道化を演じる
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「某、黄門の黄皓と申します。」
「黄皓殿は何用で参られたのですか?」
楊儀は普段通りに黄皓と対面していた。魏延は顔を出さずに隣の部屋で二人の会話を聞いていた。荊州に居る筈の魏延が成都に居る事が知られると動きにくくなるという判断からである。
「楊儀様が諸葛丞相と荊州の件で一悶着あったと後宮にも聞こえて来まして。」
「某は荊州の実情をこの目で見た上で意見を述べただけです。」
「蜀漢の政を牛耳る諸葛丞相に真正面から意見を述べられた楊儀様を褒め称える声が聞こえております。」
「おかしいですね。私は意見を述べた事で白い目で見られるようになって困っているのです。」
「そんな事はありません。楊儀様を白い目で見る者は権力者に媚び諂う不忠者です。権力者に対して臆する事なく諌める者が真の忠義者ではありませんか?」
「黄皓殿の言われる事は理解出来ます。」
黄皓の言う事は至極まともである。聞き耳を立てていた魏延は黄皓が何の目的で楊儀を訪ねたのかを測りかねていた。楊儀もまた同様であったがそれを顔に出すわけにもいかず苦労していた。
「このままでは楊儀様も丞相に楯突いた事で不利な立場になると思われます。」
「国を思ってやったのでそれは致し方無い事です。」
「某は忠義者の楊儀様が佞臣によって埋もれてしまう事を許せません。」
「許せないと言ったところでどうにもならないでしょう。」
「某はある方面に伝が有りまして楊儀様のような有能な方を紹介させて頂いております。」
「仰っしゃる事がよく分かりませんが?」
「今から申し上げる事は他言無用でお願い致します。下手をすれば命に関わってきます。」
「物騒な物言いですね。それなら聞くに及びませんのでお引取り願います。但し黄皓殿が訪ねた事は誰にも申し上げませんのでご安心ください。」
「今日のところは引き上げさせて頂きます。その気になればお声掛け下さい。」
黄皓は不気味な笑みを浮かべながら楊儀の屋敷を後にした。楊儀は黄皓が引き上げた後、酷く疲れた様子で魏延を部屋に迎え入れた。
「楊儀殿、大丈夫か?」
「某は大丈夫です。あの男の後ろには誰かが居るのは間違いありません。」
「私も楊儀殿と同じ考えだ。しかし一体誰なのだ?」
「内部にせよ外部にせよ危ない存在であるのは明らかだと思います。」
「国を糺す勢力なのか、国を潰す勢力なのか…。見極めが必要だな。」
「ただ時間に猶予が無いように思われます。下手をすれば荊州に兵を出す事態に発展する事も有り得ますので。」
楊儀の答えを聞いて思わず天井を見上げた。黄皓が国を潰す勢力に属しているなら荊州出兵は成都で叛乱を起こす絶好の機会になる。それが晋に伝われば反攻の機会を与える事になり仮に連動していれば国全体に同様が拡がる。二人は諸葛亮と面と向かって話が出来ない為に難しい判断に迫られる事になった。
◇◇◇◇◇
その翌日、楊儀は諸葛亮から政庁へ呼び出しを受け出仕した。そこには劉備も同席しており物々しい雰囲気になっていた。
「楊儀は朝議の場で不要な混乱を招く発言をした罪で謹慎処分とし、従事の地位も剥奪とする。」
「…。」
「楊儀殿、不満か?」
「いえ。此度の件は某に落ち度が有りますので甘んじて処分を受け入れます。」
劉備から直接処分を下された楊儀は表情を一切変える事なく普段と変わらない様子で政庁を後にした。
「さて楊儀も追い込まれたようなのでもう一度誘いを掛ければ上手く転んでくれるだろう。益州と荊州の内情を知る楊儀を此方側に引き込む事が出来れば良い手土産になるに違いない。私の出世も確実だな。」
黄皓は身を隠しながらそれを眺めており口元には笑みが浮かんでいた。