第四章 緋空 8
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先行して街の周辺に到着したのは、偵察の任にあたっているルカーチュだ。
「地上に人の姿は見えない。アンブシュカーダの可能性あり」
『アンブシュカーダ? アンブッシュのことか?』
あとに続く飛鳥丈の声には応じなかった。
といっても、飛鳥との距離はだいぶ離れている。ルカーチュは高度をあげて、街の上空を旋回した。
2周回ったところで、もと来た方角へもどっていく。
「さがります」
偵察の役目は終えた。非常時の後方支援につくため、戦闘地域から距離を置くのだ。
途中、飛鳥丈の機体とすれちがった。
飛鳥はそこから下降して地上近くを飛行し、現地に突入していく。
* * *
『その高度で行くつもり? わたしの報告、聞いてたかしら?』
「罠だってんなら、ためしてやるよ」
丈は、わざと敵に接近を察知させているのだ。
街のすぐ上を通過する。
ロックオンの警告が鳴り響いた。
2発のミサイルに狙われている。ネオスティンガーだ。
『ほら、言わんこっちゃない』
ルカーチュの声に、緊迫感はなかった。あくまでも高みの見物を気取るらしい。
飛鳥丈にも、焦りはなかった。
得意の曲芸飛行で、ミサイルとダンスを踊る。
「ひゅー! ヤッホー!」
完全に遊んでいた。
『まるで、子供ね』
「男は永遠の少年なんだよ。これだから、女は夢がねえな!」
『バカじゃないの』
ルカーチュの冷めた声をあびても、丈は遊びをやめない。
地上スレスレで背面飛行していたかと思えば、急上昇できりもみ旋回を披露する。ミサイルを従えた舞踏演目のようだった。
『おいおい、あとがつかえてんだ。そのへんにしとけよ』
べつの通信が割って入った。カイン・チェンバースの声だ。
まだ彼のガードは到着していないはずだが、サンチェス・ロドリゲスのヘリはこの領域でスタンバイしているようだ。そのヘリから撮影している映像と、丈の機体カメラの映像をカインは眼にしているのだろう。
「しょうがねえな」
丈は舌打ちのように言葉を吐いて、フレアを放った。大むかしから誘導ミサイルの対処は、このデコイというのはかわらない。赤外線、可視光線、紫外線式の誘導ホーミングに対応している。
1発は、フレアに引っかかった。
だが、もう1発がしつこく追尾を続ける。
街から離れた場所に、小高い丘がある。丈はそちらに機首を向けた。
地面スレスレ──1メートルも隙間がないほどに超低空飛行を仕掛けた。
ここからの操縦は、それを俯瞰で目撃した人間がいたら、驚愕に眼を見開いたことだろう。
丘にそって、地を滑った。
比喩ではなく、まさしくそう見えている。
地面との隙間は、ない。
車のように地を疾走しているかのようだ。
丘の上にいけばいくほど、傾斜が激しくなる。ミサイルは、その中腹に着弾した。
丈の機体は、なにごともなかったように上空へもどった。
『クレイジー』
無線から聞こえたその声は、だれのものだったろう。いまの光景を見たすべての人間の感想だった。
* * *
「陸戦部隊、到着。っていっても、おれ1人だがな」
カイン・チェンバースは、輸送ドローンから地上へ降下した。
『ゲリラ兵を数名確認。スティンガーを所持してるわ』
ルカーチュからの報告が入った。
『安心しろ。おれがひきつける』
飛鳥丈がすかさずそう言うが、カインは拒否の意をしめした。
「やめとけ。おまえの操縦は心臓に悪い。それに、次はおれの番だ」
『レッグガードに撃ち込まれたら、厳しいだろう?』
「心配ない。これを持ってきた」
対地ミサイルを防ぐための盾を装備していた。
表示パネルに、地対地ミサイルにロックされた警告が表示された。
ネオスティンガーは空・地、どちらにも利用できる。
一般的に、対地攻撃用の武器のほうが威力が高く設定されている。空を飛び回る航空機とはちがい、地上目標物は動きが遅く、追尾能力をあまり必要としないからだ。そのぶん重くできるので、火薬を多く搭載できる。
対空ならば5発は耐えられるだろうが、対地ミサイルならば、耐えられる数は少なくなる。2発か3発。
まず1発を盾で受けた。
2発目。
『もう1発、向かってるわ』
爆発で巻き起こった砂ぼこりのために、視認はできなかった。
左の腕には盾を装備しているが、右腕にはショットガンが握られていた。
迷わずに放った。
HUM-2WAYというショットガンは、散弾タイプとスラッグ弾の両方を装填することができる。用途に応じて任意に切り替えることができるのだ。
突進してくるレッグガードにはスラッグ弾を、ミサイルの迎撃や広範囲に衝撃をあたえたいときには散弾を使用する。
爆発の威力が盾に圧力を加えたが、直撃するよりはマシだ。
『ガードを2体確認』
ルカーチュの声が、それを冷静に告げた。
ビルの残骸から機影が姿をあらわした。モニターに表示された機体名は『UNKNOWN』となっている。
反政府組織がデータにない新型をもっているわけはないから、型落ち品のレッグガードで、さらに故障個所のパーツをべつのガードで代用している代物だろう。いわば、中古ガードのつぎはぎ機といったところだ。
武器は、初期型のマシンガン装備だ。装弾数も発射数も、最新型にくらべれば格段に少ない。
弾丸が吐き出され、カインを襲った。
盾で防ぎながら、前進する。
盾が壊れはじめた。
旧型とはいえ、もろくなっている盾にはきつい。
カインは地面に向けて発砲した。散弾タイプだ。
砂ぼこりが舞い上がり、周囲を覆った。
壊れた盾を放棄し、その煙幕ならぬ砂幕のなかを進み、1機との距離を詰めた.
旧機の各種センサーでは、この迅速の動きはとらえられない。
砂ぼこりの隙間からカインの機体が垣間見えたとき、そのパイロットは凍りついただろう。
容赦なく、スラッグ弾をどてっぱらに叩き込んだ。
それで1機は、戦闘不能。
もう1機に攻撃を仕掛けようとしたが、再び警告音が鳴り響いた。
スティンガーだ。盾がない状態では、この場を離れて逃げるしかない。
「!」
しかし、そのミサイルはすぐに撃墜されていた。
『掃除はおれにまかせとけ』
サンチェスの声だった。
ミサイルをミサイルで撃ち落としたのだ。
生身の相手はサンチェスにまかせることにして、カインはレッグガードとの距離を一気に詰めた。
マシンガンの弾が射出するまえに、カインのほうが発砲した。まだ接近には遠かったので、散弾タイプを使用した。
広範囲にダメージをあたえたが、機能停止までにはいたらない。
さらに接近して、スラッグ弾を叩き込んだ。
『2機の停止を確認。その他の機影なし』
ルカーチュの報告が入った。
『おれとジョーで、スティンガーを持ったやつらも蹴散らした』
あとは残党がいるかを確認し、制圧後、空母で待機している人員も使って、街の解放を宣言する。
カインが街のなかに踏み入ろうとした瞬間だった。
シュン!
「なに!?」
ショットガンを持つ右腕が吹っ飛ばされた。
『狙撃よ! 北の山間部! 各自、遮蔽物に隠れて!』
ルカーチュの警告が鼓膜を揺らした。
遠距離用ライフルでの狙撃──。
ミサイルでの攻撃よりも厄介なのは、ミサイルはロックオンされれば、されたほうも感知できる。が、ライフルでの狙撃は、そういうたぐいのものではない。
詮敵できる範囲外から、狙撃手の技術だけに頼って標的を屠る。狙われたほうは、センサーで感知できたときには、すでに射抜かれてたあとだ。
いまのように──。
崩れかけのビルを背中に、カインはガードの機能を最大限に使って狙撃手をさぐる。
サンチェスも、すでに遠くの森林地帯に隠れている。ルカーチュと丈も、ライフル弾の届かない上空へ避難していた。
「見えない……」
視認どころか、各種センサーでも無理だろう。一般に、最新鋭のガード用ライフルは20㎞の射程がある。そこまでいかなくても、感知するのは難しい。なぜなら、わかりやすいところから狙撃するわけではないからだ。現実のスナイパーのように、周囲に溶け込むようにカムフラージュをしているはずだ。
『わたしがさぐるわ』
「やめろ!」
カインは、ルカーチュをとどめた。敵も、偵察機による探知を警戒している。狙い撃ちされる危険が高い。
「不用意に動けないな……」
だが、狙撃にも欠点はある。
こちらから見えないように、むこうからも見えない。いや、照準スコープを覗けば見えるのだが、それにはカラクリがある。
現実のスナイパー同様、スポッターがついている。スポッターとは、スナイパーのとなりで風の状況や距離の情報を狙撃手に伝える役目だ。
レッグガードの場合、スポッターは遠く離れている。
ケースバイケースではあるが、多くは生身の人間として狙撃手を助けることになる。
* * *
山岳地帯の中腹で、アウルは狙いをさだめていた。
クロウからスポッターの役目を任命されたのは、よりにもよって、あのカナリアだった。
スナイパーとスポッターの相性が作戦の成否を大きく分けるが、アウルにはまだ余裕があった。自分には経験と実績がある。たとえ役に立つかわからないお嬢ちゃんをスポッターにつけられたとしても、冷静に獲物を狩れる自信──。
「いいか、この機体の射線上からズレるなよ」
* * *
さきほどから、アウルの注文がひどくうるさい。普段は無口なほうなのに、レッグガードに乗り込むと、まるで小姑のようだ。
「わかってるわよ」
沙莉は無線に応じながら、慎重に移動していた。近辺までは車を使ったが、いまは徒歩に切り替えている。
スポッターの役目を突然、押しつけられた。
狙撃用レッグガードを補助する任務だ。
ガードの望遠能力は、最新機でもせいぜい10㎞。普通は、7㎞ほどだ。それに対して狙撃距離は、15㎞先。射程の長いライフルでは20㎞離れた場所から撃つこともある。
各種センサーのおよばない遠方を攻撃するために必要となるのが、沙莉の持っている50㎝四方の箱だ。
グリーンボックスと呼ばれている。迷彩色や緑色に塗装されていることがほとんどだからだ。いま沙莉が所持しているのも、迷彩色だった。
この箱は、レッグガードの視覚能力をおぎな機能がある。こんな小さな箱でおぎなえるのならば、そもそもガードの望遠能力をあげればいいのではないか、と考える者も多い。
そんな単純なものではない。
時代が進んだからといって、技術がそれに追いつくとはかぎらない。世の中には100年前から結局、進歩していないことも多い。
この箱の存在も、その1つだ。
ただし箱自体の性能は、見た目以上のものがある。この箱を介して、レッグガードの視認射程距離が格段に伸びる。これされあれば、遥か彼方から存在を知られず狙撃することが可能になる。魔法の箱だ。
とはいえ、どんなものにも欠点はある。これを運ぶためには、生身の人間が奔走しないといけないのだ。
本来なら周囲に溶け込むようなカムフラージュをして、標的に近づかなくてはならない。が、いまの沙莉の服装は、普段着のままだ。しかもこの場合の普段着は、テロ組織に身を置くようになってからのものではない。アメリカでのお嬢様時代に来ていたような、ワンピースだった。さわやかな白で、バカンスを楽しむような格好だ。
むしろ、このほうがカムフラージュになると、クロウからの提案だ。
アウルはいま、遥か遠くの山岳地帯の中腹から狙いをさだめている。クロウとアホウドリは、どこにいるのかわからない。
沙莉1人だけが、廃墟と化している街から北上し、山と街との中間地点になる小さな村にいる。いや、村というより、何軒かの家が点在する集落といったところだろうか。
アウルのいる場所からは、街に現れた部隊を直接、視認することはできない。各センサーでもとらえることはできない距離がある。
が、沙莉のいる地点は、視認は最新鋭機でなければ難しいが、センサーでは簡単にとらえられてしまう。
『そうだ。それでいい』
インカムから流れるアウルの声に従っているのだが、それもおもしろくない。
さきほど、1発を放っている。沙莉の頭上を弾丸が音速を超えて飛んでいった。実際には遥か上空を通過していったのだろうが、まるでスレスレを飛んでいったような感覚がある。
満足げな声がもれていたので、命中はしたようだ。
『隠れたってムダだ。いつかは出てこなきゃならん』
どうやら、標的は物陰に身を潜めたようだ。
「わたしは、どうすればいいの?」
『その場にいろ』
* * *
『どうすんだ、カイン?』
サンチェスの声も、深刻なものになっている。
『援護するか?』
「やめとけ。撃ち落とされるぞ。こっちからの攻撃は届かないんだ」
『いつまでも、そこから出られないぞ』
「スナイパーとのこんくらべだ」
じりじりと時間だけが過ぎていった。
街に残党が潜んでいるかもしれないというのは杞憂だったのか、不穏な動きはなかった。それとも、スナイパーのためによけいな干渉をしないでいるのか……。
「どれだけの腕か、ためさせてもらおうか」
カインは、さきほどの狙撃で破壊されたショットガンの破片を左腕でつかんで、それを放り投げた。
衝撃が、空気を揺らす。
狙いは寸分もたがわなかった。
「今日は、長い1日になりそうだ」




