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失声少女はかく語る(短編)

作者: 枕元

 突然だが、少し昔の話をしよう。

 それは俺が、小学生4年生になった頃の話だ。


 「なぁ!俺もサッカー混ぜてくれよ!」


 体を動かすのが大好きだった俺は、いつも通り公園で遊んでいた友達に声をかけた。


 「おう!いいぜ!」

 「じゃあお前はこっちチームな!」

 「本当は上手すぎてつまんねーから入れたくないけどな!」

 「じゃ、もっかい最初から始めよーぜ」


 いつも通りの返答が返ってくる。いや、いつも通り?何かいつもと違ったような。


 「って、本当は入れたくないからとか、そんなこと言わないでくれよ」


 何か他の言葉に混ざったように聞こえて、流すところだった。直接そんな言葉を浴びせられて、黙って飲み込むほど、当時はまだまだ大人じゃなかった。


 「え?誰もそんなこと言ってなくないか?どうした?」

 「え?たしかにそう聞こえたけど」


 ところが俺のそんな言葉は、意外にもそんな言葉で返された。


 あれか?みんなして俺をからかっているのか?


 「い、いやいや。誰もそんなこと言うわけないだろ?な、なぁ?」

 「あぶねー。ついつい口に出ちゃったのかと思ったぜ?」

 「まぁ実際聞こえてなかったしなぁ。どうしたんだ?お前?」


 いやいやいや、おかしいだろって。


 「つい口に出ちゃったってどう言うこと?」

 

 俺はたしかにそう言っていたやつを、指差して直接聞いた。


 思い返せば、それが始まりだったかもしれない。

 その時自分の力に気付いて、そう聞かなければ、色々とまた違ったのかもしれない。


 ともかく俺は、直接尋ねてしまったんだ。


 「な、何でこいつ俺の思っていることがわかるんだ!?」


 そいつの口は動いていなかった。ただ、俺を訝しむ目だけが、俺のその力の異質を物語っていた。


 俺はこの日を境に、人の心を読むことができるようになった。


ーーーー


 俺の生活は一変した。


 まず学校で孤立した。その一件のことが知れ渡ってしまったのだ。


 悪意はなかったんだと思う。だってみんなからしたら、悪いのはどう考えても俺だから。


 実際に口にされてないのに、悪口を言われたと一方的に相手を疑ったのだ。


 それに、あくまで孤立。嫌がらせを受けたとかではない。露骨に避けられたりとかでもない。


 だけど自然とそうなった。それは多分、俺の態度も関係していたんだろう。


 だって、聞こえてしまうんだ。


 怖い、イジワルだ、ひどい、なんてやつだ。


 いじめに発展しなかったのが幸運に思える。それほどの思いを、無防備な心に浴びることとなった。


 今は彼らを恨んだりはしていない。きっと自分がみんなの立場だったら、同じように思うかもしれないから。


 でも、当時の俺には耐えられなかった。俺は不登校となった。


 相談できる人もいなかった。両親は俺が幼い頃に既に他界していて、俺は叔父と叔母に育てられた。


 そして知ってしまった。心を読んでしまったから。


 2人が俺のことを疎ましく思っていることを、俺は知ってしまった。


 俺を見ると死んだ娘を思い出すようで、本当はそばに置きたくなかったようだ。


 ショックだった。愛されていると思っていたから。


 多分それが決定打だった。俺は人のことが信じられなくなった。

 信じられないだけの材料は、嫌でも伝わってくるから。


 それでも俺は2人に感謝している。


 そんなふうに思っていても、表面上は愛情を込めて俺を育ててくれたのだから。それが簡単なことじゃないのはよくわかる。


 幼いながらにも、当時の俺にもその凄さは理解できた。


 だから頑張った。心の声をしっかりと聞き分けられるようにして、何とか中学校を3年間通いきった。


 だけどやっぱり、他人を信じることはできなかった。どうしても、心の声が邪魔をする。


 それに耐えながら生活するのは辛かった。

 だけど卒業する頃には俺も、何とかこの能力と折り合いをつけられるようになってきていた。


 そして俺は高校生となった。


 そこで俺は、運命の出会いを果たすことになる。


ーーーー


 「ーーーーです。よろしくお願いします」


 俺の自己紹介が終わり、小さな拍手が起こる。

 当たり障りのない、まさに平凡なものだった。


 (普通だな)(つまんなそーなやつ)(うーん65点)


 そんな心の声が聞こえてくる。悪かったな普通で。

 てか、点数つけないでくれよ。65点なら、まぁいいけどね。


 (あっ!次あの子だ!)(わっ!まじで可愛いなー)


 教室の「声」が一気に増えた。もっとも、俺以外には聞こえてないだろうけど。


 教室中から注目を浴びるのは、ちょうど俺の隣の子。


 黒い髪を長く伸ばし、ピンと背筋を伸ばした凛としたその姿に、俺はつい見惚れてしまった。



 彼女は立ち上がって、他の人がその場で自己紹介したのにも関わらず、黒板の前まで出た。


 その手には一冊のスケッチブックがあった。


 【私の名前は、鈴野言葉すずのことはです。よろしくお願いします】


 開かれた1枚目にはそんな文面。


 そして2枚目には


 【私は声が出せません】


 そう書いてあった。


 教室がざわめく。それもそうだろう。いきなりそんなことをカミングアウトされたって、反応に困る。


 彼女は凛とした佇まいを崩すことなく、自分の席まで戻ってきた。


 その可憐な姿に、またしても俺は見惚れてしまった。


 一言で表せば、美しい。そう思わせるようなオーラが彼女にはあった。


 だけどそのイメージは、一瞬で崩されることになるのだった。



 『あー、めんどくさっ』

 「えっ」


 聞こえてきた「声」に、思わず返してしまった。


 【どうかしましたか?】


 彼女はそんな俺に対して、あらかじめ用意されていたページを見せてきた。こつんと首を傾げる姿は、どこか可愛らしさを醸し出していた。


 『なんだろ?もしかして声出てた?あっ、出せないんだったわ』

 「ぶふっ」


 いきなりぶっこまれたブラックジョークに、思わず俺は笑ってしまった。まずいまずいまずい。


 なんというか、ギャップがすごい。なんかさっきまではカッコよさすら感じていたのに、もう既にそれを微塵も感じさせない。


 だけどどこか親近感が湧くと言うか。


 というかとりあえず謝らないと、色々とまずい。


 「ご、ごめん。何でもないから」

 

 その言葉に、彼女はコクンと頷いた。一応納得はしてもらえたのだろうか?と思ったのだが。


 しかし実際の彼女の内心は、


 『何だこいつ』


 であった。


 第一印象。何だこいつ。最悪である。


 まぁ、今のはうっかり反応してしまった俺が悪い。


 この先仲良くなることもないだろう。関わることだってないはずだ。


 きっと、俺にそれはできないだろう。


 だって俺には、普通に話せる人にさえそれができない。喋ることのできない彼女となんてもってのほかだろう。


 俺は前を向き、残りの人たちの自己紹介を聞き流していった。


ーーーー


 『うわぁ、次国語かぁ。あの先生苦手なんだよなぁ』


 『はぁ、しかもその次の体育ペア活動か』


 『結局またひとりぼっちになっちゃうなぁ。まあしょうがないかもしれないけど』


 学校が始まり、二週間が経った。

 

 それぞれの立ち位置が確立し始めて、大体のグループ的なものも出来上がってきた。


 『話しかけてくれても、ちゃんと返せないし仕方ないよね。みんなは手話、分かんないし』


 隣の席の鈴野さんは、毎日そんなことをぼやいていた。


 もちろん、心の中でだ。


 そして彼女が思う通り、この二週間でみんな、彼女との付き合いを避けるようになっていた。


 やはり返事が遅いと言うことが、そしてその返事も文字であることが致命的だった。


 別に無理に彼女に付き合う義理もないクラスメイトは、ひとり、またひとりと彼女に声をかけることがなくなっていった。


 もちろん俺は、最初から声をかけてはいないんだけど。


 『まぁ、同情で話しかけられるよりはいいけどさ。みんな、明らかに可哀想な目で私を見るし』


 その通りだった。実際に彼女に話しかける生徒はみな、心の中で「可哀想」「優しくしてあげよう」と思っていた。


 悪いことだとは思わない。だって仕方ないじゃないか。


 俺だって事実、彼女を可哀想だと思っている。


 なぜって、彼女の「声」は人一倍多いから。

 きっと声が出せるのなら彼女は、いわゆるおしゃべりさんになっていたに違いない。


 そういうことを、俺はわかってしまっているから。


 そして彼女が、ネガティブなことだけ考えているわけではないことも知っている。


 彼女はかなり好奇心旺盛だ。


 クラスメイトの会話に耳を傾けては、色んなことに興味を持っている。娯楽に対しての欲求もかなり強いようだ。


 だからこそ、こんなにもいろんなことを思って、それを発信できない彼女が可哀想だった。


 じゃあ何かしてあげるか?それはノーだ。


 俺にできることなんてたかが知れてるし。


 それにいつかは、きっと傷つく。俺も彼女も。


 俺が持ってしまった障害は、それほどのものなのだ。


 というか、俺だって彼女のことは言えないしな。

 人を寄せ付けないように生活していたら、あっという間にぼっちの出来上がりだ。


 まぁ、彼女と一緒ではないけど。


 彼女は望んでもできないから。俺はそもそも望んでいないだけ。


 根本的に、俺と彼女は違うんだ。



ーーーー


 彼女についてわかったことがある。


 それは「同情」の目に当てられるのをとても嫌がる。


 それでも心の中では仕方ないと、その感情をあらわにすることはない。


 だけど


 『めんどくさいなぁ。嫌だなぁ。つらいなぁ』


 今日はいつにも増して、「声」が多かった。


 その理由は。


 「な?だから今日の親睦会、鈴野さんもきてよ!」


 早くもクラスのリーダー的な立ち位置にいる、大倉健二だった。


 【ごめんなさい】


 彼女はさっきからそのページを彼に見せている。


 だけど彼は諦めなかった。


 「え?だからどうしてさ。理由があるんだよね?ーーーーもしかして、声のことを気にしてる?」

 「っ!」


 (あーそんなところまで気にしてあげれる、俺優しいなー。何か、ワンチャン好きになってくれないかなー。鈴野、顔だけはいいし)


 最悪である。発言も内心も、彼女のことを何ら考えていない。


 彼女はーー


 『なんなの、そんなの気にしてるに決まってるじゃん。なのに、そんなふうに聞かないでよ……って同情に対してそう直接書くのも感じ悪いよね。どうしよう』


 彼女は諦めていた。そんなふうに「同情」を向けられることも、それを返すこともできない自分の境遇も。


 なぜって、彼女は喋れない。心の声は、普通届かない。


 きっとこの先、同情されることは無くならないだろう。

 きっとそれは、彼女の宿命だ。


 「特に理由はないんでしょ?じゃ、決まりね?放課後ーーーー」 

 「鈴野さん、今日は用事があるって書いてたよね?大丈夫なの?」


 「え?」

 『えっ?ぼっち君?』


 口を挟んだのは俺だ。って言うか、おい。ぼっち君て。そんなふうに思ってたの、君?確かにぼっちですけどね?


 「さっき書いてたよね?今日は遊びに行くんだって。だから無理なんじゃないの?親睦会」

 「ーー!」


 こくんと、彼女は頷いた。どうやらこちらの意図を察したようだ。


 「あーなんだ、そうだったの。もー早く()()()()()()()


 『ーーーー喋れないの、わかってるくせに』


 確かにな。まったく、デリカシーのないやつだ。

 大倉は自分の席に戻っていった。


 ともかく、彼女は誤魔化すのが苦手なようだ。まぁ、文字で誤魔化すのも難しいのだろう。


 『今の!助けてくれたんだよね。って、あっ』


 そんな「声」が聞こえた俺は、すぐにその場を離れることにした。


 結局戻ってくるのだが、これで多少お礼も言いづらくなっただろう。


 お礼は言われたくなかった。


 だって俺が彼女を助けたのも、結局は彼女が可哀想だったから、そうしたに過ぎない。


 別に彼女のためにしたことは否定しないけど、その動機は彼女にとっての毒なのだから。


ーーーー


 入学から1ヶ月がだった。


 俺と彼女を取り巻く環境は、何も変わってはいなかった。


 俺はただただ一人で。彼女はその容姿から、結構言い寄られたりはしているようだ。


 その全てを彼女は【ごめんなさい】と、そう返していた。


 そしてそれは、本心からの関わり方ではなかった。


 『いいなぁ』


 それはクラスで談笑する生徒に向けてのものだった。


 その「声」に、不意にイラッとしてしまった。


 (別に、誰かの誘いに乗ればいいだろ)

 

 確かに彼らに同情がないとは言わない。言いよる人たちにはそれぞれの思惑があったから。


 だけど悪意が全てなわけじゃない。純粋に彼女を心配してくれていた子だって中にはいたのだ。


 それらを全て一括りとして同情とするのは、どこか納得がいかなかった。


 もっとも、彼女にその違いは文字通りわからないのだろうが。どころかわかるのはきっと俺だけだ。


 だけどそれと同時に、彼女の気持ちもよくわかる。


 要は、傷つきたくないのだ。俺も彼女も。


 仲良くなったとしても、その先が続かなければ意味がない。


 踏み込めば、いつかは人が離れていく。そうわかっているから踏み込めない。


 それがわかっているのに、だ。


 なぜだか彼女から目が離せなくなったのは、どうしてなのだろうか。


ーーーー


 入学から2ヶ月が経った頃。それは昼休みのことだった。


 「ねぇ鈴野さん。はっきり言わせてもらうけど、健二君に迷惑かけないでくれる?」


 クラスメイトである宮原さんが、鈴野にそんなことを言ってきたのだ。


 『迷惑って、何のことだろ』

 

 困惑する彼女。それもそうだろう。彼女に心当たりなんてないのだから。


 だけど、俺にはわかってしまった。


 (うざいのよねー。声が出せないからって気にかけてもらっちゃって。どうせ今回もまた「ごめんなさい」って言うんだろうなー)


 内心で彼女はほくそえんでいた。


 そしてその予想は当たっていた。鈴野はどこか諦めた様子で、そのページを目指してノートを捲る。


 気づけば俺は、その手を止めるように口を挟んでいた。


 「言いがかりはやめなよ、鈴野さん困ってるよ」


 『えっ、また』

 (はぁ?誰だっけこいつ)


 鈴野は前のことを覚えていたようだ。

 宮原さんは、名前を覚えていなかった。


 別にいいけど。仲良くするつもりなんかないし。


 「嫉妬でそんなことするなんて、よくないよ?」

 「なっ!?嫉妬?ちょっとふざけたこと言わないでよ!!」


 ふざけてなんかない。大真面目だ。

 もちろんそんな言葉を使ったのはわざとだけど。


 ともかく俺はイライラしていた。彼女に対する周りの態度に、辟易していた。それと同じぐらいに、彼女の態度にも思うところはあったのだが。


 だからつい口を挟んでしまった。


 「あんた、覚えておきなさいよ」

 (絶対許さないんだから!)


 宮原はそう言い残して戻っていった。


 『また助けてくれた。今度こそ、お礼言わなきゃ』


 そう思いながら彼女は、俺の方を向いてそのページを開いて見せた。


 そこには


 【ありがとう】


 そう書かれていた。


 それを見てバツが悪くなる。やめろ、そんなんじゃないんだ。


 感謝なんてされたくない。だってこれは、俺だっておんなじだから。


 「別に、同情しちゃっただけだから」


 はっきりと、俺は彼女にそう告げた。


 彼女は呆気に取られていた。そんな言葉が返ってくるとは思わなかったのだろう。


 俺は席を外した。こんなことを言っておいてあれだが、気まずい空気に耐えられなくなったからだ。


 まだ唖然としていて心は読めないけど、きっと軽蔑するだろう。


 きっとそれに、俺は耐えられない。


 自業自得なのに、それに耐えられないんだ。笑えるだろ。


 自己矛盾を抱えたまま、俺は教室を出た。


 当然だが、声がかけられることはなかった。


ーーーー


 変わらず会話をしたりすることはなかったけど、彼女の俺に対する態度は少しだけ変わった。


 『何考えてるんだろ、今。話しかけたら、迷惑かなー』


 話しかけられないけどね、文字通り。


 なんてお決まりのジョークを交えて、彼女はその想いを胸に秘めた。


 もちろん、俺には筒抜けなわけだけど。


 『お話、したいなぁ』


 どうやらこの前の一件で、俺に興味を持ったらしい。


 彼女の欲が、否応にもなく伝わってきてしまう。


 正直、心苦しかった。


 普段は毅然とした態度を崩さない彼女だが、それは自分を守る殻だってことを、俺は知っている。


 そんな彼女の気持ちに気づいていながら、それを無視するのは少し苦しかった。


 だけど、その先に何があるのかを俺は知っている。

 

 だから弁える。踏み込まない。踏み込ませない。



 そう思っていたのだがーー


 【私と友達になってくれませんか?】


 翌日、そう書かれたスケッチブックを見て、俺はようやく理解した。


 彼女は俺なんかよりも、ずっとずっと強い人間だった。


ーーーー


 『何か好きなものとかあるのかなぁ』

 『趣味とか聞いてもいいかなぁ』

 

 それからと言うもの、心の声が半端じゃないほど増えた。


 彼女の「声」はもともとすごく多い方だったのだが、最近はさらに多い。


 『連絡先、聞いちゃおっかなぁ』


 それのほとんどが自分のことともなれば、落ち着かない。やはり、曖昧な態度をとってしまったのが間違いだった。


 友達になってくれないかと、そう聞かれた俺はどっちつかずの感じで頷いてしまった。


 彼女の欲求は、それから物凄く増えた。


 だけど増えただけ。具体的に会話に発展とかはなかった。


 その理由は簡単だ。


 『結局、会話になったらうまくいかないし、嫌われたくないしなぁ』


 彼女は会話を怖がっていた。


 相手を知りたいという欲求はあるが、会話をすることで相手が離れることを怖がっているのだ。


 理由は違えど、その気持ちは痛いほどよくわかった。


 だけど、だからこそわからないことがあった。


 どうして、俺なんだ?


 恩を感じているのかもしれない。自分で言うのもあれだが、それはわかる。彼女を助けたと言う自覚はあるからだ。


 でもはっきりと言った。同情だと。彼女が最も嫌がる言葉を、それがわかっていて浴びせたんだ。


 なのに、なんで俺のことを気にかける?それが俺にはどうしてもわからなかった。


 好意に理由を求めるのは、おかしいだろうか。


 無条件な信頼を、俺は信じることなんてできなかった。


 だって誰もが、心のうちで本心を隠している。


 人の汚い部分もたくさん見てきた。


 だから知っている。人間がどんな生き物かって。


 表面上でどれだけ取り繕って生きてきているかを。


 人間は打算的な生き物だ。行動には必ず理由があるし、いつだって自分のために生きる生き物だ。


 誰かを助けるのだって、結局自分を満たす行為でしかないんだ。


 それが悪いなんて思わない。思わないけど、だ。


 それでも納得できるかは、また別の話なんだ。


 俺は知っているだけだ。


 どれだけ見ても、どれだけ知っても。


 俺は、人の気持ちを理解できてなんかいなかった。


ーーーー


 【連絡先を教えてください】


 それが彼女にとって、意を決した大きな一歩だったことは、俺にはよくわかっていた。


 心を読まなくとも、その表情が、態度が、それを物語っていた。


 「どうして俺なんだ?」


 気づけば俺は、彼女にそう問いかけていた。


 一回同情で助けただけ。それなのに、なぜ。


 彼女は少し考え込んだ後、ゆっくりとスケッチブックにペンを走らせた。


 だけど俺には、それを見る必要なんてなかった。


 『それは君が、何も求めてこなかったから』


 そして数泊遅れて、スケッチブックを見せてくる。


 「別に同情って言っただろ。君が可哀想だからやっただけだ。見返りとか、そんな話じゃない」

 『普通はそうじゃないよ。同情でも何でも、普通は見返りを求めるんだよ、みんな。「人に優しくしている自分」「信頼」「相手からの好意」。みんなそう。結局は自分のためなんだよ』


 一生懸命にペンを走らせ、俺に見せてくる。

 それは、それこそ俺だってそうだ。


 「俺だって隣であんなの見せられて、イライラしてたんだよ。それが嫌だから。それだって自分のためだろ?」

 『それならそうと言えばよかった。だけど君は「同情」って言ったでしょ?おかしいね?さっきは自分のためって言ってたのに』


 しまった。誤魔化すあまり、矛盾してしまったようだ。

 

 『別に私に嫌われるようなことを言う必要はなかったよね?でも、君はそう言った。言ってくれた。私に恩を売らないために』

 

 正直、驚きを隠せなかった。彼女が人の気持ちにここまで機敏だったなんて。


 声が出せないのに、自分の気持ちを直接伝えられないのに。


 心が読めるくせに、理解できない俺とは大違いだ。


 『君は同情なんてしていなかった。多分君は、私に声が出せたとしても、私を助けてくれたよ』


 締めくくりと言わんばかりに、大きく書かれたその言葉を彼女は俺に見せてきた。


 それに、と彼女は心の中で続けた。


 『それに嬉しかった。私の気持ちを察してくれたことが。君にとっては何気ないことかも知れないけど、私にとって、私の気持ちが伝わるって、それは()()なんだよ?』


 その言葉が、文字として俺に伝えられることはなかった。

 

 だけど、その想いはしっかりと俺に伝わった。


 勇気が必要だったはずだ。こうして俺に関わろうとするのは。


 現に彼女は怯えている。俺に拒絶されるのを。


 よくわかる。人に突き放されるのは辛いんだ。


 一人ならまだいい。だけど、独りにはなりたくないから。


 あぁ、そうか。俺は彼女に自分を重ねていたのか。


 生まれ持ってしまった障害で、人とうまく付き合えない自分と、照らし合わせていたんだ。


 だから彼女のことが気になった。彼女のことを助けた。


 だから俺は、彼女のことをほっとけなかったんだ。


 根本的には違う。きっと俺たちは決定的に違った人種だ。

 それなのに似たような悩みを持ちながら生きている。


 だから、もっと彼女を知りたいと思った。

 

 だけど今のままじゃダメだ。今のままじゃフェアじゃない。


 ちゃんと真剣に向き合うなら、対等でなければいけない。


 彼女は話した。俺の質問に、怯えと戦いながら答えてくれた。


 だから、俺はーー




 「俺、実はさーーーー」




 今日は本屋にでも寄るとしよう。


 駅前の本屋は大きいから、きっと手話の本だって売っているはずだ。

どうだったでしょうか?

重くなりすぎず、少し考えさせるようなお話に仕上がったでしょうか?

ぜひ!下の☆☆☆☆☆から評価の方もお願いします!

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― 新着の感想 ―
[一言] 都築が読みたいです
[良い点] 読後感がよかった [気になる点] と言いたいところだが、最後の最後で「手話の本だってあっているはずだ」でずっこけた
[一言] 続き読みてぇ…。
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