第一章 鳥籠 7
7
カイン・チェンバースは、逃亡をはかった少年から、もう1機現れた略奪者に狙いを切り替えた。
護衛が目的だから、逃げていく者に追撃する必要はない。
射撃で牽制するが、巧みな操縦でかわされた。少年のような、お手製のガードではない。奪ったものだろうが、ちゃんとした正規品だ。
「さっきのヤツにしろ、こいつにしろ、こんなところにおもしろそうな人材が埋まってるじゃねえか」
カインは、愉快そうにつぶやいた。
少年と同じように無線で会話をしたいところだが、正規品ではさすがに暗号化されているだろう。
「デザート・ドッグ流の戦い方をみせてやるよ」
相手の力量を試すように、カインは接近した。射撃を封印し、間近に寄っても攻撃をくわえなかった。もとより、現行のレッグガードには格闘能力はない。格闘専用機は存在するが、娯楽目的のために開発されたものだ。さっきのお手製ガードは、例外中の例外なのだ。
遊ばれていると悟ったのか、敵は密着した距離から撃ってきた。だが射撃というものは、ある程度の距離があって、はじめて効果を発揮するものだ。カインの操縦技術をもってすれば、かわすのはたやすい。
かすめた弾丸を嘲笑うように視認すると、今度は逆に距離をとった。
当然、追尾するように速射の群れが迫ってくる。しかし、それすらもカインには一発も当たらなかった。
勝負は見えている、降参しろ──そういうメッセージを込めたのだ。
「やめる気ねえな」
ため息まじり、カインはこぼした。
『こっちで始末してもいいぞ』
攻撃ヘリに乗るサンチェスから通信が入った。陽気なメキシカンだ。
「いや、いい。卑怯な真似はしたくない」
カインは言った。
『おい、これは試合じゃねえんだぞ』
「試合さ。生きるか死ぬかの」
世の中には、上には上がいるということを、この略奪者に思い知らせなければならない。警告は送ったのだ。それでも勝負を投げないのであれば、それはもう、むこうの自己責任だ。
カインはトリガーを絞りながら、アクセルペダルを踏み込んだ。接近しながら、速射をあびせた。
敵は横手に移動したが、それだけではかわしきれない。数発の被弾を確認した。大破することはないが、相手の出足を止める効果はあるはずだ。
カインは大回りに、敵の背後をとろうとした。さすがに、うまくはいかない。敵もそれにそなえて、旋回しながら距離をたもつ。
「犬ってのは、地を駆けるだけじゃねえんだぜ」
不敵につぶやくと、カインは、さきほどの手作りガードのお株を奪うように跳躍した。
敵は、驚愕に眼を見張っただろう。
相手を飛び越えて、背後をとった。
「もう抵抗はするな」
もちろん敵操縦者には聞こえないが、それでもカインは語りかけた。
銃口を突きつけている。本意ではないが、少しでも動こうとしたら、フルオートでぶっ放す。
* * *
「な、なんだこれ……」
由志は、驚愕のつぶやきを放っていた。
『時間がないから、説明ははぶくよ』
ネルの声も、あまり耳に届いていない。
『難しく考えることはないよ。面倒なことは、すべてこいつ自身がやってくれる』
コックピットにおさまった由志の前には、操作をするためのレバーも、加速するためのアクセルもない。
「どうやって、動かすんだ?」
『ヘルメットを装着してください』
「え?」
ネルの声だったが、急に丁寧な口調になったので、由志は違和感をおぼえた。
『シートのわきにあります。パイロットの生命を守るためでもありますが、操作に必要ですので、必ず装着してください』
戸惑いながらも、それに従った。
たしかにヘルメットが置かれていた。かぶってみる。頭部を保護する以外にも、前面を覆うバイザー部分がスクリーンのかわりになっているようだ。
『操作モードに入ります』
ネルが、そう口にしたと同時に、眼前に左右両方のレバーが見えた。通常のレッグガードと同様のものだ。足元にも加速アクセルとブレーキがある。
「VRで操縦しろってことか?」
由志は、独り言のように確認した。
かつては、こういう技術が一般的になると信じられていた。100年以上前から……。
実際には、ならなかった。本物のレバーを動かすのも、仮想のレバーを動かすのも、結局は同じだ。本物を動かすほうを人類は選んだということになる。
『そのとおりです』
やはり、丁寧な語気でネルは答える。
不思議と、操縦桿を握る感覚が仮想とは思えなかった。本当に、なにかを握っている感触がある。
アクセルペダルを踏む。
動き出した。
スクリーンに、外の光景が映し出された。
ちょうど、基地にしている工場の壁が大きく開きはじめていた。
開ききるのを待って、由志は全速力で飛び出した。
「速い!」
驚くほどのスピード感。まるで、飛んでいるような……。
「まさか、浮いてるのか!?」
『ホバー移動しています』
だから、振動がないのだ。静かに、滑るように前進している。ありそうでなかった──これまで実現できなかった機能だ。レッグガードの重量を浮かせる風力を生むのが困難だったのだ。
それを、この機は……。
『どう? 乗り心地は?』
いつもの口調で、ネルが言った。
由志にも、どういうことなのか、さすがにわかってきた。
「2人いるのか?」
『それに近いね』
「AI……」
これも、100年以上前から実現可能といわれつづけてきたシステムだ。ある程度の知能をもたせることは容易だった。簡単な会話程度なら、これまでのコンピューターでもおこなうことはできる。
が、どんなに時が進んでも、本物の人間のようにはふるまえなかった。
『紹介するよ。エルだ』
『よろしくお願いします。ユウ』
「どう答えりゃいいんだ?」
『ボクと同じように』
「これから、よろしく」
由志は、われながら間の抜けた呼びかけだ、と思った。
『こちらこそ』
『こちらこそ』
エルの声に、ネルの声が重なる。
「おい、遊ぶな」
由志は、ネルに言ったつもりだった。
『遊んでなどいませんよ、ユウ』
答えたのは、エルのほうだった。いや、口調はエルのものだが、ネルがふざけているのかもしれない。
考えただけで混乱する。
耳ではちがいがわからない。それが原因だ。
「どうにかしてくれ」
『じき、慣れるよ』
目的地周辺に到着した。ホバー移動は、さすがに速い。
だが肝心の2機は見当たらない。移動するトレーラーを追いかけているはずなので、同じ場所にはとどまっていないだろうが、おおよその予測ならできる。場所にまちがいはないはずだ。
レーダーや、その他の感知機能を使用したいのだが、まだやり方を教えられていない。
機内には、計器類も存在しない。
「どうやればいい?」
『エルに頼めばいいんだよ』
それではこのレッグガードは、完全にAIによって動かされているということか?
「この周辺で、大型トレーラーが走行しているはずだ。それをさがしてくれ」
こんな言い方で良いのか自信はなかったが、由志は命じた。
『捕捉しました。自動で追尾しますか?』
「たのむ」
自然にその返事が出てしまったが、機体は由志の操作とはべつの方向に転じていた。
どうやら事前に知ったルートとはちがう道を行っているようだ。その輸送トレーラーを追いながら、ミンクのレッグガードは戦闘を続けているのだろう。それとも護衛のガードに、すでにやられているか。
いや。
由志は、その考えをすぐに捨てた。だれの操縦だか知らないが、かなりの腕だ。いくら本物の兵士が相手でも、そう簡単にはやられないはずだ。
「……」
そこで由志は、不思議な感覚に襲われた。いまから2機の戦闘に割って入って、なにをしようというのか……?
たしかにミンクのガードには、さきほど助けられたばかりだ。とはいえ、本来なら敵同士。むこうだって、べつに助けたつもりはなかったかもしれない。
だが、借りは借りだ。
『トレーラーおよび、2機のレッグガード、戦闘ヘリに接近しました。そのうち、レッグガードへの攻撃可能範囲に入っています』
由志にも見えた。
二者の戦いは、いまだ継続中だった。
ちがう。決着はついているようだ。護衛のガードが、ミンクの背後をとっていた。銃口をピタリと頭部の装甲につけている。
まるで時間が静止しているかのように、どちらも動かない。しかしミンクのほうは、動きたくても動けないのだ。
『双方を敵と判断しますか?』
「いや。カインとかいうオッサンのほうだ」
『了解しました』
「操縦は、オレがやっていいのか?」
『はい。ユウの思うままに』