第五章 猛羽 3
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空母から飛び立った飛鳥丈は、トルコ軍艦船の上空で旋回した。
丈に従う隊員たちの機も、それにならっている。今回の作戦には、予備隊員も出撃する。攻撃命令が出れば、ただちに全機で打って出ることになる。
中型空母1隻に、巡行艦2隻という布陣だ。
対して空母『ハルデマン』1隻で挑むことになるが、大きさがちがう。『ハルデマン』の前では、相手空母は中型とはいえなくなる。
それでもレッグガードも数機積載されているから、ぶつかり合えば、おたがいが痛手をこうむることになるだろう。
「結論はまだか?」
運河を通過するまえにも,ATOの艦船と睨み合っている。そのときといまでは、紛争当事国のトルコ軍であることが重要なちがいとなるだろう。
ATO軍の妨害は、いわば面目の問題だ。が、トルコ軍が邪魔をするのは、紛争の解決を望んでいないことが根底にある。
『こっちでは、ドンパチがはじまってるわ』
じつはだいぶまえに、ルカーチュだけはアンカラに向けて出発していた。
「こっちは、足止めだ」
『そんなの無視して、あなただけでもこっちに来れば?』
「それは、デートのお誘いか?」
『戦場が性に合ってるなら、そうかもね』
「こっちも、戦場になるかもしれない」
『だったら相手を選ぶのね。どっちの女神にするの?』
自らを女神に見立てたルカーチュに対して苦笑を浮かべたが、声には出さなかった。
「女神? こっちにはいないぜ」
『あら、どの戦場には女神が住んでるって教わらなかった?』
戦いの女神は、自身のことではなかったらしい。
「女神に会えるなら、おれはどこだっていいね」
『そう。会えるように祈ってるわ』
清々しいほど感情がこもっていなかった。
* * *
飛鳥丈がトルコ軍艦の上空で旋回しているころ、空母『ハルデマン』の艦橋では、その名の由来となっている指揮官が、ある決断をくだそうとしていた。
「全戦闘機、およびレッグガードは発進せよ。これよりこの艦は、戦闘態勢に入る」
空母の戦力とは元来、搭載される航空機の量であったが、近代においては空母自らの火力もふくまれる。だが、その全能力を発揮するためには、艦上をきれいにしなくてはならない。
戦闘機、ヘリ、レッグガードも輸送ドローンに搭載されて艦を離れていく。
「これより、わが艦は戦闘を開始する」
いつも沈着冷静ですべてを達観したようなハルデマンが、高らかに吠えた。
「これまでは若い者にゆずっていたが、久しぶりに血が騒ぐね」
なにもなくなった甲板上がめくれるように開き、ミサイルの発射口が幾重も列をなした。
トマホーク巡行ミサイル。
対艦ハープーン。
対潜ミサイル『カワセミ』。
それらを自在に撃ち分けることができる。
旧イージスシステムが採用された、いわばミサイル巡洋艦をかねた空母ということになる。時代遅れの表現をもちいれば、航空戦艦だ。
イージスシステムが「旧」なのは、新システムへ移行し、一時期主流となりかけたのだが、攻撃の正確性が問題となり、旧システムにもどった経緯がある。なので「旧」のほうが高性能ということになる。
いまの戦況で使用すべきは、ハープーンミサイルになるはずだ。この艦に搭載されているバージョンは、ハープーンブロックⅥ。
敵艦に着弾すると、電磁パルスを発生させて、計器類を不能にさせる。
「機雷弾を発射!」
しかし選択したのは、直接的に攻撃するタイプのミサイルではなかった。
1発のミサイルが飛翔していく。
敵艦船群の前方でミサイルは炸裂し、海中に細かなものが散乱した。
機雷をばらまいたことになる。
だがこれでは、敵が前進できなくなったが、こちらも敵に近づくことはできなくなった。
それに現代戦において、艦船同士の距離は重要ではない。むかしのように砲撃で相手を叩くというような戦術はとらない。航空機で爆撃するか、ミサイルでの遠距離攻撃がおもな方法となる。
「敵からの攻撃は、すべて撃ち落とす。この距離をたもてば、本艦の乗員にはそれができるだろう」
敵艦から、報復のハープーンが発射された。
ブロックⅤなので、対艦だけでなく、対地・対空・対潜をかねている。そのかわり、電磁パルス機能はない。
「迎撃ミサイル発射。もらしたものは、速射砲で撃ち落とす!」
ハルデマンの指令は、寸分の狂いもなく実行された。
敵艦隊から発射されたハープーンは、全弾が撃ち落とされた。
「第2波にそなえよ」
だが、いつまでもたっても、次の攻撃はやって来なかった。
『話しはついた』
沖田誠四郎の声が艦内に響いた。
『こちらの交渉は難航していましたが、ミスター・ハルデマン、あなたの専守防衛の姿に恐れをなしたようだ』
「ふふふ」
ハルデマンは、笑い声で謙遜した。
こちらから攻撃を仕掛けて、むこうに損害をあたえてしまえば、それこそ敵側の思うつぼになっていただろう。国際社会に『国際休戦裁定部隊』の意義を失わせる意図があったのだ。
だがハルデマンは、逆に攻撃をさせた。実質的な被害のない機雷弾をさきに撃ったのは、そのためだ。そうすれば、反撃せずにはいられない。メンツを重んじるのは、どこの軍隊でも同じだ。
そして、その模様を報道陣が生中継していることも計算していた。ハープーンを撃った段階で、トルコ海軍の正当性はなくなっている。
ここはトルコの海域だが、トルコ政府は裁定部隊の侵入を拒否してはいないのだ。そこの部分も、メンツが関わってくる。あくまでも自国の和平を望んでいるという姿勢を国際社会にアピールする必要があったからだ。
「機雷を沈めしだい、前進をはじめる」
* * *
上空を旋回していた戦闘機の群れは、すでに目的地へ向かって飛翔を開始していた。
サンチェス・ロドリゲスの操縦する支援型攻撃ヘリ『アップドラフト』は、一度、戦闘態勢を解除した空母の甲板上に着陸した。
さきほどの騒動で甲板上に出ていた皆川葉月と三矢京吾は、そのヘリに飛び乗った。当初の予定どおりでは、2人が従軍記者として同行することになっていたから、問題にはならなかった。
「どうでした? 迫力あったでしょう?」
葉月は、局の責任者と電話で話していた。
「次も、すごいのいきますから!」
大袈裟に煽ってから、通話を終えた。
「どうだって?」
「視聴率、やばいことになってるって!」
瞳を恋する乙女のように輝かせて、葉月は自身の人気と金勘定に思いをはせていた。
戦闘機のほうは燃料に余裕があるということで、すでに本来の作戦場所に向かっていたが、このヘリは燃料を補給し、空母が沿岸にもう少し近寄ってから再出発することになっている。レッグガード部隊も同様だ。
さきほど空母から海中に放たれた機雷群は、すでに自爆させて海底に沈んでいる。そうしても大丈夫なように、金属類はつかわれていない。自然由来の新型プラスチックで出来ているから、いずれ砂と化す。
「さあ、次はアンカラね」
ヘリのプロペラが回転をはじめた。
今度の戦闘は、本格的なものになるだろう。
葉月も三矢も、命をはって報道を続けるつもりだ。
ある意味、兵士よりもタチが悪いのかもしれない。
* * *
地上では激しい戦闘がおこなわれていた。
その様子を、上空からステルス戦闘機が監視している。
レッグガード同士の市街戦が、いたるところで勃発していた。市民を巻き込まないために空軍の戦闘機は投入できない。だから、ステルス機は安全に戦況をみつめることができた。
ルカーチュの眼は、ある戦闘に惹きつけられていた。
多勢相手に、1機だけで包囲を突破している。その戦い方は苛烈で、しかし美しさをもったものだった。
似ている。
なにに似ているというのだろう?
ルカーチュは、思いをめぐらせた。
そうだ。彼の戦い方に似ているのだ。
「……」
脳裏に、あの少女の顔が浮かんだ。
ルカーチュは、接近偵察用の小型ドローンを飛ばした。
* * *
ルカーチュからの映像が、各隊員のもとにも届けられた。
「ほう、このパイロット、やるじゃねえか」
感嘆したようにつぶやいたのは、カイン・チェンバースだった。輸送ドローンで運ばれている最中だ。
すでに陸地に入っている。アンカラまでは、1時間もかからないだろう。
『だれかに似てない?』
ルカーチュからの交信だ。
言いたいことはわかった。由志に似ていると思っているのだ。そして、あのパイロットを例の少女だと考えているのだろう。
由志の姉だという。
カインは直接、彼女とは戦ったことがある。
ほぼ、まちがいないだろう。
政府軍とテロリスト。
たとえ彼女が悪辣な殺戮者であったとしても、休戦部隊の理念では、どちらかに加担するものではない。
だが、むこうから牙をむいたら、そういうわけにはいかない。戦うときが来るだろう。
その役目がカインなのか、それとも……。
* * *
『デアーク・ルカーチュ機の小型ドローンの映像です』
すぐにわかった。
ピンク色のレッグガードを操縦しているのは、沙莉だ。
『戦っているのは、トルコの正規軍です』
「なにが言いたい?」
『図式としては、テロ活動を政府軍が鎮圧しているということになります』
「それで?」
由志は、少し不機嫌に応じた。
『どちらを優先的に攻撃するべきかは、火を見るより明らかです』
「難しい言葉を知ってるじゃないか」
『わざとまちがった用法でつかってみました。本来は悪い結果が予想されるときに使用される言葉です』
それは、エルからの強烈な皮肉だ。
由志にとっては、沙莉を攻撃することこそが悪い結果なのだ。
『で、どちらを標的にしますか?』
今度は露骨な表現をつかった。本当に機械なのか疑いたくなる。
由志はいま、アンカラから2キロほど離れた森林地帯に身を潜めていた。この機の性能であれば、市内に入るのは数分ですむ。
「オレたちは、どちらの味方にもならない……ちがうか?」
『それは、国際休戦裁定部隊の理念です』
「……」
エルは、あなたの理念、を問いただしているのだ。
「フィーリングだな」
『え?』
「オレは、感性にうったえかける男だ」
『そんな話は、はじめて聞きました。思いつきでごまかすのはやめてください』
「だから、それが感性なんだよ」
由志は、アクセルペダルを踏み込んだ。
「考えるんじゃない。感じるんだ」
『……どこかのCMみたいですよ』




