第一章 鳥籠 6
6
砂塵を巻き上げながら近づいてくるトレーラーに、ミニを接近させた。
ドドドドド!
護衛機からの銃撃がこだまする。
正確な射撃だったが、ミニの機動力にはかなわない。骨組みの機体すれすれに、弾丸を避けていく。一発でも当たれば、命取りだ。
ミニの両腕には、あのトンファーが握られている。護衛機の足元に叩きつけた。ミンクのレッグガードには通用したが、このパイロットはバランスを崩すことなく、逆に腕で払いのけられた。機体の左側が衝撃に襲われた。
見れば、コックピット部分のフレームが曲がっていた。人間のスケールとそうかわらない大きさだから、もう少し衝撃が大きかったら、由志の身も危なかった。
距離を取った。
トレーラーは遠ざかっていくが、レッグガードをどうにかしなければ、どのみち、なにもできないのだ。
『みたところ、小僧のようだが』
通信が入った。由志のミニは、混線を防ぐための暗号化をしていない。だからこその呼びかけなのだが、敵側の無線に語りかけるなど、普通はおこなわない。
『もったいないねえ。才能の無駄遣いだ』
「オッサン、だれだ?」
『見てもいないのに、オッサン呼ばわりかよ。最近のガキは礼儀を知らねえな』
だが、声はそれほど怒っているようではなかった。むしろ、会話を楽しんでいるようでもある。
『アフリカの最前線からしてみれば、ここは生ぬるいと思ってたが、けっこうエキサイティングじゃねえか』
悠長に会話をつづけるつもりは、由志にはなかった。再び敵の脚部にもぐりこんでトンファーを叩きつけようと、アクセルペダルを踏み込んだ。いや、踏み込もうとした。
敵には、それすらも察知されていた。
『おっと、まて。おれの話を聞け』
「なんなんだ、オッサン」
『だから、オッサンじゃねえ。おれの名は、チェンバースだ。カイン・チェンバース』
「オレは名乗らない」
『そんなのはいい。だが、おれの名を聞いても反応がないってことは、やっぱり素人のガキってことだな』
「オッサン、有名人なのか?」
『これでも、デザート・ドッグ部隊のカインっていやあ、ちったあ知られてる。まあ、そこはもうやめたがな』
そこで、べつの通信が入った。ネルからだ。
『デザート・ドッグ隊の情報は眼にしたことがあるよ。《混沌の巨石》との最前線で活躍しているATO軍の精鋭部隊だよ』
「ATO? なぜそんなのが、タカモリの護衛をしてる?」
『だから、そこはやめたんだって』
「……で、その元ATO軍のオッサンが、オレにどんな話があるんだ?」
『おまえ、こんなとこで青春をムダにするんだったら、おれといっしょに来ないか? おまえはスジがいい。おれが鍛えてやるよ』
「おことわりだね。戦争の犬になるつもりはない」
『言ってくれるねぇ、若人よ。だが、おれは犬ってわけじゃない。自分の意志で動いてる』
「傭兵ってことか?」
『ま、そんなもんだ。いま、優秀なパイロットをさがしてる』
返事のかわりに、由志はトンファーを叩きつけた。
「悪いが、ほかをあたってくれ」
うまく避けられたためにクリーンヒットはしなかったが、それでも周囲に音を響かせるほどは衝撃があった。
『こりゃ、教育が必要だな』
もはや無線の声を無視して、由志はトレーラーの追跡を再開した。いまの一撃によって、その隙が生まれていた。
『まちやがれ!』
「だれがまつか」
トレーラーの荷台を攻撃圏内に入れた。同時に、背後から追ってくるカイン・チェンバーズという男の射線を消していることになる。射撃では、トレーラーに当たる可能性があるからだ。
「まずは、1機を破壊する」
しかし、その目論見は崩れ去った。
予想外の方向から、攻撃をうけたのだ。
「なに!?」
上空。
ヘリだった。機関砲の掃射だ。
それだけではない。もう1機が、ハヤブサのように由志のすれすれを通過した。
信じられないほどの超低空飛行!
戦闘機だ。
「卑怯だな、仲間かよ」
『なに言ってやがる。テロリストに、上品な手を使う必要があるかよ』
「オレをテロリストといっしょにするな」
『やってることは同じなんだよ』
「オレから見たら、あんただって立派な破壊者なんだぜ、オッサンよ」
由志は、熱くなっていた。
『ものは言いようだな』
「タカモリのつくった兵器で、何人が死ぬことになるんだ!?」
『おまえのやってることは、正義だと?』
「あんたよりは、マシさ」
『フン、これ以上、ガキと正義について語り合う気はねえ』
声は、おもしろくなさそうに言った。
『こっちは、数で勝ってるんだ。おとなしくここは退け。ここで失くすには、おしい人材だ』
レッグガードだけではなく、ヘリも照準を合わせていた。戦闘機も、ミニの上空を旋回している。
ここは、撤退するのが正常な判断といえた。
『ユウ、逃げよう』
「いや、その気はないね」
由志に引くつもりはなかった。
レッグガードの脚部にトンファーを叩きつけようと、地を滑るように駆けた。
『同じ攻撃が、何度も通用するかよ』
だが由志のミニは、敵レッグガードの数メートル手前から、跳躍した。
高い。
ミニの遥か下を、レッグガードの腕が薙ぎ払っていた。当然、なにもない空間だ。
上空からヘリの機関砲が襲うが、もうそのころには重力に従い落下をはじめていた。頭の上を弾丸が通過していく。
ちょうどレッグガードの頭部の高さで、トンファーを振り下ろした。
〈ダンッ!〉
金属のひしゃげる異音が、不快に響いた。
『てめえ、本気で怒ったぞ!』
しかし、やはり正式配備されたレッグガードには、わずかよろけさせる効果しかなかった。
ヘリからの速射が、左腕部に命中した。火花が散り、トンファーが落ちた。
右腕のもう一本が残っているが、由志の武器はその一つだけになった。
『ユウ!』
カインの駆るレッグガードが、銃身をミニに向けた。
このまま降参しなければ、撃たれるだろう。
装甲に守られていないミニでは、パイロットの命にかかわる痛手をおうことになる。
そのときだった。
想像もしていない角度から、射撃があった。
左斜め後方。
しかも、由志のミニめがけてではない。
カインのレッグガードを狙ったものだ。
「!?」
『なんだ!?』
由志、カインともに意表をつかれた。
それは、1機のレッグガードだった。由志にとっては、見覚えのあるものだ。ミンクの所有するレッグガードだ。
タカモリ製、砂漠戦用の『瑠璃』。
「どういうことだ!?」
由志の疑問は、偽情報に踊らされたミンクが、なぜここにいるのか──というものと、なぜミンクが自分を助けるのか、という2つだった。
なんにせよ、この隙を利用しないテはない。
由志は、カインのレッグガードから距離をとった。追撃はなかった。ミンクとの交戦で、それどころではなかったからだ。
「ネル、この機体じゃだめだ。あれに乗りかえる」
『いまから!?』
「ああ」
由志は、撤退をはじめた。ここからならば、ミニの機動力をもってすれば、10分ほどでもどってこられる。
『大丈夫?』
「なにがだ?」
『いきなり実戦なんて』
「テストは必要なかったんだろ」
『でも、相手が悪いよ』
「だからだ。ロートルは引っ込んでろって、教えてやるさ!」
ミニは、2人が基地にしているあの汚染エリアをめざして疾駆をはじめた。