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転生

 俺が辺境貴族の三男坊、バテル・クラディウスとして異世界に生まれ変わってから十年が経った。


 生まれ変わったと正確に認識したのはいつだっただろう。


 明確に覚えてはないが、俺には前世の記憶があった。


 自分が何者であったかを覚えているわけではない。


 前世の記憶は霧がかかったようで完全ではないからだ。


 転生して前世の記憶が残っている方がイレギュラーなのだから当然といえば当然である。


 この世界は前世で俺が生きていた地球とは違う。魔力にあふれた異世界だ。それでも前世の記憶のおかげで要領よく生きてきたように思う。


 辺境貴族の三男坊。


 この異世界ではかなり恵まれた生まれだ。


 バテルの住むエルトリア帝国は地球にくらべたらかなり古い雰囲気の封建国家で現代の地球に比べれば技術力も高くはないが、高度に発展した文明であるし、魔術(マギア)という技術のおかげで不自由さは感じない。


 せっかく貴族という特権階級に生まれたのだから田舎でそこそこ裕福に死ぬまで緩いスローライフを送ることができればいいとそう思っていた。


 だが、辺境貴族というのははじめに想像していたようなのんびりとした田舎の金持ちという意味ではなかった。


 エルトリア帝国北部ダルキア属州。


 クラディウス家の領地があるこの地域は帝国の北の端、最も辺境であり、最も危険な地域である。


 国境の要塞線を挟んで、多くの異民族が跳梁跋扈し、豊かな帝国の富を狙い、侵入を繰り返している。


 ダルキア属州に領地を持つ辺境貴族は凶悪な異民族から帝国を守るため日々戦わなければならない。

 

 ダルキア属州は広大だが、山がちで寒冷、開拓も進んでおらず貧しい。しかし、中央貴族は腐りきっており、支援はない。

 

 ダルキア属州の北部貴族だけで北の異民族と戦い続けなければならない。


 それがどれほど厳しいことか。何度も遠征している父や兄たちの姿を見ればわかった。


 それでも父と兄たちは頼もしかった。


 父と兄たちは一騎当千の優れた戦士で、兵士たちも恐れを知らぬ勇敢な戦士たちだ。遠征に赴けば、必ず勝利を持って帰ってくる。

 

 戦場を離れれば、宴会好きの陽気で気持ちのいい人たちだ。

 

 負ける姿など想像もできない。

 

 いずれは俺も戦場に出なければならなくなるかもしれないが、この人たちと一緒なら何も怖くはない。

 

 そう楽観視していた。

 

 だが、現実は甘くはない。

 

 それを身に染みて味合わされたのは、この世界に生まれ変わって十年が経った頃だった。


「バテル様!」


 真夜中、寝室に同い年の従者イオが血相を変えて入ってくる。


「もう朝か。待ってくれイオ。もう少し寝かせて……」

「遠征から帰ったレウス様が……」


 ぼやけた意識の中感じたイオの震えた声と表情、ただ事ではない。


「すぐに行く!」


 すぐに目が覚めて、ベッドから飛び出す。


 遠征から帰った兄のレウスは、大けがをしていて、倒れ込んでいた。


「レウス兄上。大丈夫ですか。気をしっかり」


 姉のディアナがそばに駆け寄る。


「ディ、ディアナか」

「今はしゃべらないで。早く神官を呼んできて!」


 従者たちが大慌てであてもなく神官を探しに行く。


「どうしてもお前たちに伝えなければならないことが……」


 兄上は最後の力を振り絞る。


「父上は戦死した。ラウルも死んだ」


「そんな父上が、ラウル兄上も……」


 報告を聞いた姉上は呆然とする。


 父が戦死した。


 それだけではない二番目の兄ラウルも三百を超える兵士たちも誰一人として戻ってきてはいない。


 帰ってきたのは、瀕死の重傷を負ったレウス兄上だけだ。


「バテルもいるか……」


「兄上……」


 会うのは二年ぶりだ。


「むなしいな。あれだけ強かった父上があっさり死んだ。俺やラウルだってずっと研鑽をつんできたはずなのに」


 レウスは止めどなく涙を流す。


 バテルもディアナも初めて目にした兄の涙だ。


「俺たちはご先祖さまが作った帝国を守るために戦ってきた。誇りだった。皇帝の命令ひとつで戦場に行き、みんな、死ぬ。それでよかった。だけど、俺たちの守ってきた帝国に命を懸けて守るべき価値なんてなかった。それが悔しい。悔しいんだ」


 レウスの顔は絶望にゆがんでいる。


 意気揚々と戦場に向かっていったレウスの顔がゆがんでいる。


 バテルは力なく叫ぶレウスの手を強く握りしめる。


(戦場で何があったんだ。どうして俺の家族がこんな目に会わなくちゃならないんだ……)


「一体、なにがあったのですか」


 ディアナは涙をこらえて尋ねる。


「北には魔王、恐ろしき魔王がいる」


 レウスはディアナの襟元をつかんで訴える。


「魔王……。そんなものはおとぎ話じゃ……」

「帝国の敵は中にも外にもいる。ウロボロス。ウロボロスだ」

「ウロボロス? それって何なの? 魔王と関係が」

「やつらは……」


 すべてを伝えきる前に兄上はこと切れてしまった。


「兄上、兄上!」


 姉上は涙を流し叫ぶ。


「姉上。もう……」


 信じられない。


 いずれこうなるかもしれないとは思っていた。


 父も兄たちも優れた戦士であり、将であった。


 遠征軍の兵士たちも精強無比のはず。


 数えきれないほど戦場に行っていたが、いつも笑顔で帰ってきていた。


 それがあっさりと全滅。


「バテル様……」


 従者のイオは俺に寄り添ってくれる。


「ありがとう。イオ」


 イオの両親も今回の遠征に同行していた。生死は不明のままだ。


 本当は自分だって不安で仕方がないはずなのに、俺を気遣ってくれている。


(父を、兄上たちを、イオの家族だって。やりようはもっとあったはずなのに。どうして……)


 バテルは歯を食いしばる。


(魔王、ウロボロス。兄上は、敵が帝国の中にもいると言っていた。帝国に守る価値がないとも。もし本当に帝国が腐り果てているようなら俺がつぶす)


 バテルはこの日から少年ではいられなくなった。


「大丈夫よ。二人とも。必ず私が、クラディウス家を、みんなを守るから」


 姉上は俺とイオを強く、強く抱きしめてくれた。

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