魔結晶
ディアナの暴走事件のことは、ディエルナではさほど話題にはならなかった。領民たちは、クラディウス家のお稽古ぐらいに思ったのだろう。それほど、クラディウス家という戦闘的一族に慣れきってしまっている。
そんな気丈な領民たちを驚かせたのは、昼間から甲冑姿で、町を練り歩く領主の存在だった。
「姉上、あまりそのような格好で、町を歩かないほうが。民がおびえてしまいます」
バテルは言いにくそうに忠告する。ディアナの執務を手伝っているベルトラも困ったような表情だ。
ディアナが鎧を着たまま一向に脱ごうとしないのだ。もちろん暴走した時の鎧ではない。
バテルが錬金術で作った特別製だ。基本は白銀の金属鎧だが、一応は普段使いも考え、申し訳ない程度に、華やかな装飾が施され、フリルなどドレスの要素も取り入れられている。
ディアナは宿星術と呼ばれる星から魔力を得て自分の力に変えるという特殊な技術を先天的に使える天才だった。しかし、その制御ができない。自らの体質を理解しておらず、失われた古代の技である宿星術を学ぶ機会もなかったからだ。結果としてバテルが生み出してしまった呪われた兜にとりつかれて暴走してしまった。
だが、そのおかげでディアナの体質の解決することとなった。暴走時のディアナの鎧を参考に今ディアナが装着している新たな鎧をバテルが作ったのだ。
バテルの作った鎧を着ていれば、彼女が、太陽や月から、魔力を吸収しすぎても、鎧で力を制御しているおかげ、暴走せずに活動が可能だ。さらには、戦闘時、状況に応じて、一部パーツをパージし、肌を露出させることで、より魔力を天体から得られるようにすることもできる優れモノだ。
この鎧さえあれば、以前は外に出られず屋敷にこもりがちで、昼夜逆転生活を送っていたディアナもこれで自由に外に出歩ける。
ただ、今やディエルナの総大将であるディアナが、毎日、完全武装の臨戦態勢で街中を歩いていては、また戦が近いのかと領民は無用な心配を抱くとバテルとベルトラの心労は尽きない。
「だってこの鎧を着ているとすごく体が軽いのよ。まるで私の体の一部みたい。バテルちゃんのおかげで私は生まれ変わったんだわ」
ディアナは、腕を大きく振りながら、町中をスキップして回る。物静かなディアナの異様なまでの浮かれ具合と鎧のギャップに民は何事かと驚いている。
「今までできなかった分、領主代行として、しっかり町を視察しないと。それにこの鎧をくれたのはバテルちゃんじゃない」
バテルからこの鎧を受け取ったディアナはうれしさのあまり視察と称して一日中ディエルナの町に繰り出している。領主であるディアナが、直接指導することで、仕事も進むのだが、鎧という異装は目立つ。
「それはそうですが……ベルトラなんとか言ってくれ」
「わしもお諫めしたのですが、ディアナ様の御苦労は幼子のころから見てきました。あそこまでお喜びになられてはなにも言えますまい」
ディアナがその体質のせいで、幼少期からどれほど辛い思いをしてきたのか知っている。ディアナに嬉しそうにされると、何も言うことができない。
「……ごめんなさい。バテルちゃん。そうよね。さんざん、あなたたちに迷惑をかけてきたのに。少しはしゃぎすぎたわ」
急に神妙な顔で、ディアナはうつむく。どうしていいかわからず困惑している二人の心情を察したのだろう。
ディアナは、暴走していた時の記憶はディアナにはなかったのだが、ことの顛末を聞いて、バテルとイオに迷惑をかけたと深く嘆いていた。
一方で、呪われた兜を作り出してしまったバテルも、ディアナを兜から守り切れなかったイオもお互いに責任を痛感しており、ディアナの謝罪は胸が痛い。
「いや、あの件は俺のせいで……」
「いえ、あれは私がしっかりと受け止めていれば……」
「二人とも悪くないわ。むしろそのおかげで、こうしてバテルちゃんの鎧を着ることができたんですもの。こんなこと言ったら怒られちゃうかもしれないけど、なんだかあの後、とってもすっきりした気分なの」
責任を感じて小さくなっているまだ背の低いバテルとイオをディアナは優しくなでる。
「少し舞い上がってしまったわ。これからはもう控えるわね」
「バ、バテル様。領民の皆さんは、むしろディアナ様の凛々しいお姿に士気を高めています」
見かねたイオが言う。珍しく元気はつらつとしていたディアナが、いつもの憂鬱気な表情にしぼんでいってしまうのは見るに忍びない。
「そ、そうか。そ、それもそうだな。なあ、ベルトラ」
「え、い、いや、また急にディアナ様が、領民にお姿を見せなくなると逆に民に不信感を与えることにもなりかねませんな」
「わかりました。すぐに鎧と同じ機能を持ったドレスも作ります。それまではこれまで通り……」
バテルが言いかける。
「やった! 町に出てもいいのね! ありがとう、バテルちゃん!」
とディアナはバテルを抱きしめ、子供に戻ったかのように無邪気に笑いだす。
「それで俺に用があると聞いてきましたが」
「すっかり忘れていたわ。バテルちゃんに頼まれていた魔結晶が手に入ったの。さ、こっちよ」
バテルたちは街のはずれにやってきた。
「これは……」
目の前にあるのは魔結晶の山だ。赤や青、緑といったさまざまな濁った色の魔結晶の粒が積み上げられている。
「かき集められるだけ、かき集めたわ。どれも魔道具には使えない屑の魔石だけどよかったの?」
「ええ、大きさよりむしろ量が多いほうがありがたいです。魔結晶はやはり天然ものに限ります」
魔結晶は魔力が自然に結晶化した電池のようなもので、魔道具によく使われている。町の明かりもこの魔結晶が用いられていて、日常生活でもありふれた存在だ。
もっとも一般的な魔道具に使われる魔結晶でも指先くらいの大きさはある。魔結晶の山は、ほとんど砂のような魔結晶で、天然の魔結晶を採掘し、加工するときに出たゴミだ。何かに使えるとはとても思えない。
だが、バテルは大満足していた。
「これで人手不足は解消できそうです」
「そう。なら、集めた甲斐があったわ」
「では、このままだと持ち帰りづらいので、まとめます」
「え? 持ち帰る」
小首をかしげるディアナをよそにバテルは巨大な錬成陣を展開する。
「錬成!」
砂粒のような魔結晶を分解し圧縮、再構成していく。
瞬く間に魔結晶はいくつかのこぶし大の球となり、バテルの下に積み上げられた。
「流石ね。バテルちゃん。屑魔石をこんなに立派な魔結晶にしちゃうなんて。これも錬金術の力かしら」
ディアナは魔結晶を手に取り、太陽にかざす。太陽の光がまぶしいほどに魔結晶は透明に澄み渡っている。
「ありがとうございました。では、俺はこれで失礼します」
バテルは圧縮された魔結晶の球を大事に布に包み背負うと足早に立ち去ってしまった。その目には、好奇心という名の炎が宿り、錬金術しか考えられなくなっている。
「あ、バテル様。待ってください……って、もういない……」
イオは慌てて追いかけようとするも、すでにバテルの姿は消えていた。錬金術に夢中になったときのバテルは、イオでも捕まえられないほどに、すばしっこい。
「大丈夫よ。イオちゃん。また錬金術の実験でしょう。またすぐに戻ってくるわ。それより、少し手伝ってほしいことがあるのだけど」
「……はい」
イオはその日、久しぶりにバテルと離れて、ディアナやベルトラたちの仕事を手伝った。




