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倒錯的研究


 時間は戻る。


 姿を消したバテルを探すため、謎の地下施設もといバテルの秘密地下研究所に来ていたイオとシンセンは、バテルのすぐそこまで迫っていた。


 シンセンが重厚な扉を蹴破り、バテルの潜む最奥の部屋へと入る。


「きゃああああ!」


 イオは目に飛び込んできた衝撃的な光景に、目を覆い悲鳴を上げる。


 無数の裸体の人が液体に満たされたカプセルに収められている。


「な、なんじゃこれは? 死体か、いや人形か? それにしては出来が良すぎる」


 シンセンは液体で満たされたカプセルの中に浮かぶものに驚く。


「それにこれは……」


 自分そっくりの裸の人形が、カプセルの中に浮いていた。


 さらに、そっくり人形はシンセンのものだけではない。


「これは……私?」


 イオもカプセルの中に浮かぶ、自分を見つける。


「ああ、そっくりじゃ。顔も体もまるで同じ、自分を見るようじゃ。何と不気味な」


 イオやシンセンだけでなく、ディアナ、ベルトラ、マルコに至るまで、見た顔が、ずらりと並んでいる。


「バテルめ。まさかホムンクルスでも作り出そうとしているのではなかろうな。生命の創造は錬金術師(アルケミスト)の夢なれど禁忌の領域ぞ。それにわしらと同じ容姿というのはいささか気味が悪い……。まさか人形を使ってあらぬことをしているのではあるまいな」


 と人形たちを見て、シンセンは引いている。


 バテルが単なる少年でないことをシンセンは知っている。彼は転生者なのだ。精神が肉体に引っ張られていたとしても尋常な状態ではないだろう。相当に歪んでしまっているのかもしれない。そうなれば倒錯的な趣味に傾倒していてもおかしくはない。


「長い人生の中で奇人や変人というものをよう見てきたが、バテルはそれを軽々と越えていくほどの変態かもしれんのう」


 だとしたら道を間違えないうちに修正しなければならない。


「わしがバテルを救ってやらねば……」


 シンセンは師匠としての使命感を燃やす。


「イオ。大丈夫か?」

「は、はい。その、少しびっくりしましたけど……」


 イオは目をちかちかさせている。


 シンセンは、純情な少女であるイオの精神に悪影響を及ぼさないか、心配していた。自分と瓜二つの人形があろうことかバテルの手によって秘密裏に作られていた。イオといえどもいい気分はしないだろう。


「イオ。その、なんじゃ、あまり気にするでないぞ。いつものバテルの暴走と思え。バテルとはわしがよく話し合ってみる」


 シンセンはいつになく慎重な言葉選びで、イオを気遣う。お年頃のイオにはショックだろう。


「はい、それにしても……」


 イオは大きく息を吸い込む。


「バテル様が私をこんなにも見てくれていたなんて……ふふ、ほくろの位置まで同じ」


 シンセンの心配は杞憂に終わった。イオは怖がるどころかむしろ恍惚とした表情を浮かべている。


 バテルには自分以外に自分よりも信頼を置く仲間がいるという不安に駆られていたせいか、自分の人形をここまで見事に仕上げてくれたバテルに愛情を感じ、イオは満たされてしまっている。


「……恋は盲目というが、人の子の心というものはわからぬものよ」


 シンセンは頭を抱える。


 千年に及ぶ蓄積から構築された人生哲学をもってしても若い女心というものは理解不能だ。いや、イオはあの奔放なバテルに幼少期からずっとついてきた。この主人にして、この従者ありといったところなのかもしれない。


「よいのか。イオ。このようなもの」

「バテル様のことです。きっと何かお考えがあるはずです」


 イオは、バテルを全面的に信用し肯定している。


 高い信用や忠誠心はともすれば、バテルを悪い方向に導くかもしれないと、シンセンにまた一つ不安の種が増えた。


「でも、おかしいです。このお人形からは、魔力を感じません。魔力の反応はまだ別に」

「まだ何かあるのか……っと、バテルではないか」


 物音に気づいたのだろうか、シンセンたちの様子を物陰からうかがっていたバテルの気配を感じ取る。


「げっ師匠」

「これ、逃げるな! この下劣変態男が!」

「ぐわぁ!」


 シンセンは、逃げ出そうとしたバテルに、とびかかり、床に押さえつけ、腕を引っ張り上げて締める。


「このド変態め。イオを心配させて何をしよるか」

「いたたたた! よくわかんないけど、たぶん誤解ですって!」

「何が誤解じゃ! 証拠ならばここに並んでおるじゃろうが!」

「それに関しましては言い逃れのしようもありません!」

「やっぱりか!」

「こ、降参! お許しを!」

「お、お師匠様。バテル様を離してあげてください」

「ふん、逃げるでないぞ」


 シンセンは、バテルの拘束を解く。


 寝ずにゴーレム研究に没頭していたためかバテルの頭はぼさぼさで、目にはクマが、服も薄汚れている。


「説明してもらおうか。ここについて詳しく」


 シンセンは軽蔑のまなざしでバテルに迫る。


「すべてはゴーレムのため、ひいてはディエルナのためなんです」

「この人形もゴーレムなんですか?」

「いや、この人形はゴーレムじゃない。研究用に作ったただの人形さ」

「おぬしの倒錯的趣味の産物ではないのか? ん?」

「め、滅相もございません」


 バテルは目をそらす。


「それにしてはイオのものだけよく作りこまれているように見えるがのう。ほれ、ほくろの位置まで」

「そ、それは……そのう、イオは~人体錬成(じんたいれんせい)の時、精密に分析したからで他意はありません」

「あんまりじろじろ見ないでください。恥ずかしいです!」


 イオはカプセルに覆いかぶさるようにして二人の視線をふさぐ。


「もう私たちの人形のことはいいですから話を前に進めてください」


 と耳を伏せて縮こまってしまう。


「では、趣味でなければなんだ。まさかホムンクルスを作り出そうとしているのか?」

「ええ、最初は、ゴーレムを導入して生産力を高めるだけで人手不足を解消できると思っていました。でも、単純な動きしかできないゴーレムたちだけでは、根本的な解決にならないし、やるべきことはどんどん増えていく。もっと高度な知性を持った存在が必要でした」


 生産力を上げるためにゴーレムを増やしていったら、今度はゴーレムを指揮する人間が不足し始めた。


「だから高度な仕事ができるような知能を持たせるには人造の人間、ホムンクルスしかないと」


 ないのならば錬金術(アルケミア)で作ってしまおうというのがバテルの発想だ。


「ですが、生命の創造は、黄金の錬成や不老不死と並ぶ錬金術師(アルケミスト)の夢。師匠でもできないことを俺ができるはずがない。それにもっといい方法があったんです」

「よりより方法じゃと?」

「ゴーレムですよ。高度な知能をもったゴーレムを作ればいい」

「やっぱり、ゴーレムのためだったんですね」


 やはりバテルは錬金術(アルケミア)とかゴーレムのことしか考えていない。


「こんな地下に隠しおって、変態のそしりは免れんぞ」

「必要悪です……」

「後ろめたい気持ちはあったんじゃな」


 シンセンはバテルの正常な思考に少し安堵する。


「幸い、イオの経験から錬金術(アルケミア)で人の肉体を再現することは用意でした。ただ肉体は作れても魂が宿っていない。これでは観賞用の人形に過ぎません。賢者の石無しではそれが限界です」


 現行の錬金術(アルケミア)では、エーテルやエレボスといった生命に宿る魂の源である特殊な源素(アルケー)を扱うことはできない。できたのは、物言わぬ空洞の人形だけだ。


「そこで考えたんです。ゴーレムでなら魂がなくてもできるのではないかと」

「知性を持つゴーレム。本当にそんなことが可能なのか?」


 この世界で生きてきたシンセンには、生命にしか高度な知性は宿らないと考えているが、前世の知識があるバテルの考えは違う。


 ロボットや人工知能など地球では多くの人々が無機的な知性を作り出そうとしていた。バテルの元居た世界では、人間の知性も電気信号のやり取りに過ぎないと考えられていた。この世界ならゴーレムに知性を持たせることも不可能ではないとバテルは考えた。


「あの姉上にとりついた兜。あれに偶然にも意志が宿った。それも考えようによってはごく単純な知性と言える。それでゴーレムにも人と同じような知性を持たせられると考えたんです」

「なるほどのう。それでどこまでできたんじゃ」

「おかげさまで、なんとか開発に成功しましたよ」


 そして、バテルは錬金術(アルケミア)を使って人工的に高度な知性を作り出すことができた。アイデアは受け売りとはいえ、この偉業を成し遂げてしまったのは、ほとんど奇跡といっていい。前世での職業は天才的な人工知能の研究者に違いないとバテルが、思うほど開発は順調に進んだ。


 もはや、なぜ完成に至ったのか、あやふやなありさまだが、形にはなった。


「実際にお披露目しましょう。人を超える可能性すら秘めた全く新しいゴーレム、マギアマキナを! ついてきてください」


 そういってバテルが二人を案内しようとすると奥から一人の少女が現れる。


「お父様、大丈夫ですか? ひっ、知らない人……」


 たどたどしい足取りで、物陰に隠れたのは褐色肌の幼い少女だ。


 長い銀髪に澄んだアメジスト色の瞳。彫像のように美しい顔立ち。


 布を巻いただけの格好でもろ肌が露になっている。


「貴様、年端のいかぬ少女を誘拐したのか!」


 シンセンはバテルを締め上げる。


「バ、バテル様に子供……どういうことですか」


 イオの顔から表情が消える。


「ご、誤解だ。二人とも! 落ち着いて、いろんな誤解が生まれている。冷静になるんだ。この子は違うんだ」


 バテルがもっともうろたえている。


「そんな……わ、私はお父様の子ではないのですか……」

「違うぞ。そうじゃないんだけど、そうじゃないんだ。また、誤解を生むようなことを……」

「ううっ、ひっぐっ」


 少女は泣き出してしまう。


「ああ、泣かないでくれ。お前は悪くないぞ。よしよし」


 バテルは目に一杯の涙を貯めた少女を抱き上げ、頭をなでてやる。


「バテル! おぬしという奴は!」

「最低です!」


 バテルの必死の弁明は、リウィアの無垢な涙によって完全に打ち砕かれた。


「話を聞いてくれええええ!」


 バテルは再びシンセンに締め上げられた。


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