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ゴーレム軍団と予期せぬ来訪者

 ディアナから盗賊団討伐を頼まれたバテルは、夜が更けるのを見計らって、盗賊団に占拠された町、メルタ近郊の丘に陣取っていた。


「バテル様。ディエルナから軍を連れてこなくて本当に良かったのですか?」


 百戦錬磨のベルトラが、不安な表情をしている。


 バテルたちは初陣だ。バテルとイオはディエルナ近郊の盗賊相手に戦ったことがあるが、今回は規模が違う。攻城戦だ。そのため、お目付け役として若いころから戦場を駆け回ってきたベルトラも同行している。


「今のディエルナには軍隊はせいぜい自警団レベルだろ。ゴーレムの方がだいぶましだ」

「バテル様にはゴーレムがいるとはいえ、やはりこれしきの人数では」

「そのためのマギアマキナだ。それに今回の作戦、もとよりうちには無茶な話さ。誰もやりたくなくてうちにお鉢が回ってきたんだろう。危なかったら適当にちょっかいを出して、あとは逃げればいい」

「それだけで済めばよいのですが……」


 口では適当にやるといいながらメルタの町を見下ろすバテルの目は、本気だ。


 従者イオはもちろんのこと、マギアマキナたちも戦意をみなぎらせている。


 そのやる気とは裏腹に、バテルが連れてきたのは、イオ、ベルトラそしてマギアマキナたち全軍合わせてたったの十一名だ。


 それで町を占拠した大規模盗賊団に挑もうというのだから、ベルトラの心配ももっともである。


「パパ、戻ったよ」


 バテルの前にくるくると踊るようにルピアが姿を現す。


「敵の数は?」

「およそ五百ですわ。町の人々は盗賊団を恐れて家に引きこもっているようです」


 と遅れて現れたクレウサが報告する。


 ルピアとクレウサは、町をぐるりと一周し、敵の状況を偵察していた。マギアマキナである彼女たちなら、暗闇の中でも十分に偵察できる。


「事前の情報通りか」

「その程度ならば問題ないでしょう」


 敵は五十倍の兵力を持つというのにベリサリウスは全く意に介していない。


「それと怪しい奴がいたから捕まえて来たんだけど」

「怪しい奴?」

「こちらですわ」


 地面に二人、転がっている。木の棒に両手足を固く結びつけられ、布を咥えさせられてうなっている。


「あなたたちなんてことを……」


 イオが青ざめていく。


「だってしょうがないじゃん。すごく騒いだんだもん」

「もっとやり方があったでしょう」

「だったらママならどうすんの?」

「それは……こう、殴って眠らせる……とか」


 イオはこぶしを握り、腕を振るう。


「なるほど、さすがはお母様ですわ」

「相変わらずママは脳筋だよね。今度からそうしよ」


 雑な身振り手振りだったが、クレウサとルピアは納得した様子だ。


「……とりあえず、拘束を解いてやれ」


 バテルの命にルピアとクレウサがしぶしぶ拘束を解く。


「ぷはあ、あ、あんたたち、いきなりなにすんのよ!」


 ルピアたちが捕まえて来た少女が怒り狂って叫ぶ。


「だお、落ち着いてください。そのように下手に刺激しては」


 もう一人の青年は必死になだめるも少女の怒りは収まらない。


「あれ? あたしたち悪者扱い?」

「心外ですわ」

「当たり前だ。これじゃ盗賊とやっていることが変わらないだろ」


 バテルは頭を抱える。


 マギアマキナたちは、見た目こそバテルよりも大人だが、まだこの世に生み出されたばかりの赤子だ。錬成された時点で高度な知能を有するが、常識がないこともある。


 マギアマキナたちは、機械の心臓(マキナコア)をリンクさせることで各々が学習したデータを共有し、成長していくが、蓄積のない第一世代、第二世代にはバテルやイオの教育がまだまだ必要なようだ。


「人間がエルフである私たちを捕まえるなんて、ここで殺してやるわ」


 まだ両手は拘束したままだが、エルフの少女の今にも噛みついてきそうな勢いで暴れている。


「君たち、エルフなのか? エルフがなぜここに?」


 よく見れば、二人とも肌は白く髪は若草色で瞳は翡翠色。耳は人間のそれより長くとんがっていて、顔立ちは美形。バテルは初めて見たが、伝え聞くエルフの特徴と完全に一致している。


 しかし、普段エルフは、精霊樹の森というところに引きこもり、森から出ることや外部と連絡を持つことはほとんどないという。こんな盗賊の巣くう町の近くをうろついているなど尋常ではない。


「決まっているじゃない。あんたたちに捕まった同胞を救うためよ」


 エルフの少女は、恨みに満ちた翡翠の瞳で、バテルをにらみつける。


「待ってくれ。俺たちはエルフを捕まえたりしてない」

「盗賊の言うことなんて信じられるわけないがでしょう」

「俺の名はバテル・クラディウス。盗賊じゃない。姉のクラディウス伯から盗賊退治の命を受けた貴族だ」

「嘘をつくならもっとましな嘘をつきなさい。人間。あんたみたいなひ弱そうな人間が、これっぽちの人数であいつらを倒せるわけないでしょ」

「ひ弱そうなら盗賊にも見えないだろ。うーん、どうすれば信じてくれるか」

「お父様。こうも騒がれては作戦の邪魔になります。叩きつぶしてしまいましょう」


 クレウサは不快そうな表情で、背負った巨大なハンマーに手をかける。


「せめてもの慈悲にわが槍で一撃に貫いて見せようぞ」


 ガイウスも槍をふるう。


「待て待て、クレウサ、ガイウス。武器から手を放せ」

「お嬢様もすこし落ち着いてください」


 冷静なエルフの青年も、エルフの少女をなだめる。


「お待ちくだされ。エルフのお方。証拠ならここに命令書がございます」


 ベルトラが一枚の書状を取り出す。


「失礼。お嬢様、ダルキア属州総督の正式なサインです。彼らは盗賊ではありません」

「ふ、ふん、人間なんて誰でも盗賊みたいなものでしょ」


 間違いに気づいたエルフの少女は少し勢いを失う。


「お嬢様……。申し訳ありません、クラディウス殿」


 エルフの青年は、頭を下げるが、人間にペコペコ頭を下げるなとお嬢様の方は不服そうだ。


「いや、こちらこそ、すまない。精霊樹の森の民とは気づかず、無礼を働いてしまった。同胞が捕まっていると言っていたが、よければ話を聞かせてくれないか?」

「ええ、こちらの御方は、フィリア様。私はハースと申します。我々はエルフの戦士。盗賊たちに攫われた同胞を救出すべく、町に潜入しようと思っていたところです」

「盗賊の連中、精霊樹の森で人さらいまでやっていたのか」


 バテルは頭を抱える。


 精霊樹の森は帝国領内にあるが、帝国領ではない。建国当初、帝国と熾烈な争いを繰り広げたエルフたちの領域であり、盟約で守られた絶対不可侵の場所だ。


 人攫いや奴隷狩りは、帝国領内でももちろん禁止だが、精霊樹の森でとなると外交問題になる。エルフを刺激すれば、再び帝国と矛を交えることになりかねない。異民族との戦いに忙しい北部が新たな敵を相手にしている余裕はない。


「よし、なら、古き盟約に従いあなたたちに協力させてもらいたい」

「本当ですか!」


 ハースは目を輝かせる。


「冗談じゃないわ。その盟約を破って同胞を攫ったあなたたちを信用しろっていうの? 馬鹿言わないで」


 フィリアはバテルの話に耳を貸さない。


「お嬢様。今はしがらみを捨て、同胞の救出を優先すべきです」

「いや、ハース殿。フィリア殿の言うことももっともだ。今回の件、落ち度は我らにある。俺たちを利用してくれ。どちらにせよ俺たちは、盗賊共を殲滅する予定だ。その混乱に乗じてエルフたちを救出すればいい」

「ふん、言われなくても、同胞は救出するつもりよ」


 フィリアのバテルに対する態度にマギアマキナたちが、怒りに震えるが、フィリアは動じない。


「俺たちはすぐに攻撃を開始する。あとは好きにするといい」

「ふん、この程度の人数で一体どうするつもり?」

「下手な作戦を使うつもりはない。戦の定石は相手を数で圧倒することだ。大軍に兵法なし。数で押しつぶす」


 バテルが手をかざすと大地をあまたの錬成陣が覆う。


「なんなのこの大量の魔術陣と馬鹿げた魔力は!」


 フィリアは錬成陣によって光り輝く大地に驚愕する。


「錬成!」


 錬成陣が光を放ち、鉄の騎士ゴーレムが錬成され丘を埋め尽くす。


「これは魔術(マギア)とは違うようですが、錬金術(アルケミア)? 古の時代にこのような術があったと聞いたことがあります」


 長き時を生きるエルフであるハースは、古き時代に衰退してしまった錬金術(アルケミア)に聞き覚えがある。


「高位の精霊術(アルヴギア)でも、あんな芸当……。バテル・クラディウス。何者なの?」


 人間よりも魔力の扱いに長けるエルフであるフィリアでもここまで大規模な術をたった一人で行使するなど見たことがない。


「ざっと三千。相手はたったの五百。これだけいれば十分だろう。指揮はベリサリウスに任せる」


 バテルとマギアマキナたちが率いるゴーレムの軍勢三千は、盗賊に占拠された町メルタを包囲するべく進軍を開始した。

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