巴陵攻防戦
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巴陵へ向かった魏延は黄忠が陣を構える下辨に到着した。
「黄忠将軍、我が君の命令で成都の酒を届けに参りました。」
「文長が来てくれたか。これで考えていた策を実行に移せる。」
「やはり何かお考えでしたか。」
黄忠は魏延を出迎えた際に大量に運ばれてきた酒を見てほくそ笑んだ。
「魏軍は前方にある砦に籠城している。奴らを引っ張り出すのに酒が必要だったのだ。」
黄忠は副将の呉蘭も呼び寄せて作戦の概略を説明した。一日中酒浸りで魏軍を腰抜けだと侮っているように思わせて砦から引っ張り出したところへ攻撃するものである。
「儂が本陣に囮として残る。呉蘭は左に、魏延は右に伏せてもらう。合図があれば本陣に向かってくれ。」
「承知致しました。」
話し合いが終わったので魏延と呉蘭は幕舎から出ようと席を立った。
「二人とも待ってくれ。この際、あの砦を落とそうと思う。」
「面白い考えです。某は賛成致します。」
魏延は黄忠に同意した。
「文長、別働隊を割けるか?」
「大丈夫です。別働隊は私が指揮しましょう。本隊は副将二人に委ねます。」
「それでは頼むぞ。」
再び三人で話し合った後、今度は本当に解散となり魏延は自陣に戻った。自陣に戻った魏延は傅士仁と馬謖を幕舎に呼んだ。
「敵襲を逆手に取る形で攻撃を行う。傅士仁と馬謖に半数を預けるので黄忠将軍から合図があれば本陣に向かい敵を襲え。私は残り半数を率いて敵の砦を襲う。」
「承知致しました。」
魏延はその日の夜遅くに別働隊を率いて本陣から姿を消した。翌日は朝から益州軍本陣の方々で酒盛りが始まり日が高くなる頃には泥酔して居眠りを始める者も居た。黄忠と呉蘭に加えて傅士仁と馬謖も魏軍から見える場所に座り込んで酒を酌み交わして魏軍を臆病者などと貶していた。
その光景を見ていた張郃は夜襲を決断、夜が更けてから魏軍は砦を出て益州軍本陣を急襲した。しかし本陣は少数の兵士が残っていただけで兵士自体もすぐに逃げ出したので事実上もぬけの殻である。
「魏軍は罠に掛かったぞ!盛大に歓迎してやれ!」
黄忠の掛け声と狼煙が合図となり益州軍が魏軍に襲い掛かった。
「しまった!罠だったのか。」
張郃は悔しがったが味方は慌てふためく間に次々討たれてしまい数を減らしていた。
「貴様が張郃だな。儂は長沙の黄忠だ。」
黄忠は張郃に近付くと長刀を振り下ろした。
「あれだけの酒を飲んでまだ動けるというのか?」
張郃は攻撃を受け止めたが、黄忠の力強さに驚愕した。
「まだ分からんのか?あれは水だ。水を飲んで酔う奴の顔か見たいわ!」
黄忠は笑いながら張郃の攻撃を避けた。黄忠は酒を嗜むがごく少量で補佐役に就いている雷同も同様である。黄忠は全軍に指示を出して水を酒のように飲んで酔うふりをさせていた。
「退却するぞ!」
張郃は無駄な抵抗は無用だと砦に向かって退却を始めた。黄忠は敢えて追わず兵を纏めると反撃に備えるべく態勢を整えた。
別働隊を率いる魏延は魏軍の出撃を見届けると砦を急襲して陥落させた。そして壁沿いに弓兵を伏せさせて魏軍を待ち受けていた。
「魏軍が退却を始めました。」
「分かった。弓兵、合図するまで矢を放つな!」
やがて張郃を先頭に魏軍が砦に近付いた。
「今だ、放て!」
魏延の合図に弓兵が壁から姿を現して一斉に矢を放った。
「味方に撃つとはどういう事だ!」
張郃は驚いて砦に向かって罵声を浴びせた。
「張郃、砦は我々益州軍が頂いたぞ!」
魏延は壁の上に立ち、張郃を見下ろした。
「貴様は襄陽の魏延?」
「覚えていたか。張郃、これ以上戦っても勝ち目は無い。降伏を勧めるがどうだ?」
張郃が良将である事を知る魏延は拒否されるのを前提に降伏勧告を行った。
「悪いが魏公には大恩があるので裏切るわけにはいかん。何とか落ち延びるまでよ!」
張郃は苦々しい表情を見せた後、魏延に一礼すると砦を迂回するように馬を走らせて山中に兵士共々姿を消した。魏延は寡兵による逆襲を鑑みて追撃せず砦の防衛に専念した。