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第五章 猛羽 4

       4


 飛鳥丈の率いる空戦部隊が戦場に入った。

 それを見計らって、ルカーチュが工作をはじめた。無線の各チャンネルを使用して、休戦を呼びかける放送を流した。

『ただちに戦闘行為をやめてください。武器を置いてください』

 はたしてこのような声が、どれほど人の心に訴えかけるものなのか。

「ん?」

 数機の戦闘機が近づいていた。丈たちの部隊に対抗するため、トルコ空軍が発進したようだ。

「どうする? 攻撃していいのか?」

 丈は、空母のハルデマンと日本の本部にいる沖田誠四郎へ同時に呼びかけた。

『待機してください』

 楠木瑤子の声だった。

「むこうが撃ってきたら?」

『逃げてください』

 思わず丈は、苦い顔になった。

「ちゃんと交渉はしてるんだろうな?」

『トルコ政府に、武装をとくよう進言しているところよ』

「どれぐらいで話はつくんだ?」

『わからない』

 丈は、さらに苦い顔になった。ヘルメットのために、だれの眼にもふれることはないが。

 あと数秒で、交戦がはじまる。

「空戦部隊に告ぐ。攻撃はするな。逃げに徹しろ。難しいようなら、おれが見本をみせてやる」

 ロックオン可能距離に入った。が、相手もまだ撃ってくる素振りはない。

 トルコ空軍の編隊とすれちがった。

 おそらくむこうとしては、さきに撃たせたいのだ。そうすれば、防衛だと言い訳ができる。

 丈は旋回した。相手も同じだ。

 再びロックオンの距離まで近づいた。

 まだ、おたがいが攻撃を仕掛けない。

「次は来るな……」

 野生の勘のようなものだった。

 ロックオンの警告音が機内に響き渡った。

「散開しろ!」

 いっせいに空戦部隊の戦闘機が散り散りに広がった。

 しかし丈だけは、敵編隊のなかに突っ込んでいく。

 すれちがうまえに、ミサイルが飛んできた。

 きりもみ旋回で上昇した。ミサイルもついてくる。

 方向を転換し、急降下。

 敵編隊の後方にピタリとついた。

 が、ミサイルにもまだ追われている。

 フレアを発射。

 ミサイルは、それに食いついた。

 ホーミング誘導ミサイルとフレア弾の化かし合いは、時代が変わっても続いている。ミサイルの性能が上がれば、フレアの性能があがり、フレアが上がれば、ミサイルも……の繰り返しだ。

 丈は、敵機の1つにロックオンし返した。

 相手は、恐怖に慌てているはずだ。しかも、発射はしない。警告音だけがパイロットの鼓膜をゆらしている。精神的には、それだけでキツい。逃げ出したくなるだろう。むしろ撃ってくれたほうが対処できるのだ。

 編隊を組んでいた敵空軍が、散開した。

 丈は、べつの1機に狙いをつけて、背後をとった。

 ロックオン!

 その後も、各機の背後をとってロックオンを繰り返した。

 相手も反撃しようとするのだが、丈の曲芸飛行に、だれもついてこれなかった。

 結局、全機がロックオンされるという事態に陥った。

「まだやるか?」

 丈の操縦には、つねに余裕があった。というより、遊び感覚だ。

 ほかの機にはついていない、丈だけの特殊武装ボタンがある。丈は、ニヤッとしながらそれを押した。

 排気口から白い煙が噴出した。

 敵をかわしながら、青いキャンバスに絵を描いていく。

 スモークの発生方法は、100年以上前から変わっていない。スピンドルオイルをエンジンの熱で気化させ、それが空気で冷やされることにより煙となる。

 丈は、またべつのボタンを押した。

 煙の色が、赤になった。

 オイルに染料を混ぜると、色がつく。

 その後も、緑、黄色。

 色とりどりの模様が空に浮かび上がる。

 しだいに、敵機の戦意が喪失されていくのが手に取るようにわかった。

『どうやら、あなたの勝ちのようね』

 それは、ルカーチュからの交信だった。

 トルコ空軍は、撤退をはじめていた。

『おまたせしました。とりあえず、航空機はおさめてもらうということになりました』

 楠木瑤子の声を、あきれ半分に聞いていた。

「だれのおかげだ」

 丈の愚痴は聞こえていたはずなのに、楠木瑤子はなにも言葉を返さなかった。


     * * *


「制空権は、こっちにあるんだな?」

 カイン・チェンバースは、ルカーチュに確認をとった。アンカラに入ることができずに、周辺で待たされていた。

『ええ。ジョーがおもしろいショーをみせてくれたわ』

 ジョーにショーがかかったダジャレなのかもしれかったが、それについては無視をした。

「では、陸戦部隊はこれよりアンカラに突入する」

 輸送ドローンのままアンカラに入ると、地上から5メートルほどで切り離された。

 重厚な音を響かせて、カインたちのレッグガードは着地した。

「これより、紛争の仲裁にはいる」

 各自が散り散りにレッグガード同士の戦闘を止めるべく活動を開始した。

『あくまでも、止めることが目的です。戦闘行為は極力ひかえてください』

 楠木瑤子からの忠告が、虚しく鼓膜をゆらす。

 レーダーとルカーチュの誘導で、レッグガード同士の戦闘がおこなわれているエリアへ移動した。

 トルコ軍のレッグガードは、ATO軍で使用されていた前世代機で、イギリスのセーフアームズ社のDFV、通称『コスワース』だ。名量産機として知られ、現在でも多くの国で現役として運用されている。

 かたや反政府側はオランダ、ズワールト社の『ロウシュⅢ』をベースに、いろいろとパーツをつけかえているようだ。だが、ガラクタを集めたわけではなく、的確にチューンナップされている。

 カインは、両陣営のあいだに割って入った。

 カインの機体『デザート・ドッグ』は、盾を装備していた。それを政府側に向け、ショットガンの銃口を反政府側に向けた。

 戦闘をやめろ、というジェスチャーだ。

 両陣営からそろって攻撃をうけたのは、もちろん想定のうちだ。

「だろうな」

 盾で防いで、ショットガンをぶっぱなした。

 ただし、威嚇射撃だ。

 それで引き下がるような連中は、そもそも戦場なんかに身をおくわけがない。

「1度きりだ」

 政府軍の1機に詰め寄り、至近距離で脚部を狙った。

 相手に防御や逃走の隙をあたえなかった。

 直撃をうけて、片脚が破損した。それはつまり、レッグガードにとっては撃墜を意味する。

「警告はしたからな」

 2機目も、あっというまに戦闘不能に追い込んだ。

『やりすぎです。わたしたちは、戦争をしているわけではありません!』

 戦闘の光景は、レッグガードのカメラから本部にもリアルタイムで届いている。

「わかった。攻撃するなら、反政府側にしろってことだな?」

 楠木瑤子は、答えに困ったようだ。

 カインは、反政府側の機体に狙いをさだめた。

『お姫様が近づいてるわ』

 上空で監視活動をしているルカーチュの声が割って入った。

 カインは、その《お姫様》とは戦ったことがある。いくら歴戦の猛者といえど、隙をみせたらやられてしまう。

 迷わずに狙いを変えた。

「ニューヨーク以来の再戦だな」


     * * *


「なにやってるの、アルバトロス!」

 沙莉は、叱咤をとばした。

 もとから所持していたショットガンは全弾を撃ち尽くしていたので、撃破した敵のガードから銃器を奪って使っている。盾も同様だ。

 その奪ったマシンガンを撃ち込んだ。突如としてこの戦場に割り込んできた勢力だ。国際休戦裁定部隊。その黄金色に塗装されたガードには見覚えがあった。

 東京のテロで眼にしている。直接見たわけではなく、そのときのニュース映像にとらえられていた。おそらく、ニューヨークで戦った男が乗っているのだろう。

 その名が、カイン・チェンバースだということも知っている。

 カインの機体が、沙莉に狙いをつけた。

 おもしろい!

 沙莉は、真っ向勝負を挑むことにした。

 マシンガンを放ちながら、接近した。距離をあけていたら弾が当たらないことは学習ずみだ。

 むこうも逃げるのではなく、逆に近づいてきた。

 由志の戦い方を、この男も知っている。知っている同士が、由志の得意な格闘戦を繰り広げようとしている。

 まるで、あの男をこの戦場に呼び出しているようではないか。

 沙莉は、盾を振り上げた。

 むこうも、同じように盾を向けていた。

 ガシャン!

 耳をつんざくような破裂音が、操縦席にも振動として伝わった。

 盾と盾のつばぜり合い。

 それは、意地と意地のぶつかり合いでもあった。戦場においては無用の感情だ。

『カナリア、手を貸してやろうか?』

 アホウドリが、出しゃばってきた。

「必要ない。邪魔しないで!」

 わたしのことより、自分の心配でもしてろ──そう言いたいのをこらえた。

 おたがいの力が拮抗して、どちらも押し切れない。かといって、引くこともできない。

 あくまでも力の負担をうけているのはレッグガードなのだが、沙莉は自身の筋肉が収縮している感覚を味わっていた。

 おそらくそれは、相手も同じだろう。


     * * *


「やるじゃねえか!」

 カインは、わくわくとした歓喜の情を意識していた。アフリカの最前線で活躍していたころを思い出す。ただしあのころは、もっぱらヒュレスでの戦闘だったので、命のかかった殺し合いは、歴戦の勇者でもそうそうないことだ。

『おい、手を貸してやろうか?』

 サンチェスからの通信だった。後方支援部隊も到着したようだ。

「よけいなことはするな。これは、1対1の勝負だ」

 相手側も、仲間と似たような会話をしていたことを、もちろんカインは知らない。

「ここからが、おもしろいところなんだからよぉ」


     * * *


 サンチェスの後方支援型ヘリが到着したということは、それに搭乗している報道の2人も、戦場にやって来たということだ。

「絵になるねぇ」

 不謹慎な三矢の言葉をとがめる人間は、この戦場にはいない。三矢は、カメラでレッグガード同士の戦いを追っていた。

「レポート入れるわよ」

 皆川葉月の瞳も、爛々と輝いている。

「ご覧ください。これは実戦です! アンカラ市内でおこなわれている、トルコ軍と反政府軍、そしてその戦いを仲裁するための国際休戦裁定部隊との戦闘です!」

 そこで一旦、カメラを止めた。いまは生中継をしているわけではない。

 さっそく局にいまの映像を送って、反応を確かめた。

「どうですか、いまの? 次の放送でつかってください。え? なんですって!?」

 葉月の驚きが、機内に反響した。プロペラの音を打ち消すぐらいの声量だった。

「どうした、皆川?」

「たいへんなことになってる!」

「え?」

「とにかく、放送を見ないと!」

 携帯モニターで、日本の放送を確認した。

 トルコの首相が映っていた。全世界に向けて配信しているらしく、日本以外の放送局でも観ることができるようだ。

『わが国がミサイル攻撃の標的となっています! 狙っているのは、卑劣なテロリストと、それに協力する国際休戦裁定部隊とかいう無法者です! 全世界のみなさん、騙されてはいけない!』

 そこで映像が切り替わった。

 空母が映し出されて、ミサイルの発射準備を進めていた。

『休戦裁定部隊の空母から、いま大量殺戮兵器である銀槍が放たれようとしています!』

 銀槍とは、タカモリ製のミサイルだ。核をのぞいた兵器としては、最も強力といわれる代物だった。

「なんなの、これ!?」

「あの空母には、こんな兵器は積んでない」

「三矢さん……これって」

「どうみたって、捏造された映像だ」

 だいたい、どうやってリアルタイムで発射しようとする映像をトルコの首相が用意できるのか……。

「こんなのに騙される人はいないわ」

 専門家が分析すれば、この空母が『ハルデマン』でないことは簡単にわかる。

「大義名分が欲しいんだ」

「こんなのが、大義名分になるんですか!?」

「撃っちまえば、それでいいんだよ」

「撃つ!? どこに!?」

「ここしかないだろう」

 三矢の声は、思いのほか冷静だった。

「銀槍って、どれぐらいの威力なんですか!?」

「1発で、この都市は終わる」

「そ、そんな……」

「首相としては、テロリストも休戦裁定部隊も殲滅できる」

「でも、そんなことをしたら……」

「国民の命よりも、自らの保身のほうが重要なのさ」

「保身……どうやったら、保身になるの!?」

 葉月には、まったく理解できなかった。

「テロと戦った首相として歴史に名を残す」

「なんなの、それ!?」

「それしかなかったのさ。内乱で国を疲弊させ、伝統あるトルコを失墜させた。汚名を返上をするには、これしかな。たぶん、大統領もいまごろは……」

「まさか!」

「暗殺されたというシナリオだ。そして、次のトップが、この男になる」

 なんという薄暗い陰謀なのだ。

「……ねえ、わたしたちも無事じゃすまないわよね?」

「だろうな。で、逃げだすか?」

「バカ言わないで! それこそ、特等席でスクープを撮らせてもらうわ!」


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