お爺ちゃんの天国をさがして
「ゴーーーール!!」
冬の乾いたスタジアムに、歓声が響き渡る。
全国高校サッカー選手権大会・第1回戦。
3ー0のスコアに、僕は我が校の勝利を確信してガッツポーズを取っていた。
僕は高橋一也、高校2年生。
高校サッカー名門校と言われる、真丘高校のサッカー部員。
僕は大会の第3ゴールキーパーに選ばれたけど、怪我人や体調不良者が出なければベンチには入れない。
ベンチに入れない選手が沢山いる名門校では、僕らはそのまま応援団になる。
でも、僕は今の自分に後悔はしていない。
僕がまだ2年生だという事もあるけど、そもそも僕は生粋のゴールキーパーじゃなかったから。
そして何より、大好きなお爺ちゃんとの大切な想い出があったから。
僕は、バスケットボールやバレーボールで実業団経験のある両親の間に生まれた。
所謂スポーツのサラブレッドだったからか、幼い頃からスポーツは万能。
特にサッカーのドリブルは地域で負け知らずで、当時は天才ストライカーとして、自分でも少し調子に乗っていたと思う。
ところが、僕が中学生になると両親からの遺伝なのか、急に身長が伸びてきた。
最初のうちは、「これでヘディングも強くなる」と大喜びの僕だったけど、急な身長の伸びに技術がついて行けず、自慢のドリブルのフォームを見失ってしまった。
自分の武器を失ってしまった僕は結果が出せなくなり、サッカー部でも出番を失い、やがてやる気を無くして練習をサボり、ゲームセンターで時間を潰したりして、両親や先生に迷惑をかけてしまう。
そんな時、既に中学でもトップクラスの長身になっていた僕に、ゴールキーパー転向の話がやって来た。
僕もサッカーは続けたかったし、中学生からゴールキーパーを始めてプロになった選手もいる。
やる気さえあれば、悪くない話だ。
でも、僕は返事に迷っていた。
身体を投げ出すゴールキーパーなんて、ぶつかったら痛いし、負けたら自分のせいにされるし、いいプレーをしてもモテるのはストライカーやゲームメーカーの選手ばかりだし。
そんな時、僕をゴールキーパーになるよう強く諭してくれたのが、お爺ちゃんだった。
お爺ちゃんはその時初めて、自分が昔ゴールキーパーで、大事な試合でのミスの辛さに耐えかねて、サッカー部を辞めてしまった後悔がある事を教えてくれたのだ。
お金持ちでも無いのに、サッカー部の遠征費用をずっと援助してくれたお爺ちゃんの期待に応えようと覚悟を決めてから、お爺ちゃんの経験は勿論、両親のバスケやバレーの経験も、みるみるうちに僕の支えになる。
中学2年生の夏から始めたゴールキーパーで、あっという間に結果を出せた僕は、新興のサッカー強豪校からのスポーツ推薦オファーも貰った。
だけど、その頃からお爺ちゃんの体調が悪化していたから、僕は家から通える、地元の強豪校である真丘高校を受験する事になった。
真丘高校は、選手権の常連校。
全国から集まる部員の実力も、練習の厳しさも半端ではなく、僕は第8ゴールキーパーからのスタートで、練習試合にも出られない日々が続く。
そんな僕を、病院のベッドから励ましてくれたお爺ちゃんの為にも、僕は頑張って練習に喰らい付いていった。
そんなある日、僕の運命を変える出来事が起こる。
練習中に、お爺ちゃんの心臓が停止したという連絡が来たのだ。
僕は汚れた練習着のまま病院に駆け込み、まだ温いお爺ちゃんの手を握り締めて、悲しみに打ちひしがれる気持ちと、僅かな奇跡を祈る気持ちが混じり合った表情で、お爺ちゃんの胸に顔を埋めていた。
「……先生!? 患者さんの心臓が、動き始めました!」
看護師さんが驚きの声を上げ、やがてお爺ちゃんの呼吸と脈拍は安定していく。
奇跡が起きたのだ。
親族全員が呆気に取られる中、目覚めたお爺ちゃんが真っ先にした事は、僕を思いっきり抱き締めた事だった。
お爺ちゃんは死んだ瞬間、あの世の入り口で、自身のミスで負けた試合の責任を追及され、サッカー部時代の仲間からシュートの雨あられを受けていたらしい。
このままでは地獄の責め苦が続いてしまう……と、あの世で絶望しかけた瞬間、僕が颯爽と現れてシュートの雨あられをセーブしてくれたと、後にお爺ちゃんから聞いたのだ。
「一也、じいちゃんはな、サッカー部を辞めた事以外は、自分の人生には自信を持っていた。だから死ぬ時も、絶対に天国に行けると思っていたよ。でも違った。人が死ぬという事は、永遠に眠り続けるという事だ。だから悪い夢を見たまま死ねば、誰でも地獄に落ちてしまう。大切なのは天国に行きたいと願う事じゃない。地獄から救ってくれる誰かを、自分の人生で作る事だ」
僕がお爺ちゃんのこの話に感銘を受けていた頃、横一線で並んでいた第5ゴールキーパー以降の序列が変化し、僕は第4ゴールキーパーに昇格する。
未だに伸び続けていた長身に加えて、ゴールキーパー歴の浅さから来る謙虚な姿勢が周囲に評価された事による昇格だった。
つまり、まだ実力による昇格ではなかったものの、僕は練習試合に出られる様になり、その後も降格と昇格を繰り返しながら、2年生の夏には第3ゴールキーパーの座を射止める事に成功した。
……その夏の暑い日、天から授かった最後の命を燃やし尽くした様に、お爺ちゃんはあっさりと天に召される。
家のベッドに、穏やかな表情で眠ったままの、突然死だった。
親族全員が2度目の経験であるという事と、お爺ちゃんの安らかな死に顔から、涙のない温かな葬儀を終える。
その頃、後輩からの人気により、公式戦の出場僅か1試合、出場時間5分の第3ゴールキーパーである僕が、来年の副キャプテン候補に選ばれている事を知った。
僕はお爺ちゃんの言葉を思い出し、自分の人生の中で、僕を地獄から救ってくれる誰かを作る為にも、ゴールキーパーとしてサッカー部を引退まで続ける事を固く誓う。
「じいちゃんが天国に行けた時は、お前のお陰だよ、一也。お前が夢の中で、地獄にいたじいちゃんの天国をさがしてくれたんだ」
お爺ちゃんが亡くなったのは、74歳。
医学が発達した現代では、まだ早過ぎる死だと、僕も思う。
でも、サッカー部時代、大会で負けるミスを犯してしまったお爺ちゃんには酷い事を言ってしまったと、当時のチームメイト達も葬儀に駆け付けてくれた。
お爺ちゃんが安らかに天国に行けたであろう事は、間違いないと思う。
ピピーッ……
試合終了。
我らが真丘高校は、攻撃力を活かして6ー1の快勝。
試合の結果を祝福するかの様に、スタジアムには温かな陽射しも射し込んできた。
この大会では、仮にゴールキーパーに怪我人が出たとしても、僕の出番はないだろう。
でも、強豪校にとっては、快勝中の1失点は大きい。
来年も僅かなチャンスを追い求め、僕も自分の幸せをさがす事を、決して諦めはしないからね。お爺ちゃん。