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暁に舞う


「見えた。姉上だ」


 ディアナは、黒い鎧に覆われた変わり果てた姿で、城壁の上にたたずみ、顔を出し始めた太陽によって、ぼんやりとにじみ始めた暁の空を、眺めていた。


「相手は姉上だ。まずは様子を見よう」

「はい」


 イオとバテルは、ディアナのもとへ全速力で直行する。


 月が姿を隠し、ぼんやりと地平線から太陽が姿を見せ始めようとしている。


 艶やかな長い銀髪が、太陽に照らされ、美しい輝きを放つ。


 ディアナにとりついた兜は、形を変え、全身を隙間無く包み込む漆黒の鎧となっていた。


 兜は大きな禍々しい角が生えたような形になり、鎧の背からは、蝙蝠の羽に似た鋼鉄の翼も生えている。


 ディアナは、ディエルナで一番見晴らしのいい城壁の上に立ち、ただ地平線をじっと眺めている。


「姉上!」


 バテルは、ディアナに呼びかける。


 するとディアナは、バテルに気づいたのかそれとももう気づいていたのか、ゆっくりとふり返る。


「あら、バテルちゃん。イオちゃん。どうしたの。そんなに怖い顔をして」

「よかった。無事みたいですね」


 いつもと変わらない穏やかな声に、バテルは安心する。


 どうやら予想と違い自我は保っているようだ。


「いえ、バテル様。魔力の流れ方がおかしいです」


 イオの目は、ディアナの異常な魔力の流れを見抜いていた。


 漆黒の鎧が、ディアナから魔力を吸い上げ、その魔力回路は、まるで血管のように脈打っている。


「ふふ、さっきからとっても調子がいいの。自分が自分じゃないみたい。だってほら、浴びるだけで刺すように痛かった月の光が気持ちいいし、太陽が顔を出そうとしているのにこんなに元気なんですもの」

「姉上……」


 ディアナの真紅の瞳がうつろに光った。


 極度の興奮状態にあるのか息づかいも荒くいつになく饒舌だ。


「姉上、その鎧を脱いでください。お体に障ります。屋敷に帰りましょう」

「いやよ。どうして、そんなこと言うの? 帰りたくない。せっかく元気になったんだから、もっと遊びましょう!」


 ディアナは、魔術陣を展開し、血の色をした無数の魔弾をでたらめにばらまく。


「きゃははは!」

「ぐああ」


 突然のことに判断が遅れ、魔弾はバテルを直撃する。


「バテル様!」

「……姉上は本気だ。鎧がなければ、ただじゃすまなかった……」


 魔弾は魔導士が使う一般的な魔術(マギア)だが、ディアナの魔弾は威力が桁違いだ。

 魔力拡散力に秀でたゴーレムアーマーを着ていなければ、バテルは粉々になっていただろう。

 次に備え、すぐさまゴーレムアーマーを錬成しなおす。


「ふふ。さすがは、バテルちゃん、この程度じゃビクともしないわね。でも、お姉ちゃん、まだ遊び足りないわ」


 ディアナは、腰に帯びた剣を抜き放つ。


 細身の剣だが、深紅のゆがんだ剣身からは、おどろおどろしい魔力の波動を感じる。


「さあ、来て。お姉ちゃんと遊びましょう」


 どこからでもかかってこいと、ディアナは両手を広げ、二人を待ち構える。


「すごい気迫。あれが鎧の力?」

「いや、あの鎧にそこまでの力がるとは思えない。あれは姉上の潜在能力」


 バテルは父親の言葉を思い出す。


「クラディウス家が危機に瀕した時、最後に頼るのは姉上だと父上は言っていた。クラディウス家の最高戦力と。てっきり、姉上の領地経営のことだと思ったが、まさか……」


 父が、長い戦に出るときに、ディアナについて自分に語ったのをよく覚えている。


 バテルは、ディアナの内政家としての能力を父がそう評したのだと理解していたが、どうやらそれは見当違いだったらしい。


 ディアナは病弱だが、母親に似て、魔術(マギア)が得意で、扱える魔力量も人並み以上。今のディアナはとてつもない量の魔力を垂れ流している。密度の高い魔力が、鎧からあふれ出し、陽炎のようにゆらゆらと揺れている。


(何か引っかかる。俺は前にも一度、同じような状況に出くわしている?)


 魔力は、世界に満ちるありふれたエネルギーだが、人に扱える量には、限りがある。その限界量は、個人の魔力回路に依存するものだ。


 個人差があるにせよディアナのそれは人の領域を踏み外している。


 まるで、転生者であるバテルや超人的な肉体の持ち主であるイオのように。


 バテルの知らない事実がディアナに隠されている。


 まだ何かはわからないが、そのディアナの隠された力が、あの漆黒の兜と鎧の力で表に出てきていることは確かだ。


「どうすればディアナ様を……」

「悪さしているのはあの鎧だ。とにかく、あの鎧を破壊しよう」

「ですが……」


 イオはディアナの体のことを案じていた。


 もし、本気でイオが拳を振るえば、か弱いディアナはただでは済まない。


「気にしなくていい。今の姉上は、とんでもなく強い。本気でやらなきゃこっちがやられる。姉上には悪いが、手足が吹き飛んでもシンセン師匠が何とかしてくれるさ」


 バテルは笑みを浮かべて見せ、イオを安心させる。


「はい。なら、全力で! 行きます!」


 イオは魔力を全身に流し、身体能力を爆発的に向上させると、地面を蹴って、ディアナに向かって突進する。


「はぁっ!」


 素早くディアナの懐に潜り込み、胸に一撃を加える。


 凝縮した魔力を拳から解き放ち、その衝撃をもって鎧を粉砕しようと試みる。


「ぐはぁ!」


 ディアナが直撃を受け、血を吐き出す。


 だが、まだ笑っている。余裕の表情だ。


「もう一撃」


 再びイオはこぶしを繰り出し、ディアナは、もろに直撃を食らう。


「魔帝掌。面白い技ね。ふふ、もう効かないわよ」


 ディアナは平然としている。


 それどころか魔術(マギア)によってさっきのダメージを回復している。


 確かに二度目の攻撃も当てていた。


 だが、イオは驚くほどに手ごたえを感じてなかった。


「そんな……魔帝掌を打ち消された……」


 イオの拳から魔力の衝撃波が打ち出されたと同時に、ディアナは鎧から同位相、同量の魔力が放ち、イオの衝撃波を相殺して見せた。


 魔帝掌の威力は減衰し、イオの拳はほとんど鎧に触れただけのようなものだ。


「隙だらけよ!」

「ぐっ!」


 ディアナは動揺して動きが鈍ったイオを蹴り飛ばす。


 さらに、地面に叩きつけられたイオを追撃するため、すかさず深紅の剣を振り下ろす。


「イオ!」


 バテルは腰に帯びた剣を抜き放ち、魔力を推進力にイオのふところに飛び込んで、ディアナの剣を受け止めはじき返す。


 間隙をぬって、イオをつかみ、引き下がる。


「私の魔帝掌が打ち消されてしまいました。これでは攻撃手段が……」

「あわてるな。仕組みさえわかれば、突破口はある」


 バテルは、懐から小金貨を何枚か取り出す。

 ゴーレムアーマーの燃費は非常に悪くすでに魔力回路が焼けそうだ。金のエーテルをエネルギー源にするしかない。


「きゃはは! あーははは! やるわね。バテルちゃん。楽しいわ。とっても楽しい」


 ディアナは狂ったように笑いながら、バテルに剣を振るう。


 病弱だったディアナは、剣の訓練などしたことはない。今も技術も何もないただ剣を振り回しているだけだ。それでもその速度と重さがバテルとは比べ物にならない。バテルの技量でカバーできる分を超えている。


 バテルはディアナの剣を必死にはじき返し続けるが、防戦一方で対応しているだけで手いっぱいだ。


「お兄様たちもバテルちゃんも、私を仲間外れにして、外でこんなに楽しく遊んでいたなんてずるいわ。私はいつも屋敷で本を読んでばっかりだったのに!」


 記憶が混濁しているのかディアナは、まるで昔に戻ったかのように、語り始めた。

 ディアナは正気を失っているが、バテルには、それが自らの境遇に文句ひとつ言わず、常に姉であろうとしたディアナの本心に思えた。


「けど、許してあげる。バテルちゃんはこんなに素敵なプレゼントをくれたんですもの」


 ディアナは、一瞬間のうちに間合いを詰め、バテルに襲い掛かる。


 ディアナの剛撃に耐え切れず、剣は砕け散り、鎧も大きく切り裂かれる。


「くそ、もっとエーテルを」


 バテルは握りしめていた金貨を溶かし、エーテルに変える。


 新しい剣を錬成しながら、ゴーレムアーマーに魔力を注ぐ。大量の高純度エーテルを注がれたゴーレムアーマーの金紋が輝きを増す。


「ここだ!」


 バテルはエーテルをゴーレムアーマーに注ぎ込み、ゴーレムアーマーの各部に取り付けられた姿勢制御用の小型魔導推進装置から、エーテルを吐き出し推進力とする。


(いける。エーテルの扱いは難しいが、ただエネルギーとして使うだけなら何の問題もない)


 そのまま平行移動し、ディアナの後ろに回り込む。


「遅いわ!」


 素早く対応したディアナは、バテルに向かって剣を振るおうとする。


「ふふ、姉さん。後ろだよ」

「なっ!」


 ディアナが再び後ろに視線を戻そうとしたときにはイオが死角に潜り込んでいた。


「たあっ!」


 イオの魔帝掌がさく裂する。


「ぐうぅ!」


 ディアナは魔帝掌の衝撃波を魔力で相殺しようとしたが間に合わず、漆黒の鎧に亀裂が入る。


 すかさず、バテルが、もう一撃を加え、鎧を完全に破壊しようと試みるが、ディアナは魔弾をばらまきつつ上に飛び上がって包囲を抜け出し、その一撃は届かない。


 爆発した魔弾は、イオとバテルを吹き飛ばす。


「やるわね。バテルちゃんに。イオちゃんも。私もそろそろ本気を出さないと」


 太陽はすでにその姿を見せ、燦然と輝いていた。


 ひび割れた漆黒の鎧が白く染まり、形を変えていく。


 鎧は全体的に縮んで、ディアナの白絹のような肌が太陽のもとにあらわになり、銀髪には陽光が満ち、深紅に染まっていた剣は、燃え盛る太陽のごとき黄金の輝きを放っている。


 その姿はまさに太陽の女神である。


(どういうことだ。姉上は、日の光を浴びただけで、高熱を出すほど太陽に弱かったはず)


 バテルは、完全に日が昇れば、日光に弱いディアナは、動けなくなるだろうと踏んでいた。


 しかし、それは甘い考えだった。


 むしろ、ディアナは強くなる一方だ。


 このままではバテルもイオもディアナの剣の餌食になってしまう。


 脳をフル回転させ、考える。


(太陽の光を浴びると高熱を出す、今度は莫大な魔力だ。イオの魔力回路の異常も似たような症状だったな……。そうか、わかったぞ)


 バテルはある一つの仮説にたどり着く。


「イオ、まだやれるか?」

「はい、次は負けません」


 地面にふしていたイオは、立ち上がり再び拳を構える。


 バテルは、イオに耳打ちし、作戦を伝える。


「イチかバチかだがやるしかない」

「バテル様を信じます」


 イオは再びこぶしを振り上げ、ディアナに向かって突進し、バテルは地面に手をついて、錬成陣を展開する。


「あはは! 何度やっても同じよ!」


 ディアナは愉快そうにイオを黄金の剣で迎え撃つ。


「イオ、これを使え!」


 バテルが錬成陣に魔力を流し込むと、イオは拳から肩まで覆うガントレットを纏う。


 黄金のガントレットは、城壁を材料に錬成したイオのための新しい武器だ。


「これなら!」


 イオは魔力を込めた拳を撃ちだす。


 ディアナは黄金の剣で受け止めようとするが、剣は無残にも砕け散り、イオの拳はディアナの露出した胸部にまで到達した。


 そのまま、その拳に込められた魔力を解放し、ディアナに魔力の衝撃波を加える。


「鎧がなくても!」


 ディアナは再び衝撃波をその膨大な魔力を持って打ち消そうとするが、吹き飛ばされてしまう。


「くっ! かはっ! なんで……」


 確かに、ディアナはイオの魔帝掌を打ち消した。


 一回目は成功したが、間髪入れずに二回の衝撃波がディアナを襲った。


 イオは一撃で三回魔帝掌を打ち込んだのだ。


「バテル様のガントレットの力です」

「そんなもの壊してしまえば!」


 ディアナが反撃しようと両手に魔術陣を展開した時、バテルが巨大な錬成陣を展開する。


「後で直すから勘弁してくれよ。錬成!」


 一枚の金貨が、錬成陣に落ちて、溶けた。


 錬成陣からあふれ出した魔力が城壁を覆い、その形を変えていく。


 バテルは城壁をまるごと材料に使い、三人をすっぽりと覆うほどのドームを錬成した。


「しまった。ガントレットはただのブラフね」


 ドームはすべての光を遮って暗闇を作り出し、ディアナだけが光りを放っている。


 ガントレットは注意を引いて、ドームを錬成する隙を作るためのブラフだ。


「視界を遮るつもり? でも今の私は魔力の流れだけであなたたちの動きを読めるわ」


 嘲笑するディアナにバテルは首を振る。


「姉上、あなたの負けです」

「なにを馬鹿な事を……うっ、なぜ魔力が……」


 暗闇に支配された途端、ディアナの輝きは徐々に弱まり、湧き上がっていた膨大な魔力が消え去った。


 両手に展開していた魔術陣も消滅する。


「これで終わりです!」


 そのすきを見逃さず、ディアナの兜をイオが拳でたたき割った。


「流石ね。イオちゃん、バテルちゃん、楽しかったわ……」


 二つになった兜は地面に落ち、禍々しい漆黒の鎧は光の粒子となって消え、ディアナは満足そうにその場で倒れた。

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