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神仙武術

 錬金術(アルケミア)によるイオの肉体の再構成は大成功し、先天的な魔力回路の異常は解消された。


「イオ。本当に体は大丈夫なのか? もう少し寝てたほうがいいんじゃないか? やっぱりシンセン師匠に来てもらったほうがいいんじゃないか?」


 一晩立ったが、とにかくバテルはイオが心配でしょうがない。


 シンセンは問題ない。大成功だといっていた。


 それでも前例のないような錬金術(アルケミア)だ。


 心配なものは心配である。


「ありがとうございます。バテル様。でも、心配しすぎですよ。これでも、私は頑丈なんですから。それにずっと背負っていた重りがとれたみたいに、体が軽いんです。早く体を動かしたくて寝てなんかいられません」

「そうか。それは良かった」

「バテル様こそ、大丈夫ですか? 相当無理をされたとシンセン様から聞きました」

「この通り、ぴんぴんしているよ、イテテ」


 シンセンの術によるドーピングで無理矢理体を動かしていたぶり返しでバテルの体は鉛のようだ。一週間ほど寝ずに働き続けたら同じような気分になるだろう。それでも死ぬか生きるかのイオよりはだいぶましだ。


「ごめんなさい。私のために……」

「謝るのは俺の方だ。もっと早く気づいてやれてれば、俺は主人失格だよ」

「いいえ、でも、ちょっぴり怒っています。バテル様が私に隠し事していたこと」


 イオは少し頬を膨らませ、そっぽを向いてみせる。


「それは……」

「気にしないでください。私は隠し事をされたって、嘘をつかれたって、バテル様が幸せならそれでいいんですから」

「ああ、もう二度と馬鹿なことはしないよ。俺もイオが生きていてくれればそれで幸せだ」

「バテル様……」


 二人は体を寄せ合う。共に生きている喜びを分かち合うように。


「一生バテル様とともに。も、もちろん従者としてですよっ!」


 イオはバテルから離れた。耳がぴょこぴょことはねている。


「よろしく頼む。俺にはイオが必要だ」

「は、早く行きましょう。お師匠様がお待ちですよ」


 慌てた様子で、走り出したイオの顔は赤くなっていた。


「ちょ、早い。待ってくれ!」


 イオはまだ力加減がうまくいかないのか、ものすごいスピードで走りだし、あっという間に小さくなりバテルの視界から消えてしまった。


「ぜえぜえ……シンセン師匠、おはようございます」


 なんとかイオに追いついたころには、息も絶え絶えだ。


「バテルか。遅かったな。イオの体のことならもう大丈夫じゃ」

「でしょうね」


 ようやくバテルが到着したころには、イオの検診も終わりずいぶん経っていた。


 バテルも最初は心配していたが、あれだけのスピードで走ることができれば、体調が悪いということはないだろう。


「ごめんなさい。バテル様。まだコントロールがうまく効かなくて、一度走り出したら止まらなくなってしまいました。従者である私が、バテル様を置いていくなんて……」

「はは、まあ、いいじゃないか。元気な証拠だ」

「はい。元気いっぱいです! これからは、バテル様の修行にもついていきますよ」

「修行にまではついてきてくれなくてもいいんだぞ」

「いえ! 絶対に! もう二度と! バテル様のそばから離れません! お師匠様から全部聞きましたよ。危ない修行も、いっぱいやってたって!」


 イオはずいとにじり寄ってくる。


 その圧に押され、バテルはのけぞる。


 もともとイオはバテルに対して過保護気味なところがあったが、今回の隠し事のせいで余計な心配をかけてしまったせいか、より悪化してしまっている。


 イオは善意でやっているし、自分の愚かさが招いたことなのでバテルも了承するしかない。


「ああ、わかったよ。好きにしてくれ」

「はい。ありがとうございます」


 イオは満点の笑顔を見せる。


「そこで、バテルよ。提案なんじゃが、イオをわしの二人目の弟子として育てたい。見ているだけでは暇じゃろう」

「確かにその方がいいかもしれませんね。イオの気持ち次第ですが」

「いや、そうなんじゃがな。私には従者としての務めがある。ご主人様に許しを頂かないと、と言って聞かなくてな」


 シンセンは、困惑した表情で頭をかく。


「はい。私は、バテル様の従者です。勝手に決めることはできません。それが一族のしきたりです」

「ほれ、この調子じゃ。温和で利発じゃが、どうにも頑固すぎるところがある」


 そこがいいところなのだが、もう少し頭を柔らかく肩の力を抜いて欲しいとバテルも常々思っている。


 ただ、長き時を生き、人の価値観にとらわれないシンセンや地球の倫理観を知っているバテルが、この世界では異常なだけで、イオの主張も至極真っ当であった。


「イオの新しい魔力回路は理論的に完璧なものじゃ。そこいらの人間や獣人とは比べ物にならないほどの出力を誇っておる。それに加え、バテル貴様、魔力回路の異常だけ治療すればよいものを、だいぶ強化を施しておるな。本人の許可も得ずに」

「うう、それは、イオにはもう二度と病気やけがで苦しんでほしくなくて」

「言い訳は良い。まだみっちり説教が必要なようじゃな」

「ま、待ってください。お師匠様。バテル様に頂いたこの体に、感謝こそすれ、私は不満なんてありません」

「とは言っても、もうおぬしは普通の獣人ではないのじゃぞ」

「いいんです。バテル様を守れるなら」

「そ、そうか。しかし、それとこれとは話が別で」

「ち、ちなみに、子供は産めますか」


 イオは小声でシンセンに尋ねる。


「む、それはもちろん。身体能力が劇的に向上しているだけで元のままじゃからな。抜かりないぞ」

「えへへ、それだけ気になっていたのでよかったです」

「おぬし、そこまで入れ込んでいるとは……まったくバテルめ。罪作りな男じゃ」


 シンセンはため息をつく。


「イオはわしの武のすべてを教えてあまりある才能の持ち主じゃ。バテルよ。お前からイオに仙術を習うように勧めてやってくれ」


 イオは手術により、見た目こそ変化はないが、魔力による身体能力の強化に理想的な魔力回路と、もともと丈夫な牛獣人をはるかに超える強靭な肉体を得た。


 なるほど、確かに鍛えれば、大陸最強の戦士になるのも夢じゃない。


 この際、偉大な武術家でもあるシンセンに教えを請えるならこんなにいい話はない。


「どうだ。イオ。師匠もこう言っていることだし、一緒に修行を受けてみないか?」

「……バテル様がそういうなら、はい、私も修行を受けます。バテル様をもっとお守りできるように強くなりたいです」


 イオはすました顔をしているが、しっぽをぴょこぴょこと振っている。


 本心ではイオもシンセンの修行を受けてみたかった。


 もっとも根底にあるのは、バテルを守る。バテルのため。これに尽きた。


 元々、イオに手ほどきできる獣人が生き残っていれば、とっくに戦士としての訓練は始めていたので好都合である。


「決まりじゃな。くひひ、わしの魔帝掌を継承できる日がこようとは」


 魔帝掌? なんだそれは、とバテルが考えているとシンセンがちらちらと見てくる。


 どうやら聞いて欲しいらしい。


(いや待て、ここで簡単に聞いてはダメだ。シンセン師匠は話し好きだ。しかも年のせいかバテルの経験上、昔話、特に自慢話が多い。日が暮れてしまってもおかしくない)


 その幼い姿も相まって、最初は一生懸命に話している姿が、愛らしくもあったが、とにかく長い。やたらと長い。


 修行の半分はシンセンの昔話なのではないかと思う時もあるほどだ。


 シンセンには申し訳ないが、ここはさらりと流すに越したことはないとバテルは、意図的に聞き流していた。


「魔帝掌とはなんですか?」


 そんなことはつゆ知らず、イオが尋ねると待っていましたとシンセンの表情はわかりやすく明るくなる。


 シンセンはここからが長い。


「ほう、イオ。魔帝掌に興味があるのか?」

「はい。何かすごいものなのですか?」

「とにかくすごいぞ。なにせわしが千年かけて編み出した武術じゃからな」

「千年も!」

「聞きたいか?」

「聞きたいです」

「よしよし、そこのろくに話を聞かぬたわけとは違って、イオはいい子じゃな」

「たわけって言いすぎですよ。師匠」

(ぐ、最近はシンセン師匠の話、長すぎて途中から心を無にしていたからな。バレたか)


 シンセンは、相手が熱心に聞かせてほしいと乞うように誘導する癖がある。


 豊富な知識や経験は大変ためになるが、無意識なのだろうが、この悪癖のせいで、ありがたみというものが薄れてしまう。


 イオはあまりにも素直に、いちいち感心するものだから、どんどんシンセンも気分が良くなって、雄弁に語り始めた。


「魔帝掌。それは、わしが千年という長き時をかけて、編み出した神仙武術とでもいうべき武術体系の究極奥義、一撃必殺の技じゃ。いや、わしの技の数々は武術という型にはめるにはもったいないものであるかな。回復に索敵、占いまで、あまりにもできることが多様であるからのう。というのも、わしの武術は東方の仙術をもとにしておる。仙術はもともと、不老不死を目指す道士の……であるから、古今東西の武術を掛け合わせて……特に……」


 要約すると一瞬で敵との間合いを詰める独特の歩法や気配を完全に消してしまう特別な呼吸法、回復術、古今東西あらゆる武術を練り上げに練り上げたシンセンのオリジナル武術、それが神仙武術だ。


 神仙武術は万能ゆえに身体能力や五感などの基礎的な能力が高くないと習得できないらしい。

 

 中でも魔帝掌は、神仙武術における到達点であり、すべての技術を注ぎ込み、身体能力を極限まで高め、一撃必殺に敵を倒す究極奥義である。


 もはや普通の人間には習得することは難しいほどの技なので、まさにイオにぴったりだ。


「そうじゃな、あれはわしがある島国を訪ねた時、団子屋によったのじゃが、そこで……」


 しかし、話が長すぎる。しかも、完全に話が違う方向にずれている。


 イオはずっと目をきらきらさせて感心しているので、余計に止まりそうにない。


 これでは日が暮れてしまう。


 バテルは決死の覚悟で止めに入る。


「し、師匠。そろそろお話は、また後日聞きますから」

「なんじゃ、これからがいいところじゃというのに。のう、イオ」

「はい。お師匠様のお話はとっても面白いです」

「ならば、もっと面白い話が……」

「でも、お師匠様の魔帝掌も早く学んでみたいです」

「おお、そうか、そうか。イオが言うなら、さっそく修行に移るか」


 驚いたことにシンセンは、すんなりとイオの意見を聞き入れ、話をやめた。バテルは扱いの差に呆然とする。


(なに、そんなにあっさり)


 シンセンは、まるでイオを本物の孫のように猫かわいがりしている。


 純真なイオには、確かに誰でも心を許してしまうような、魔性の魅力がある。


 それには百戦錬磨のシンセンもやられたのだろう。


「まだイオは安静にしていた方がいいんじゃ」

「善は急げというだろう。それにイオは我慢できそうにないぞ」

「バテル様……」


 もじもじと物欲しそうな目でイオはバテルを見上げる。


 イオにはゆっくり休んでほしいが仕方ない。


 懇願するイオの潤んだ瞳にたまらずバテルは折れる。


「わかりました。やりましょう。もともと俺も修行はするつもりでしたから」

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