俺がゴーレムだ
「ベルトラ、姉上は!?」
「ああ、バテル様。今は部屋でお休みになられています。お止めしたのですが、近頃は日中も働くことが多く無理がたたったようです」
宵闇の姫君、吸血姫とまで称されるほどに極端にひきこもりで夜型なディアナは、滅多なことでは、昼に起きなかった。
「このベルトラがついていながら申し訳ありません」
「いや、いいんだ。悪いのは俺なんだ。姉上にいつも無理をさせてしまう」
バテルが今より幼かったころ、ディアナは、花を見たいと、言い出した。
花を育てているのに、日の光の下で見ることのできないディアナの願いをかなえるために、バテルは奔走した。
前世からの知識を総動員して、日光対策をしたが、さんさんと照りつける太陽の前に、無意味だった。
弟をがっかりさせないようディアナは、外に出たが、案の定三十分も経たないうちにダウンし、その後、一週間寝込んで、家中騒然としたのをよく覚えている。
それからは、迷惑をかけるからとディアナは夜以外、外に出て活動することはない。
治療法どころか原因もわからないままだが、もし錬金術研究の果てに賢者の石を作ることができたら、いの一番にディアナに使おうと考えている。
日が暮れるとディアナが目覚めた。
「ごめんなさい。バテルちゃん、イオちゃん。余計な心配をかけたわ」
相変わらずディアナは、病的に白い肌のままだが、少し回復したのか、ハーブティを飲んでリラックスしている。
「そんなことはありません。姉上、体は、もう大丈夫なんですか?」
「ええ、すっかり。私も成長しているのよ。今日は昼間でも10分もったわ。それにこのシンセンさんに煎じてもらったハーブティがよく効くの」
「は? シンセン……なぜ、姉上がシンセン師匠の名前を? もしかして姉上は、シンセン師匠にお会いしたことが、あるのですか?」
「ええ、あるわよ。もう何度も」
「あのお師匠様が森から出てくるなんて」
意外な事実にバテルとイオは驚く。
引きこもりのディアナと同様、シンセンも百年間、森に籠りきりというその道のプロだ。
そんな近くにはいても、およそ出会わないであろう二人がすでに出会っていて、贈り物をやり取りする中になっている。
「当然でしょう。二人の保護者としてご挨拶はしないと。まさか、あんなに可愛いお方が、あなたたちのお師匠さんだったなんて、最初はびっくりしたけれど、夜になるとたまに遊びに来るのよ。最近、弟子たちが構ってくれないってね」
ディアナはまるで母親のような微笑を浮かべる。
すでにこの世にない二人の母代わりであるという自負が、ディアナにはあるのだろう。
ある晩、突然、屋敷に現れたシンセンをディアナは、敵と勘違いし、満月の元、激戦を繰り広げたのだが、それをディアナは語らない。
紆余曲折あって馬の合った二人は、よく話をする友人のような関係になった。屋敷にこもりがちだったディアナにとっては、年齢は離れているが、初めての友達だ。
「師匠がそんなことを……」
「もちろん、直接は言ってないけど、わかるのよ。友達だから……ね!」
ディアナはウィンクをする。
確かにバテルもイオも、最近は領地での仕事にかまけて、シンセンとの修行の時間は短い。
「お師匠様も案外、寂しがり屋ですね」
イオはくすくすと笑う。
これでも二人は、毎日のように稽古に行っているのだが、それが一日中から午前中だけになってしまったことがシンセンにとっては不満らしい。
「今度は師匠とゆっくり飯でも食うか」
師匠思いのバテルはそう言った。
「姉上、申し訳ありません」
バテルは暗い表情になる。
「俺が無理に農場を拡張したせいで、姉上にも負担が」
「気にしないで、たいしたことじゃないわ。農場に石畳の道路。城壁の拡張も。バテルちゃんとイオちゃんの活躍のおかげでディエルナは豊かになっているわ」
ディアナは二人をほめたたえる。
実際、軌道に乗り始めた農場は、ディエルナを大いに潤し、すべての家庭でおかずが一品増えた。
ディエルナから農場までのアクセスをよくするためにバテルが錬金術を使って、敷いた石畳の道路も好評のようだ。
大量に収穫された作物をディエルナに運ぶのに石畳の道路は大きく貢献している。
「しかし、事務作業も増え、姉上の負担に。せめて人手がもっといれば、姉上の負担も軽くなるのですが」
「しようがないわ。ないものねだりをしても仕方ないものね」
「はい」
「最近は、異民族の侵入もあまり起こっていないみたいね。国境は平和そのものらしいわ。けれど、ちょっと不気味なの」
ディアナは、地図を取り出すと二人の姉から領主代理の顔に戻り、説明を始める。
「国境線を超えた北には多くの異民族が住んでいたの。それで帝国に侵入を繰り返していた」
北の国境線、帝国防衛の最前線だ。
国境線より北方には、異民族である獣人の部族が数多く暮らし、そのさらに北には恐ろしい魔物が多く住んでいるという。
「それが、遠征軍が壊滅した日、父上や兄上たちが戦死されたあの時から、ぱたりと異民族は攻めてこなくなった」
「異民族に大打撃を与えたんでしょうか。今後数年は立ち直れないほどに」
「異民族に勝ったなら、レウス兄上はあんな顔で死んだりしないわ」
「北で何かが起こっているようですね」
「そうね。レウス兄上が残した最後の言葉、魔王それにウロボロス。これが何かわかれば、あの日何があったのか、今何が起こっているのかわかる気がするのだけれど」
「魔王といえば五百年前、建国帝ロムルス・レクス様が倒したとされる魔王の話がありますが、詳しくはわからず。ウロボロスも師匠から聞いた西の錬金術師たちのシンボルである尾を咥えた龍の紋章としか」
「手がかりが少ないし、調べている余裕もない。今はできる範囲でできるだけのことをやりましょう」
ディアナの顔に笑顔が戻った。
ディアナに分けてもらったハーブティを自室で楽しみながらバテルは策を練っていた。
「農場の生産力アップ、街道の警備、新しい軍隊の整備、北方の探索、帝都での情報収集。やることは山積みだが、何もかも足りないな。特に人がいない」
バテルは頭を抱える。
遠征軍の壊滅からというものディエルナを常に苦しめてきた問題だ。
「ごめんなさい。私がもっとお役に立てれば……」
申し訳なさそうにイオの耳が垂れている。
「何を言っているんだ。イオには十分すぎるほど助けてもらっているよ。これ以上イオに負担をかけたら天罰が下るよ。ありがとう」
「バテル様だってすごく頑張っていると思います」
イオは目を潤ます。
「ああ、俺たちは頑張っている。でも、俺もイオも体は一つだ。俺たちで全部カバーするのは限界がある。ゴーレムで解決できないかと思っているんだが」
「農場も警備ももうバテル様のゴーレムなしには何もできません」
イオは自分のことのように誇らしげに言う。
ディエルナにおいて、バテルのゴーレムは農場で作業から城壁、警備に至るまで様々な場所で活用されている。
ディエルナの復興と発展は、バテルのゴーレムなしに語ることはできない。
「そうだ。ゴーレムは最高だ。最高なんだ。だいたいのことはゴーレムたちで解決できる」
鼻息荒く興奮しながらバテルはゴーレムを語る。
錬金術をシンセンから伝授されたバテルは特にその有用性からゴーレムに関心を持ち、研究に没頭してきた。
「だけど、それが問題でもある」
「問題ですか?」
「ああ、良くも悪くも今のゴーレムはまだ俺頼りなんだ。ゴーレムは必ず誰かが魔力を供給してやらなくちゃならない」
「でも、ゴーレムにも私たちみたいに魔力回路がありますよね。自分で魔力を貯めたり、出したりできないんですか?」
人間であるバテルや獣人であるイオには魔力回路という機関が備わっている。大気中に満ちる魔力を体に取り込み、それを放出できるこの世界の生物特有の器官だ。
「確かにゴーレムにも魔力回路はある。魔力で動くものには必ず魔力回路が必要だ。でも、ゴーレムの魔力回路は不完全。俺たちみたいに魔力を外から吸収するなんて真似はできない」
「どうしてですか?」
「ここ、魔力供給の要である心臓を完ぺきに再現できないからだ」
バテルは自分の胸を指さす。
「核に魔結晶を使った自律型も悪くはないが、まだまだ性能が悪い。コストもかかる」
魔結晶は天然に採掘される魔力の結晶体である。
これを使えばゴーレムに魔力回路を搭載することができるが、安定した大きさの魔結晶はかなり高級で財政難のディエルナで用意することは難しい。
「魔力供給以外にも問題はある。指揮官の不足だ。騎士ゴーレムがいくら強くても数が多くても、適切な指示を出すにはやっぱり人間がいる。ここが人手不足だからいくら作っても宝の持ち腐れだよ」
バテルはイオの淹れてくれたハーブティをすする。
「それに俺も問題だ」
「バテル様?」
皿に並べたクッキーに甘いイチゴのジャムを乗せながら、イオは小首をかしげる。
「ゴーレムを維持したり作ったりできるのは俺だけ。ゴーレムの数がいくら多くても、ゴーレムがどれほど強くても、俺がやられれば、それで負けだ」
バテルは大規模なゴーレム軍団を作り出して、敵を圧倒する。
しかしバテルが打ち取られてしまえば、ゴーレム軍団は、ただの人形の山になってしまう。
いくら錬金術を上達させても、強くなるのは、ゴーレムばかり。バテルは昔のままだ。
シンセンの修行のおかげで体力はついたのだが、身体能力強化にたけるイオのような戦士や、強大な魔術を行使するディアナのような魔導士に比べれば、個人の戦闘力は一般人とさして変わらない。
バテルは苦々しい表情でクッキーをかじる。
「うまいな。イオが作ったのか?」
「えへへ。バテル様が、台所の魔道具を新調してくれたので作ってみました」
イオは、二枚目のクッキーを口に運ぶバテルを見て、笑みを浮かべる。
バテルが作った魔導オーブンや魔導コンロは非常に使い勝手がよい。温度の管理が容易で、焼きムラもない。誰がクッキーを焼いても、数段いい出来になる。料理上手なイオならなおさらだ。
「モノ作りは得意なんだけどな。せめて、身体能力強化の魔術だけでも使えたらよかったんだが」
「大丈夫です。バテル様のことは私が命に代えても守ります」
「イオがそばにいてくれるなら安心だ。でも、俺だって男だ。イオに守られてばかりは情けない。俺がイオを守れるくらいに強くなりたいさ」
「バテル様……」
イオは頬を紅色に染める。
バテルに仕えるものとしてバテルを守ることは当然だし、バテルに守られるようなことがあってはならないとイオの従者としての誇りが主張するが、顔の緩みは抑えられない。
「バ、バテル様だって十分強いです。騎士ゴーレムの軍団だって紛れもないバテル様の実力なんですから。バテル様を倒せる敵なんていません! バテル様は強いです!」
イオはぐいっとバテルに迫り主張する。
「イオ。まだ俺たちはまともに戦ったことがあるわけじゃないんだ。油断は禁物だぞ」
「でも、なんだか。納得いきませんね。バテル様は魔力がいっぱいあるのに。バテル様が作るゴーレムの方がバテル様より強いなんて」
イオは不満げな表情でクッキーを口に放り込む。
「まったくだよ。俺はゴーレムならいくらでも強くできる自信があるんだけどな。……いや、待てよ」
錬金術はモノ作りに役立つ。強力な武器も作れる。なんでも作れる。
固定観念にとらわれていた。柔軟な思考次第でいくらでも解決策はある。
「そうだ。俺のゴーレムは強い。だが、俺は弱い。解決策はたった一つじゃないか! 思いついたぞ、イオ!」
なにかを閃いたバテルが勢いよく立ち上がる。
「俺がゴーレムになればいいんだ!」
「へ? バテル様がゴーレムになる?」
イオは、食べかけのクッキーを手から滑らせて、落としてしまう。
ぽかんと口を開けて、手を突き上げたバテルを見上げる。
「そうと決まれば、さっそくやるぞ!」
バテルは、皿を持ちあげて、クッキーをすべて口に流しこみ、バリバリとかみ砕くと、ティーポットをラッパ飲みにして、胃に流し込む。
エネルギー補給を終えると、錬成陣を展開し、ゴーレムづくりに没頭し始めた。
「バテル様? バテル様! もう聞こえてないか……」
イオが問いかけるがその答えが返ってくることはない。
バテルは一度こうなると、電池切れで倒れるか、なにかが完成するまで止まらない。
(かなりのゴーレム好きだとは思っていたけど、まさか本当にゴーレムになるつもりじゃ……)
バテルがゴーレムのことになると見境のないゴーレム狂いであることは、ディエルナのだれもが知っている。
バテルのゴーレム狂いには、一番の理解者であるイオですら、時折、わからなくなることがある。
ゴーレムになる。これが比喩表現なのか。それとも本気なのか。
普通ならあり得ないと思うが、バテルだからこそやりかねないという不安がイオの中によぎる。
(もし、そうなら私が止めないと……)
イオは、いざとなったら殴ってでも止めようと一晩中、バテルの部屋の前に待機していた。
「いいや、ここはこうしたほうがいいんじゃないか、いや、ダメだ。そうなるとこっちがうまくつながらないかぁ」
その夜、クラディウス家の屋敷には、バテルが部屋で一人、自分と議論する声が響き渡った。