狗
ご覧頂きまして有難うございます。
ご意見、ご感想を頂ければ幸いです。
上庸に迫る晋軍が門前にいる兵士の目にはっきりと見えるようになった。
「今だ、放て!」
馬上の兵士の合図と共に左右から突如現れた蜀軍兵士と城壁上の兵士から一斉に矢が放たれた。矢が殺到した晋軍兵士は次々と倒れた。
「攻め込め!」
再び馬上の兵士から合図が出されて左右に居た兵士が剣を抜いて晋軍に襲い掛かった。馬上の兵士はそれを見届けると楊儀の方に近付いた。
「楊儀殿、お見事だった。」
「いえ、晋軍を壊滅させてこそ某の働きも活きてくると思っております。」
「成程。では楊儀殿が功を為せるようひと働きさせて貰おう。」
「戦果を期待しております。魏延将軍!」
魏延は楊儀に一礼すると馬首を晋軍の方へ向けて一目散に駆け出した。
「う〜。」
黄皓は延喜と呼ばれていた男が実際は魏延だった事を知り衝撃のあまり気を失った。楊儀は黄皓の無様な姿を見て溜息をついた。
◇◇◇◇◇
上庸急襲部隊を率いていたのは諸葛誕である。諸葛誕は諸葛亮と同族であるが徐州で生まれ育ったので魏に仕えていた。司馬一族による政変後も司馬懿に目を掛けられていた諸葛誕は引き続き晋に仕えて今に至っている。
蜀に潜り込ませていた黄皓から劉家分裂工作が順調に進んでいる事に加えて丞相府内部に協力者(楊儀)を得たという知らせを聞いて諸葛誕は今回の攻撃が上手く行く可能性が高いと思っていた。しかし何処で企みが漏れたのか上庸城を目前にして蜀軍の奇襲を受けて大混乱に陥っていた。
「黄皓の奴め、臆して我々を裏切ったか?」
「諸葛誕殿、このままでは全滅の可能性が!」
「忌々しいが洛陽に引き上げよう。」
副将の郝昭から状況報告を受けた諸葛誕は素早く将兵を纏めると北へ退却した。
「各方面軍が上手くやってくれたら我々にも再度上庸へ向かう機会がやって来るだろう。その時には必ず雪辱を果たさせて貰う。」
諸葛誕は間道に向かいつつ今後の方針について考えを巡らせていた。
◇◇◇◇◇
晋軍が間道付近に辿り着いた時、入口を塞ぐようにして別働隊が待ち構えていた。
「私は平南将軍の諸葛誕である。貴殿らは洛陽からの援軍か?」
「残念ですが洛陽ではなく上庸からの援軍です。」
「な、何だと!?」
「我が名は関安国。関雲長の次男と言った方が話は早いでしょうか?」
魏延と費禕が考えた策に則り間道入口に先回りしていた関興が諸葛誕に名乗りを上げた。関興は関羽譲りの偃月刀を晋軍に向けて笑みを浮かべた。
「全て読まれていたのか。打ち破って退路を確保する!」
諸葛誕は突破する為に攻撃を命じた。
「ここは通すわけにはいかない。全力で守り抜け!」
関興は間道入口を封鎖して何人も通さない覚悟で晋軍の攻撃を受け止めた。
「虎の子はやはり虎という事か。」
諸葛誕は関興の戦いぶりを見て恐怖を感じつつ畏敬の念を覚えていた。
「申し上げます。後方より蜀軍が迫っております!」
「敵将は誰なのだ?」
「大将は…。」
晋の伝令は諸葛誕に対して敵将を伝える事が出来なかった。不意に馬から落ちた伝令の背中には矢が深々と刺さっており瞬時に絶命したように見受けられた。
「貴殿が晋の大将だな?」
「貴殿が太守の費禕殿か?」
「我が名は魏文長。故あって貴殿を討ち取らせてもらう。」
魏延は名乗り上げると弓を引き絞って矢を諸葛誕の方へ向けた。
「魏延!貴殿は新野に居た筈では?」
「諸葛誕殿、ここは某にお任せを!」
郝昭は魏延の姿を見て気が動転している諸葛誕に近付き馬の尻を石突で叩いてその場から逃した。
「ちっ、邪魔が入ったか。」
魏延は弓を収めると方天戟を構えて郭昭に馬首を向けた。
「吾は晋の郝昭。尋常に勝負!」
「改めて名乗らせて貰おう。蜀の魏延なり!」
魏延は諸葛誕を逃してしまったが間道を塞いでいる関興なら上手くやってくれるだろうと信じて前方に立ち塞がった郭昭と一騎討ちを始めた。
◇◇◇◇◇
諸葛誕は北の間道を関興によって塞がれていたので西へ進路を取った。南鄭まで逃げる事が出来れば子午谷を経て長安の東側に抜ける事が出来る間道の存在を知っていたのでそれに賭けようとしていた。
「追手は何とか引き離せたようだ。」
諸葛誕は街道から少し離れた林の中に入り漸く一息付ける状態になったと馬から降りようとした。
「晋の大将だな。待っていたぞ!」
声を合図に周囲から多数の蜀軍兵士が一斉に襲い掛かり諸葛誕以下その場に居た晋軍兵士は全て捕らえられた。
「どうなっているのだ?」
必死に藻掻いている諸葛誕の前に二人の男が現れた。
「俺は蜀の近衛軍大将、胡車児だ。」
「私は蜀の丞相を任されている諸葛孔明と申します。」
「貴殿が孔明殿なのか…。」
諸葛誕は二人の名乗りを聞くと全身から力が抜けたようになり抵抗する事を自ら放棄した。




