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呪いの兜

「ふわぁあ。もうすぐ日が昇るわね。早く寝ないと」


 仕事を終えたディアナは、あくびをしながら執務室を出る。


 もうすぐ夜明けだ。


 当主としてディエルナや領内を切り盛りするディアナは、毎日、目が回るほど忙しいが、寝ずに仕事にかかりきりというわけではない。


 日光に弱い彼女は、日が沈み始めたころに起床し、日が昇り始める前には寝る。


 これがディアナにとっての日常だ。


「そうだ。バテルちゃんとイオちゃんにも無理をしないように言わないと。あの子たち放っておくといつまでも働いているんだから」


 ディアナはゆっくりとバテルの部屋に向かう。


 バテルとイオは、働き者だが、なにかに夢中になると我を忘れて、体のことも考えずに、働き続けてしまう。


 バテルとイオは、立派に成長しているとはいえ、まだ子供だ。


 ディアナは二人のことが心配だった。


 仕事も大事だが、体を壊しては元も子もない。


 バテルとイオの親代わりになっているディアナとしては、二人には子供らしく順当に成長して欲しいのである。


(二人に無理させているのは、私なのだけれど……)


 バテルが買って出たことなのだが、ディエルナの問題を弟に全て押しつけてしまっているとディアナは気に病んでいた。


 自分はその体質ゆえに外にも出ることもままならない。


 バテルなら姉上はしっかりやっているというだろうが、バテルとイオが成果をあげれば、あげるほど、ディアナは自責の念に駆られていた。


「あれは……」


 もう夜明け前だというのに、バテルの部屋の前に、イオが立っている。


「イオちゃん。どうしたのそんなところで――――って寝ているわね」


 ディアナは、直立不動のイオの前で、手を振ってみるが、イオはピクリとも動かない。


「ふふ、立ったまま寝るなんて器用な子ね。従者だからってこんなところに居なくてもいいのに少し真面目すぎるわ。自分のことももっと大切にしてもらわないと」


 ディアナは、肩から掛けていたショールを冷えないようにイオにかける。


「バテルちゃんもイオちゃんみたいな子に一生のうちに出会えるなんてこんな幸運なことはないのだからもっと大切にしてあげなくちゃ」


 ディアナは起こさないようイオの頭をなでる。


(二人はただ、がむしゃらに頑張っているだけ、それなのに私は嫌な女。ますます自分が嫌いになりそう……)


 優秀な人間の多いクラディウス家の中でも、ディアナは影の薄い存在だった。


 生まれてからずっと、屋敷にこもりがち。


 家族はみな優しくしてくれたが、兄たちのように縦横無尽の活躍をできないことをディアナは悔しく思っていた。


 嫁ぎ先も見つからなかったディアナは、ある日、父親から領地を任された。


 家族は総出で戦場に出ていたし、バテルもまだ幼かった。消去法的に自分が選ばれたのだろう。


 だが、その時の感動と喜びを忘れることはない。


 クラディウス家にとって重荷でしかなかった自分がようやく必要とされたのだ。


 期待に応えようと懸命にやってきた。


 ダルキア地方は難しい場所だが、領地を任された時から比べて、ディエルナは着実に発展してきた。


 ディアナも自分に誇りを持てるようになっていた。


 だが、父と二人の兄が戦死し、遠征軍が壊滅した日、ディエルナの状況は悪化した。それまで積み上げてきたものは一挙に崩れ去り、マイナスからのやり直しになった。


 絶望していたが、そんな姿をバテルに見せるわけにはいかない。


 必死に挽回しようとしたが、最後に希望をもたらしたのはバテルだった。


 喜びと同時に劣等感にも襲われた。


 バテルやイオが自分など比べ物にならないほど非凡な才能の持ち主であることはわかっていた。


 それでも、バテルは自分が長い時間をかけてきた成果をすぐに飛び越えてしまったことにショックを受け、時折、自分の子供のように可愛がってきた弟に嫉妬心すら抱いていることに、ディアナは気づき始めていた。


(そんな自分が私は大嫌い)


「いけない。もっとしっかりしないと」


 ディアナは、頬を叩いて気合いを入れなおす。

 

 どれだけ自分が非力でも、ディエルナを、バテルとイオを守る。

 

 兄レウスが死んだ日、そう誓った。


 部屋の扉の隙間から、かすかに光が漏れている。


 バテルは、まだ作業をしているのだろう。


 早く休ませようとディアナは、扉を叩く。


「バテルちゃん。いるんでしょう? 入るわよ」

「わあああああ!」


 ドアノブに手をかけた時、部屋からバテルの悲鳴が聞こえてきた。


 ディアナは急いで中に入ろうと扉をこじ開けようとする。


「バテルちゃん! 開かない……バテルちゃん、どうしたの?!」

「はっ。バテル様。いけない。私。寝ちゃってた」


 口元からだらしなくよだれを垂らしていたイオは騒ぎに目を覚ます。


「あれ、ディアナ様?」

「イオちゃん。部屋からバテルちゃんの叫び声が……」

「バテル様!」


 イオはディアナの言葉を聞くと間髪入れずに、バテルの部屋の扉を蹴破る。


「駄目だ。来ちゃいけない!」


 バテルは叫ぶ。


 その手から逃げ出すように、何かが、イオに向かって高速で飛翔する。


 咄嗟のことだったが、イオは超人的な反射神経で、その飛翔物体を捉え、ディアナに害が及ばないように受け止めた。


「しまった!」


 が、飛翔物体は、イオの怪力をはねのけ、ディアナを直撃した。


「姉さん!」

「ディアナ様!」


 兜のような飛翔物体は、ディアナの頭にすっぽりとはまっていた。


「なにこれ……うう、外せないわ」


 ディアナはとりついた兜はぶかぶかだが、外そうにも、びくともしない。


 それどころか兜から黒い魔力があふれ出し、その形をディアナに合わせて変化していく。


「バテル……ちゃん……」

「姉さん!」


 苦しみもがいていたディアナの手がだらんと落ち、兜の奥でディアナの真紅の瞳が光った。


 すると突如、ディアナは魔術陣を展開し、魔力を弾丸状に圧縮した魔弾を打ち出した。


 イオは拳に魔力を込め、魔帝掌の衝撃をもって無数の魔弾を迎撃する。


 衝突によって魔弾は爆発し、屋敷の天井は崩落。煙が視界を遮る。


「ディアナ様が消えた? バテル様、大丈夫ですか?」

「なんとか」


 煙が晴れるとディアナの姿は消え、バテルは床にひっくり返っていた。


 周りを見ましてもディアナの姿は見当たらない。


「申し訳ありません。バテル様。私がいながら」

「俺も咄嗟のことで対応できなかった。落ち度は俺にある」


 二人とも責任を感じうつむいてしまう。


「今は、落ち込んでいる場合じゃないな」

「バテル様、あれはいったい? ディアナ様に一体なにが?」

「兜が姉上にとりついて暴走している。わかるのはそれだけだな」


 ディアナは兜を外すことができずに、正気を失っていた。


 でなければ、イオとバテルに対して、しかも屋敷の中で、魔術(マギア)を行使することはありえない。


「あの兜はバテル様が作った物ですよね?」

「そうだ、あれは俺がゴーレムになるために作った兜だ」

「本当にバテル様はゴーレムになろうとしていたのですね」

「何か勘違いしてないか? なにも本当にゴーレムになるってわけじゃない。あれは人間が着るタイプのゴーレム、ゴーレムアーマー。その試作品だ」


 バテルは錬成陣を展開すると、ポケットから取り出した小金貨を一枚溶かし、まわりのがれきから鎧を錬成。自分の体に装着していく。


 騎士の甲冑をほうふつとさせるデザインの鎧だ。派手な兜こそないが、美しい紺碧色の鎧には、流線型の文様が刻まれ、錬金術師(アルケミスト)らしい金色で、彩られている。


「これがゴーレムアーマー……」

「もっといい名前はあとで考えるとして。早く姉上を探そう。イオ。場所はわかるか」

「やってみます」


 イオは、崩落してできた天井の穴から夜空に飛び上がり、薄い魔力の波を起こす。


 魔力の波は町全体に広がり、強い魔力を帯びたものにぶつかると跳ね返ってくる。その性質を利用して、いなくなったディアナの位置を探る。


「いました。城壁の上です」

「もうそんなところにまで、早く姉上を助けに行かないと」

「バテル様、私にお任せください」

「大丈夫だ。こいつがあれば、俺もついていける。道案内を頼む」


 バテルは組みあがったばかりの鎧を叩く。


「わかりました。一直線に向かいます」


 イオは、飛び上がり、建物の屋根の間をジャンプしながら目的地に向かう。


 バテルは、鎧の各部についた噴出口から魔力を吐き出し、それを推進力として空に飛び上がる。


 お手製の魔力回路を刻み込んだこのゴーレムアーマーを装着していれば、錬金術(アルケミア)しか使えないバテルでも、魔力を使って自由に空を飛ぶことが可能だ。


「制御は難しいし、魔力の消耗も激しいでも、姉上を助けるには十分だ」


 バテルはどうにか屋根伝いに駆けるイオと平行に飛ぶ。


 ゴーレムアーマーはまだ粗削りで、燃費が悪くバテルの無尽蔵の魔力量をもってしても消耗が激しい。が、今は時間がない。


「あの時、なにがあったんですか?」

「このゴーレムアーマーのミニチュアを作ってテストをしていたんだ。ようやくテストが終わって休もうかと思ったが、どうにも早く試したくなってな」

「それで兜を」

「そこまでは覚えている。寝ぼけてあの兜を錬成するときに源素(アルケー)の比率を間違えたのかもしれない。そしたら突然暴走し始めて」


 過労がたたったのか、バテルの体力は限界だった。


 魔力は無尽蔵に使うことができても、体力は有限だ。


 しかし、バテルの強烈な好奇心は、たとえ彼が気を失おうとも止まることはなかった。


「だけど普通、それくらいで兜がひとりでに動くものか?」


 ディアナにとりついた兜はゴーレムアーマーの一部に過ぎない。所詮はただの鎧だ。自律して行動できるほど複雑な構造をしているわけでもない。


 その兜が、まるで意思を持ったかのように飛んで、ディアナにとりついた。


 そんなことは、バテルの錬金術(アルケミア)の常識では、ありえない。


 バテルの理解を超えていたが、ろくでもないことが起こっているのは容易に想像できた。


 それにもうすぐ、夜が明ける。


 雲一つない澄み切った空。


 星々の光だけでもディアナにとってはつらいだろう。


 幸い新月で月は輝いていないが、太陽が顔を出せば、同じことだ。


 このままではディアナが危険だ。


 バテルとイオは急いでディアナを追いかける。

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