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ゴーレム狂いの失踪

(バテル様が帰ってこない)


 バテルが魔結晶を手に入れてからというもの、バテルはたびたび姿を消すようになった。


「なに? バテルがいなくなったじゃと」

「はい。もう丸一日も屋敷に帰ってきてないんです」


 イオは不安そうな表情でシンセンに事の経緯を語る。


「丸一日くらいなら気にせんでもよいのではないか」

「丸一日もいなくなるなんて今までなかったことなんです!」


 いつも物静かなイオが声を荒げる。


「ふむ。そういえば、イオはいつもバテルと一緒におるのう」

「はい、朝バテル様を起こしに行って、夜眠るまで、ずっとバテル様と一緒です」

「さすがにそれは一緒にいすぎではないか? バテルやイオにも自由な時間が」

「私には必要ありません。従者たるもの常に主とともにあることこそが幸せなのです」

「そ、そうか……」


 食い気味に言うイオにシンセンも気圧される。


(まさか、風呂や厠も一緒という事はあるまいな。しかし、何から何まで一緒というのも、バテルも男だ。辛かろう)


 その猛烈さには参っていることだろうとシンセンは気の毒に思う。イオの無邪気な純真さは、バテルを悶々と苦しめているに違いない。


 一人の時間が欲しくてバテルは身を隠してしまったのかもしれないのではとシンセンは想像する。


「でも、最近、私の知らない間にいなくなっていることも多くて、それで……」


 イオは不安を募らせ、ぽろぽろと涙を流す。


「そ、それはいかんな。イオを泣かせるとは罪な男よ」


 イオの涙にシンセンの中にあったわずかばかりのバテルへの憐憫の情など吹き飛んだ。


「魔力量の高いバテルなら見つけやすそうなものじゃが、イオでも見つけられなんだか」


 イオは魔力の波を使って魔力をもつ対象物を探し当てることができる技を持っている。だが、その技を駆使しても、バテルを見つけることはできていない。


「もう、ディエルナにはいないのかもしれません」

「放っておいてもよいのではないか。どうせ、ディアナからもらった魔結晶で新型のゴーレムでも作っているのじゃろう。あやつは錬金術師というよりはゴーレム馬鹿じゃからな」


 シンセンはイオを諭したが、本人はバテルのことで頭がいっぱいであった。


「ああ、バテル様。どこかでおなかを空かせていないでしょうか。寒い思いをしていないでしょうか」


 イオはまだ泣いている。この健気な従者は、自分が置いて行かれてしまったことよりも、バテルの身を心配している。


「バテルめ。イオにここまで心配されているというに。よし、わし自ら探してしんぜよう。見つけたらとっちめてやる」


 シンセンは、孫のように可愛がっているイオが、悲しんでいる姿を見て、バテルに腹が立ってきた。息まいて、ディエルナの方へとずんずんと足を進める。


「一体どこへ? ディエルナはもう散々探しました」

「やみくもに探すには、このダルキアは広すぎる。もうディエルナにはいなくとも何かヒントがあるはずじゃ。まずはそれを探すぞ」


 二人はディエルナにあるクラディウス家の屋敷に向かった。


「お師匠様。やめましょう。バテル様の許可なしお部屋に勝手に入るのは、ダメですよ」

「おぬしもよく掃除のために入っておるじゃろう。屋敷の主であるディアナの許可も取ってある。必ず手掛かりがあるぞ。それに師匠として風紀の乱れがないか改める必要があるのじゃ」


 シンセンは、下心も手伝ってイオの制止を振り切り、バテルの部屋の扉を開ける。


「ほほう。意外と片づいておるではないか」

「バテル様はまめですから」

「なーんじゃ。つまらんのう。やつのことだから助平なモノでも隠していると思ったが」

「バテル様はそんなことしません!」


 シンセンにからかわれて、イオは耳まで真っ赤に染める。


「ほほ、お熱いことよのう。しかしじゃなイオ、バテルはお前の前ではいい恰好をしておるが、男など化けの皮を剥げば、みなケダモノぞ」


 バテルの部屋は理路整然と片づいている。実際、掃除もこまめに行っており、イオが掃除をしに来ても、ほとんどやることがない。


「お師匠様。バテル様の手掛かりを探しに来たんじゃないですか」

「お、おお、すまんすまん。すぐに見つけてやるからそう急くな」


 部屋の様子を物珍しそうに見て遊んでいたシンセンだったが、実は、バテル失踪の手掛かりにはもう目星がついていた。


「イオよ。風を感じぬか」

「風ですか?」


 イオは、静かに目を閉じ、神経を研ぎ澄ます。


「あっ、ここ。下からわずかですが、風が漏れています」


 ただの板敷の床のように見えるが、ほとんど見てもわからないわずかな隙間から、風が漏れ出ている。


「バテル失踪の手がかかりはここにあるとわしは見たぞ」


 シンセンは床を手で探り、目星をつけた場所に魔力を流す。


 すると魔法陣が展開されて、床は正方形に沈み込み、横にスライドして開き始めた。


「ほれ。大当たりじゃ」

「バテル様のお部屋にこんな仕掛けが……」


 床下から地下へと続く隠し階段が現れた。


 毎日のようにこの部屋に出入りしていたイオですら、この隠し通路の存在を知らず目を丸くしている。


 シンセンがのぞき込んでみると隠し階段は地下深くまで続いており、明かりが点々と続いている。階段や壁は、コンクリートのような滑らかな石で作られていて、バテルの錬成によるものということは明らかだ。


 イオとシンセンは、長い階段を下りて地下通路を進む。


「バテルは、おそらくこの先じゃろう」

「なんだか、暗くて怖いです……」


 地下通路は明かりこそあるものの、薄暗くどこまで続いているかわからない。それに不気味な反響音もする。イオは年ごろの少女らしく幽霊でも出るのではないかとおびえる。


「怖がることはない。おぬしのご主人様が作ったものじゃろう。ほれ、手を貸せ」


 シンセンがイオの手を取り握ると、イオは強く握り返す。


 その隙にシンセンは極度の緊張状態にあるイオの背中に手を回し、つついた。


「きゃあ!」

「ふははは、イオは、怖がりじゃのう」

「う~、もう! 脅かさないでください!」

「ふははは、悪かったの。漏らしとらんか」

「むうう! してません! お師匠様嫌いです!」

「くひひ、そう怒るな、許せ許せ」


 シンセンの悪ふざけで、かわいらしい悲鳴を上げたイオは涙目で頬を膨らませる。いたずら好きの師匠は悪びれもせず笑う。


 怒ったイオは、先にどんどん進んでいくが、握った手は離さない。それでも多少は緊張も解けたようだ。


 しばらく進むと大きな両開きの扉が見えてきた。


「ここじゃな」


 シンセンが扉の横に設置されたレバーを倒すと、鋼鉄製の扉はひとりでに開いた。


「すごい……」


 扉の先の光景に、イオは目を奪われる。


 まるで白亜の宮殿だ。ディエルナの屋敷よりよほど豪華なつくりをしている。窓はないが、天井からこうこうと照りつける魔力灯のおかげで、まるで昼間のように明るい。さらにいくつもの通路があり、奥にもこの地下施設は続いている。


「なんじゃこれは。バテルはやはり地下におったのだな。イオの探知にひっからぬはずじゃ」

「この場所……距離と方角から言って、少し前にバテル様が、ゴーレムの材料用の土を掘りだした場所と同じです」

「なるほど、その時にできた空間を利用してこれほどの施設を。すべて錬金術で作ったというのか。器用なものじゃな。しかし、いかんせん広すぎるな。どこから探したものか」


 ここにバテルが居ることはもはや確実といってよかったが、この地下施設はかなり広大だ。どこいるかまでは見当がつかない。


「イオ、魔力探知はできるか?」


 イオは頷くと、この広大な地下施設に魔力探知をかけていく。


「……見つけました。でも、おかしいです。バテル様の近くに、他の強い魔力反応がいくつも」

「どうせ新しいゴーレムじゃろう」

「ゴーレムじゃありません。感じたことがない。獣人や人間に近い……お師匠様にも近いような」


 イオはその鋭敏な感覚で、魔力のわずかな波長の違いを見抜き、魔物や人間、ゴーレムを見分けることもできる。


 今、探知した魔力反応は、感じたことはなかったが、自分やバテル、そしてシンセンにもどこか似ていた。


「となると、エルフかドワーフかはたまた別の種族か。バテルの仲間か?」

「バテル様に仲間? バテル様に限ってゴーレム以外にまともな交友関係はありえません」


 イオは胸を張って言う。本人はいたって真面目に回答しただけに過ぎないから余計に悲劇的だ。


「あやつにとってゴーレムは友なのか……。それに……意外と辛辣じゃのう」


 四六時中バテルと一緒にイオですら、バテルの仲間に思い当たる節がない。それこそ、農場を一緒に管理しているマルコたちくらいのものだ。だが、事実、見慣れない魔力反応がある。


「……私には行き先も教えてくれなかったのに……誰かと一緒にいるなんて……」


 バテルには、自分よりも信頼できる仲間がいる。しかも自分が知らない誰かが。


 イオは、そう想像しただけで、心臓を突き刺されたような痛みが走り、その場に倒れ込みそうになる。


「なんじゃ、嫉妬しておるのか。かわゆい奴め」

「嫉妬なんてそんな。従者である私が……」


 本来であれば、従者が主人の交友関係に対して、とやかく言うものではない。


 しかし、イオも謙虚に従者として勤めてきたが、バテル第一の家臣であり、誰よりもバテルから信頼されているという自負があった。ともに生まれ育ち、一緒に修行をして、仕事もしてきた中で不遜にもバテルとは主従を超えた信頼関係にあると思っていた。


 そんなバテルに自分よりも信頼を置く仲間がいるかもしれない。


「私以外にも仲間が……。そんなの……嫌……」


 イオはシンセンにも聞こえないほど小さな声でぽつりとつぶやいた。


 従者としてのプライドも傷つけられたが、イオは必死に燃え盛る嫉妬の炎をかき消す。


「まあ、実際見てみなければわからんじゃろう。ほれ、行くぞ」


 シンセンに促されたが、イオはその場から動けなかった。


 これは従者としての領域を超えようとしていた自分への罰なのかもしれないと。


(……とでも思っているんじゃろうが。はあ、この子はまだ主従関係にこだわっておる。そんなことバテルはみじんも気にしていないだろう。鈍いバテルもバテルじゃが、イオも相変わらず頑固じゃのう)


 悠久の時を生きる道士であるシンセンには帝国の階級制度や習慣など取るに足らない。それは前世の倫理観も持つバテルも同様だろう。無理やりに、くっつけてもうまくいきそうなものだが、二人が自分たちの力で気づくべきことだろうと我慢している。


「ええい! じれったい! とにかく行くぞ!」


 シンセンは叫んで気を紛らわせるとイオを無理やり引っ張り奥へと進む。


 そしてひときわ厳重に施錠された最奥の部屋へとたどり着く。


「こら、バテル。さっさと出てこんかー!」


 しびれを切らしたシンセンが、重厚な扉を蹴破る。扉は粉々に砕けて吹き飛んだ。


 どうせ、新しいゴーレムとかそんなところだろう。


 しかし、イオとシンセンの目に飛び込んできた光景はシンセンの甘い想像を絶するものだった。



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