瓦口関
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魏延は砦の改修を済ませると先行した黄忠を追う形で瓦口関へ向かった。瓦口関は魏軍にとって益州侵攻の重要拠点として位置付けられており曹操も一族の曹休を配して相応の戦力を与えていた。
黄忠は瓦口関に攻撃を仕掛けたものの魏軍が出て来ないため一旦後退して陣を構えた。魏延はそれから数日後に追い付いたが瓦口関を攻め倦ねていた黄忠は頭を悩ませていた。
「魏軍が出て来ないから話にならん。」
「確かに。」
珍しく愚痴を言った黄忠に対して魏延は相槌を打った。
「今日は儂自ら物見をするか。」
「某が伴を致しましょう。」
魏延は随伴を申し出た。何かの力になればという考えからである。二人は少数の兵を率いて本陣を出た。
一行は瓦口関から少し離れた所にある小高い丘に辿り着いた。黄忠は馬を降りて周囲を見渡した時に山を登る人の姿が目に入った。
「文長、何だあれは?」
「旅人のようですが。」
黄忠は魏延の答えを聞くとしばらく黙り込んだ。
「誰か、あの旅人をこちらに連れて来てくれ。謝礼を出すから教えて欲しい事があると伝えよ。」
「はっ。」
黄忠の指示で数名の兵士が山に向かって走り出した。
「将軍、何か思い付かれましたか?」
「あの旅人次第だが上手くいけば瓦口関を落とせるぞ。」
黄忠は自信ありげに答えた。
しばらくすると兵士が数名の旅人を伴い戻ってきた。黄忠は馬を降りて旅人の前に立った。
「足を止めて済まん。険しい山道を通ってどこへ行くのだ?」
「南鄭です。関所が戦に巻き込まれていると聞いたので回り道をしていました。」
「あの山道は南鄭に通じているのか?」
「正しく言えば関所の裏手になりますが。」
「そうなのか。謝礼は出すので案内してもらいたい。」
「構いませんよ。」
二人は旅人を伴い本陣に戻ると部隊編成を速やかに行った。黄忠は旅人を案内人として山に向かい、時間を置いて魏延が主力を率いて瓦口関に向かった。
瓦口関正面に攻め寄せた魏延はしばらく攻撃を続けたが魏軍に動く様子が見られないので攻撃を止めさせた。
「おい、曹休!貴様は関を守るだけで我々を追い払おうとしないのは何故だ?」
「将軍、曹休に度胸が無いからですよ。」
「だいたい曹操の一族というだけで将軍になった奴です。我々を攻めるなど出来るわけありませんよ。」
「何だ、そういうわけだったのか。黄忠将軍が本陣で酒浸りになるのも無理もないな。」
魏延の横に控えていた呉蘭と傅士仁が曹休を徹底的に扱き下ろした。三人とも関内に聞こえるように大声で話している。
「誰か、黄忠将軍に伝えてくれ。張郃と違って曹休は度胸が無いから我々を攻める事は出来ない。少数の監視を置いて巴陵に引き上げるべきと。」
「承知致しました。」
魏延は兵士に黄忠への伝言を頼むと関に顔を向け直した。
「魏の曹休は勇猛果敢と聞いていたが実際は優柔不断、意志薄弱だったとはな。」
「将軍、言い過ぎですよ。」
「お前たちの方が酷いことを言ってたと思うがな。」
「お互い様ですな。」
引き続いて曹休を扱き下ろした後、三人は馬上で腹を抱えて笑いだした。周りに居る兵士も関を指差しながら笑い始めた。
「魏延といったな!貴様だけは許さん!」
突然関内が騒がしくなり門が開いた。怒りで我を忘れた曹休が自ら兵を率いて魏延の首を取ろうと向かってきた。
「二人とも手筈通りにやってくれ。私は曹休を食い止める。」
「心得ました。」
呉蘭と傅士仁が後方に下がり魏延率いる一隊だけがその場に残った。
「死ねっ!」
「中々やるな!」
曹休は感情の赴くままに槍で突きを繰り出したが魏延は方天戟で難なく食い止める。魏延の技量は関羽や張飛には及ばないものの黄忠や趙雲には引けを取らない。魏延は曹休を誘引する為、圧されるふりをして徐々に瓦口関から遠ざかった。
「曹休、瓦口関から煙が上がっているぞ!」
「何だと?」
魏延の言葉を聞いて振り返った曹休の目に多数の煙が立ち上がる瓦口関が見えた。すると慌てた様子で魏軍の兵士が近付いてきた。
「曹休将軍、瓦口関が敵将黄忠に襲われ陥落しました!」
「ま、まさか!」
曹休は罠に嵌まったと気付いて魏延を睨み付けたが時既に遅しだった。魏延は方天戟を握り直すと猛然と曹休に襲い掛かった。
「力を抜いていたのか?」
「どう思うかはお前の自由だ。」
攻勢に転じた魏延の勢いに呑み込まれた曹休は生きた心地がせず魏延の攻撃を受け止める事しか出来なかった。曹休はこれ以上防げないと判断して武器を捨てて逃げ出した。
「将軍、追いましょう。」
「止めておけ。山中に逃げ込まれたら探しようが無い。それに追い込まれた者は何をするか分からない。手痛い反撃を受けることもあるからな。」
「分かりました。」
「呉蘭と傅士仁に兵を集結させて瓦口関へ向かうよう伝えてくれ。私は本陣の後始末をしてから瓦口関へ向かう。」
魏延は追撃を進言した兵士に思い留まるよう言い聞かせると矢継ぎ早に指示を出してから本陣に戻った。