第一章 鳥籠 8
8
カインは迷っていた。背後をとってから、かなりの時間が経過している。だが、相手が投降する素振りはなく、だからといって、抵抗する様子もない。
このパイロットは、なにをやっているのだ?
ヤケクソになって、すべての行動を放棄しているのか?
それとも、恐怖で動けなくなっているのか……。
(いや)
カインはひらめいた。
待っているのだ。
このパイロットは、反撃のチャンスをただ黙って待っている。そんな機会は,おとずれないかもしれないのに……。
なんと、度胸のすわった人間だ。
『おい、いいかげん決着をつけろ』
さきほどから、サンチェスが通信で急かしてくる。
「もう少し、待ってやろうじゃねえか。こいつの器を見極めたい」
『そんなことやってる場合か? 任務を忘れるな』
トレーラーは、安全な場所で停車しているはずだ。輸送の護衛が任務とはいえ、襲撃者を倒してしまえば、守る必要もなくなる。倒さなくても、こちらに引き入れてしまうのも同じこと。
今回の仕事は、ある契約を結ぶためのテストなのだ。
世界の均衡をも変えてしまうほどの、大きなもの……。
ある部隊が創設される。
軍隊ではない。もっと深く、公的なもの。
その部隊に誘われただけでなく、主要メンバーの選考にも関わることになった。こんなところで、二人も候補が現れるとは考えもしなかった。
いまは悪の側でも、染まりきっていなければいい。そもそもが悪も正義も、あやふやなものだ。
こいつらも、こちらに引き入れさえすれば、まっとうな側に転ぶかもしれない。もちろん、逆もある。だからこそ、こういう才能の持ち主には、まだ引き返せるうちに踏みとどまらせる必要がある。彼らの今後を危惧してのことではない。
世界のためだ。優秀なパイロットが破壊する側に立つのと、守る側に立つのでは、どちらが世のためなるのか……。
そこまで考えたところで、カインの口許に自虐の笑みが浮いていた。
「おれも偉くなったもんだ」
世のため──そんな言葉が出てくるなんて、どうかしている。
これまで、金で動いていた自分が……正義のためでもなく、理念があったわけでもない自分が語るなんて、熱にうなされた戯れ言のようだと思った。
『ピーピー』
そのとき、警報音が鳴った。
同時に、サンチェスの声も重なった。
『敵だ!』
カインは、さきほどのミニレッグガードが復讐戦のためにもどってきたのだと考えた。だがレーダーが捉えていたのは、大型のそれだ。
「どこのガードだ!?」
探索機能では、不明となっている。どこかのメーカーが新開発したものだろうか?
製品となって市場に出回れば、必ず機種データがわかる。ちなみに、背後をとっているガードの機種名は『瑠璃』。タカモリ製の砂漠戦主力兵器で、特徴は銃器を携帯するのではなく、腕部内に機銃が搭載されていることだ。
このように、さまざまな兵器データを参照することができる。
それなのに、データがないということは開発中のもの……。
「どんな形だ? 見えるか、サンチェス?」
『ああ』
「メーカーは?」
『わからん。はじめてみる……』
サンチェスの声も、混乱に揺れていた。
「どうした?」
『速えんだよ! なんだ、ありゃ!?』
たしかに、レーダーでも異様な速さが確認できる。
「なにがあった!? なにが見えんだ?」
『信じられるか!? 宙を浮いてる……ホバー移動してやがる!』
「なにがホバー移動してるんだ?」
『だから、レッグガードだよ! 正体不明の!』
カインは、得体の知れない恐怖を感じた。
最新鋭のレッグガードが、こちらに迫っている。
「おもしれえじゃねえか!」
すぐに恐怖を打ち消して、闘志に変えていた。
銃口を突きつけたまま、新型がやって来る方向にガードの顔を向けた。
スクリーンに、疾走するレッグガードの姿が映った。
本当に、地上から浮いていた。
「タカモリの新製品か!?」
だとしたら、敵ということはないだろう。
が、そういう雰囲気ではない。あきらかに、敵意がある距離の詰め方だ。
カインは、2つの選択を迫られた。
1つは、いま背後をとっている敵にとどめをさして、新型と戦うか。
もう1つは、背後をとっている敵を無視して、すぐにでも新型と戦うか。
「クソッ」
カインは、銃口を新型に向けた。
もう1機を解放することになるが、それでも先制攻撃を仕掛けたかった。あんなホバー移動ができる機体だ。ほかにも、なにか特殊なものをもっているかもしれない。
一瞬のおくれが命取りになる。
長年の勘が、そう訴えかけてくるのだ。
ドドドドド──ッ!
フルオートでぶっ放した。
まるで風と戯れるように、新型は弾丸の雨をかわしていく。
『オッサン、さっきの続きをやろうぜ』
無線から、さきほど知ったばかりの声が響いた。
「おまえか!」
驚いた。あのハリボテから、こんな立派なものに乗り換えるなんて。
それに、暗号化された無線システムに割り込んできたということは、その対策もされているということだ。
「どこで盗んだ?」
開発中の兵器を盗んだとしか考えられない。
『オレを、ミンクといっしょにするな』
「ミンク?」
『いまオッサンが遊んでた相手だ』
では、もう1機とは仲間同士ではないということだ。そんな気はしていたが、もう1機の所属しているグループ名が『ミンク』ということか。
カインは、追撃をかけた。
しかし、弾丸は当たらない。あのホバー移動は脅威だ。これまでの戦いを根底からくつがえすものかもしれない。
「盗んだんじゃないのなら、それをどこで手に入れた?」
当然の疑問をカインは口にした。
『つくったんだよ』
とてもではないが、信じられない答えが返ってきた。
「冗談のつもりか?」
『もちろん、オレじゃない』
「だれがつくった?」
『友達さ』
「……本気で言ってるのか?」
『嘘を言ってなんになる?』
「盗んだことを隠すためだ」
『隠してなんになる?』
この少年(カインの印象では)の言うとおりだ。嘘ではないのかもしれない……。
「友達って、だれのことだ?」
『言うと思ってるのか?』
こんなものをつくりだせるのだから、名のある研究者かもしれない。
「いいから、教えろ」
催促はしてみたものの、言うことはないだろうと考えていた。
が──、
『Eを超える者』
無線の声は言った。
「なんだ、それ?」
『わからなければいい』
つまり、わかる人間にはわかる、ということだろう。
なにも語らないよりは、ヒントになる言葉が聞けただけでもよしとしよう。カインは、そう自分を納得させた。
* * *
しゃべりすぎたかな、と由志は反省した。
この機の出所を知りたいと思うのは、当然のことだ。だが、敵に教える必要はない。ないのだが、ネルの力を誇示したいと考えている自分がいるようだ。
「いまのでわかると思うか?」
『その質問には答えられません。相手の思考力次第です』
ネルに言ったつもりだが、応対したのはエルだった。
『さあ? あの人が調べるかどうかじゃない』
ネルの答えも、似たようなものだった。ますます頭が混乱しそうだ。
その世界では『Eを超える者』という名は広く知られている。その正体が、黒人の少年のような男だということは、だれもわからないと思うが。
カイン・チェンバースと名乗った敵からの攻撃は、熾烈をきわめていた。通常のレッグガードならば、全発命中しているだろう。
「ところでネル……エルでもいいが、この機の武装は?」
両腕には、銃器を所持していない。
『脚部に収納されています』
エルのほうが答えてくれた。
人間でいうところの、太股の外側部分が開き、左右それぞれマシンガンが出現した。
それを手に取り、かまえた。
反撃を開始した。カイン・チェンバースに向かって、左右のマシンガンを連射する。
さすがは、歴戦の兵士というだけはある。数発の被弾だけで、致命傷は避けられた。
「やるじゃねえか、オッサン」
無線にはのせず、独り言をつぶやいた。
* * *
由志とカインの二人から取り残されたように、もう1機のレッグガードは戦況をみつめていた。
* * *
両脚から武器を出したのには、驚いた。
あの機体には、これまでの常識は通用しない。戦うまえから、こちらが不利だ。
まずはじめに、銃器の数で負けている。それをどうにかしなければ、火力の差で負けはみえている。
思い切ってカインは、さきほどの相手の戦法──ハリボテのときの戦法を真似することにした。
銃器を所持していない左手で、拳を握った。
急接近する。
打撃武器を持っていればいいのだが、そういう戦い方は先述したように、これまで戦場では考慮されてこなかった。
相手も逃げない。
カインは、左拳を新型に向かって叩きつけた。
相手の左肩に激突した。衝撃で、マシンガンが吹き飛んだ。
なんとかこれで、二丁持ちを阻むことができた。
いくら未知の機体とはいえ、火力が同等であれば、そこまでの脅威ではないはずだ。
「ここからは、機体の性能じゃない。パイロットの腕がものをいう」
* * *
接近戦を挑んできた瞬間に、由志は判断していた。相手の攻撃により手放した左のマシンガンだけでなく、右のマシンガンも放棄していた。
「武装は?」
もちろん、格闘用の、という意味だ。
正規品のレッグガードならいざしらず、ネルのつくったこれに搭載されていないことはありえない。
『あれがあるよ』
答えたのは、ネルだった。
両腕の外側部分が飛び出すように開いた。
ネルが「あれ」というからには、この武器しかないだろう。
スライドするように、その武具が手のなかにおさまった。
トンファー。
ミニで使っていたものよりも、当然のことならが大きいサイズだ。威力も数段上だろう。
交信しなくても、カイン・チェンバーズが驚いているのがわかった。
左のトンファーを振る。
狙ったのは、カインの右腕にあるマシンガンだ。
銃身を潰し、ただのおもちゃに変えた。
右のトンファーで、ガードの顔面部を叩く。
その一撃は、身を伏せてかわされた。
おたがいが距離をとる。
格闘武器のないむこうと、2本のトンファーを握る由志。
形勢は、あえてくらべるまでもない。
* * *
『どうする、カイン? 加勢するぞ』
サンチェスからの通信だった。
「バカ言え! そんな卑怯なことができるかよ」
『なに意地はってんだ! これは、護衛の任務なんだぞ』
サンチェスの言う通りだった。
だが、男には引けないこともある。
格闘戦を挑まれて、多勢で勝負するわけにはいかない。
カインは、人間でいうところのファイティングポーズをとった。両拳しか武器がない。相手は2本のトンファー型武具。
それについて、相手を卑怯とはいえない。
が、そこでカインは眼を見張った。
なにを思ったのか、相手は左右のトンファーを自らの意志で手放していた。
「なにを考えてる!?」
相手に呼びかけたが、応答はない。
「おもしれえ、殴り合いってか」
* * *
そこから、2機のレッグガードの……いや、2人の殴り合いがはじまった。
装甲のひしゃげる音が、しばし周囲にこだました。
それも束の間、決着はつかなかった。
「分けておく」
カインはそう言葉を残し、戦場をあとにした。トレーラーは、格闘戦の隙をついて目的地に到着していた。
任務を完遂した結果だけをみれば、カインの勝ちだった。だがカインに、勝利の余韻はない。
由志にしても、負けたつもりはなかった。
タカモリへの妨害にはならなかったが、新戦力が形となった成果は、ほかにはかえがたい収穫だ。プロの兵士が操縦する正規品のレッグガードを、機能では圧倒したのだ。
「ネル、どうだった?」
『なにが?』
「こいつの、初陣についてだよ」
『マシンの性能は、まだいくつか調整したいね』
このスーパーマシンでもまだ納得していない大天才に対して、由志は尊敬の念を通り越し、畏怖すら感じた。
『でもユウの操縦は、完璧だったよ』
それを耳にして、少し安心した。これ以上のテクニックを要求されたら、それこそ人工知能でもないかぎり、あやつることはできない。
そこで、思い至った。
「なあ、エルがこれを動かすこともできるのか?」
『できるよ』
ネルの答えは、とても簡潔だった。
『でもね、大まかな操縦しかできないんだ。細かな操作は人間がやるしかない。科学はそこまで進歩してないさ』
そんなセリフを聞けるなんて、ネルも人間だったな、と由志はさらにホッとした。
* * *
もう1機のレッグガード。
「おもしろい……」
パイロットはつぶやいた。
「あの男、たぶん……」