従者の秘密
領地経営も軌道に乗り、昨年からは特に力を注いでいた農業で初めて収穫物を得た。
ディエルナの農業生産力は飛躍的に向上したといっていい。
ディエルナ近くの川のほとり、着々と農場が作られている現場で、重厚な城壁が、土煙をたてながら、ひとりでに動いていた。
「もう少しこっちか? よし、ここでいいぞ」
移動していた城壁は、自分が城壁であることを思い出したように、静止した。
「この可動式の城壁は便利ですね。一体どうやっているんです?」
農業の責任者に抜擢されたマルコ青年が、広大な農場を囲うように並んだ城壁を見上げる。
「これもゴーレムだよ。城壁を城壁型のゴーレムにしてしまえば、勝手に移動してくれるし、拡張も簡単だ。それでいて、並みの盗賊じゃ突破できないほど頑丈だ」
「はあ、ゴーレムって便利なんですねえ」
「我ながら天才的だな」
鼻高々に、バテルは城壁をこつんと叩く。
この城壁もバテルが作ったゴーレムだ。
キャタピラのような足を隠して、動いていないときは、まさに石の城壁そのもので、もはやこれをゴーレムと呼んでいいのかはわからないが、バテルは錬金術で作った動くものを総称してゴーレムと呼んでいる。
一時的な城壁だが、これからさらに拡張することも考えれば、普通の城壁と違って移動が自由な城壁型ゴーレムはもってこいだ。
「おっと。そろそろ日も沈み始めるな。マルコ。みんなを集めて飯の準備をしていてくれ」
バテルは、マルコ以外にもディエルナから何名か、人手を借りている。
ゴーレムたちは魔力さえ与えれば単純労働を永遠とこなしてくれるが、うまく扱うには、やはりゴーレムたちに命令を下す人間が必要不可欠だ。
「わかりました」
「俺はイオを迎えに行ってくるよ」
バテルは、後のことはマルコに任せると別の区画で整地作業をしているイオを呼びに行くために、護衛用の騎士ゴーレムたちを四体ほど錬成する。
早朝から昼にかけては、シンセンの下で修業し、そのあとはマルコたちと合流して、農場を建設したり、錬金術を使って道路の整備をしたりしている。
日が暮れれば、夜中まで魔力の許す限り、錬金術の新たな使い方やゴーレムの研究に没頭している。
以上が、最近のバテルの日課だ。超人的な働きぶりである。
(いちいち護衛のゴーレムを作るのは面倒だな。自分が強くなる方法も考えないと)
一角の錬金術の使い手となり、小さな軍隊規模の軍事力を有するバテルだが、バテル自身はあまり強くなっていない。
錬金術師はもともと研究職で、ゴーレム以外ほとんど戦う手段がないため当然といえば当然だが、バテルは、自分の非力さを嘆いていた。
もし虚を突かれて腕のある盗賊に襲われでもしたら終わりだ。
(自分が強くなる方法か。だけど、俺にできるのは錬金術だけ。碌な魔術も使えなけりゃ剣だって多少はできるが、戦場で生き抜くのはとても無理だ。どうしたもんか)
解決策を考え続けているが一向に浮かんでこない。
いくら考えてもバテルに誇れるものは錬金術とゴーレムしかない。
ぶつぶつと口にだして考えを整理しているとすぐに目的の場所にたどり着く。
「おお、今日も派手にやっているみたいだな」
すでに開墾が進んでいるのか砕かれた岩が散乱し、大木はなぎ倒されている。
だが、イオの姿が見えない。
(いつもなら、もう待っていてもいいはずだけど、珍しく熱中しているみたいだな)
「お、いたいた。ん?」
イオが静かにたたずんでいた。周りには三つの巨岩がある。
「すう———」
深く深呼吸するとイオの周りが魔力で満ちる。
大気中にただよう膨大な魔力を体内に取り込み激しく循環させ、身体能力を引き上げる。
「はあああああ、たあ!」
まず、こぶしを握り締めて、最初の岩に一撃。
音もなく何も起こらなかったかと思うと次の瞬間、巨岩は破裂するように粉々に砕け散った。
その衝撃波でバテルの髪が揺れる。
これがシンセンから教えを受けたイオの魔帝掌の力。
魔力を込めた全身全霊の一撃は、対象物を内部から爆散させる。
魔力を操って目にもとまらぬ速さで滑るように移動し、次は蹴りで
「とう!」
その次はまた拳で
「てい!」
巨岩は尽く粉砕された。
「ふふーん、最高!」
一仕事を終えたやり終えたイオは、興奮状態そのままにガッツポーズをして喜ぶ。
「遅くなっちゃた。早くバテル様のところに戻らないと……」
返り血をぬぐいながら上機嫌のイオが、振り返ると迎えに来ていたバテルと目が合う。
「あ」
気の利いた言葉が出なかった。
人のプライベートを覗いてしまったようで、気まずい。
「きゃあああ! バテル様、なんで!?」
赤面したイオは顔を手で覆い、しゃがみ込む。
「いや、遅かったから迎えに行こうと思ったんだが、邪魔だったかな。はは」
「いつから見てました?」
「ついさっき来たところだよ」
「どこから見てました」
イオはしゃがんだまま涙目の上目遣いで、バテルをにらむ。
「三つのでかい岩を壊して、ガッツポーズを決めるとこまで」
「ほとんど全部じゃないですか」
顔を真っ赤に染めたまま抗議する。
「なにも恥ずかしがることないじゃないか。あんな岩を全部一撃で簡単に壊せる豪傑はイオ以外いないぞ」
この男、不器用なりにフォローをしたつもりである。
イオには、大昔にクラディウス家と熾烈な争いを繰り広げた血が通っているだけあって戦闘中毒者のきらいがある。
それにたまには羽目を外したくなることもあるだろう。
バテルのつたないフォローは思春期まっさかりのイオには、痛恨の一撃となった。
「豪傑……それって私が、怪力娘ってことですか?」
「いや、そんなことは言ってないが……」
「絶対そうです! 私は魔物を倒して喜ぶ怪力娘……」
この頃イオは、色気づいてきたのか、人目を気にするようになってきた。
修行に明け暮れていたばかりだったせいか、同年代の女の子との交流が少なく、町の少女たちを見るたび自分が少女として一歩立ち遅れていると思い始めたらしい。
(男の子は強い女の子よりもおしとやかで愛らしい女の子が好きだと聞きました。私は、毎日、修行に盗賊狩り。大事なお役目とはいえ、血なまぐさい性格。戦うことは嫌いじゃないけれど、それじゃあバテル様に……。いえ、私の強さをお褒め頂いているのだからむしろ従者としては喜ぶべきことなのに……)
もちろん、戦いは好きだ。バテルの従者である以上、強くあるべきであり役目に忠実なのは美徳である。だが、イオに芽生え始めた別の感情が、イオを惑わせている。
「恥ずかしがることないぞ。イオ。むしろ、無邪気に戦う姿はかわいい。ほら、あれだ。女の子っぽくて」
バテルも、イオが最近、少女らしさがないと嘆いていることには気づいている。ミスに気づき慌てて、修正する。
もっともバテルからすれば、イオほど、容姿、体形共に大いに恵まれており、おだやかで、仕事もてきぱきとこなす秀才はいない。
女性的な魅力においても、その純粋さゆえに、あのシンセンをたぶらかすほどの魔性がある。
「ほ、本当ですか?」
目を潤ませて、見上げてくるイオにバテルもたじたじになる。
「あ、ああ、本当だ。イオほどかわいらしい豪傑が帝国にいるもんか」
「ふへ、私ほどの可愛らしい豪傑はいないかぁ」
「それに俺と師匠が作った体だ。俺も誇らしいよ」
「そう。この体がバテル様からいただいたものですもんね。ふへへ」
バテルは口下手な男で、人のおだて方というものをはき違えているが、イオもイオだ。
一言二言で、イオの顔はだらしなくふにゃふにゃになってしまう。
二人の先行き憂いているシンセンがこの惨状を見れば、大きなため息をつくだろう。
「マルコたちが待っているぞ。早く行こう」
「えへへ。可愛い。可愛いかぁ」
自分の世界に入ってしまったイオをバテルは引きずりながら、農場へ戻った。
農場に戻るとマルコが血相変えて二人のもとに走ってきた。
「バテル様。一大事です!」
「どうした。マルコ。そんなに慌てて」
「いえ、それが、ディアナ様が倒れたと」
「姉上が!? 本当なのか?」
バテルは取り乱す。
「バテル様。急がないとディアナ様が……」
「まだ、日は出ているか。屋敷に戻るぞ」
バテルとイオは、一目散に姉ディアナの待つ農場へと駆けだした。