イオVSゴーレム軍団
「よし、では、始めるか」
「どうするんです? イオは武術、俺は錬金術、同じ修行でも内容が、まるで違いますよ」
「わしの修行は何事も実践じゃ。まずはイオの基礎作りじゃ。どうやるか、お前ならわかるじゃろう」
「まさか」
バテルはつらく厳しい修行の日々を思い出す。
ためにはなったが、今生きているのが奇跡だというくらいひどい目にあった。
「そうじゃ、体で覚えてもらう」
シンセンはニヤリと笑う。
「バテル。おぬしにも手伝ってもらう。それにこれはおぬしの錬金術を基礎から実践、そして応用に移す修行でもある」
この半年ほどの厳しい修行で、バテルは錬金術をかなり使いこなせるようになってきていた。
もちろんシンセンのようにとはいかないが、実用の域までには達している自信はある。
(もっとも、一番鍛えられたのは錬金術じゃなくて体力かもしれないけど)
「バテルよ。おぬしゴーレムはもう作れるな?」
「はい。作れと言われればいくらでも」
「ほう、言いおるわ」
「ゴーレム作成にだけは誰にも負けない自信があります。技術はまだまだですが、愛では負けていません」
バテルは錬金術の中でも特にゴーレムがお気に入りだ。
やはりロボットというのは男心をくすぐる。
「ゴーレム?」
イオは小首をかしげる。
錬金術については、少しシンセンに話を聞いただけで、イオはほとんど知らない。
当然ゴーレムという言葉も初耳だ。
バテルが説明する。
「ゴーレムは錬金術で作る土の人形だ。ただの人形じゃないぞ。単純な作業ができる動く人形だ。多少の戦闘だってできる」
「土のお人形、それに錬金術なんて」
最初のバテルと同様、イオも錬金術には少し、胡散臭いイメージを持ち合わせている。
「錬金術は別に怪しいもんじゃない」
「よう言うわ。おぬしも散々馬鹿にし腐っておったろう」
「後悔しているんですから言わないでください。師匠。百聞は一見に如かずだな。よし、ゴーレム錬成」
バテルは地面に錬成陣を展開し、起動する。
すると錬成陣に周りの土が集まり、土の人形、ゴーレムができる。
とりあえず人型ではあるが、丸々としていて不格好。
イメージ通りに作れるようになれば、もっときれいなものができそうだが、まだまだ練習不足。
「見てくれは悪いが、性能は悪くないぞ。命令すればある程度は自律的に行動できる」
ゴーレムは、己を高めることを目標とするシンセンのような道士と違い、どちらかといえば、研究職に近い錬金術師たちが、護衛や手伝いをさせるために作ったロボットのようなものだ。
本来、金を作りだすために研究されてきた錬金術を実戦でも役に立つようにするには、このゴーレムをいかに使いこなせるかが、焦点となるとバテルは考えている。
「わあ、これがバテル様のゴーレム。なんだか、丸くてかわいいですね」
イオはペタペタとゴーレムに触る。
「わしには不細工に見えるがのう」
若い娘の感性がわからないとシンセンは嘆く。
「かわいい……のか? 見ようによってはマスコットにも見えなくもないか?」
「え~かわいいですよ」
バテルにも、イオの感性はわからない。
「それで、ここからどうするんです?」
「話は簡単じゃ。バテルはゴーレムを作る。イオは拳で、ひたすらにゴーレムと戦い続ける。これだけじゃ」
「え、それだけですか。ゴーレムじゃあイオの相手にはならないと思いますけど」
イオは戦闘訓練をまだ本格的に受けたことがない。
しかし、腕っぷしは強いし、その才能も十分すぎるほどにあった。単調な動きしかできない土人形では手も足も出ないだろう。
「どうじゃろうな。やってみればわかる。おぬしも都度ゴーレムを改良して、勝てるようにしてみよ」
ああ、シンセン師匠のことだ。きっとまたろくでもない修行に違いない。バテルは、シンセンのいたずらっ子のような笑みにそう確信する。
「二人とも全力でやれ。限界まで一切手を抜くな。修行にならんからな」
地獄の訓練が始まった。
スタートの合図とともにバテルは、十体のゴーレムを作り出し、イオに攻撃を仕掛けさせる。
十体同時錬成。これが今、バテルにできる限界の数だ。
足元もおぼつかないゴーレムたちは、イオに襲い掛かる。
「壊すのがもったいないけど、ごめんなさい。私も全力でいきます! たあっ!」
イオがゴーレムを殴りつけると無残に砕かれて粉々にされていく。
(鉄並みの強度をもつゴーレムを一撃か。しかも素手だ)
イオの肉体はバテルとシンセンによって作り替えられた究極の肉体だ。
骨は固く、筋肉はしなやか。
魔力は使っていない。
ただ素手で殴るそれだけで、バテルのゴーレムをいともたやすく破壊してしまうほどだ。
これでその力の一端も見えていないだから末恐ろしい。
「錬成! 錬成! 錬成!」
バテルは、当然こうなることは予想していた。
十体のゴーレムを錬成した時点で、すでに次の錬成の準備に取り掛かっていた。
作ってもまたすぐイオに倒されてしまうが、そんなことお構いなしにまた次のゴーレムを錬成していく。
ただかなりきびしい。体中を魔力が駆け巡って、頭が焼けてしまいそうだ。
「遅いぞ。バテル。おぬしの腕はそんなものか? もっと効率よく錬成陣を運用し、同時に錬成できる数を増やせ、ゴーレムももっと強くなるように錬成せよ」
シンセンの怒号が飛ぶ。
「わかってますけど! くそ、やってやる!」
(すでに錬成だけで、限界ギリギリなのに、錬成陣の効率化とゴーレム改良を同時にしろなんて、相変わらず無茶が過ぎる)
だが、バテルの超人的魔力回路の処理能力と天文学的魔力量なら、理論上は一度に数百体出すなんてことも簡単なはずだ。
それができないということは、バテルがまだ自分自身の力を使いこなせていないということにほかならない。
「為せば成るだ!」
バテルは、錬成陣をどうすれば、より効率的に運用できるか試行錯誤しつつ、イオの動きをよく観察し、ゴーレムに改良を加えていく。
少しずつ変えていってもイオにはすぐに破壊されてしまうが、だんだんと呼吸をするように、錬成できるゴーレムの数を増やすことが、できるようになってきた。
最初に作った不格好なゴーレムたちを、第一世代とすると錬成を繰り返すうち、第三十世代ぐらいからは、ゴーレムたちも洗練され、より人間に近い、スタイリッシュなデザインへと変化し、戦闘能力も向上し始めた。
ここで、一方的に破壊されているだけの状況だったバテルのゴーレム軍団とイオの形成が逆転する。
「はあ、はあ、はあ、くっ!」
「よし一撃入ったぞ」
防御されてしまったが、ゴーレムたちが束になってかかっても、指一本触れることすらできなかったイオに曲がりなりにも一撃入れた。
ここからイオは崩れ落ちるように、防戦一方になり、ゴーレムを破壊されるスピードを錬成するスピードが、上回り始めた。
イオは、すでに体力切れだ。
息は乱れ、攻撃の速度も精度もすっかり落ちてしまっている。
バテルは思わずゴーレム錬成の手を緩めてしまった。
「止めるな。バテル!」
「ですが、これ以上は……」
「まだ、修行は終わっとらんぞ。限界までじゃ。限界を超えなければ成長はない」
ゴーレムの軍団の中心で、イオは両腕でガードして攻撃を耐え忍んでいる。
はたから見れば、ゴーレムたちが一方的に、イオを殴りつけているだけだ。
修業とはわかっていても、バテルは胸が痛む。
「イオ。根を上げるにはまだ早すぎるぞ。その肉体ならば疲れ知らずのはず。力に振り回され、いたずらに体力を浪費している。やみくもに拳を突き出しているだけではダメじゃ。呼吸を整えろ。常に敵の位置を五感で感じ取り、最小限の動きで、急所をつけ。魔力の流れを見極めるのじゃ」
「すぅーー。はい!」
イオは呼吸を整えると攻勢に転じる。
そして、鮮やかな拳運びで、ゴーレムの心臓部である核をピンポイントに貫いていく。
(さすがはイオだ。呑み込みが早い)
手を抜こうとしていた俺が馬鹿だったとバテルは感心する。
(俺も負けていられないな)
「錬成っ!」
バテルは最後の力を振り絞り、ゴーレムを大量に錬成する。
総勢百体。これまでで最も洗練された戦闘用ゴーレムであり、読まれないように核の位置も細かく変えてある。
これがバテルの全力だ。
魔力を使い果たしたバテルは、その場に膝をつく。
あとはゴーレム次第だ。
呼吸を整え、神経を研ぎ澄ましたイオは、体勢を立て直し、ゴーレムたちを次々に粉砕していく。
残り半分。
残り二十。
残り五。
負ける。そう思った瞬間、イオの動きが止まる。
「そこまでじゃ!」
バテルは急いでゴーレムたちの機能を停止させる。
魔力供給を断たれたゴーレムたちは、その場で動かなくなってしまった。
「はあはあ、はあ。完敗です。バテル様」
「ははは。どうだかな。俺もぎりぎりだったよ。イオは強いな」
「バテル様とお師匠様がくれたこの体のおかげです」
一歩も動くことができなくなったバテルとイオは、その場で仰向けになって空を見上げ、お互いの健闘を称えあって笑った。
「まだ、しゃべる余裕があるとは、もう一本行くか」
「勘弁してくださいよ。師匠」
「私も動けません」
「なに、冗談じゃよ」
シンセンは冗談めかして言うが、冗談のような修行をこなしてきたバテルにはとても冗談には聞こえない。
「なかなかきついがいい修行だったろう。イオはまだまだじゃな、鍛錬が必要じゃ。バテルも少しは錬金術の戦い方というものが掴めたか」
「はい。圧倒的物量のゴーレムたちによる波状攻撃ですね」
「数は力じゃ。わしは古今東西様々な戦を見てきた。最後に勝利したのは偉大な軍略家でも、一騎当千の猛者でもない。兵の数が多いほうじゃ」
戦いは数が多いほうが勝つ。まさに真理だ。
イオがどれほど強くとも、ゴーレムがどんなに弱くとも、千を超えるゴーレムの軍団を相手にすれば、いずれは息切れしてしまう。
戦争ともなれば、千の兵で、十万の軍勢を破るのは、どんな天才的用兵家でも不可能だ。
戦闘に弱い錬金術師が強くなる活路はここにある。
「じゃあ、数が多い敵には、どう立ち向かえばいいんですか?」
「そうじゃな。それほど差がなければ、策を使えばなんとかなるかもしれん」
シンセンは最後にこう言った。
「無理ならさっさと逃げることじゃ」
そりゃそうだとバテルも納得した。
「錬金術はそもそも戦闘向きではない。ただ可能性はいくらでもある。わしも錬金術を使った戦闘というのはわからぬことが多い。修行の中で自分なりに見つけることじゃ」
「はい。俺はもっと強くなります」
「私も!」
「それではちと休憩じゃ。五分後に再開じゃ」
「たったの五分って相変わらずだな。師匠は」
「バテル様はいつもこんな修行をしていたのですか?」
「ああ、そうだよ」
「どうして、そこまで」
「強くなりたかったんだ。もう二度とあんなことが起こらないように。帰るんだ」
「バテル様……」
バテルとイオは、あの夜、血みどろになって帰ってきたレウスことを思い出す。
「私、もっといっぱい修行して強くなります。だからバテル様にお供させてください」
「イオ、いいのか。きっと平坦な道じゃない。厳しく険しい道のりだ」
「私だって北部生まれです。覚悟はできています」
それ以上イオに何かを言うのは野暮というものだ。
「ありがとう。イオがいれば、どんな敵でも怖くはない。共にいこう」
「はい!」
バテルとイオは空を見上げ、笑いあった。
それからしばらくバテルとイオはシンセンとの修行の日々を過ごした。
相も変わらず、シンセンの修行は、無茶でハードな内容だったが、二人にとっては、楽しく充実した毎日をなった。