新たなるゴーレム
話はバテル失踪騒動の前までさかのぼる。
バテルはイオとシンセンが探索することになる地下施設にいた。
ディアナに魔結晶をもらってからというもの、ここにやってきては、時間を忘れて研究に没頭している。バテルが最も力を入れているゴーレムの研究だ。
「ここはいつ来てもいいな。地下にある秘密の研究所。まさにロマンの塊だ」
前世の知識のせいか、それとも三千世界の男子の性なのかバテルにとって、この地下の研究所は男心をくすぐる最高の場所だ。
正面玄関に当たるホールの内装はきらびやかな宮殿のようだ。各部屋には、これまで作ってきたゴーレムたちが、博物館のように陳列されている。
「全部、俺の錬金術で作ったんだ。初期費用はゼロ。これぐらいのぜいたくは許されるよな。モチベーションも上がるし、最高の環境だ」
武門の家とあって贅沢とは無縁なクラディウス家の男として自直に仕事にだけ邁進してきたバテルにとって、ここは唯一の道楽だ。
だが、多大な労力をかけて、わざわざ地下に巨大な施設を建造したのは道楽のためだけではない。研究のためだ。しかし、ここで行われている研究だけは人に見せられない。
バテルは厳重にそして秘匿された最奥の部屋へと入る。この部屋こそ、バテルの主な実験場であり、もっとも見られたくない暗部でもある。
「はあ、これは見られるわけにはいかないよな。特にイオやシンセン師匠、姉上には……」
バテルは、目の前に並ぶ、透明な緑色の液体で満たされたカプセルの中に浮かぶ、精巧な人形たち。自分の作品の出来にほれぼれしながらも、自己嫌悪に陥る。
これを屋敷の仲間に見られれば、どうなることだろう。きっと嫌われてしまうだろう。嫌われるだけで済むならまだましかもしれない。もしかすると追放や処刑なんてことにもなりかねない。
「だけど、これは研究には必要なものなんだ。仕方がない。決して俺の趣味ではない」
バテルはすべての人形を今すぐにでも廃棄してしまえばどんなに楽だろうと考えるが、せっかく作った物なので捨てるに忍びない。
「早く計画を終わらせてしまおう。その時までは必要になるかもしれないしな。うん」
愛憎入り混じった作品が収められたカプセルをなでる。
「事前の実験は十分。正直、上手くいくかは、運否天賦だが、成功すれば、ディエルナの人手不足は解消。いや、錬金術の歴史が変わる」
ディエルナには人材がいない。バテルたちは常にこの問題に頭を悩ませてきた。
元々ディエルナにも多くの人材がいた。だが、優秀な人材はみな、父上とともに遠征に行き、誰も帰ってこなかった。一度失った人々をすぐさま増やすことは簡単ではない。
バテルは、ひとつだけ方法を思いついた。シンプルな方法だ。いないのならば作ってしまえばいい。
ゴーレム作りはバテルの得意分野。この技術を極め、知性のあるゴーレムを作れば、きっとディエルナに貢献してくれるに違いない。
そうして研究はスタートした。
知性ある者は魂をもつ。生命の創造は神の領域。現在の錬金術では手も足も出ない。錬金術でも操れないエーテルとエレボスが生命の重要な構成要素だからだ。
だが、生命の創造は無理でも、模倣はできる。前世では機械によって知能を作り出そうとしていた。その考えはこの世界にはないものではあるが、そのままゴーレムにも適用できるはずだ。
そのためにまずは人体を徹底的に調べ上げた。イオの体を錬成した経験はあったが、あれは火事場の馬鹿力のようなものだった。万全を期すためにより入念に調べた。その産物がカプセルの中に浮かべられた精巧な人形だ。
そして今日、研究は結実する。
「材料を投入と」
バテルが持ってきたのはいくつもの大きな袋。中に入っているのは黄金色の砂だ。
この砂は通称、ガイアの砂。
錬金術は材料を選ばない。火、水、土、風の源素で構成されているものならなんでも材料になる。別の源素に変成できるからだ。
しかし、今回は高度で複雑な錬金術。より安定した物質であるガイアの砂を事前に錬金しておく必要があった。
ガイアの砂は賢者の石とともに、生命の創造には欠かせないとされている物質だ。人を模倣した知性あるゴーレムを生み出すのにも最適な素材であることは間違いない。
「錬成陣展開」
展開されたのは、緻密に組み上げられた立体積層錬成陣。
「おっとこいつを忘れちゃいけないな」
取り出したのは、四つの球だ。
金属でできた球。いずれもその中心部にはバテルが精製した魔結晶の球が入っている。
この金属球は新たなゴーレムの心臓であり、脳だ。魔力を吸収精製し、魔力回路に魔力を循環させるポンプであり、大量の情報を分析処理する中央演算処理装置でもある。まさにゴーレムの核だ。
バテルが機械の心臓と名づけたこの金属球には、もっとも重要な役割がある。それはこれが疑似的な魂であるということだ。
バテルがゴーレムに求めるのは人であること。自分で考え、行動し、成長していけることだ。それには自我や精神が必要だ。バテルは自我とは、複雑な構造体における膨大な情報のやり取りのなかで芽生えるものであり、その根幹を魂に見た。
その仮説が正しいのかは、これから証明される。
「さあ、一気に仕上げよう!」
バテルの内に秘めたる途方もない魔力を錬成陣は貪欲に吸い上げる。体の中のものすべてが取り除かれてしまったかのようだ。
「はあ、ここまでは順調だな」
錬成陣の上で、機械の心臓が魔力を吸収しながら、激しく回転し、その周りにガイアの砂が舞い上がる。漏れ出した魔力が暴風と激しい閃光を伴って部屋を滅茶苦茶にしていく。
「ここからは俺の錬金術ではコントロールできない。神のみぞ知るだ」
バテルはあえて錬成陣に欠陥ともいうべき不安定さをあえて残した。この不安定さは不確実性であり、可能性だ。知性あるゴーレムは生命の模倣。バテルが効率のいいように画一的なデザインをする方が、合理的だろう。だが、先がない。そこであえて欠陥がある状態で錬成陣を組んだ。欠陥は、生命と同様に、知性あるゴーレムの誕生に偶然性を与える。そうすれば、ゴーレムたちはより多様で複雑な存在として進化した存在になるかもしれない。
「錬成!」
錬成陣が収縮し、デウスの砂と一体化し、より大きな球となった機械の心臓に溶け込む。一瞬、すべての音が消えた。
そして次の瞬間、球体は爆裂し、白煙が視界を真っ白に染め上げる。
「成功だ……」
部屋に立ち込めていた白煙が晴れ、四つの人影が姿を現す。
「ふふ、あははは。できた。ついに完成したぞ。素晴らしい。これこそゴーレムを超えた新たなゴーレム。ただのゴーレムというにはもったいない。マギアマキナ。そう、お前たちの名前はマギアマキアだ!」
バテルは叫び、そのまま仰向けに倒れて笑い出した。




