其の一
或る町に一人の少年がいた。彼の名前は白沢国男と云ふ。柳田國男から名付けられたと伝え聞く。
又、彼は強烈な軍ヲタなのだ。専門は旧帝国陸海軍時代の軍人精神の分析である。そして彼は己の精神性をその当時の人々の其れを超越することを目標とする様になった。
然し周りは彼を理解しようとはしない、否、理解出来なかったと云ふ方が正しいやも知れぬ。
彼は学校では常に孤独であった。友達も居らず、只特攻隊員の遺書や軍人の伝記、其れらを分析した本等を休憩に読むだけだ。
其れのみならまだ良い。少年はいじめに遭っていたのだ。他組の連中から受けていた。同じ組の連中同士は相互にいじめから守るほど仲がいい。しかし我が組は8人、他組は各30人なのでこの差は如何とし難い。他組の連中は様々ないじめを少年は受ける。廊下で彼の姿を見ると「白沢が出たぞ!」と誰かが叫び、大体の奴らが雲の子を散らすように逃げていく。「キャー!」と誰かの叫び声が迷路の様に複雑な校舎内を響いていく。そしてその叫び声が反響するにつれて、少年の心は軽く崩れていく。まるでその崩れた心の破片が叫び声に変わったかのように。そして彼の横には彼になんともいえない眼をした級友がいる。
また、あるときには左翼の親に変なことを吹き込まれた奴らが彼のことを「軍国主義者」や「平和の破壊者」と言った言葉で罵ってくる。
こんな風に毎日生きているが、少年の身に事件が起きたのは、日照りの暑い七月のことだった。