表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/43

第一章 鳥籠 8

       8


 カインは迷っていた。背後をとってから、かなりの時間が経過している。だが、相手が投降する素振りはなく、だからといって、抵抗する様子もない。

 このパイロットは、なにをやっているのだ?

 ヤケクソになって、すべての行動を放棄しているのか?

 それとも、恐怖で動けなくなっているのか……。

(いや)

 カインはひらめいた。

 待っているのだ。

 このパイロットは、反撃のチャンスをただ黙って待っている。そんな機会は,おとずれないかもしれないのに……。

 なんと、度胸のすわった人間だ。

『おい、いいかげん決着をつけろ』

 さきほどから、サンチェスが通信で急かしてくる。

「もう少し、待ってやろうじゃねえか。こいつの器を見極めたい」

『そんなことやってる場合か? 任務を忘れるな』

 トレーラーは、安全な場所で停車しているはずだ。輸送の護衛が任務とはいえ、襲撃者を倒してしまえば、守る必要もなくなる。倒さなくても、こちらに引き入れてしまうのも同じこと。

 今回の仕事は、ある契約を結ぶためのテストなのだ。

 世界の均衡をも変えてしまうほどの、大きなもの……。

 ある部隊が創設される。

 軍隊ではない。もっと深く、公的なもの。

 その部隊に誘われただけでなく、主要メンバーの選考にも関わることになった。こんなところで、二人も候補が現れるとは考えもしなかった。

 いまは悪の側でも、染まりきっていなければいい。そもそもが悪も正義も、あやふやなものだ。

 こいつらも、こちらに引き入れさえすれば、まっとうな側に転ぶかもしれない。もちろん、逆もある。だからこそ、こういう才能の持ち主には、まだ引き返せるうちに踏みとどまらせる必要がある。彼らの今後を危惧してのことではない。

 世界のためだ。優秀なパイロットが破壊する側に立つのと、守る側に立つのでは、どちらが世のためなるのか……。

 そこまで考えたところで、カインの口許に自虐の笑みが浮いていた。

「おれも偉くなったもんだ」

 世のため──そんな言葉が出てくるなんて、どうかしている。

 これまで、金で動いていた自分が……正義のためでもなく、理念があったわけでもない自分が語るなんて、熱にうなされた戯れ言のようだと思った。

『ピーピー』

 そのとき、警報音が鳴った。

 同時に、サンチェスの声も重なった。

『敵だ!』

 カインは、さきほどのミニレッグガードが復讐戦のためにもどってきたのだと考えた。だがレーダーが捉えていたのは、大型のそれだ。

「どこのガードだ!?」

 探索機能では、不明となっている。どこかのメーカーが新開発したものだろうか?

 製品となって市場に出回れば、必ず機種データがわかる。ちなみに、背後をとっているガードの機種名は『瑠璃』。タカモリ製の砂漠戦主力兵器で、特徴は銃器を携帯するのではなく、腕部内に機銃が搭載されていることだ。

 このように、さまざまな兵器データを参照することができる。

 それなのに、データがないということは開発中のもの……。

「どんな形だ? 見えるか、サンチェス?」

『ああ』

「メーカーは?」

『わからん。はじめてみる……』

 サンチェスの声も、混乱に揺れていた。

「どうした?」

『速えんだよ! なんだ、ありゃ!?』

 たしかに、レーダーでも異様な速さが確認できる。

「なにがあった!? なにが見えんだ?」

『信じられるか!? 宙を浮いてる……ホバー移動してやがる!』

「なにがホバー移動してるんだ?」

『だから、レッグガードだよ! 正体不明の!』

 カインは、得体の知れない恐怖を感じた。

 最新鋭のレッグガードが、こちらに迫っている。

「おもしれえじゃねえか!」

 すぐに恐怖を打ち消して、闘志に変えていた。

 銃口を突きつけたまま、新型がやって来る方向にガードの顔を向けた。

 スクリーンに、疾走するレッグガードの姿が映った。

 本当に、地上から浮いていた。

「タカモリの新製品か!?」

 だとしたら、敵ということはないだろう。

 が、そういう雰囲気ではない。あきらかに、敵意がある距離の詰め方だ。

 カインは、2つの選択を迫られた。

 1つは、いま背後をとっている敵にとどめをさして、新型と戦うか。

 もう1つは、背後をとっている敵を無視して、すぐにでも新型と戦うか。

「クソッ」

 カインは、銃口を新型に向けた。

 もう1機を解放することになるが、それでも先制攻撃を仕掛けたかった。あんなホバー移動ができる機体だ。ほかにも、なにか特殊なものをもっているかもしれない。

 一瞬のおくれが命取りになる。

 長年の勘が、そう訴えかけてくるのだ。

 ドドドドド──ッ!

 フルオートでぶっ放した。

 まるで風と戯れるように、新型は弾丸の雨をかわしていく。

『オッサン、さっきの続きをやろうぜ』

 無線から、さきほど知ったばかりの声が響いた。

「おまえか!」

 驚いた。あのハリボテから、こんな立派なものに乗り換えるなんて。

 それに、暗号化された無線システムに割り込んできたということは、その対策もされているということだ。

「どこで盗んだ?」

 開発中の兵器を盗んだとしか考えられない。

『オレを、ミンクといっしょにするな』

「ミンク?」

『いまオッサンが遊んでた相手だ』

 では、もう1機とは仲間同士ではないということだ。そんな気はしていたが、もう1機の所属しているグループ名が『ミンク』ということか。

 カインは、追撃をかけた。

 しかし、弾丸は当たらない。あのホバー移動は脅威だ。これまでの戦いを根底からくつがえすものかもしれない。

「盗んだんじゃないのなら、それをどこで手に入れた?」

 当然の疑問をカインは口にした。

『つくったんだよ』

 とてもではないが、信じられない答えが返ってきた。

「冗談のつもりか?」

『もちろん、オレじゃない』

「だれがつくった?」

『友達さ』

「……本気で言ってるのか?」

『嘘を言ってなんになる?』

「盗んだことを隠すためだ」

『隠してなんになる?』

 この少年(カインの印象では)の言うとおりだ。嘘ではないのかもしれない……。

「友達って、だれのことだ?」

『言うと思ってるのか?』

 こんなものをつくりだせるのだから、名のある研究者かもしれない。

「いいから、教えろ」

 催促はしてみたものの、言うことはないだろうと考えていた。

 が──、

『Eを超える者』

 無線の声は言った。

「なんだ、それ?」

『わからなければいい』

 つまり、わかる人間にはわかる、ということだろう。

 なにも語らないよりは、ヒントになる言葉が聞けただけでもよしとしよう。カインは、そう自分を納得させた。


     * * *


 しゃべりすぎたかな、と由志は反省した。

 この機の出所を知りたいと思うのは、当然のことだ。だが、敵に教える必要はない。ないのだが、ネルの力を誇示したいと考えている自分がいるようだ。

「いまのでわかると思うか?」

『その質問には答えられません。相手の思考力次第です』

 ネルに言ったつもりだが、応対したのはエルだった。

『さあ? あの人が調べるかどうかじゃない』

 ネルの答えも、似たようなものだった。ますます頭が混乱しそうだ。

 その世界では『Eを超える者』という名は広く知られている。その正体が、黒人の少年のような男だということは、だれもわからないと思うが。

 カイン・チェンバースと名乗った敵からの攻撃は、熾烈をきわめていた。通常のレッグガードならば、全発命中しているだろう。

「ところでネル……エルでもいいが、この機の武装は?」

 両腕には、銃器を所持していない。

『脚部に収納されています』

 エルのほうが答えてくれた。

 人間でいうところの、太股の外側部分が開き、左右それぞれマシンガンが出現した。

 それを手に取り、かまえた。

 反撃を開始した。カイン・チェンバースに向かって、左右のマシンガンを連射する。

 さすがは、歴戦の兵士というだけはある。数発の被弾だけで、致命傷は避けられた。

「やるじゃねえか、オッサン」

 無線にはのせず、独り言をつぶやいた。


     * * *


 由志とカインの二人から取り残されたように、もう1機のレッグガードは戦況をみつめていた。


     * * *


 両脚から武器を出したのには、驚いた。

 あの機体には、これまでの常識は通用しない。戦うまえから、こちらが不利だ。

 まずはじめに、銃器の数で負けている。それをどうにかしなければ、火力の差で負けはみえている。

 思い切ってカインは、さきほどの相手の戦法──ハリボテのときの戦法を真似することにした。

 銃器を所持していない左手で、拳を握った。

 急接近する。

 打撃武器を持っていればいいのだが、そういう戦い方は先述したように、これまで戦場では考慮されてこなかった。

 相手も逃げない。

 カインは、左拳を新型に向かって叩きつけた。

 相手の左肩に激突した。衝撃で、マシンガンが吹き飛んだ。

 なんとかこれで、二丁持ちを阻むことができた。

 いくら未知の機体とはいえ、火力が同等であれば、そこまでの脅威ではないはずだ。

「ここからは、機体の性能じゃない。パイロットの腕がものをいう」


     * * *


 接近戦を挑んできた瞬間に、由志は判断していた。相手の攻撃により手放した左のマシンガンだけでなく、右のマシンガンも放棄していた。

「武装は?」

 もちろん、格闘用の、という意味だ。

 正規品のレッグガードならいざしらず、ネルのつくったこれに搭載されていないことはありえない。

『あれがあるよ』

 答えたのは、ネルだった。

 両腕の外側部分が飛び出すように開いた。

 ネルが「あれ」というからには、この武器しかないだろう。

 スライドするように、その武具が手のなかにおさまった。

 トンファー。

 ミニで使っていたものよりも、当然のことならが大きいサイズだ。威力も数段上だろう。

 交信しなくても、カイン・チェンバーズが驚いているのがわかった。

 左のトンファーを振る。

 狙ったのは、カインの右腕にあるマシンガンだ。

 銃身を潰し、ただのおもちゃに変えた。

 右のトンファーで、ガードの顔面部を叩く。

 その一撃は、身を伏せてかわされた。

 おたがいが距離をとる。

 格闘武器のないむこうと、2本のトンファーを握る由志。

 形勢は、あえてくらべるまでもない。


     * * *


『どうする、カイン? 加勢するぞ』

 サンチェスからの通信だった。

「バカ言え! そんな卑怯なことができるかよ」

『なに意地はってんだ! これは、護衛の任務なんだぞ』

 サンチェスの言う通りだった。

 だが、男には引けないこともある。

 格闘戦を挑まれて、多勢で勝負するわけにはいかない。

 カインは、人間でいうところのファイティングポーズをとった。両拳しか武器がない。相手は2本のトンファー型武具。

 それについて、相手を卑怯とはいえない。

 が、そこでカインは眼を見張った。

 なにを思ったのか、相手は左右のトンファーを自らの意志で手放していた。

「なにを考えてる!?」

 相手に呼びかけたが、応答はない。

「おもしれえ、殴り合いってか」


     * * *


 そこから、2機のレッグガードの……いや、2人の殴り合いがはじまった。

 装甲のひしゃげる音が、しばし周囲にこだました。

 それも束の間、決着はつかなかった。

「分けておく」

 カインはそう言葉を残し、戦場をあとにした。トレーラーは、格闘戦の隙をついて目的地に到着していた。

 任務を完遂した結果だけをみれば、カインの勝ちだった。だがカインに、勝利の余韻はない。

 由志にしても、負けたつもりはなかった。

 タカモリへの妨害にはならなかったが、新戦力が形となった成果は、ほかにはかえがたい収穫だ。プロの兵士が操縦する正規品のレッグガードを、機能では圧倒したのだ。

「ネル、どうだった?」

『なにが?』

「こいつの、初陣についてだよ」

『マシンの性能は、まだいくつか調整したいね』

 このスーパーマシンでもまだ納得していない大天才に対して、由志は尊敬の念を通り越し、畏怖すら感じた。

『でもユウの操縦は、完璧だったよ』

 それを耳にして、少し安心した。これ以上のテクニックを要求されたら、それこそ人工知能でもないかぎり、あやつることはできない。

 そこで、思い至った。

「なあ、エルがこれを動かすこともできるのか?」

『できるよ』

 ネルの答えは、とても簡潔だった。

『でもね、大まかな操縦しかできないんだ。細かな操作は人間がやるしかない。科学はそこまで進歩してないさ』

 そんなセリフを聞けるなんて、ネルも人間だったな、と由志はさらにホッとした。


     * * *


 もう1機のレッグガード。

「おもしろい……」

 パイロットはつぶやいた。

「あの男、たぶん……」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ