背水の陣
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曹操来襲の知らせを聞いた劉備は法正を幕舎に呼び寄せた。
「法正、曹操が漢水近くに陣を構えたぞ。」
「先程耳に致しました。」
法正は表情一つ変えず劉備に応えた。
「漢水を盾にして戦うのか?」
「いえ、漢水を渡り曹操と一戦を交えます。」
「背水の陣を敷くのか?それは危険すぎるぞ。」
劉備は法正の策を聞くと血相を変えて何とか思い留まらせようとした。
「曹操が軍略にも長けているのを利用して惑わせます。間違いなく戦わずして曹操を後退させることが出来ます。」
「法正がそう言うなら信じるしかない。」
劉備は法正の自信満々の言葉を聞いて返事をしたものの不安そうな表情を見せていた。
「もう一つ手を打っているのでご安心を。」
「手を打っている?」
「それは後のお楽しみです。」
珍しく法正が笑顔を見せたので劉備は驚いた。側に居て二人の会話を一部始終聞いていた魏延も劉備同様驚きの様子を見せた。
*****
漢水を渡河した益州軍は背水の陣を構えた。それを見た曹操は不安になった。益州軍が伏兵を置き虎視眈々と魏軍の隙を狙っていると思い込んだのが理由である。全く動く気配のない益州軍に曹操は不安感を拭いきれず根負けした形になってしまい見通しの良い場所まで魏軍を後退させた。
魏軍後退を確認した法正は全軍に前進を指示、益州軍はいつでも交戦出来る態勢を取りつつ前進して魏軍を見渡せる場所に陣を構えた。その日の夜、法正の指示を受けた厳顔と李厳が一軍を率いて姿を消した。
双方とも動きが無く数日が経過した。益州軍は士気が高く将兵も意気盛んだが魏軍は連敗続きで士気が低下しており曹操にとって悩みの種となっていた。痺れを切らした曹操は軍の先頭に姿を現して劉備と話がしたいと益州軍に向けて呼び掛けた。劉備も曹操の呼び掛けに応えて魏延を伴い前方に姿を現した。
「劉備よ我々に歯向かう事は陛下に歯向かう事と同義であるぞ。」
「何を勘違いしているのだ?陛下に歯向かっているのは貴様だろうが。」
「何を言うか!」
「陛下の側室に娘を押し込んで后の地位を狙おうと企んでいるのも知っているぞ。」
劉備は献帝の従者をしていた穆順をある事情で保護しており曹操が献帝に対して行った無礼かつ非道な振る舞いを知っていた。
「どこでその話が漏れたのだ?」
曹操は劉備が知り得る可能性が限りなく無いに等しい話をしたので動揺した。
「陛下を虐げて権力を我が物のようにしているのは曹操、貴様だ。貴様のような奴を逆賊と言うのだ!」
劉備の切り返しに返答出来なくなった曹操は頭に血が上った。
「許褚、劉備の首を取ってこい!」
「御意。」
曹操の命令を受けた許緒は劉備目掛けて猛然と馬を走らせた。
「魏延、お主の強さを曹操に教えてやれ。」
「お任せを。」
魏延は劉備を後方に下がらせると許緒の方へ向かった。
*****
魏延は許褚とすれ違い様に方天戟を繰り出し、許褚も負けじと長槍で突き返した。そこから両者は壮絶な打ち合いを始めたので周囲は動けずその様子を遠巻きに見るという状態になっていた。
「魏延と言ったか、君主のお守りをするだけの腕は持っているようだな。」
「その言葉、貴様にそっくりそのまま返してやろう。」
許褚は魏軍において武芸そのものだけを見れば最強の部類に入る。その強さを曹操に気に入られて御林軍を任されているという自負があった。それ故に同じような立場である魏延がどれほど強いのかと興味を持って戦いに挑んだ。曹休や張郃を一蹴したと聞いた許褚は関羽や張飛以外にそのような武将が居るとは思えなかったがその考えを改めるだけの実力を魏延は備えているのを実感していた。
「貴様のような奴が劉備如きに仕えるのは勿体ない。曹操様に仕えれば栄華が約束されるぞ。」
「笑止!簒奪者に仕えるなど以ての外だ。」
「それなら貴様には死んで貰うしか無さそうだな。」
魏延は許褚の誘いを一蹴した。この後の二人は無言のまま打ち合いを日暮れまで続けた。