錬金農業
バテルはさっそくイオとともに、借り受けた土地の視察に来た。
ディアナから護衛と案内役を任された老臣ベルトラ他、数名の護衛が共に来ている。
ベルトラは、かつて百人隊長を務め、バテルの祖父、二代前のクラディウス伯のころから前線で剣を振るった忠臣だ。
老境に差し掛かったおり、足手まといになる、と百人隊長を辞してディエルナに戻り、現在はディアナの補佐をしている。
戦続きのせいで、ディエルナにいる家臣たちは、ベルトラのような戦えなくなった老人かわずかばかりの新米だけだ。
(バテル様は英邁な子であるが、はてさて一体何をなさるおつもりなのか……)
ベルトラは、バテルの領地改革には、懐疑的であった。バテルの子供離れした聡明さは知っていたが、所詮はまだ戦場で戦ったこともない子供だ。
(ディアナ様でも手に負えぬ、このディエルナをどうにかできるとはとても……)
ベルトラは幼い坊ちゃんの勇み足程度にしか思っていない。
「見事になにもないな」
バテルの眼前には、手つかずの荒涼とした大地が広がっている。
ディエルナの町は、帝都ロムティアを始点として、ダルキア属州を縦断し、ディエルナ伯たちが戦っている北の国境まで続く、街道の中腹にある。
町の周りには、畑が広がっているが、いずれも、城壁にほど近いところまでしかない。
土地は大いに余っているのだが、人手がないうえに、やせた大地を苦労して開墾したところで労働投入量に対する生産量が見合わない。
「起伏が少なく開けているし、川も近く、農業用水を確保しやすい。農業にはもってこいの場所だ」
「しかし、これほどの広さの土地。一体、いかようにして開拓されるおつもりですかな」
「バテル様なら大丈夫です」
イオの有無を言わさぬ忠義に満ちた迫力ある眼光に老練なベルトラも押し黙らざるを得ない。
「見ていてくれれば、わかるさ」
バテルは、手を広げ地面に巨大な錬成陣を展開する。
「「おお!」」
護衛の兵士たちは、見たこともない巨大な魔術陣に、驚きの声をあげる。
実際には錬成陣であるが、錬金術を知らない者からすれば魔術陣にしか見えない。
「なんと!」
バテルの錬成陣の巨大さに、長年、戦場でベテラン魔導士たちの絶技を見てきたベルトラも舌を巻く。
(バテル様にこれほどの魔術の才が、奥方様をも超えるかもしれん)
錬金術を知らないベルトラは、バテルの錬成陣を魔術と理解しているが、ベルトラも愚か者ではない。バテルの技を見て、すぐに考えを改めた。
(このお方ならばもしや)
歴史に名を遺す大英雄になるではあるまいかとそこまで、ベルトラは唸った。
バテルの巨大錬成陣には、それほどの迫力がある。
「錬成!」
錬成陣は、黄金の輝きを放ち、周りの土をかき集めて、ゴーレムの軍団を作り上げていく。
瞬く間に出来上がったゴーレムの数は三百を超える。
バテルのゴーレム技術は進化していた。
一度に錬成できる数は日増しに増加し、性能も格段に上がった。
ゴーレムの体は鋼鉄でできており、もう土人形とは呼べない。
単調な行動ならある程度は自律的にこなせるようになっている。
種類も様々で主に運搬を担う車輪付きのゴーレムから農作業用に設計したクワ持ちのゴーレム。
魔力をより多く注ぎ込んで、体を鋼鉄製に錬成したフルプレートの騎士のようなゴーレムもいる。
その圧倒的な数と威容は、さながら一個の軍隊のようだ。
「また、あの騎士ゴーレムと戦いたいです」
イオは騎士ゴーレムを見て、戦いの興奮を思い出し、こぶしを握り締める。
シンセンの下で修業に明け暮れるうちに、かつてクラディウス家としのぎを削った武闘派獣人の血が騒ぐのかイオもすっかり戦闘狂になっている。
「こらこら、今日は畑仕事に来たんだ。それはまた今度な」
バテルにとっても騎士ゴーレムは特に思い入れがある。
イオと何度も戦って、より高度な戦闘が行えるように、改良し続けた。
シンセンに、太鼓判を押されたイオの戦闘力にはまだ遠く及ばないが、数十体でかかれば、イオも満足する修行相手になる程度には強い。
その姿も洗練され、重厚感あるデザインでフルプレートの騎士鎧を思わせる。不格好なマスコットキャラのようだった初期のゴーレムに比べれば、雲泥の差だ。
「ざっと三百体だが、今はこれで十分だろう。ただ魔力を俺が供給しないといけないのが面倒だな。俺のゴーレムもまだまだだ」
ゴーレムは指示さえ出せば、ある程度自律的に行動できるが、魔力の供給は外部に頼らなくてはならない。このゴーレム軍団の魔力はすべて、バテルを供給源としている。
「これだけのゴーレムを一度に作って動かせるだけでも、すごいと思いますけど」
そういうイオも感覚がマヒしており、いまいちバテルの規格外さをわかってはいない。
超人的な師匠であるシンセンの下で、ずっと修業をし続けてきた二人は、ある意味で、小さな世界しか知らない。
ゆえに、常識的な感覚が欠如している。
「が、さ、三百っ!」
ベルトラなど驚きのあまり息ができなくなっている。
たった一人で人形とはいえ、かるい軍団レベルである。
「ベルトラ、畑に詳しくて手の空いている者たちはディエルナから呼んできたか?」
「はい、探すまでもありませんでした。マルコ」
「は、はい!」
ベルトラに呼ばれ、一人の護衛兵が、バテルの下に来る。
いかにも新兵といった感じの青年で、粗末な鎧を身に着けてはいるが、少しサイズが大きいのか着られてしまっている。
仮にも領主の息子であるバテルの護衛に、実戦経験もない新兵しか用意できていない。
それは良いのだが、それほど人材不足なディエルナの現状を嘆いた。
「マルコは、このディエルナで初代様のころから畑を耕している家の者。兵としては半人前ですが、役に立つはずです」
「よろしく頼むぞ。マルコ」
「は、はひっ。僕でよければ、ぜひ、バテル様のお役に立ってみせます!」
(本当に大丈夫なのか……)
マルコのあまりの緊張ぶりにバテルは少し不安になる。
バテルはすっかり忘れているが、一応は名門貴族。クラディウス家は、ディエルナの民にとっては生まれた時からの支配者だ。マルコの緊張も無理はない。
「俺は、ゴーレムを作れても畑に関しては、あまり詳しくない」
「はあ」
「できれば、次の冬までにたくわえを増やしておきたい。今からでも栽培は間に合うか」
この時期、ディエルナはもう春も終わり、夏の足音が聞こえている。町の畑を眺めていれば、わかるように主食である小麦の作付けはもうとっくに終わってしまっている。
「うーん。芋なら間に合うかもしれません。育てやすいですし、腹も膨れます」
「芋か」
ここでいう芋というのは、地球でいうジャガイモのようなものだ。
この世界は、地球に比べて古くから農作物の種類が豊富だ。イモ類やトマトもすでに帝国全土に普及栽培されている。
「ただ、これから耕すとなると、時間が。それに、ここの土はよくない気がします。相当な量の肥料も用意しなくてはなりません」
「ゴーレムがあれば、耕すのは簡単だ。あとは肥料か。要は、畑が栄養満点ならいいんだよな」
バテルは地面に手を当て、一帯に広がる巨大な錬成陣を、展開する。
巨大な錬成陣は、バテルの底なしの魔力をどん欲に食らいつくす。
「ぐっ。さすがに魔力が足りないか。イオ、あれを頼む」
「はい」
イオは小袋から、一枚の小金貨を取り出し、バテルに手渡す。
錬金術師には魔力が無くとも、錬成陣を発動させる裏技がある。
それが黄金だ。
錬金術ではいまだ黄金を作ることはできないが、黄金に含まれるエーテルをエネルギーとして使うことはできる。
各地で多く産出される魔力の結晶である魔結晶も、魔導士や魔道具の魔力供給源としてよく使われるが、黄金に秘められた力はその比ではない。
特に帝国の小金貨は、純度が高い。より多くのエネルギーに変換できるだろう。資金力が必要だが、黄金さえあれば、錬金術師は無限に錬成陣を使うことも可能だ。
小金貨は、バテルが握りしめるとドロドロに溶けて、錬成陣に落ちていく。新たなエネルギーを受けた錬成陣は、ひときわまぶしい黄金の輝きを発し、その文様は激しく動き始める。
(生命をはぐくむ肥沃な大地か。師匠が自給自足用に作っていたあの畑が多分一番参考になるだろう)
優れた土壌の元素の構成比率さえわかってしまえば、あとは錬金術でどんな貧しい土地でも一瞬で、肥沃な土地に作り替えられる。
一見、荒れ果てている場所も、錬金術的に見れば、元素の構成比率が偏っているに過ぎない。魔力さえあれば、いくらでも変えられる。
もっとも、そんなことに錬金術を使うのは本来ばかげている。
常人の魔力運用能力では、到底足りないし、あまりにも効率が悪いからだ。
しかし、人外の領域に足を踏み入れたバテルは、多少の効率の悪さは関係ない。
「錬成!」
バテルの声とともに錬成陣は光の粒子となって消えたが、土壌に見た目の変化はない。
マルコは、足元を少し掘り返し、土を握り、手触りを確認する。
「いい! いいです! ふかふかで手触りもにおいもいい。こんなにいい土がディエルナで使えるなんて。これなら、かなりの収穫を期待できるかもしれません」
鼻息を荒くしたマルコが饒舌に語り始める。
「マルコ。どこで農業の知識を覚えたんだ?」
バテルは、思わぬ才能の発見に喜ぶ。
ディエルナに、これほどの才能が埋もれているとは考えてもいなかった。
「習ったわけではありません。見ているうちに自然に。お、俺は三男坊でしたから、継げる畑がなくて、いつか俺も自分の畑を作るんだって、妄想ばっかりしていたもんで」
「なるほどな。それで兵士に、俺も三男坊だからよくわかる」
「あっ、すいません。兵士には誇りを持っています。それにバテル様に失礼なことを、お、お許しを……」
バテルも三男坊だったことを思い出したマルコは慌てて頭を下げる。
「いや、お前には罰を受けてもらう」
バテルは満面の笑みをマルコに向ける。
無論冗談であったが、その笑みがマルコにはひどく恐ろしく思えた。
「ひっ」
「バテル様、少しいじわるですよ」
青ざめたマルコを見て、不憫に思ったイオがじとりとバテルに視線を飛ばす。
「悪い悪い。マルコ、お前には新しい農場を任せたい」
「へ?」
泣き出しそうなマルコがぽかんと口を開ける。
「姉上もお許しになるだろう。いいか。ベルトラ」
「マルコは兵士としては使い物になりませんからな」
ベルトラは高らかに笑う。
「俺が、畑を……」
「姉上と相談してゆくゆくは、分け与えるつもりだが、あくまでも、クラディウス家の畑だ。もちろん働きに応じて、報酬は支払うぞ」
「は、はい。願ってもないことです」
「よし、なら決まりだな」
マルコの指揮の下で、バテルのゴーレムたちとイオの活躍もあって、農場の開墾は瞬く間に進んでいく。
この日以来、マルコは農政家としての才能を存分に発揮し、ディエルナの農地は、急速な広がりを見せ始める。
だが、その殺人的仕事量にマルコはバテルの言った罰という言葉の意味を知ることになる。