ある天使の偶像
大地が大きな悲鳴を上げるように割れていく。裂け目は暗く深い傷のように広がり、止まることなく大地に無数の爪痕を刻んでいる。ほんの少し前までは人々が行き交う大きな都市として機能を果たしていたが、建物は倒れ伏し動くものは一つも見当たらない。生き物は絶え果て、星の命すら幾ばくもなく絶えるのだ。
この星は、いやこの世界は最早風前の灯火であった。海は荒れ狂い津波は全てを呑み尽くす。あらゆるものは破壊され果て、世界の破滅にあっては、何もかも無に帰すだろう。
しかしその世界で唯一生きている者がいた。
翼で自由自在に空を飛び、頭には天から授かった光の輪が輝いている。さらに両手に剣を持ちこの世界を破滅させた元凶に向かって空を駆け抜ける。
「魔術師!」
天使の剣が魔術師の杖で弾き返される。普段であれば杖ごと叩き切ることは容易だが、現状はあまりに天使にとって不利だった。己の力である霊力は枯渇している上に、魔術師の魔力は未だ潤沢。一つ一つの魔法が大陸に大きな穴を穿ち、小島を吹き飛ばす程度ならほんの少し、それこそ赤子の手を捻るよりも簡単だろう。
「天使よ!先程であれば、この程度簡単に斬り伏せるだろうに、もうここまで落ちたか!」
さらに強力な魔法が放たれる。天使は避けつつ距離を詰めようとするが魔術師も十分過ぎるぐらい速い。既に天使の距離から逃れ、ジワジワと苦しめる様に徐々に天使を追い詰めていった。
「まだまだ!」
天使にとって唯一有利なところがあるとすれば、魔術師が絶対勝利を信じて疑わないこと。すぐに殺せる天使を痛めつけてやるという油断があった。
さらにトドメを刺すのであれば、間違いなく剣で天使の首を刎ねるつもりだ。それは確かだ。
「足掻け!貴様は簡単には殺さないからな!」
天使は空を駆け抜けて魔法を躱す。
どうしても斃さなくてはならないということであれば、天使も同じことであった。この世界をここまで破滅に追いやったのは、紛れもなくあの魔術師だ。差し違えてでも、仇を取らなくてはならない。
その始まりは、およそ一年前に遡る。