの存在が、彼女の精神的成長を促しているのかもしれない。
「この戦、バテル様にいただいたマギアマキナの性能とゴーレム騎士のおかげです。指揮者としてはあまりお役に立てませんでした」
「謙遜することはないぞ。ベリサリウス。初陣で町を一つ鮮やかに落としたんだ。俺には一軍を動かすなんて無理だ」
「とんでもない。我らバテル様を主と仰げばこそ、働けるというものです」
バテルとベリサリウスはにこやかに笑いあう。
「まったく恐ろしいほどの手並みでしたな。バテル様の父君がご健在ならばさぞ喜ばれたことでしょう。ディアナ様にも良いご報告ができます」
ベルトラは涙ぐむ。
「バテル様、まだ戦は終わっていませんよ」
「ああ、そうだったな。片づけに行くか」
バテルとイオはルピアとヘレナのもとに向かった。
◆◆◆◆◆
メルタの町を占領した盗賊団の親玉、アダルベルトは、元騎士だ。頬に大きな傷がある。
武勇に秀でた勇敢な男で、北の国境線を駆け回り誰よりも多くの敵を屠り、野戦指揮官としても優秀だった。
アダルベルトの運命が変わったのは、バテルの運命が変わったのと同じ日。北の国境線の遠征軍壊滅がアダルベルトの人生を大きく狂わせた。
大敗北のすえ、散り散りに逃げたアダルベルトには帰る場所はなかった。騎士として生きてきた彼にとって戦場こそ戻るべき場所だったが、もう戻れなくなったのだ。これまでも敗北はあった。では、他に何があったのか彼は決して語ることはなかったから理由はわからない。
盗賊騎士に身を落としたアダルベルトは、盗賊団の頭領になった。彼の盗賊団は、似たような境遇の元騎士が多く、彼が戦上手だったこともあって、次々に他の盗賊団を従え、ついには、貴族軍ですら手を付けられないほどの、一大勢力となった。
五百人までに膨れ上がった盗賊団を食わせるため、メルタの町で略奪の限りを尽くした。バテルたちが攻めてきたのは、なお腹を空かせている盗賊団を満足させるために次の町を狙おうとしていた時だった。
奪い取った領主の屋敷で眠っていたアダルベルトはラッパの音に目を覚ます。外もなにかあわただしい。
「アダルベルト隊長。敵襲です」
配下の元騎士が血相変えて飛び込んできた。
「なに? また貴族か? 数は?」
「数はおよそ三千! すでに町を囲まれています!」
「なぜ今まで気づかなかった見張りは何をやっている!」
アダルベルトは怒鳴り散らす。
いくら夜とはいえ三千という大兵力の接近を見落とすはずがない。
「それが、すでに城壁の上は血の海、見張りは全員狙撃されて、皆殺しに……」
「馬鹿な。手練れの術者がいるのか。だが、ダルキア属州にはもう有能な術者も三千もの兵力を動かせる貴族もいないはず。属州総督自ら? それとも中央の軍団か?」
アダルベルトは理解不能な状況にいらだつ。
突如、轟音が鳴り響き、領主の館が大きく揺れる。
「今度はなんだ!」
アダルベルトは、周りの物を蹴散らしながら、カーテンを開け、窓から見たのは吹き飛ばされて消えた城門だった。
城門からは、敵の騎士がなだれ込んできている。
「何が起こった? あれはクラディウス家の旗……。馬鹿な。クラディウス家の軍はあそこで壊滅したはずだ」
考えている暇はない。敵は迫ってきている。
敵の数は味方の数倍、すでに四方は包囲されていて、逃げ道はない。
「あの戦場を生き延びたのに、こんなところで死んでたまるか」
危機的状況ににわかに騎士としての本能が戻ったアダルベルトは、混乱を収めるために必死に兵を叱咤しつつ、的確に部署し、敵の騎士を抑えた。
しかし、多勢に無勢、奮戦むなしく瓦解。再び領主の館に逃げ帰った。
ここがアダルベルトに残された最後の防衛拠点だ。
「残りは?」
「はい。五十名ほどです」
「盗賊は所詮盗賊だな」
アダルベルトは笑う。
配下に加えた盗賊たちはすでに敵に殺されるか、逃げるかして手勢はほとんど残っていない。ただ最も信頼できる元騎士たちだ。
屋敷もすでに包囲されている。
「ここまでか」
「隊長」
アダルベルトの周りに集まった最後の騎士たちは、戦意を失ってはいない。
「最後に死兵の恐ろしさを味合わせてやろう。派手にやるぞ!」
アダルベルトは剣を手に部屋を出た。




