第五章 猛羽 7
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地上の混乱は、上空にまでは波及していなかった。
政府軍の戦闘機部隊は、さきほどの飛鳥丈の活躍で撤退しているし、テロ部隊は空にはいないので、ルカーチュはいわば高みの見物を気取っていた。
『で、あんたはどっちにつくんだ?』
飛鳥丈からの通信だった。
「どっち? おかしなことを訊くのね。わたしたちは、どちらにもつかない部隊でしょ?」
丈が、そういう意味で訊いたのではないことをルカーチュもわかっていた。
『それなら、いいさ』
「どっちを選んだとしても、空は青いわ」
『それは、哲学かい?』
「ポエムよ」
ルカーチュは、自身の言葉で笑ってしまった。しかしヘルメットを装着しているために、サイレントビューティの笑顔を見た者いなかった。
* * *
由志による快進撃は続いた。
テロ部隊、政府軍、ときには仲間である休戦部隊にも容赦はなかった。武装放棄をしなければ、すべて敵あつかいをした。
政府軍の残党が5機、群れている。指揮系統も滅茶苦茶になり、ほかの部隊が混乱するさなか、その群れだけは統率がとれていた。
トルコ軍ではあるが、トルコ人ではない。国籍はバラバラだ。外国人部隊──傭兵のようなものだが、あくまでも1国に忠誠を誓う。ただし、契約期間内だけの儚い忠誠ではあるが……。
小隊のリーダーは、アメリカ人だった。
名をブライアン。没落した自由の国から流出した人材の一人だ。一般のアメリカ人が移民をするには莫大な費用がかかるが、傭兵という職種なら話はべつだ。どこの国であろうと優秀な軍人は必要とされる。
ブライアンを中心に残りの4機が扇状に散開する。一糸乱れぬ隙のない動きだった。
由志は、中心のブライアンめがけてマシンガンを放つ。
「!」
残りの機は開いていた陣を、由志を囲むように縮めた。
四方から由志は狙われることになった。
それでも恐れることはなかった。
この機にとっては、上も逃げるスペースとなる。
飛び上がった。
四方からの弾丸は、それぞれ仲間のガードをかすることになった。
着地した由志は、正面にいたブライアン機を標的にした。
左腕のショットガンを放った。
ブライアン機は、斜め後方へさがって炸裂弾をかわした。
常人にできる芸当ではない。
由志は、距離を詰めた。
ショットガンをもう1発。
左肩周辺に衝撃をあたえた。
だがブライアンも反撃に出た。マシンガンの速射が由志の右腕に火花を散らせた。
右のマシンガンが手から離れた。腕部内側から拳銃を取り出す。
発砲。
相手の頭部をかすめる。
さらに両者が接近。
ショットガンを撃とうとしたが、相手の射撃のほうが早かった。ショットガンを盾がわりにして防ぐと、もう1歩前へ出た。こうなると、銃器よりも打撃武器のほうが有効だ。
右の拳銃とショットガンを放棄すると、トンファーを抜いた。
左のトンファーを横にはらって、相手の銃器を破壊した。
とどめの1撃を放とうとしたが、背中に衝撃があった。
仲間のレッグガードの攻撃だ。
致命の1撃ではないが、由志は銃器を回収しながら、その場から離脱した。1機が進行する途中にいたが、トンファーでなぎ倒した。
距離を置いて、振り返った。なぎ倒した1機も立ち上がり、由志は5機と向かい合っていた。
そこに、乱入するレッグガードがいた。
通常の装甲とはちがう。分厚い重量機だ。劣悪な環境での運用が想定される機体だろう。たとえば、高温、低温、深海──それらに耐えられる専用機体を陸上戦線に投入したようだ。
もちろんのこと、機動性には難がある。
パイロットは、カナリアから『アホウドリ』と呼ばれている豪傑漢だった。
* * *
「このバケモノに乗り替える必要に迫られるとは……」
用意はされていたが、さすがにこれを操縦することになるとは考えてもいなかった。それほどまでに、この戦場は過酷だ。
「ずいぶん、好き勝手やってるやつがいるってことだったが、おれは止められないぜ!」
アルバトロスは吠えた。
「このガードは、特注品でな!」
噂の新型めがけて突進した。
簡単にかわされたが、かまわなかった。政府軍の残党の1機が、かわされた直線上にいたので、そのまま巻き込んでやった。
重量感のある装甲が、そのレッグガードを圧壊する。
「おれが、最強よ!」
* * *
「とんでもないのが来たな」
あきれとも、冷淡ともとれる声で由志はつぶやいた。
『あれは、ギリシャ製のアルゴ98という作業用レッグウォーカーを改造しています。格闘試合用にチューンナップされたサイクロプスと呼ばれる機体です』
あんなものを真剣につくっていることに驚いたが、見世物の格闘試合だということに納得した。
「格闘用か」
由志は、トンファーをかまえた。
これまで自ら格闘戦を挑んではいるが、格闘専用機との対戦はない。試してみたい気持ちが芽生えた。
サイクロプスが、再び突進してきた。
さきほどは大きく避けたか、今回はかするほどの近距離で応戦する。風圧を感じたが、紙一重の間合いからトンファーの1撃をあびせた。
まるで効いていない。
パイロットの哄笑が聞こえてくるようだった。
もう1撃、2撃!
敵の右拳がアッパーカットのように迫った。
なんとか、かわせた。
少し距離をとる。
「……なんつー装甲だ」
あきれた声が出してしまった。
『アドバイスを聞いてくれるのなら、無理せず銃器を使ってください』
エルの忠告は、聞こえないふりをした。
サイクロプスが腕を振り回しながら接近した。極太の腕をかいくぐって、トンファーを叩きつける。
効いていない。
『仕方ありません。格闘の基本を教えましょう』
「知ってるなら、はやく教えてくれ!」
『巨人と闘うのなら、脚を狙うのが鉄則です』
「なるほど」
冷静に考えてみると、たしかにそうだ。
『人間相手だと反則になりますが、膝関節を狙ってください』
習っていた空手でも、関節への蹴りは禁じ手となっていた。
突進をかわしながら、トンファーを相手ガードの膝部分に叩きつけた。
ダメージがあったとは思えない。
『どんな強固なものでも、同じ攻撃を加えつづければ、ほころびが生じます』
その後も、同じ攻撃を繰り返した。
『生じるはずです……』
エルの語りも、不確かなものに変わっていた。
6回目のチャレンジで、敵機の膝に異変がおこった。ギシギシと耳障りな音がして、関節部がうまく動かなくなったようだ。
厄介な突進さえ封じれば、ただの分厚い鉄の塊だ。
由志は、左右のトンファーで滅多打ちにした。叩く叩く叩く!
『これ以上は、武具の耐久力がもちません』
負けを認めない落ち武者のように、サイクロプスは立ち尽くしていた。
そのとき、斜め後方から銃撃をうけた。
かすめただけだ。
「距離は?」
すぐに由志は、エルに確かめた。遠距離からの狙撃だ。頭のなかには、あのスナイパーが浮かび上がっていた。といっても、姿を見たことはないが。
すぐに遮蔽物の陰へ隠れた。
* * *
「なにをやってる、アルバトロス!」
『チッ! すまねえ、アウル、しくじった』
「援護するから、逃げるぞ」
アウルは、もう1発撃った。遠距離ライフルだが、いまはそれほどの長距離からの狙撃ではない。こちらの姿も隠していない。だから、反撃をうける危険も高い。
いまは撃墜よりも、牽制のための射撃だった。敵は、例のやつだ。それ以外にも政府軍機がいるようだが、いまは傍観しているらしい。
三つ巴の戦闘だから、これからどう転ぶのか、経験を積んだアウルでさえわからなかった。はたしてクロウは、こうなることを予想していたのか……。
* * *
一時的に傍観者と化していたブライアンの部隊も、狙撃により行動を再開した。
散開して、得体の知れない高性能機と交戦した。テロリスト機のほうは機動力が失われたので、放っておくことにした。
素早いフォーメーション変化で、相手を翻弄するのが真骨頂だ。弾丸の群れが、高性能機に襲いかかる。
が、簡単にはいかない。高性能機の移動速度が凄まじいのだ。
戦況は、さらに激しく入り乱れようとしていた。新たなる敵機が、この場に侵入してきたのだ。
* * *
カインと沙莉の戦闘は、移動を繰り返し、格闘、射撃、さまざまな手を尽くして続いていた。
カインは、感心するしかなかった。歴戦の兵士である自分と、こうして対等にやりあっているのが、まだ10代の少女だということが信じられない。
この若さでここまでのことができる人間は、由志ぐらいなものだろう。さすがは、その姉だ。しかも由志がすぐれているのは、あの新型機のとてつもない性能のおかげでもある。
それを、こんな量産機で戦い続けるなんて……。
決着がつかないまま、2人の戦いは新局面をむかえた。
「小僧か」
由志と5機の編隊が戦闘しているエリアに侵入してしまったようだ。
とういことは、いま戦っているのが由志の姉だとすれば、姉弟が顔を合わせることになる。
「……ますます面倒なことになりそうだ」
* * *
「あれは……」
沙莉は、すでに察知していた。姿を見るまえから、予感があった。
手にしていたマシンガンの銃口を、それまで戦っていたガードから、由志へ向けた。
由志は、5機の編隊と戦闘中のようだ。そのうちの1機を銃撃した。
「だれにも邪魔はさせない」
* * *
思わぬ方向から援護があった。
5機のうち、1機が被弾していた。
『味方ではありません』
エルが警告を放った。
すぐに由志も感じとっていた。そのガードに乗っているのが、沙莉であるということを。
『どうするつもりですか?』
エルの問いには答えなかった。
由志にもわからない。
ここからは、本能にまかせる。
「沙莉」
由志。
むこうでも、そうつぶやいたような気がした。
沙莉はカインと戦闘中のようだったが、拳銃を抜いてカインを牽制した。
『おい、小僧!』
抗議の無線が鼓膜に刺さったが、応答するつもりはなかった。
だれにも邪魔はさせない!




