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第四章 緋空 5

       5


 首相との面談を終えた次の日、沙莉たち一行はアンカラ市内の高級ホテルに宿泊した。

 クロウは、しばらくどこかへ出かけていた。各地に散っている仲間たちと連絡をとっているのだろう。

 豪奢な部屋には、ほかにも仲間が2人いた。

「イヤらしい眼でジロジロ見ないで」

 沙莉は、仲間の1人に言った。

 彼らと知り合ったときに、沙莉のことを犯そうとした男だった。名をアルバトロスという。

 頑丈なガタイだけが取り柄の粗暴な男だ。

「アホウドリ」の名にふさわしい。アメリカでの生活も長い沙莉は、アルバトロス=アホウドリという認識が日本だけのものだということを知っている。翼を広げると2メートルにもなる巨長。それがアルバトロスの意味するところだ。

 ゴルフ用語で、ダブルイーグルを意味するようになったのは、イーグルよりも大きな鳥だからだ。だがこれが日本では、バカにみたいにボールを飛ばすからアルバトロスと名付けられた、という説が有力となっている。

 この男は、まさしくアホウドリのようだと沙莉は思っていた。

「おい、クロウに可愛がられてるからって、調子にのるなよ」

「単細胞な男って、あきれるほど愚かなのね」

 心底、バカにするように言った。

「てめえ!」

 アルバトロスは詰め寄ろうとしたが、もう1人の男に止められた。アウルという年長の男だ。

「やめとけ。カナリアは、仲間だ」

「俺は認めてねえ!」

「おまえの許諾は必要ない。クロウが決めたのなら、それに従え」

 クロウよりもずっと年上なのだろうが、アウルはあくまでもクロウに忠誠を誓うようだ。

「チッ!」

 これみよがしに舌打ちすると、アホウドリはそっぽを向いた。ストレスを解消するように、テレビをつけた。

 この時代、液晶に映しこむテレビは、もうあまり見られなくなっていた。画面という概念はなく、空間に映像を浮かび上がらせる方式が一般的だ。

 が、ここのテレビは、むかしながらの液晶画面だった。大画面が壁を占領している。

 映し出されたのは、緊迫した光景だった。

「なんだ? LIVE中継ってことらしいな」

 戦場を映している。

『ただいま、実際の戦闘を中継しています!』

 アホウドリとアウルには理解できないようだったが、その声は日本語だった。同時通訳の字幕が出ているので、2人にも内容は理解できるだろう。沙莉はもちろん、耳だけで頭に入ってくる。

『これが、国際休戦裁定部隊の初陣となります!』

 日本の報道が、ここトルコの従軍取材に入っているようだ。

 その部隊に、由志が所属していることを知っている。いまのところ日本関連の報道だけが目立つが、世界のメディアでもタカモリの子供が高校生でありながら部隊に入ったというニュースをあつかっているところがある。

 部隊をバックアップする沖田重工と、タカモリコーポレーションのコラボ、と安っぽく報道されていた。

 おそらく後方支援用のヘリから撮影した映像だ。地上では、政府軍と反政府軍との戦闘が繰り広げられていた。

 政府軍のほうは戦車と装甲車がおもで、レッグガードも数体投入しているようだ。上空では攻撃ヘリの機影も映り込んでいる。

 かたや反政府軍は、典型的なゲリラ戦術だった。倒壊しかけている建物の影から、スティンガーミサイルで攻撃している。正確には、ネオスティンガーと呼ばれるもので、次世代の携帯型対空・対地ミサイルだ。ロックオンした標的を、最大100㎞まで追尾することができる。

 ネオスティンガーを3機導入すれば戦局が変わるとまでいわれている必殺兵器だ。それゆえ高価で、一介の反政府ゲリラに用意できるものではない。中古のレッグガードよりも値段は高い。バックに大がかりなものが控えているということを、如実に物語っていた。

 戦局は、まさしく泥沼の死闘だった。どちらが生き残ったとしても、それは勝利ではないだろう。そんな戦いに、『国際休戦裁定部隊』が割って入ったのだ。

 戦闘機が低空飛行で、反政府軍に機銃で威嚇射撃をおこなった。土煙をあげながら、射線がゲリラたちのすぐ横をかすめていく。

 負けじとスティンガーを撃ち込んだ。

 追尾するミサイルが鷹のように戦闘機へ迫る。

 沙莉は、息をのんだ。

 戦闘機は背面飛行で、地面すれすれを進む。

 こんな操縦は、戦場ではありえないはずだ。まるでこのパイロットは、曲芸飛行でも楽しんでいるようだった。

 ミサイルは追尾を続けた。戦闘機は反政府ゲリラの隠れる建物に向かう途中、急上昇をした。ミサイルはそれについていくことができず、建物に命中。ゲリラたちは、自らの攻撃で瓦礫の下敷きになった。

 それによって、政府軍のレッグガードが攻勢を強めようとしていた。

 その突進を止めたのは、べつの戦闘機だった。その形状から、偵察型だと思われた。

 レッグガードは威嚇の発砲をおこなうが、偵察機は攻撃することなく、上空に消えていった。

 いまのは警告だったのだ。それを知ったのは、なおも破壊の行進を続けようとしたレッグガードの眼の前に、べつのガードが立ちはだかったからだ。

 レッグガードの操縦経験のある沙莉にはわかった。その機体は、まだどこにも出ていない最新鋭機であると。沖田重工製であるのだろう。

 新型のレッグガードは、すべてにおいて政府軍のガードを圧倒していた。性能差という次元のものを超越したちがいがあった。熟練度が数段上だ。

「あのパイロットだ……」

 思わず、沙莉はつぶやいていた。挙動でわかる。

「なんだ? どうした?」

 アホウドリとアウルの耳にも届いてしまったようだ。

「なんでもないわ」

 平静をたもって、沙莉は応えた。

 そのときにはもう、政府軍のレッグガードは戦闘不能に追い込まれていた。

『停戦を要求する!』

 中継している女性リポーターの声ではなく、スピーカーを通した男性の声だった。後方支援用のヘリのパイロットの声らしい。

 カメラはそのヘリから撮影しているものなので、そのヘリを俯瞰で撮影している映像は存在していない。

『従わない場合は、双方ともにこちらの攻撃対象となる、以上!』

 戦場で突然そんなことを宣言したところで、従う勢力などないだろう。

 むしろ戦闘は、ますます混迷をきわめていきそうだった。

 三つ巴の戦いに発展しようとしていた。

「!」

 沙莉の眼に、忘れもしないあの機影が映った。いや、忘れもしないのはレッグガードではなく、そのなかに搭乗している男だろうか。

 信じられないほどの高速で地上を滑っている。あのときと同様、ホバー移動しているのだ。

 政府軍のレッグガードは、まだ2機が戦闘を続けようとしていた。由志のレッグガードが、その2機に迫る。

 相手は銃器の武装を当然ながらしていたが、由志のガードはそのときにはまだ丸腰だった。

 弾丸の雨をよけながら、由志が接近する。

 両腕の外側が開き、そこから2本の武具が飛び出した。

 左右の手に、トンファーが握られていた。

 これが映像におさめられたガード同士の戦場における初めての格闘戦になるだろう。これまでは、娯楽のなかでしか知らない戦闘が、実戦としておこなわれようとしている。

 政府軍のガードは急接近されたことにより、銃器が遠距離武器としての役目をはたさなくなった。

 そこから、トンファーと銃器を打撃武器とした格闘戦がはじまった。

 といっても、ほぼ由志の一方的な攻撃だった。的確に、ガードの急所を叩いていた。

 2機のレッグガードが信じられないほどあっけなく、戦闘不能に追い込まれていた。

『繰り返す! 停戦の要求に応じたまえ!』

 政府軍のほうは、すでに戦意を喪失させたようだ。が、ゲリラのほうは、そうもいかない。

 ネオスティンガーが、由志のレッグガードに襲いかかった。

 両手のトンファーを放棄した。左脚部の外側が開くと、そこに収納されていた銃器を取り出した。マシンガンだ。

 ミサイルを正確に迎撃した。

 レッグガードには射撃の補正システムが導入されているが、これまでのものよりも精度が高い。

 しかし、それだけでミサイル攻勢がやんだわけではない。

 第2波、3波が襲う。

 マシンガンでは射ち落とせなかったミサイルが、由志のレッグガードに迫った。

 今度は右脚部の収納から、ショットガンタイプの銃器を取り出した。この映像を観ている多くの人が、驚いているだろう。次から次に武器が出てくる。

 そもそも、レッグガードの武装は最初から腕に装備されているものだ。砂漠戦用のガードや一部機体では、人間のように持つのではなく、腕部に銃口が仕込まれていて普段は収納されているのだが、このような携帯銃器型ではない。

 これ以上は危険という距離まで迫ったミサイルを、ショットガンで迎え撃った。

 強烈な爆発による砂ぼこりで、レッグガードが映らなくなった。

 数秒後、なんのダメージもおっていない雄姿があらわれた。

 レッグガードは、一気に距離を詰めた。

 ネオスティンガーを投げ捨ててゲリラ兵は逃げ出すが、人と人型の巨人では競争にならない。

 しかし由志は、深追いしなかった。ゲリラに恐怖だけを植えつけて、歩行をやめた。支援ヘリに向かって──カメラに向かって振り返った。

 世界中の人々に『国際休戦裁定部隊』の力をみせつけた瞬間だった。

「ほう」

 感心したような声が、背後から聞こえた。

 クロウだった。

「あのボウヤか」

「……彼をナメてると、痛い目にあうわよ」

「ふふ」

 その忠告をまにうけていないのか、クロウは不敵に笑った。

『これが、世界平和のために創設された国際休戦裁定部隊の実力です──』


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