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それはもう、舐められてるの一択だろうさ。

「聞いてよジェームズ! マリッサが婚約破棄されたんだって!」


 扉を開けたらいきなりこれだ。

 飛びついてくるから手を広げたら愚痴かい!

 まあいいさ。

 僕の婚約者、エリーは友達のことを考える優しい子なんだ……

 なんだが、何か今日は怒って…… ないか?

 するときっ、とこっちを向いてきて。


「貴方私が怒ってるって思ってるでしょ?」

「あ、いや……」


 ぱふん、と持ってきた花束をひったくられる。

 そしてふうっとその香りを胸いっぱいに吸い込むと。


「ふう~いい香り」

「ちょうど良い感じに開きそうな薔薇を庭師に選んでもらったんだ」

「そうよね…… うん、だからね! 綺麗なものは綺麗、良いものは良い、駄目なものは駄目!」

「う、うん?」


 そりゃあ確かに薔薇の花は綺麗だけど。駄目なもの?


「もしかしてマリッサの件?」

「そうよ他に何があるのっ」

 あまりに何だから、僕はともかく彼女の背を押し、背後ではらはらしているメイドにお茶よろしくねと合図を送った。



「で、マリッサの婚約破棄って」

「そう!」

「……僕の記憶が間違っていなければ、もう彼女、三回目じゃない?」

「そうなのよ! 一度目はライン男爵家から、お嬢さんは我が家の家風には合わないから、って言われて。二度目はテイガ子爵家から、もっと良い縁談が見つかったからって。で、今度は相手が真実の愛を見つけたからですって!」

「しんじつのあい」


 何か流行のロマンス小説にでも出てきそうな。


「って言っても、そんなの方便なの、判りきってるのよ。今度のドレセン男爵家は、彼女のとこよりもっといい融資先をも見つけたから、そう言ってるだけなんだってば」


 確か僕の記憶によると、エリーの友人のマリッサ・マグダガル子爵令嬢はまあ、彼女の言う様な理由で三度も婚約破棄されている訳だ。

 そりゃあもの凄く昔じゃああるまいし、一度や二度の婚約破棄で女性の価値がそれほどさがる時代じゃあない。

 まあ、僕なんかは幼馴染みとの昔からの婚約でも、充分愛しくて満足できるんだけど。

 だってほら、エリーときたらもう、何というか見ていて本当に飽きない。


「ちょっとジェームズ聞いてる?」

「聞いてるよ、うん」

「でね、何を私が怒ってるか判る?」

「婚約破棄された理由?」

「違うのよ!」


 どん、ととうとう彼女はテーブルを両手で叩いた。

 茶器がかちゃかちゃと震える。


「マリッサとその両親がまた! 仕方ないです、もういいです、きっとご縁がなかったんです、の繰り返しなことなの!」


 ああそういうことか。

 ようやく理解できた。


「だってジェームズ、そもそもあの家、今あれだけの大きさになってしまったけど、今の、マリッサのご両親の代になるまでは、もっと資産もあって大きかったのよ? なのに、ともかくどんどんその資産が目減りしているのよ」

「へえ。どうして?」

「あんまりにもあそこの家族が何もしないからよ」


 ばっさりとエリーは言い切った。


「マリッサもマリッサよ。婚約破棄されるたびに『でもきっと私にも悪いところがあったんだわ』『私が向こうの家風に合わないというならそうなんだわ』『真実の愛が見つかったならきっとそれがいいのよ』いやそうじゃないでしょ、って!」

「それで、婚約破棄してきた、ってことは、普通は慰謝料払ってくる訳だよね」


 ぶるんぶるん、と彼女は首を大きく振った。

 おお、髪が素晴らしく揺れる。


「普通そこで専属の弁護士立てて、決着つけるでしょ。それをあの家、しないのよ」

「何ですと!」


 それはさすがに僕もびっくりした。


「いや、それじゃ、お付き合いの間とか、関係を持つからと援助した分とか」

「取られっぱなし!」

「三度とも?」

「三度とも!」

「……大丈夫かいその家」

「そんなことある訳ないでしょ! で、さすがに私がこれだけ怒ってるから、向こうのお宅とうちって、昔から付き合いあるんで、お父様が向こうのご両親にお話に行ったのよ。そしたら」

「そうしたら?」

「『あれは駄目だね』」


 両手を挙げて、声を低くして、父上の真似をする。ぷ、と僕は吹いてしまった。


「曰く! お金が勿体無い、そんなおおごとじゃないんだ。弁護士をそんなことに頼むなんておかしいんじゃないかと思うし もしおかしくないとしても、うちがそんなこと頼むのは世間に恥ずかしいし。そもそも弁護士にそんな家の恥をいちいち言うなんて。恥そのものが判断材料になるって言っても、それ自体そんなおおごとじゃないんだ。――ってね!」

「おおおおお、見事なデモデモダッテなループだ!」


 僕は思わず拍手をしてしまった。


「こういう家なのよ! で、両親がそうだから、もうマリッサの言い分が全てこうなの! あーもう苛々するったら!」


 どうどう、と斜め前の彼女の肩をぽんぽんと叩いた。


「まあいいじゃないか。ともかくお父上もちゃんと相談は聞いたんだ。エリー、君だってマリッサの話を聞いた上でちゃんと怒ってるんだろ? それは誠実な対応だよ」

「そう?」

「そうだよ。だから、さ、そろそろ僕等の結婚式の話をしよう」

「ああ、そうよね!」


 抱きついてくるエリー。

 僕は背後のメイド達にさりげなく任務遂行のサインを送った。



 さてそれから程なくして僕等は結婚し、新居に移ったのだけど。


「ああお帰りなさいジェームズ、聞いてよ!」


 入り口で帽子とステッキをメイドに渡しながら、飛びついてくる彼女を受け止める。


「今度は何があったんだい、可愛い人」

「手紙がきたの~…… マリッサから」

「え」


 何か嫌な予感がしつつ、僕は彼女の横に座り、その手紙とやらを開いた。

 すると。


「弁護士に頼めば良かった

 何故頼まなかったんだろう

 どうしてもっと強く言ってくれなかったんだろう」


 白く硬い紙の真ん中に、それだけ。


「……何これ怖い」

「怖いでしょ! 四度目ですって」

「四度目!」

「完全にあの家、舐められてるんですってば。でももう知らない!」


 そう言って彼女は手紙を僕の手から取り戻し、びりびりと破きだした。

 そして紙吹雪くらいにまですると、ぱあっ、とその場にまき散らした。

 僕はお茶だけは避難させた。


「もー嫌っ。私もう何も関わらないからね! こんなこと私に言うくらいなら、ちゃんと初めっから頼みなさいよって!」

「まあまあ、そう苛々しないの」


 僕はそう言って、妻の肩を抱き寄せる。


「あんまり苛々すると、胎教に悪いよ」

「あーそうだった! そうねそうね」


 そう言ってエリーは愛おしそうにお腹を撫でる。

 僕もその上から手を当てた。

 そうなんだよね。

 幸せは歩いてこない。

 だから歩いて行くんだよ。

 あいにく、求めよさらば救われん、だけど、求めなければ救われないんだからね。


 そしてこの五年後、マリッサの家は破産したとか何とか。

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